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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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十八話「天使第二位③」


「ところで、あなたたちはアダムの存在を知っているのよね?」

「っ!」

「イグニスは一緒に会ったもんナ」


リリィは唐突にある存在を口に出す。

アラギ以外のもう一人の【人間】。

ラミエルとサリエルは、既にそいつの部下になっている。

そしてマールを攫った存在。

憎しみが心の中に湧いてくる。


「……知っています」

「……法王国はアダムの存在をしっかりと認識しているんだね」

「勿論。なんなら法王様とやり取りをしている」


他の者も、同様に頷いた。

ただセーリスクだけだ。

この場で彼と会っていないのは。


「僕は会ったことがありません」

「……君が……?」

「?」


どういう意味か。

それがセーリスクには理解できなかった。

リリィは、少し考えこんだ顔をしてまた話をする。


「……まあ一応全員知ってはいるんだね。なら良かったよ」


フラーグムがアダムについて語る。


「この世界の【人間】はたった一人。それなのに唐突に表れた存在。彼と少女は何が違うのか……それを知っているカ?」


少女とはアラギのことだろう。

彼女はアラギの何かを知っている?

それとも知ろうとしているのかそれがわからなかった。

ペトラはそれを問う。


「……アラギのことを知りたいのか?ボクらもあまりよくは知らないけど」

「【人間】に関する情報は圧倒的に不足している。話せることがあるなら聞きたい」


今後も、二人とは協力関係になるだろう。

話せる情報は話してしまいたいが、こちらの司令塔はペトラだ。

あまりに話過ぎると、予定が狂うかもしれない。

ぺトラをちらりと見ると、こちらを見て横に振る。

君は話すな。

そういうことだろう。


「念のため聞くけど。人間の少女はそちらが確保している……でいいのかな」

「ああ、アラギは骨折りの保護で豊穣国にいる。別に僕らの確保じゃあない」


ここに嘘をついても意味はない。

アラギを確保していることを伝える。

多眼の竜は語った。

人間の少女アラギ。

異物の少女マール。

そして人造の子アダムと。

彼らの共通点を知るためにリリィとの情報交換は必須だ。

ペトラもこれに関しては文句は言わなかった。


「なるほど、状態は変わりないかな?変化とかさ」

「……何が聞きたい?」


不思議なことを聞く。

彼女は何が知りたいのか。

ペトラの中の警戒が高まる。


「アダムとの比較だよー」


リリィは、アダムについて語る。

その眼は真剣だった。

彼女はアダムと敵対しているのか。

法王国を抜け出した理由には、それも含まれるのだろう。

アンデットを生み出すアダムのやり方は、法王国の教えに反している。

敵対する理由としてはそれだけでも十分だろう。


「……法王国は既に彼の手の中にあるんだ。彼を知るためには人間の少女について知る必要がある……私はそう考えたんだよ」


それは理解していた。

既にラミエルとサリエルが彼の配下だ。

法王は、アダムと協力関係にあるという。

獣王との関係と同一だろう。

このままでは、法王国は獣王国と同じ末路をたどってしまう。


「……だろうね。アダムは明らかにアラギに固執している。彼女の秘密を知ることがアダムを知ることにつながる」

「どうやってアダムから人間の少女を守っているんだい?」

「……それはわからない。どんなに攻めるタイミング。攻める手段があっても彼は決定打を下さないんだ。だからこそ動きが読めない」


そう、今まで何度も明確な攻めるタイミングはあった。

しかし彼は、一度もアラギに接近したことはない。

今までの口ぶりからしてアダムは【人間】に固執している。

そしてアラギを手に入れるということは、アーティオを倒し骨折りを倒すということ。

彼の能力ならば、容易だろう。

それを企てるはずの時間もある。

しかしそんなことはしない。

なぜか。


「彼女に手を出さないのは何かしらの……理由があるんだろう」

「理由?」

「ああ。決まり事か、それともルールか。それとも自身の制約か。それ以上はわからないが、彼は深追いを絶対にしない。豊穣国との決着をつけようとしない」

「……ふむ。奇妙だね」


彼の行動は、読めない。

獣王との闘いの後、アダムは攻めてこなかった。

多眼の竜の時も。

他のタイミングでも。

彼は、攻撃をしかけなかった。

戦闘能力の発揮に条件でもあるのか。

戦力を失うことを恐れているのか。

それとも、彼はアーティオに勝てないと思っているのか。

一番可能性があるのは、アラギだ。

手を出せない理由がアラギにはある。

だが、それの推測は自分にはできない。

理由を知っているとすれば、アーティオか骨折り。

二人だけ。

自身の知能でその推測ができないのが歯がゆかった。

骨折りとアーティオは一体何の話をしたのだろう。


「……まあ、わかったら教えてくれると嬉しいな」

「……君たちが豊穣国に来たら教えるよ」

「おっ。初めて好意的な顔をみせたね」


そしてアラギを知るためには、アダムを知らなければいけない。

同じく【人間】。

だがアダムは明らかに生物ではない。

ならなんなのか。

この二人はそれを知っている。

明確にその答えを。


「君たちは……アダムの何を知っている?」

「……気づいていたんだね。わかったよ、教える」


この二人を受け入れる。

それには、その情報を確実に貰う。

にこりとリリィは笑った。

そして話す。

アダムの秘密を。


「あれは、【人間】を名乗れる存在ではない」

「【人間】を……?」


人間を名乗れる存在とはどういうことだろうか。

そもそも人間がどのような存在であったのか。

彼女は知っているのだ。


「何を知っている。法王国二位」

「……強調するね。まあ、私は知っていることを話すつもりだよ」


うーんと悩みながら、彼女は話を始める。


「で?何を知っているかの話かなー?」

「ああ」

「本人は【人間】のつもりだろうけどね。あれは人間によって作られ残された【ナニカ】。【世界の意思】を介す者。それがアダムという存在」


リリィの話していることが全く分からなかった。

しかしそれが、過去の【人間】によって作られたということはわかった。

だが【世界の意思】を介する者とはなんだ。

アダムは何の目的で作られた。


「人間に作られたナニカ……?」

「【人間】のつもりとはどういうことだ」


それが人造の子の意味か。

人間は。

アラギの祖先は、なんの目的をもってアダムを作った。

そしてアダムは何を成そうとしている。

リリィの知っている知識を全て知りたかった。


「……おや?その様子だと本当に何も知らないねー?」


リリィは意外そうな顔をしていた。

てっきり多少は知っているものだと思ったのだろう。

それとも一部を知っているからこそ話を引き出されていると感じたのだろう。


「隠していることは何もない。頼む教えてくれ」


イグニス達の反応をみて、リリィは少し考えこむ。


「うん。やっぱり君たちは信じてもよさそうだ。グムちゃんいいよね?」

「私にはよくわからないからいいヨ」

「わかった。話すね」

「うン」


彼女はより一層の笑顔をイグニス達に向けた。

そこから語られたものはイグニスに衝撃を与えた。


「私たちはね、天使の成り立ちをしるためにここに来たんだ」

「……っ」


それはイグニスが骨折りから指摘されて気付いたこと。

【天使】の技術は。

天使の【羽】は人間に生み出されたのだと。


リリィたちもその可能性に既に気づいていたのだ。

法王国の【天使】も人間によって作られた技術であることに。

そしてそれは、アダムを倒すことにつながるのではないかと。

リリィはその望みにすべてを賭けていた。


「知ってしまった君には義務がある。力を貸してくれるねー?賢者の妹ペトラ……ちゃん」


リリィは、ペトラのことをじっと見つめる。

その眼には力があった。

まるでペトラにはその責任がある。

そう言いたげな目で。


その時ペトラは、初めて目の前の女性に恐怖した。

リリィという存在を一瞬でも恐れたのだ。


「……まさか。接触したのは……っ」

「そう、イグちゃんと会うのは正直リスキーなんだ。理由は説明しなくてもわかるでしょ?」

「……ああ。私もなんでこちらに接触したのか不思議でした」

「だよねだよね」


二人は、現在逃走中の身だ。

同じく法王国に追われているイグニスと合流するメリットは少ない。

情報交換にしたって、豊穣国ですればいい。

でもそれ以上の何かが得られるのであれば。


「でもそれを上回るメリットが目の前にいたんだ。君だよー。ペトラちゃん」

「ずっとボクを狙っていたのか……イグニスじゃなくボクを……」


それはペトラだ。

イグニス単体であれば、合流するメリットは殆ど皆無。

イグニスにも負担をかけることにもなってしまう。

警戒はより一層高まり他の天使が招集されることになるだろう。

でもペトラがいれば、確実に自身の成したい目的を果たすことができ豊穣国にも協力を仰ぐことができる。

なによりイグニスの豊穣国の立場を知らない。

一番確実なのはイグニスよりペトラであった。

言葉により論理的なメリットを提示すれば彼女は従うだろうという推測があった。


「……さっきまでの様子はわざとふざけていたとでもいうつもりかい?」


この二人。

ほわほわとした雰囲気に騙されるが、食わせ者だ。

二人の関心が、自身に向けられていることに気づくことができなかった。


「ううん、そんなことないよー。イグちゃんと出会えて気が緩んでいたのも認めるよー」

「私たちは七人の中でも、策略とか苦手な方だしナー」

「そうそう、小難しい話なんてムリムリ」

「だナー」

「……くそがっ」


二人を正直舐めていた。

だが違う。

どんなに穏健な雰囲気を持っていても彼女たちは法王国の【天使】だ。

油断していた自分が馬鹿だった。


イグニスをまんまと利用された。

交渉の席を、自ら開いてしまった。

交渉しているのは自分ではない。

相手にとって自分はカードだったのだ。

兄であるソムニウムに会うための切り札だったのだ。

この状況では、兄に二人を会わせるしかない。


「天使二人が賢者に会って情報を教えてくれるとは考えにくいしね。ごめんね」


リリィは、謝罪をする。

しかし完全には悪いと思っていない。

自らの成すべきことを疑っていない顔だ。

答えを持った顔だ。


「ちっ」


あちらに悪意はない。

あちらに嘘はない。

善意で覚悟を持ち、こちらを利用しようとしている。

イグニスを介した会話がなくてもわかる。

この二人は悪ではない。

だがそれでも恨みを持っていた。

屈辱であった。


割り切ろう。

イグニスとセーリスクではこの先戦力不足だ。

天使四人に追われる可能性やリスクはある。

だがこの先リリィとフラーグム。

二人の力は必須だ。

自らを切り札にする覚悟を持て。

兄には申し訳ないが、彼女たちと会ってもらうしかない。


眼を瞑り、深呼吸をした。


「……ああいいよ。会わせてやる。交換条件だ」


「だよね。君じゃあそれを選ぶよね。嬉しいよ」

「ああ。どんな条件でも飲むんだ」

「うんうん」


はっきりと断言する。

利用されるんだ。

相手も利用し尽してやる。

出涸らしになるまで絞ってやるよ。

ペトラはそんな感情を持った。

しかしリリィはいまだ表情を崩さずニコニコとこう語る。


「条件はなにかな?ペトラちゃん」

「……話が早いナ。目が回りそうダ」

「どうせ私たちはソムニウム・マキアに会えなきゃ詰みだよ。グムちゃん。私たちはどんな交換条件でもうけいれるしかないんだぁ」

「難しいナー。よくわからなイ……」

「大丈夫―。グムちゃんは私が守ってあげるからねぇ」


リリィも納得していた。

お互いがお互いを利用することを理解し合っていたのだ。

しかし余裕が違った。

ペトラは、精神の動揺を感じていた。

リリィは一切動揺せずにむしろ涼しい顔をしていた。

想定内といったところだろう。

自身の望みが叶うならそれ以外はどうでもいいのだ。


それは交渉としての能力差。

知能ではこちらが上。

しかし場数は相手の方が多く踏んでいた。

リリィの持つ精神の冷静さ、太さであった。


「条件は四つ。ひとつ。戦力の提供。二つ。法王国戦力との戦闘。三つ目。最大限の情報。そして四つ目。兄に迷惑をかけるな。ボクの同席がない状態では絶対に会わせない」

「……うん。わかった。君の条件を呑もう。それで賢者に会わせてくれるね?」


交渉としての条件が並べられた。

これに、リリィは頷いた。

これは交渉は成ったはずだ。

しかしリリィにはまだひとつやらなければいけないことがあった。


「ああ。だが最後に一つ……これは条件じゃない」

「なんだい?」

「今後も敵に回らないと誓えるか?君の持つすべてを豊穣国に使えるか?これは約束なんてものはじゃない。……誓いだ」


はっと。

イグニスはペトラを見た。

彼女は法王国の天使の性格というものを理解していた。

ほうと感心したように、リリィは頷く。

よくわかっていると思ったのだ。


ペトラはこれを誓わせなければいけなかった。

豊穣国を守るものとして。


「ああ、誓おう。私の神に誓うよ」


ペトラも今考えることのできる条件を並べた。

これであれば、こちらが損することはないだろう。

なにより法王国との戦闘を条件として認めてくれたのは大きい。

こちらが対処できない【天使】との戦闘を任せることができる。


そしてリリィは誓った。

自らの信じる神に。

自身よりも裏切ることができない絶対的なものに。

その行動を誓った。


「はあー」


どすんと疲れ切ったように、ペトラは椅子に座り込む。

変な汗がでた。

こんな経験もう感じたくない。

ペトラはそう思っていた。


「大丈夫ですか。ペトラさん」

「大丈夫か。ペトラ」

「ああ……大丈夫さ」


初めてだった。

自分が交渉の中でこれほど精神に負担を感じさせられることが。

相手の方が上手だと。

言葉選びや知能ではなく「圧」で感じとったのだ。

こいつのほうが慣れていると。


だが法王国の成功戦力二人をこちら側に引き入れることができた。

うまみは充分だろう。


「……リリィさん。俺の友達を追い詰めないでください」


イグニスは呆れながら、リリィに注意をする。

この人の性格をわかっていたのに、何もすることができなかった。

無論普段こんなことをする人ではないのだが。


「うふふ。ごめんね。つい楽しくなっちゃった」

「こっちは楽しくないんだよ……」

「ごめんね……」


リリィはペトラに対して謝罪をする。

少しやりすぎだと感じたのだった。

それに関して彼女は、ペトラに謝罪としてあるものをあげることにした。


「んー、じゃあまず最初の約束を守りましょう」

「……情報かい?」

「ぴんぽーんっ!十点を挙げます」


それは情報だった。

ペトラの話の速さに、リリィは少しテンションがおかしくなっていた。

こんな奴にプレッシャーをかけられたのかとペトラは少しイラっとする。


「いらない」

「えー」

「早く本題を話せよ」

「それじゃあ、情報提供その一―」

「いちー」


どんどんぱふぱふと擬音が付きそうな楽器をフラーグムが鳴らす。

どこから持ってきたんだそれとイグニスが感じる。

紙吹雪が舞う。


「貴方達にもわかりやすく説明するとね。法王国には三つの考え方があります」

「言い方を変えると派閥だナ」

「なるほど、法王国も一枚岩ではないか」

「ん……?」

「どうしたのイグニス」

「俺がいたときと……また何かが変わったんですか?」

「んー。正直変わりはないかな。けどイグイグがいなくなって変わった部分もある。人数が変わったり現状の再確認ってことで話すよ。特にペトラちゃんが知りたいことはそれでしょ」

「うん」

「イグイグ……」


そういって、リリィは法王国の現状について話を始める。


「三つの一つは、教義派」

「これは、ウリエルとミカエルが持っている考えだナ」

「法王国の一位と三位か」

「その二人が属しているとなるとかなりの人数がいそうだね」

「基本的な思考は、教義を守ること。そしてその教えを広めること」


フォルトゥナがあることを気にする。


「法王国の教義ってなんですか?」

「えっとぉ……なんだっケ」

「えー。私も覚えていないよぉ」

「リリィは覚えていろヨー」

「その広めている本人が覚えていないってどうなの?」


イグニス達は、呆れる。

この二人は、やっぱり凄いんだかすごくないんだかわからない。

二人はとても慌てていた。


「……本当にイグニスさんと同じぐらいえらい人なんですよね……」


セーリスクは念のためイグニスに確認をする。

本当に本人なのか疑わしくなってきた。

もしかしたら偽物かもしれない。


「うん……そうなんだけど……なんかごめんな」


イグニスはつい謝罪をしてしまう。

自分は悪くないのだが、無性に謝りたくなってしまった。

哀しいことに、目の前にいる二人は法王国の偉い人だ。

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