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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
151/231

十七話「天使第二位②」


「さあ、話をはじめようか。イグちゃん」


リリィと名乗る女性はそう言った。

注文した食事は既に並んでおり、湯気がその場に上る。

ケーキや、クッキーなども並んでおり色とりどりであった。

その光景に、フォルは思わず目を奪われてしまっていた。


「おいしーね。これ」


フラーグムは、既に食べている。

マイペースに頬へ食べ物を詰め込んでいた。

小動物な雰囲気も相まってリスのようになっていた。

あの頬は、どこまで膨らむのだろうか。


「こら、ダメでしょ。グムちゃん。みんなでいただきますしなきゃ」

「えー」


勝手に食事を初めているフラーグムにリリィは注意をする。

不満を漏らしつつも、フラーグムは食事の手を止める。


「ほら、頂きます」


注意はしっかりとフラーグムの心に届いたようだ。

リリィの行動に合わせて食前の祈りをする。


「いただきます」

「よくできましたー」

「えへへへ」


なにやっているのだろう。

この二人。

まるで幼児とその母親のやりとりだ。


「イグちゃんも食べなよ?」

「……はい」


この二人と話していると雰囲気にのまれてこちらまでマイペースになってしまいそうだ。


「個室があってよかったですね」


いまこの場所はある程度密閉されていた。

暖房もあるので、防寒対策だろう。


「ただでさえ、法王国の兵士には警戒しなきゃいけないのになんでその原因の本人が来るんだよ……」


ペトラの神経は既に削られていた。

一つは、法王国の動向に関する警戒。

二つは、その原因と会ったこと。

三つ目は、その原因がうざいこと。

ストレス要因がそろっていた。


「あはは、ごめんネ。でも大丈夫だヨ」

「なぜ言い切れる?」


またイラっとしてしまった。

でも目の前の人物はあまりに能天気すぎる。

対処できるほど有能だからこその余裕なのかとペトラは頭を抱えそうになった。

そしてその理由をリリィが説明をする。


「フラーグムの国宝級の能力は【打ち消す】ことなんだ」

「打ち消し……っ」


イグニスは、その国宝級の名前を知っていた。

【終末笛ニル】。

能力は、行動の打ち消しや停止。

結果そのものを無くす国宝級だ。


「そう、結果を停止させるとでもいえばいいのかな。ともかくそのものを無くすんだ」

「だから、会話の音ぐらいなら余裕でとめられるヨ。心配しなくていい」

「規格外すぎる。化け物かよ」


ペトラは、その能力の有用さに驚きを持っていた。

能力の打ち消し。

それが本当であれば、殆どの亜人は太刀打ちができない。

魔法を使ったところでその魔法を打ち消されるのだ。

たとえ彼女自身に戦闘能力がなくても、同格の者が一人いれば安全に対処できるだろう。

考えればプラードの持っている【王者の咆哮】の上位互換だ。


いまペトラがぱっと考えるだけでも、戦術の幅広さは膨大。

なにより敵の一手を無くせるだけでも強い。

デメリットはわからないが、メリットが大きすぎる。


「魔法そのものを停止させることもできるし、なんなら魔法じゃないものまでうちけせる。正直この世界で一番の能力なんじゃないかな……」


リリィもそう断言する。

同格であるはずの天使からみても、その能力は破格の様子だ。

ラグエルの能力は、戦闘向きではない。

だがそれを補うほどのポテンシャルを秘めている。


「まあ、僕しか使えないんだけどネ」

「それが一番のメリットだろう……」


そもそもその能力を使えるのは、この世界でただ一人ラグエルだけだ。

ラグエルを味方にしているかどうかだけで戦力が一変する。

他者には使えず、自分しか使えない。

それは、国宝級の共通するデメリットでありメリットだった。


「初対面のボクらにそこまで話す理由は?」


ペトラは、怪しんだ。

なぜここまで話す。

いくらイグニスがいるからといっても話をしすぎではないか。

そう考えたのだ。


「イグちゃんの知り合いだからかな?」

「それだけで……?」

「ううん。君らは相当信頼されてるよヨ。ボクらと比較するのもあれだけど、それでも……うん。わかった……」

「……」

「大丈夫、きみらはイグニスから信じられている。だから話ス」

「そうか……」


リリィとフラーグラは、少しの間三人とイグニスの様子を見ていた。

お店のなかで、話しているときも。

機兵大国に入ったときも。

彼女は三人に完璧に背中を任せているのだ。

ああ、信じているのだなとそう思った。

話しかけないの?

そうリリィに言われた。

けどできなかった。


彼らは、裏切るなんて微塵も考えていない。

それは、戦力や能力としての信用ではない。

人としての信頼。

友人としてイグニスは彼らを信じ切っていたのだ。

それは、法王国の戦士として生まれることの少ない感情であった。

戦士として、法王国第三位として。

自分たちは、イグニスを信用していた。

だが信頼はされていたのか。

していたのか。

フラーグラはそんなことを感じていた。

そこに友情や、親愛はあった。

だが、それがなんだ。

イグニスは自分の顔すら知らない。

ある一定以上に過去や今に踏み込むことはない。

踏み込むことは許されなかった。

そこには立場があったからだ。

それゆえに、フラーグラは羨ましく感じた。

三人のことを。

自分も、そこに立てる人物でありたかった。

あさましくそう考えた。

いいなあ、と。


「ふふん、まあ当然だろ」

「嬉しいですね……」

「……私も信頼されてるんですかね……」


表し方は三者三様だが、そこには共通した感情があった。

良かった。嬉しいと。

イグニスからの信頼は、三人にとって心が温かくなるものであった。


「お前ら……やめろよ」


フラーグラにそう言われたことと、言われたことで三人が喜んでいる光景をみてイグニスの心は既に限界であった。

心の許容値が耐えきれそうにない。

イグニスはこの場から逃げて顔を冷やしたくなってきた。


「なに?イグニスまで照れちゃってんの?」


ふひひぃといいそうなにやけた顔で、ペトラがイグニスの顔を覗き込んだ。

しかしイグニスは、ペトラのその発言を否定する。


「そんなことねーよ……」

「みんなぁ!イグニスめっちゃ照れてる!」

「やめろぉ!!」


口に出すことの少なかった感情を、フラーグラに指摘されイグニスも自覚したようだ。

イグニスは三人のことを仲間だと感じていることを。

そして思った以上に自分は三人に安心しているのだと。

そう感じたのだ。

いつの間にかに顔が赤くなっていた。

鼓動が早くなっていた。


「やっぱり仲良しなんだね。安心したよ」

「……ありがとうごさいます」

「……少し羨ましいナ」


三人の会話を見ていたガブリエルは、にこっと笑いながらイグニスに語り掛ける。

しかしフラーグムは違うようすで、嫉妬を表していた。


「で?法王国のお二人さん?今回はどんな用事でイグニスに会いに来たのかな?」

「あら。意外。結構警戒心が強いんだね」

「当たり前だろ。天使二人。警戒しない馬鹿がどこにいるんだ」

「まあ、いいことね。賞賛できることだよ」


ペトラは、まだ二人のことを信じ切っていなかった。

ある程度の情報の開示。

そこに嘘を混ぜるのは、詐欺師の常套手段だ。

先ほどの会話が真実でもこれからの話が真実である保証はない。

尚且つ相手は、天使が二人。

隙をついて、イグニス以外の三人を即座に倒すことができる相手だ。


「おい……ペトラやめてくれ」

「イグニスが疑いたくない気持ちはわかるけど、相手が相手だ」


警戒心はいくらあってもいい。

天使とはそういう存在だ。

しかしリリィは目の前のペトラの発言に当然だとばかりにお茶を飲んでいた。

一切動じず、心の揺れは微塵もなかった。


「まあ、当然ね」

「こればっかりはしょうがないナー」


彼女は再びお茶に口をつける。

フラーグムも、一切気にせずお菓子に手を伸ばしていた。


「この二人であれば、即座に僕たちが捕まるなんてこともおかしくないんだよ?」

「貴方の懸念はわかるけども、私たちはそんなことをしないわ。ね?グムちゃん」

「そうだネ。私たちは、イグニスに敵意を向けるなんてありえなイ」

「……っ」


嘘はついていない。

ペトラはその洞察力で、彼女らの心を感じ取っていた。

いまここは疑うことで場を荒らすべきではないか。

ペトラはそう判断し、椅子に深く座り込む。


「よかった……」


イグニスはほっとしたように息をついた。

ペトラが二人と喧嘩しないか。

それが本当に心配だったのだろう。

ふんっと言いたげにペトラはイグニスから顔を逸らす。


「ありがとう。ペトラ」

「別に……今一番メリットがある行動がこれなだけだよ」

「ふふっ」

「なんだよ」


彼女の偏屈なところはこんなときも変わらないようだ。

イグニスはそんなところに思わず笑ってしまった。

彼女も笑われたことに顔を赤くする。


「まあ、今回は信用するよ。二人もそれでいいね」

「ああ」


セーリスクは、リリィとフラーグラのことをあまり知らない。

だが直感で悪くないと考えていた。


「私にはわからないので、皆さんに任せます」


フォルは、自分が考えるより三人に任せた方がうまくいくだろう。

そう思っていた。

二人の判断を聞き、ペトラは頷く。


「わかった。じゃあリリィだっけ?話を進めてくれるかい」


もじもじと恥ずかしそうに彼女は語る。

その瞬間寒気がした。


「最初にイグちゃんに伝えなければいけないことがあるの……」

「なんですか……?リリィさん」


なんだ。

途轍もなく嫌な予感がするぞ。

そうイグニスは思った。


「実は私たち……」

「……」


ごくりと息をのんだ。

何を言われるのか


「法王国抜け出してきちゃいました」

「いぇーーい」

「はっ!!?」


それは、イグニスにとって驚きをもたらした。

いやもしもとは考えたが理性がそれはないだろと勝手に否定をしていた。

そして最悪の想定が現実になっていた。


「何をやってるんですか貴方は!すぐ戻ってくださいっ」


動揺して過去の口調に近いものになってしまった。

みんな目を見開いてこちらをみる。


「あっ。前のイグニスだー」

「えー、嫌よー」

「嫌よーって……」


どうしようかこの人。

というか二位と三位と五位が抜けたということは、法王国の天使の半数近くが抜けたことになるではないか。

法王国本当に不味いのでは。

そう考えこんでしまった。

最悪自分が戻ることも考えなくては。

いや既にアダムの手がかかっている。

自分はどうすればいい。


「法王国の兵士が、やけに多かったのはそれが理由か。巻き込まれたな」


ちぃっと、ペトラが舌打ちをする。

法王国の兵士たちは、彼女たちを探していたのだ。

そのタイミングに自分たちは入ってしまったのか。

しかも逃げたのは、目の前の二人。

最悪他の天使の介入もあり得る。

ペトラはそう察した。


「えへへ。ごめんネ」

「機兵大国にも兵士が送り込まれるのは想定の内だったけどここまで本気とは……」

「当たり前でしょう……七人の内の三人がぬけているんですよ」


イグニスは、数年前から抜けている。

だがその動きはラミエルによって追跡されていた。

それに法王国としてもことを大事にしたくはない。

だからこそ許されていた部分はあるのだろう。


しかし追加して二人がぬけたとなると話は別だ。

法王国の天使の戦力は、半減となる。

なんとしても三人の内のどれか。

それか全員を確保しようと動くだろう。


アダムと法王国が関わりを持っている以上。

豊穣国に攻めてくるのは確実だ。

その時の戦力上昇のため。

彼らは何かしらのアクションを仕掛けてくる。

それがとても不安であった。


「……ちなみに法王国に戻る気は?」


イグニスが念のため二人に確認をする。

イグニスも完全に法王国を見捨てるつもりではない。

アダムとの関係を切ることができれば、それでいいのだ。

しかし二人に情というものは既にない様子であった。


「……ないネ。今の法王国に所属する価値はない」


はっきりとフラーグラはそう断言する。

先ほどの子供らしい様子とは一変した語気に、イグニス達は無言になる。


「そうね……私もそう思うわ」


リリィもそれを肯定する。

二位であるリリィですら、戻ることを拒否するのはイグニスにとって絶望に近かった。


「……そ、そこまで」


動揺した。

もう彼女らにとって法王国は見捨てる対象なのだと。

それを認識したとき、イグニスの心が意外にもショックというものを感じた。


「今の法王国の状態は?」

「状況ね……」


リリィは、一口紅茶を飲んだ。

そしてカチャとその茶器を置く。


「私たちの本来の役割は、脅威から民衆を守り、そして知識を与えること。そしてそこに国境や、種族は関係ない」

「……」


眼の中に、怒りを持ち。

彼女はじっとイグニスの眼を見つめこう語る。


「今の法王国にそれが実行できているか」


そこには信念があった。

彼女なりの理想が。

それゆえに彼女は法王国を見限ったと即座に理解できるものであった。


「獣人のことを獣と罵り、神を信じないからと救わない。あれは私の求めるものではなかった。それだけよ」

「……」


彼女は許せなかったのだ。

現在の法王国の仕組みが。

だからこそ彼女は抜けた。


「貴方もそうじゃないの?イグちゃん」

「私は……私は……」


そしてそれはイグニスも同じではないのかと。

リリィは問う。

イグニスも同じく今の立場では、目の前のものを守れないと。

そう感じて、三位の立場を捨てた。

求められること、やりたいことが自分の中で食い違ったのだ。


言葉に詰まるイグニスを見て、セーリスクたちは心配した。

そこに口をはさんだのはペトラだった。


「……そこまで悪化しているのに、他の天使が残る理由はなんだ?」

「ま、なんだかんだ生まれ育った居場所だからナ」

「故郷を捨てきれない……ということか」

「そうだナ」


フラーグラは、そう諦めた顔で口を開けた。

その口ぶりから彼女も、今の法王国を見捨てていることがわかった。


「固執するものがいることは否定しないわ。それはある意味幸せなこと。……てっきりイグちゃんもそのタイプだと思ったのだけど」


リリィは、イグニスが法王国を捨てることができない性格だと認識していた様子だ。

事実、イグニスは法王国を自身の故郷だと守るべきものだと考えていた。

この立場を保持し、そしてこの場所いるのだろう。

そう思っていたはずだ。


「あの時まで……そうでした」


マールを虐げる者を見た。

それは、法王国が守るべき知識の神の信者であった。

自身の信じているものを疑ってしまったのだ。


「……それ以上に助けたいものがあったならそれは素敵なことよ。正直私はうれしい」


リリィは、イグニスがそういった考えになったことを喜んでいる様子であった。

イグニスの変化を快く受け入れている。

否定の気もちは微塵も存在しなかった。


「私もあとから状況を聞いたんだ。きっと私も似たような行動をしていたはずよ」

「……そうですか」


リリィも同じ行動をしていた。

きっとそうだろう。

心のうちに少しでも善性があれば、きっと自分と同じような行動をする。


だがミカエルは?

ミカエルもあの場所にいたのだ。

自身の尊敬する存在があのような光景をみて、何もしなかった。

その事実は、イグニスの心を穿っていた。


あの人は私の望む行動をしてくれなかった。

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