十六話「天使第二位」
イグニス達は馬車から降りた。
機兵大国を探索するためだ。
周囲を見渡した。
感嘆の声を漏らしたのは、フォルであった。
「わあ……」
建物の作り方は基本的に豊穣国とは材質が違った。
特色といえば、石やレンガでできているといえばいいのか。
空気をあまり通さない作りが目立った。
寒さの対策のせいか煙突がある家もある。
服も豊穣国と比べて着込んでいる人が何人もいる。
気候の違いだろう。
確かに豊穣国とは寒さが違った。
「ここらへんはまだ温かいけど、もっと上の方へいけば冷えるよ」
寒さを少し感じる。
鳥肌が立った。
豊穣国の気候に慣れてしまったのだろう。
服装を変えたほうがよさそうだ。
「寒いですね」
「そうか?」
フォルが寒さを訴える。
くしゅんとくしゃみをした。
しかしセーリスクはかなりの薄着なのだが寒くないのだろうか。
「大丈夫?風邪ひかないようにね」
ペトラはフォルの心配をする。
「すみません……」
「セーリスクは慣れてるでしょ。裸でいいよね」
「扱いが雑すぎる」
セーリスクは、普段氷の魔法を使う影響か寒さを全然感じていなかった。
毎回凍死寸前になっても生きているのだから彼の感覚は既におかしいのかもしれない。
「夜になったらもっと冷えるだろ?服を買うのもいいんじゃないか?」
イグニスがそう提案する。
体を冷やして体調を崩すのも可哀そうだ。
ペトラもそれに納得したようで頷いた。
「んー。そうだね。ちょっと服を買おうか」
「わかった」
「場所はどこですかね?」
「どこだっけ。セーリスクちょっと聞いてきてくれる?」
「ああ」
この中で、他者と関われるのはイグニスかセーリスクだけだ。
セーリスクなら好感と威圧どちらも使い慣れてるだろう。
イグニスでは人によってはなめられてしまうかもしれない。
セーリスクはイグニス達から離れ現地の人に近づいていく。
幸い警戒されていない様子だ。
「とっとと服かってお兄ちゃんのところへいこう」
ペトラは、はあと溜息をついてめんどくさそうにしていた。
速く豊穣国に帰りたいのもあるのだが、なにより兄に会うことを億劫に感じていた。
セーリスクは店の場所を聞けただろうか。
眼を凝らしてみてみるとなにか様子が違った。
話をしている女性は、やけに顔を赤くしているな。
「……あれ?」
「なんかあいつナンパされてね?」
警戒どころか一定以上の好感を持たれてしまったようだ。
そういえば、あいつイケメンだったわ。
イグニスは、呆れ顔になってしまった。
次々と女性が彼のもとに近づいてくる。
「もーーー!何やってるの!あいつっ!」
ペトラは、怒りを露わにする。
ナンパを振り切ることができないセーリスクに憤りを向ける。
苦笑いで、イグニスはセーリスクの元へと向かう。
「ちょっと連れてくる」
イグニスがセーリスクを連れてこようとする。
ナンパされてしまっては、目的が微塵も進まない。
イグニスはセーリスクに話しかけている女性に近づいた。
女性の顔は明らかに固まっていた。
「大丈夫ですかね」
「あ、また増えた」
なんとイグニスでは逆効果だった。
確かに彼女の顔ではある層の女性からの人気が高そうだ。
なんとか二人は、際限なく近づいてくる女性たちを振り切った様子だ。
「つ、疲れた……」
イグニスは先ほどの一瞬だったはずだが疲労感を露わにしていた。
セーリスクも途轍もなく困惑した顔をしていた。
「すみません、イグニスさん……」
「いいん……だよ。忘れてた俺らが悪い」
セーリスクの顔に慣れすぎてしまっていた。
彼の顔は美形なのだ。
少なくとも通り過ぎたときにチラリと二度見してしまうぐらいには。
イグニス自身もセーリスクのことは整っていると感じたぐらいなのだ。
当然の結果だった。
「フォルもペトラもごめんな。時間を無駄にしてしまった」
「いいんだよ」
「お……う」
やけに冷たい。
ペトラは、笑顔を見せるがそれが逆に怖かった。
もう一人の方をみせても同様であった。
フォルトゥナとペトラは、不機嫌であった。
「フォル……?」
「どうしました?」
「えっと……お前……」
様子がおかしい。
声をかけるのをためらわれた。
「なにか?」
「怒ってる?」
「別に?」
「……」
これは、セーリスクが悪い。
「お前が悪い」
「なんで……?」
明らかに怒っている。
セーリスクはまたそこでも困惑した。
ペトラは話が進まないことを嫌がり、彼に問う。
「で?結局?店はわかったの」
「あ、それはわかった。どうやらあそこらへ……」
「うちの店だよ」
黒い毛並みを持った犬の獣人がこちらによってくる。
豊満な体形をした女性であった。
「本当ですか?」
「ああ、何を嘘をつく必要があるのさ?」
それもそうだ。
何を疑っているのだろう。
まあ、心配するのは料金の問題ぐらいだろう。
「四人とも買うんだろう?安くするよ」
「有難う」
「ここの寒さ舐めたやつが凍死するなんていくらでもある話だからねえ」
あはは、と彼女は笑った。
笑いごとではないのだが。
そう思ったが、彼女からしてみれば慣れっこなのだろう。
やはり服装を変えることは必要だと思った。
早速イグニス達は、彼女の店に向かった。
見せは二回建ての小さな一軒家であった。
入口に服屋と書いてあった。
「じゃあ、どれでも選びな」
店の奥に女性は入っていく。
イグニスは、服をいくつか眺めていく。
機兵大国にはそう長い期間いなかった。
それも冷える場所にあまり滞在しなかった。
どれを選ぶかと迷っていた。
「じゃあ、これとこれで」
「まいど」
そんなことを考えていると、ペトラは既に選んでいた。
即断で彼女らしかった。
「ペトラはもう決めたのか?」
「うん。ボクは慣れてるし」
「どうしようか」
既にペトラは決めている。
男性用の服は種類が少ないようで、セーリスクは殆ど決まっているようだった。
フォルもそこまでこだわりがない様子でぱぱっといくつかの商品を手に取っていた。
迷っているのは自分だけか。
「別にお金を気にすることはないんだよ。好きなもの買いな」
「有難うございます」
「まあ、アホリスクは裸でいいよね」
「なんでだよ……」
「もう忘れたの???」
「……すまない」
先ほどの怒りを彼女はまだ保持していたようだ。
彼女の怒気に触れてセーリスクは即座に謝る。
「じゃあ、私はこれにします」
フォルは中性的なデザインの服を選んだ。
カラフルな染物によって包まれ毛皮も使用した逸品だ。
手袋とブーツも厚めのものを買っている。
「じゃあ、僕はこれで」
セーリスクも同じく厚手のものを選んでいた。
デザインは地味なもので、暗めの印象だった。
耳をつつむモフモフの帽子をかぶっている。
「俺はこれにするかな」
イグニスはコートのようなものを選んだ。
動きやすく着脱しやすい。
そんな服装であった。
男性的なデザインであるが、長身なイグニスにはそれが似合った。
「皆さんいいですね。似合ってますよ」
フォルがみんなにそう語りかける。
デザインに差異はあれど、みな一様に防寒を意識したものだ。
この服装であれば、寒さを感じることはないであろう。
新たな服装を身に纏い、彼らは店を出る。
「よし、いこうか」
「ありがとうねー、またきなー」
ライラックのお土産にあそこに寄るのもいいかもしれない。
イグニス達は、その店を後にした。
お店をでると少し違和感を感じた。
「……イグニスさん」
「……お前凄いなわかるのか」
「骨折りさんに鍛えられましたから」
「あいつもすごいな」
イグニスとセーリスクは気配を感じている。
それは、普段感じることのない気配であった。
「どうしたの二人とも」
「……セーリスクさんどうしたんですか?」
セーリスクとイグニスは、あることに気が付いていた。
明らかに一般人ではないものが何人か混じっている。
武を身に着けたもの。
兵士だと断言はできないが、民間人とも感じることができない。
そして彼らは、明らかに武器を隠し持っている。
探っている気配を隠すことができていなかった。
実力はセーリスク以下だが、戦力としては充分だ。
それが少なくとも五人以上。
「どこの国ですか?」
しかしセーリスクは彼らの所属する国はわかっていなかった。
だがイグニスは明確に答える。
なぜなら自身がそこに所属していたからだ。
「……法王国の奴らが何人かいる」
「法王国じゃない可能性は?」
確かに、その可能性はある。
だが法王国の住民の気配は他の国と少し違うのだ。
イグニスは以前それを指摘されていた。
法王国の【天使】の思考は別の生き物だと。
ペトラはその人物が法王国ではない可能性を浮かべる。
無論これはイグニスを疑っているからではない。
ペトラは、機兵大国と法王国の関係を知っている。
法王国が潜り込んでいる。
これは最悪のパターンなのだ。
最悪のパターンをいきなり提示されてそれ以外の他の可能性を考えるのは当然のことであった。
イグニスもそれを理解する。
「少なくともこいつらは機兵大国のやつじゃない。目的はわからないけどな」
「……誰かを襲おうとしている?いやそんな杜撰な計画がうまくいくはずがない。それにセーリスクが気づくってことは彼らは法王国のなかでも精々上の下……」
法王国だとしても、じゃないとしてもその人物は敵意を持っている。
彼らはそれを隠しきれずに二人に気づかれている。
法王国の戦力では真ん中を担う存在だといえるだろう。
絶対に上澄みではない。
そんな人物が、突発的な強襲を任されるだろうか。
いやしない。
自分であれば、絶対的な責任者を一人は置く。
機兵大国の戦力が明確ではない以上、最低でも確実に相手を撃破できる要員をおかなければいけない。
つまりこれは戦闘を重きにおいた行為ではない。
探索や情報収集に重きを置いた行動だ。
ペトラはそう推測する。
「……彼らは何かを探そうとしている……?」
「ああ……この動き。多分なにか探してんだ」
「なにか……?」
物体か人物か。
この場合人物と仮定しよう。
この辺で見つかるものが機兵大国固有の物体であるはずがない。
彼らにとってこの行動はばれてもいいのだ。
理由は二つある。
目的は、その人物を機兵大国から追い出すこと。
もしくは、機兵大国に露呈するリスクを覚悟でその人物を確保することが重要な場合。
二つ目の場合露呈したうえで正当な説明を説明できる。
そしてこれは、二つに共通することなのだが。
戦闘行為自体がリスクになる人物の可能性。
目的としている人物が高い戦闘能力を持っている可能性だ。
彼らは戦闘行為を考えていなく連行することが目的なのだろう。
そんな人物は一人しかいない。
三人の視線が一人に注目する。
イグニスだ。
イグニスの場合。
機兵大国にいくことで、機兵大国とイグニスの繋がりができる。
それを恐れている。
それなら理由がある。
そして法王国は重要な役職の人物がそちらに逃亡したと説明すれば機兵大国もそれほど強くはでれない。
法王国は世界をアンデットから守っているのだから。
それに反抗するのであれば、明確な敵意を法王国に持っていると主張される。
機兵大国もイグニス一人にわざわざリスクを取らないだろう。
素直にイグニスを渡した方が早い。
「……俺か……?」
イグニスも似たような理論を頭のなかで組み立てていた様子だ。
頭を抱え考えこむ。
しかしペトラはそれを否定する。
「いやイグニスではないはずだ。それなら豊穣国を探すほうが手っ取り早い」
「だよな」
「豊穣国からは法王国の人員は確認されていない。それも布教を目的とした人物だ。イグニスを確保しようとする可能性はない」
ペトラの保持している情報では、イグニスを確保しようとしている人物は発見できなかった。
むしろイグニスのことは既に忘れているのでは。
そう考えられるほどだった。
事実今までイグニスを確認しようとする人物など一人もいないのだから。
では、いまそこら辺を歩いている人物は誰を探しているのか。
そんなことを考えていると、ある人物に声をかけられた。
「わああ!」
「!?」
「誰だ!」
「久しぶりだねえ。ラフ……いや今はイグニスか。イグちゃん!会えてうれしいよぉ」
その女性は、金髪を巻いたような髪型をしていた。
女性的なかわいらしいふわふわとした長髪であった。
ほのかに良い香りがイグニスの鼻腔に入ってくる。
眼は、青色であった。
しかしイグニスとは少し色が違う。
イグニスの眼の青さは、透き通った宝石のような空の青さの色であった。
その女性の眼の青は水の奥底のような、海の美しさを持った女性であった。
眼は、一切の曇りを纏わず
光を持っていた。
イグニスの手をもってぶんぶんと振る。
「ちょっとリリィ。私をおいていくなヨ」
「その声はっ……」
「やあ、久しぶりだね。イグニス」
独特な口調で話す少女は、金色と桃色交互に重なるような髪色をしていた。
眼は、炎のように赤かった。
口は、八重歯になっていてかわいらしさを感じた。
身長は150にみたない小柄な女性は太陽のように明るい笑みをイグニスに向けている。
「ラグ……」
「おっといけなイ。あんまり名前を呼ぶなヨ。今は、フラーグムでお願い」
フラーグムは、イグニスの口元にしーと指を当てる。
そしてにこっと笑った。
「久しぶりに会えてうれしいよ。イグニス」
彼女は本当にうれしそうであった。
しかしなぜ五位ラグエルがここにいる。
イグニスはそんな疑問を持った。
「フラ……グム?どうしてここに」
「だってこの人が会いたいっていうからさ……」
ラグエルはリリィと呼ばれた女性を指さす。
そしてイグニスはその女性の声にも聞き覚えがあったのだった。
「じゃあ、まさか貴方は……」
正体は既に確信がついていた。
一位【ミカエル】。
三位【ラファエル】。
法王国の、才ある七名に与えらえる天使の名称や二つ名。
最も偉大な三人。
その最後の一人。
「私の名前は……今は、リリィでいいよ。後ろの君たちにもわかるように説明するよ。法王国の第二位の立場を擁するものだ」
イグニス以外の三人もその時は心の動揺を感じた。
目の前に、法王国で二番目といえる人物がいる。
それは、困惑を生み出した。
「ガブリエ……」
「はいはい、しーだよ。今はひみつー」
第二位の正式名称を口に出しそうになったペトラにリリィは指を口に当てる。
「おいおい、とんだ大物がきたな。喜んでいいのか」
「……あの雷使いの亜人と同格の……」
「いやこの人に関していえば、それ以上だ」
法王国天使第二位。
イグニス達が今まで出会うことのなかった最後の天使。
その人物は、法王国の制服を着ることなくイグニス達の目の前に現れた。
実質法王国の右腕といえる人物の登場に四人は困惑していた。
イグニスはリリィに尋ねる。
なぜ今このタイミングで現れたのか。
それが疑問だった。
「でもなんで……」
「イグちゃんが思ってるより今の状況は不味いんだ。少し私たちの話を聞いてくれないか?」
よだれを垂らして目を輝かせながら、フラーグムはカフェを指さす。
「そうだ、あそこのカフェでお茶しよ。いいよネ。リリィ?」
「いいともいいともっ。いっぱい食べようじゃないかぁ。楽しみだねえ」
緊張と弛緩が交互するような会話はイグニス達に違和感を与えた。