十五話「北の賢者」
「おーーい、イグニス。おきてー」
「イグニスさん?おきてー」
「うう……」
その声は、ペトラとセーリスクであった。
いつの間にかに自分は寝ていたのだろうか。
自分の体がゆすられているのを、感じた。
眼の中に光が入ってくる。
三人がこちらを心配そうに見ている。
はっと目を覚ます。
体をがばっと勢いよく起こした。
「え?」
しかし目の前には、自分とは別の頭があった。
その顔は驚きと同時にイグニスの行動に反応しきれていない様子であった。
眼の前が輝く。
お星様が、頭の周りを旋回する。
痛みが頭に走った。
どうやらフォルトゥナの頭とぶつかったようだ。
お互い悶絶する。
「くぅ……」
「うっわ」
ペトラが少し引いていた。
心配をしてくれ。
「……大丈夫?」
「痛いよぉ……」
フォルが、頭を押さえながらその場で涙目になっていた。
セーリスクは、二人の心配をして困惑していた。
「ごめんな……フォル」
フォルトゥナに悪いことをしてしまった。
イグニスは謝罪をする。
それにしても痛い。
「大丈夫で……す」
「絶対大丈夫じゃないって」
思ったよりがっつり当たってしまった。
お互いが痛みに苦しむことになってしまった。
「ほらこれ。回復用の魔道具。使いなよ」
「有難う」
「ありがとうございます」
ペトラから渡された魔道具に、魔力をいれ作動させる。
魔法の効果のせいか痛みが段々と引いてきた。
「大丈夫そう?」
「うん、もう大丈夫」
「ですね。ペトラさん有難うございます」
「ふふん、さすがボク」
フォルに感謝されペトラは自尊心を満たしていた。
「それにしても……珍しいですね。イグニスさんが馬車の中で寝るだなんて。いつもはどんな時でも警戒しているのに」
セーリスクがそう指摘する。
イグニスと普段接していれば、その有効的な性格とは裏腹に警戒心というものを常に張り巡らせていることに気が付く。
しかしついさっきまでの彼女は完璧に緩み切っていた。
自分たちを信頼してくれたのだろうか。
それにしても雰囲気が少し違う。
「確かにそうだねぇ。どしたの?イグニス」
ペトラもセーリスクに同意する。
珍しいこともあるものだなと二人は感じていた。
不思議だなとセーリスクは考える。
本当に体の調子が悪いのでは。
そう考えもした。
「疲れていたんですよ。警戒は殆どイグニスさんに任せていますし。今回みたいなこともありますって」
フォルは深く考えていない様子で、二人にそれ以上触れるなと注意をする。
「まあ、そうだね。イグニスいつもお疲れ様」
「はは……ごめんな」
「イグニスさん。ごめんなさい。僕がふがいないばかりに」
「そんなことを思ってないから気にするなよ」
フォルとペトラに、気を遣わせてしまった。
申し訳ないなとイグニスは感じた。
先ほどまで夢をみていた気がする。
とても幸せな夢だったなとイグニスは考える。
「夢……夢かあ」
あれ、いったいどんな夢を見ていたんだっけ。
イグニスは、夢の内容を先ほどの衝撃で忘れてしまった。
なんだか温かい夢だった。
馬車のなかから、外に身を乗り出した。
ここはもう機兵大国の近辺であった。
豊穣国や、獣王国の周囲とはまた違った景色だ。
豊穣国は、豊かな自然や農作物、樹木が目立った。
獣王国は森林もあるが、荒れ地もあるという場所による差が大きい場所であった。
だがここには草原しかない。
所々にテントや、動物の放牧が見られる。
二つの国とは違ってまた味わいぶかい風景だ。
この風景を見ていると、先ほど考えていたことなどどうでもよく思えてきた。
夢の内容はまた考えればいいか。
そう思った。
「まだぼーとしてるね」
「大丈夫かな」
「心配ですね」
イグニスの後ろで、三人はこそこそと話をしていた。
彼女のことを心配しているのだ。
「そういえば……イグニスさんってなにが好きなんですか」
「急だな」
「えっ……なんだろ」
フォルはイグニスを励まそうとして二人にイグニスの好きなものを尋ねる。
しかしペトラはそんなものを知らない。
イグニスとは友人関係ではあるが、共に行動することは少ない。
話はするが、ペトラの性格では無駄話を非効率的なものだと考えていた。
それに加えて自身の性格からくるコミュニティ能力は、絶望的であった。
「えっと……えっとぉ」
「なんですか……?」
「ううう……」
やめろそんな目でみるな。
ペトラはただそう感じた。
フォルには決して悪意はなく、彼女も友人を持つことが少なかったため。
ペトラのことを羨望の眼差しで見ているのだ。
そんなペトラの様子をみて、セーリスクは助け舟を出す。
「イグニスさんは、ご飯を食べるのが好きだよ」
「そうっ。そうなんだよ」
お前知らないだろとは流石に言わなかった。
さんきゅーセーリスクと言いそうなやり切った顔でこちらを見るな。
それにそこまで言ったらペトラがかわいそうだ。
何も言わないことにしよう。
フォルは関心を持ったようで、へーと言う。
「そうなんですね。じゃあ、機兵大国に行ったらいっぱいご飯でも食べましょう」
「いいね。それ」
イグニスが食べることを好きなら、そのまま食事に連れていくのがいいのかも。
ペトラもそう感じた。
セーリスクもそれならイグニスも喜ぶだろう。
二人と同様のことを考え、納得した。
「確かにそれなら、イグニスさんも喜ぶかもしれない」
機兵大国についたら真っ先にご飯を食べよう。
三人はそう決めた。
イグニスを励まそう。
そんな作戦を立てた。
「景色きれいだなあ」
尤も、イグニスは何も考えておらずただ茫然と外を眺めていた。
そのまま馬車は走った。
一時間ぐらいだろうか。
時間がたった。
そんな時ペトラが言った。
「あれが、入口だよ」
大きな関所が立っていた。
豊穣国でセーリスクが所属していた場所と同じようなものだろう。
「香豚大丈夫かな……」
フォルがそんなことをぼそっと呟いた。
そういえば、香豚も門番の所属だったとうっすら聞いたなとイグニスは考える。
きっと彼女も、なにかしら思い出しているのだろう。
「……荷物の確認をさせていだきます」
機兵大国の兵士が、馬車の近くにやってきた。
他の馬車にも同様の流れをやっている様子だ。
警備としては当然のことだろう。
「あー、みんな大丈夫」
「ペトラ?どうした?」
ペトラがその場から動きだしていた。
「やほ、元気?」
ペトラが、その兵士に対して顔をみせる。
「!?」
誰だと、兵士はその声の主の顔をみようとした。
次の瞬間兵士は明らかに動揺していた。
「ペトラ様!?なぜここ……」
ペトラが、口に指を当てる。
騒がれるとまずい。
そう考えたのだろう。
「しーだよ。他の人にばれたらまずいでしょ」
「……わかりました。賢者様には連絡を……?」
「賢者様……?」
なんだか気になる言葉がでてきた。
機兵大国で賢者と呼ばれるほどの人物。
ペトラとはどのような関係なのだろうか。
「もう送ってあるよ。安心しな」
「わかりました。少々お待ちください」
兵士が他の者と話しているようだ。
話が終わりこちらに近づいてくる。
「はい、大丈夫です」
「有難う」
「では、ペトラ様。ご体調には気を付けて」
「はいはい」
馬車は門を通過した。
ペトラが兵士と知り合いだったお陰だ。
それにしても聞きたいことがある。
セーリスクはそう考えた。
「賢者様って誰なんですか。ペトラさん」
「!?まじで知らないの?」
「はい……」
賢者とは一体だれなのか。
セーリスクのその質問に対して、ペトラは驚きを持つ。
そして頭を抱えた。
「あーーー、確かに獣王国の教養に機兵大国の賢者なんてないよな……。豊穣国でも教えること少ないし。でもあいつを偉人として紹介するのいやだなー」
ぼそぼそと何かを思案している様子だ。
なんだか途轍もなく困惑していて話かけるのをためらった。
「?」
「大丈夫ですか」
その様子のペトラをみて、フォルは心配をした。
どう話しかけようか迷っていた。
「ああ……ごめんね。ちょっと考えてた。ところでさ」
「どうした?」
ペトラはセーリスクのほうへ向く。
「セーリスクは知っている?機兵大国の賢者について」
「……すまない。僕もほんの少ししか……」
セーリスクも気まずい顔をしていた。
学校に行く期間もそれほど長くはなかった。
門番をする仕事も多少の知識はついても、調べようと思わなければそこまでだ。
フォルと同様に機兵大国についてはそれほど詳しいわけではない。
「……だよねー。これはボクのミスだ。すまない」
はあとため息をつく。
確かにペトラの出発の準備は急だった。
ココ最近で国外の勉強を始めたセーリスク。
そしてそもそも獣王国以外の知識を持たないフォルトゥナ。
そして説明を一切考えていなかったペトラ。
ミスったとペトラはその表情を隠していなかった。
そして最後にイグニスに確認をとる。
「二人はしょうがないとしてイグニスは知っているよね」
頼む、知っていろ。
そう言いたげな彼女は、目を細くしてこちらをみていた。
「まあ……多少なりとも」
「フォルは……微塵も知らないよね」
「勿論ですよっ」
「わかったから胸を張るな。誇るな」
はあ、とペトラはため息をついた。
これに関しては、自分のミスだ。
強く責めることもできない。
ペトラはそう考えていた。
「……イグニス」
「おう」
「二人に……わかーりやすいように説明お願い」
「わかったよ」
イグニスなら確実に二人に対して伝えることができる。
そう考え、ペトラはイグニスに説明を頼んだ。
「まず前提の知識として、ペトラが豊穣国で重宝されている理由はわかるな?」
二人は考える。
そしてセーリスクは即座に答えた。
「ええ、魔法道具の開発者としてですよね」
そう、ペトラは魔法道具及びそれを発展したゴーレムの使い手だ。
彼女の豊穣国における価値は高い。
国外においても高い地位を保持できるほどに。
これは全ての者の共通認識だろう。
「そうだ。ペトラは知識と技術によって豊穣国の魔法の価値を底から上まで上げた。その偉業は、比較できるものがほぼないだろう」
「そんなえらい人だったんですね……」
フォルが驚いた様子で、ペトラのほうをみる。
彼女は褒めろと言わんばかりに胸を張っていた。
めっちゃ鼻高くなってる。
「まあ、人格はともかく能力は本当に尊敬できるやつだよ」
「人格もキュートだろうがっアホリースーク」
切れた調子で、ペトラはセーリスクのことをバンバンと叩く。
「キュートでまとめきれると本当に思ってるのか……?」
人格は人を選ぶタイプではあるのは確実だ。
ただ認めた人物に対して厳しくなることはないし、受け入れた人物に対しては寛容だ。
「ほら、優しくしろよ。セーリスク」
「……はい」
「ふんっ」
ペトラもセーリスクにだけは特別対応なのだから大目に見てほしい。
「……でだ。そもそも魔法道具の生みの親。開発された場所は知っているか?」
「機兵大国……ですよね」
「そうだ」
機兵大国は、ペトラの生まれた故郷。
彼女はそこで自身の魔法と技術を学んだ。
それを魔法道具とゴーレムに生かしているのだ。
彼女が豊穣国に行った経緯はしらないが、相当複雑な事情があるはず。
そうでもなきゃ、機兵大国がペトラという人材を離すはずがない。
「そもそも魔法道具はここ数十年で開拓された分野だ。いま使用されているものの歴史は長くない」
「そうなんですか?てっきり魔法道具の歴史はもっと長いものだと」
「長いよ。ただ昔の魔法道具と今のはちょっと違うんだ」
「原型があるといわれている。すべての魔法道具の元となった基盤が」
「まあ、その原型が凄いんだけどね。由来は人間……ていえばわかる?」
はっと理解したように二人は頷く。
アンデットを生み出した当時の人間の技術は相当なものである。
それを理解しないものはいない。
「そしてその原型をすべて理解したのが機兵大国の賢者」
今までの歴史で誰も解明することのできなかった技術。
それを理解して、広めた人物。
彼は天才といわれ、この世界の技術の発展しやがてこういわれた。
「【北の賢者】ソムニウム・マキア。それが世界で最も偉大な発明家だ」
深淵に住む男。
化け物。
彼の頭脳を理解できないものは、みなそう言い離れていった。
彼はいまも一人で原型の解析を進めているという。
そしてイグニスはこうも考えていた。
彼も、【世界の意思】を知る一人ではないかと。
「なるほど……」
「理解できたなら十分だ」
ペトラがこれから会おうとしている人物だ。
微塵も知らないなんてその場で言い出したら彼は気分を損ねるかもしれない。
少なくともある程度の素性は知る必要があるだろう。
「で。それがボクの兄ってわけ」
はあと溜息をつく。
とても面倒臭そうであった。
「兄がいたんだな」
セーリスクはただ単にそう思った。
それに【マキア】という家名。
彼女は由緒正しき家の生まれだったようだ。
家名を捨て、豊穣国にいる理由が少し気になっていた。
「……正直会いたくないんだよ。あの人には」
「……お兄ちゃんがいるならいいじゃないですか」
兄が生きているなら、大事にして会ってあげればいい。
自身の経験と照らし合わせてフォルはそう思った。
「……そうだけどそうじゃない」
「?」
「本当にうざいの」
「……?」
ペトラの言いたいことがいまいち要領を得ない。
彼女は、兄の何を嫌がっているのだろうか。
同じ天才同士話が合いそうなものだが。
「ま、会えばわかるよ」
ペトラは、頭を掻いてめんどくさそうにそう言った。