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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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十四話「愛とは」


「びっくりしましたね」

「ああ……」


骨折りとアーティオの様子が違ったことに、イグニスとセーリスクの二人は驚いていた。



「お前はこれからどうするんだ?」

「決まってるでしょ。機兵大国にいくんだよ」

「ペトラ」

「少なくとも、現状の豊穣国の知識じゃあ、その魔眼というものに対応するものはない」

「……だよな」


人口の殆どが、亜人に偏りなおかつ知識を崇める傾向にある法王国ですら魔眼に対する知識は皆無に等しかった。

あくまで、法王国の六位が魔眼を所持することが多いというだけでどのような状況で発現するのか。

どのような症状で発現するのか。

そういったものはあやふやであった。

尚且つイグニスが知っている症例が少ないのであれば理屈をひとつに集約するのは難しい。

今現在イグニスが、認識しているのは先天性の第六位と、後天性のセーリスク。

しかもセーリスクは、完璧に制御することができておらず失明という結果になっている。

「エリーダもそう思うでしょ?」

「まあ、そうですね」


エリーダも認める。

彼の眼には、回復魔法をかけたが特に変化はなかった。

体が、その魔眼に対して悪影響を与えるものだと認識していないのだ。

ともかくエリーダの専門とするものではなかった。

だが機兵大国の知識ならそれに対応するものがあるかもしれない。

ペトラはそう考えて、機兵大国に向かうことを考えた。


「ほら、それならいかないと」

「そこにいけば、治るのか?」

「まあ、確実とはボクも言えないけど。このまま豊穣国で放置するよりもマシだと思うよ」

「そうか……それならいくか」


ライラックになんて言おう。

セーリスクは、心の中に不安が渦巻いた。


「よし、決定ねっ!」


ペトラは、嬉しそうに笑う。


「なあ、俺もついていっていいか?」

「イグニスさんも?」

「ああ、探したいものがあるんだ」


探したいものは、当然多眼竜の居場所だ。

多眼竜は、機兵大国にいると銀狼が言っていた。

今回は、彼の言うことを信じたい。

なにより死の間際に語った言葉が嘘だとは思いたくない。

マールとアラギの関係を知るためにも、機兵大国に行かなくてはいけないのだ。


「うーん、それはいいけど」


ちらりと、ペトラはエリーダのことを見る。

エリーダは、深いため息をついた。


「はあ、いいでしょう。現時点で、国防に心配する必要はありません。香豚さんがいますし、姪には滞在をもう少し伸ばしてもらいます。ただペトラ。防衛用の魔法道具の点検はしっかり済ましてくださいね」

「わかってるよ。あとさ……フォルも連れて行っていいかな」

「……えっ」


フォルは驚いたように、ペトラを見る。

ペトラは、そのペトラの手を握る。

「ねっ。いいじゃん」

「私まだ豊穣国すらまともに見れてない……」

「いいじゃん!」

「うう……」


ペトラの眼の輝きというものに、フォルは押されていた。

がんばれフォル。

そこで負けたらもう勝てないぞ我儘天才には。


エリーダは思案する。

フォルの能力は、【認識阻害】。

戦闘は程々であり、一般兵並み。

どちらかというと、防衛に使う人材ではない。

逃走や、潜入にこそ真価を発揮する人物だろう。

そう考えると、豊穣国に置いていくよりペトラに付かせたほうがメリットが大きい。

彼女がいるだけで確実な逃走という手段が取れるのだから。

ふむどうしたものかと、エリーダは考えた。


「フォルトゥナさん。貴方はどうしたいですか」


こればかりは判断しがたい。

本人に任せることにした。


「ええっ」

「今回は貴方の判断に任せます。香豚さんの仕事は増えてしまいますが」

「俺を気にすることはない」

「えええ……」


迷った。

自分はどうすればいいのか。

そういった決断ができていなかった。

自分がなにか失敗しても嫌なので、断ろうとした。

だけど最後にセーリスクのほうをちらりと見てしまった。


「……行きます」

「やったああ!」

「なんでそんなによろこんでいるんですか」

「別にいいじゃん。エリーダには関係ないでしょ」

「セーリスク君の治療が終わったらすぐに帰ってくるんですよ」

「わかってるって」

「まったくもう」


ペトラは、普段みないぐらいウキウキであった。

エリーダは、そのペトラの様子を見ながら呆れていた。

だが心のどこかでは嬉しさを感じていただろう。

彼女は、ぺトラが同年代の友人を持つことができてそれがうれしいのだ。

それに彼女に対して、注意というものをしなかった。


「じゃあ、アホリスクとイグニスは準備してきてね!ボクはフォルと買い物をしてくるからっ!」

「そん……」


言い切る前に、フォルはペトラに誘拐されてしまった。

断末魔が途切れ途切れで聞こえたのは決して気のせいではないだろう。


「……うわあ」


まあ、仲が良いのは嬉しいことだ。

フォルトゥナは、豊穣国で浮くのではないかという心配もあった。

だがその必要はなさそうだ。

ペトラも、彼女のことを気にかけているようだし大丈夫だと思いたい。


「大丈夫ですかね……あれ」


ペトラに引っ張られていくフォルトゥナをみて、セーリスクは心配そうな顔をしていた。

足を彼女たちのほうに向ける。


「自分もついていったほうがいいですか」

「……いやいいよ」


なんでだろうと、セーリスクは頭に疑問符を浮かべていた。


「まあ、あいつなりに気を遣ってるのさ」

「どこが……?」


そういわれると何も言えないが、気を遣っているはずだ。

ペトラは、自分勝手な面が目立つが阿呆ではない。


「ほらこれで、ライラックに会うことができるだろ?」

「あっ」


思い出したかのように、セーリスクははっとしていた。


「でもペトラがなんでそんな心配を?」


セーリスクも、ペトラの人格を知っている。

だからこそ、そんなペトラが自分に対してそんな配慮をするとは思えていなかったのだ。


「あいつも気まずいんじゃないかな。連れまわしてるせいで、お前がライラックに会うことができないだろ」

「……」

「そんなところに割って入っても邪魔になると考えたんだろ」


セーリスクは、何も言うことができなくなっていた。

意外と彼女は、自分のことを考えてくれていたのだと。

そのことが驚きだったのだ。

少しの沈黙が続く。

イグニスは、彼の気持ちに配慮した。


「じゃ、いくか」

「はい」


イグニスとセーリスクは、ライラックの待っている彼女の家に向かうことにした。




深いため息をつく。

それが、どのような感情によるものなのか、セーリスク自身理解することができなかった。


「俺が開けようか?」

「いいです」


これは喜びなのか、恐怖なのか。

それとも、怯えなのか。

少なくともセーリスクは、他の人に絶対持つことのできない言語化できない複雑な気持ちというものをライラックに持っていた。


そのドアについている呼び鈴を、大きく鳴らす。


「はーーい」


優しく大人しい声が、自身の耳に届く。

その弱い声が、自身の胸の中の鼓動を開始させた。


小さくドアが開かれる。

そして、彼女と目があった。

誰だろうと疑問のこもっていた目が、やがて喜びになるのを感じる。


「セーリスク君!!」


彼女が、大声で歓喜を上げる。


「やあ……らいら……おぉお」

「よかったぁ……本当に良かった……」


泣きながら、彼女はセーリスクのことを強く抱きしめる。

彼女の頭が、セーリスクの鳩尾にヒットしたのをイグニスは見逃さなかった。


その抱擁は、愛情によるものであることは即座にわかった。

セーリスクは彼女を待たせてしまったことを後悔した。



「ごめんね、ライラック。ただいま」

「うん、おかえり。セーリスク君」


鼻水と涙だらけの顔が、セーリスクに向けられる。

只その顔は満面の笑みであった。

セーリスクの服が、いろいろな液体で濡れている。

ただセーリスクはそんなことを微塵も気にせずにライラックの頭をなでていた。


「ほら、落ち着けよ。セーリスク困ってるだろ」

「あっ、イグニスさん。イグニスさんもお帰りなさい」


恥ずかしそうに、ライラックはセーリスクから離れる。

しかし少し名残惜しそうだった。


「ははっ。ただいま」


心の中に温かい感情が生まれる。

自分もなんだかんだで、この子に温かい感情をもらっているなと感じた。


「ほら、ライラック。これで涙を拭きな」


優しく目を拭いてあげてからセーリスクはライラックにハンカチを手渡した。


「あ、ありがとう……」


物凄い音で、鼻をかむ。

セーリスクのハンカチが、ライラックの鼻水によって汚染されていく。

セーリスクは、どのような表情をしているだろう。

あっ、満面の笑みだ。

よかった。


「セーリスクくん……本当によかった。無事でよかったよぉ」

「ほら……落ち着いてライラック」

「でもぉ……」



ライラックの感情は、激しくうれし涙が止まらないようすだ。


「セーリスクくんとイグニスさんがここにいるってことはお仕事はうまくいったの?」

「ああ、そうだよ。全部終わったよ」

「よかった……」

「ごめんね、心配かけて」


セーリスクが、ライラックのことを優しく抱きしめる。


「ダメだよ、イグニスさんいるんだから」

「えっと……俺は退散したほうがいいかな」

「「全然っ!!」」


二人とも頬を赤くして動揺している。

いいな、二人とも可愛いな。


「えっと……もうこのまま、この国にいてくれるの?」


セーリスクが、動揺しながらその質問に答える。


「ああ……ごめんね……」

「えっ……どういうこと?」

「目の調子がおかしいんだ。それがこの国では治せないかもしれなくて」

「……そんな」


ライラックが心から傷ついていそうな顔をする。

今にも泣きだしそうだ。


「待って……今度は戦いなんて関係ないんだ。治ったらすぐ帰れるから大丈夫だよ」

「……治療のためってこと……?なら私も……」

「いや……それは」

「ライラック、ごめんな。いま外の国は不安定なんだ。けど俺も一緒にいるからセーリスクが怪我をする必要はないよ」


ライラックは、悔しそうな顔をするが静かに俯いて頷いた。


「うん、わかった」


そして顔をセーリスクに向けて言葉を放つ。


「今度はすぐに帰ってきてね……?」


その眼は、腫れていて今にも泣きだしそうだった。


「……わかっているよ」


これを断わることなんてできない。

それをやってしまったら、本当にライラックから嫌われそうだ。

そんなことをかんがえていたら、ライラックがもじもじと顔を赤くしながらセーリスクに近づいてきた。


「どうしたの?」


ライラックは、セーリスクの手を握りこう言う。


「えっとね……その今夜は一緒にいてくれないかな……?」

「えっ……それって」


流石に、鈍感なセーリスクでもその言葉の意味には気が付いた。

そしてセーリスクも、顔を赤くしながらこう答えた。


「うん……いいよ」

「……えへへ。よかった……」


満面の笑みで、今にも崩れそうなその顔で彼女は喜びを表していた。

イグニスは、何も言わずにその場から静かにクールに去った。


帰りの中豊穣国の中を見渡した。

こうしてみると自分が、来た当初とはずいぶん雰囲気が変わった。

平和だったはずの世界は壊され、穏やかさというものは少し減っていた。

だが確実に取り戻している。

それは、イグニスの心情というものが感じていた。

声が聞こえる。

この国を活気づけようとしている人々の声が。

イグニスはそれを聞いて、自身の胸にも温かさが宿るのを感じた。


そんな時、目の前に現れた人物がいた。


「せんぱーい」

「またかよ」


法王国第七位ラミエル。

彼女は、頬を真っ赤にしてイグニスの目の前に立っていた。


「ラミエル」

「先輩気分よさそうだね。どうしたの?」


笑顔を向けながら、にやにやとして彼女はイグニスに聞く。

しかし、いまここで彼女に関わられるのは少し不愉快だ。


「君には関係がないさ」

「……?」


イグニスは、少し言葉を強くした。

彼女は突き放さないといけない。

勘違いしているのだ。

アダムに与する以上、彼女は敵だ。

少なくとも仲良くする義理はない。


ぽかーんとした表情を彼女はイグニスに向ける。

なんかいつもと違うなとでも考えているのだろう。


「どうしたの先輩?怒ってる?なにかおいしいものでも食べようよ。あっ、お金ならいっぱい持ってるよ。だから大丈夫っ。……奢るからさっ!食べよう……よ……?ね」


焦ったように、ラミエルは懐から金銭を取り出す。

別にそんなことはどうでもいい。


「なぜ……邪魔するんだ」

「邪魔って?」

「私のことが本当に大切なら、もう一人にしてくれ。私と天使はもう関係がない」

「……そんなこと言わないでよ……怒らないで先輩」

「……」


彼女は自分勝手なのだ。

自分のことが好きと言っておきながら、いつだって自分自身の感情を優先する。

それが、本当に愛といえるのか。


「本当に私のことが好きなら、アダムの元から離れてくれ。あいつは危険だ」


少し間をおいて、彼女は答える。


「……それは無理だね……」

「なんでっ!」


彼女の答えを聞いて、問い詰めようとした。

怒ろうとした。

彼女のことを心配しているのは、本心だ。

彼女が自分のことを本当に愛しているのであれば、それはやぶさかではない。

努力は必要だろうが、彼女の愛に答えてすぐ傍にいてあげられる。

だからこそ、真剣に怒ろうとした。

だが、彼女の眼を見たときその感情は、失せた。

言葉がでなかった。

だって、彼女の眼は希望が塗りつぶされたように真っ暗だった。

彼女の心の絶望を知った。


「……!」

「私がこの世界で愛しているのは、先輩だけ。それ以外は、それ以外の塵は。どうでもいいの」

「そんな……っ。なんで……」


言えなかった、それ以上。

彼女を責める気には、なれなかった。


「言えない……ね。先輩にこれ以上嫌われたくないからさ」


無言になってしまった。

ラミエルには、なにがあるんだ。

自分はそれを知らない。

自分を愛する理由なのか。

それは。

それすら自分は知らなかった。

そんなことを自責していると、彼女はぱっと思いついたように発言する。


「ねえ、先輩。それなら一緒に逃げようよ。それならいいよ」

「……え」

「それならずっと一緒にいられるよ」


ラミエルは、自分の近くまで一気に近づいた。

イグニスの後頭部に手を寄せて。

そして、静かにイグニスのことを赤子のように優しく抱いた。


「世界が滅ぶまで、世界が終わるまで。一緒に過ごそう?同じ部屋で起きて。同じ部屋でご飯を食べて。同じ部屋で眠るんだ」


そう彼女は耳元で囁いた。

そして、イグニスのことをじっと見つめる。

その眼には、愛しかなかった。


「ねえ。いいでしょ?」

「……それが君の望みか」

「そう、それが私の幸せ」


そう言い終わって、彼女は自分の首元にキスをしようとする。

しかし反射的に、彼女を押してしまった。


「……ごめんね……」

「……いいんだよ。わかってる。先輩にとっての一番は自分じゃないってことぐらい。とっくにわかってるんだ」


ラミエルは、悲しそうに笑った。

イグニスのことを決して否定しなかった。

だが、彼女はあることを否定していた。


「でもね、だからこそどうでもいいの。この世界なんて。大切な人が苦しんでやっと保たれる世界なんてどうでもいい。終わってしまえばいいの」


ラミエルの歪みが、一つやっとわかった気がする。

アダムに味方する理由も。

だが、それを肯定するわけもいかなかった。


「ダメだ、ラミエル。それだけはダメなんだ」

「なんで?先輩はこの世界のことが好きなの?」

「……それは……」


いま、自分は迷っている。

この世界の正体というものに。

意外とラミエルは自分以上にこの世界についてもう知ってしまっているのかもしれない。


だが、自分が答える前にラミエルはにこっと笑った。


「いいんだよ、先輩はそれで」

「え」

「先輩はまた変わったね」

「どういうことだ?」

「前の自分を取り戻しつつも……今の自分を大事にしているのかな」

「……」


正直、彼女のいうことには思い当たりはある。

今の自分は、過去の自分をあえて思い出そうとしている部分はある。

ミカエルとの縁を再び紡ぎたいと思っている。

法王国との関係をやり直したい。

プラードの言葉、フォルトゥナとの関係で。

そう思えている自分がいるのは確かだ。


「……君は本当に俺のことを見ているんだな」


彼女が少し盲目的であるのは、もうどうしようもない。

しかし自分のことをじっと見つめているのは彼女であることも事実だろう。

本来彼女は、天使として冷静な判断力を持っている。

だからこそイグニスの心の本質というものを、正確に当ててきていた。


「けど私は、この世界を決して愛することはできない」


彼女はそう断言した。

イグニスから目をそらすことなく。

イグニスに敵対する意思をみせる。


「残念だなあ。先輩はいつも狡いや」


ため息をついて、その場でくるりと後ろを向く。


「先輩はいつも私のことを置いていくね。そんなとこも好きだけどさ」

「……ラミ…エル」


自分はいつだって彼女の心に応えるつもりはなかった。

だが、いまだけは少しだけそのことを後悔した。


「じゃあね、先輩。次こそは先輩のことを手に入れるよ。どんな手段を使ってでもね」


そういって、ラミエルは去っていった。

後悔と胸騒ぎが、心の中に残る。

彼女の心理というものを、自分は理解しきれていなかったのだ。


「……やっと今、君ともっと話をしたいと思ったよ」

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