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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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十三話「帰還」

彼らは、豊穣国へ到着した。

イグニスは安堵した。

セーリスクを、豊穣国へ帰すという自分の中の約束を果たすことができたのだ。


「よかったな、セーリスク。ライラックに会えるぞ」


イグニスは、満面の笑みでセーリスクにそう語る。

実際嬉しかった。

ライラックを悲しませることはない。

セーリスクとライラックを再開させることができた。


「……はい」

「どうした?」


しかしセーリスクは、自分の想像とは違ってなにかしら考え事をしていた。

セーリスクはある心配をしていたようだった。

イグニスに対して笑ってこう言う。


「また怒られちゃうなって。いっぱい謝らないと」


苦笑いだった。

しかし、イグニスもからかうようにふふっと笑った。

傷だらけの彼が、まだ他者を考える心を持っていることがうれしかった。

彼は、まだ心が戦いに染まっていなかった。


「いっぱい怒られて来いよ」


複雑な表情を浮かべている二名がいるが、この場では無視しよう。

祟り神に変化する可能性がある。

ちょっと殺気をこっちに向けないでくれる?


「……そういえば、イグニスさん」

「なんだ?」


彼の顔は、真剣なものへと変化していた。

どうやら真面目な話のようだ。

「イグニスさんは……あの時。単独でコ・ゾラと戦ったあとの会話を覚えていますか?」


いきなりどうしたのだろう。

しかし彼は、真面目な顔つきをしていた。

ここは、しっかりと思い出すべきだろう。


「……ええと」


会話の内容を思いだす。

確か、ライラックの働いている食堂の近く。

そこから出たときの話だ。

あの時彼は怒りを持っていた。

コ・ゾラのことを否定しない自分に対して。

あの時の自分は、彼のことをどこか庇っていたのだ。

あの時の会話は、彼にとってもいい思い出ではないはずだ。

今頃話題に出してどうしたのだろう。


「まあ、少しぐらいなら」

「あの時貴方は……あいつのことを庇っていましたね」

「……ああ」


そうだ。

あの時の自分は、コ・ゾラという存在に一種の気高さを感じた。

自分がただの人殺しではない。

そのような崇高さを彼は与えてくれた。

お互いがお互いの技量を測るため。

命を賭して喰らいあった。

彼の内部に宿る狂気に触れた。

だが同時に武人としての誇りにも触れた。

義務のため人を殺す技術を学んだ自分には到底持つことのできないものを彼に与えられた。

だからこそ自分は彼を庇った。

あいつはただの狂人ではないと。

狂人であることには、間違いない。

だが彼の根底には、何かしらの理由があったのではないか。

そう考えたのだ。

だからこそ自分は、彼のことを強く責めることはできなかった


「その気持ちがやっとわかった気がします」


彼の顔は、どこか晴れたようなそんな気持ちであった。

しかしやはりまだどこか苦さをもつような。

そんな複雑そうな顔つきであった。

イグニスは、そんな彼の心境を理解した。

同時に深く肯定しないことにした。

これは、彼の思考が結論するべきであると。

そう考えたからだ。


「……そうか」


少し複雑だった。

彼の言うことも間違ってはない。

ただ考え方が違うだけなのだと納得していた。

そしてその考え方は、彼の一種の魅力であった。

やはりネイキッドとの戦闘でなにかしらのことがあったのだろう。


「まあ、理解はできませんけどね」

「お前はそのままでいいんだよ」


自分もセーリスクも、あの狂気に触れた。

セーリスクがそれを理解できないことは、いいことなのだ。

自分はそれで納得した。


そんなことを話していると、香豚はあることを疑問にしていた。


「入国審査とかはいいのか?」


あんまりにすっと国の中に入れたので、香豚は不思議に思っていた。

大丈夫なのかと。

しかしそんなペトラが、ふっと笑った。


「いると思う?」


そしてペトラが、自身の顔を指さす。


「顔パスということか。なるほど、愚問だったな」


香豚は、納得していた。

そういえば、彼女は自身のことを自慢に思っていそうだったなと話を思い出す。


「こいつ性格のわりに、有名人なんだよ」

「性格は関係ないよねえ?骨折りぃ?」

「うわっ!お前俺の指折ろうとするなよ」

「君の名前にぴったりだろうが!逃げるなよっ」

「怖っ」


骨折りは、ペトラに対し指を向ける。

その様子に、ペトラは苛立ちながら骨折りをにらみつけた。

勢いのまま、骨折りの指を掴もうとする。

骨折りは焦ってその手を引っ込めた。

イグニスはもうちょっと仲良くしてほしいなと思った。

セーリスクは、そのやり取りを見てため息をつく。


「ペトラ……君はもう少しお淑やかにしたほうがいいぞ」

「そ……そうかい……?ごめんね……」


エリーダさんがとても驚いた顔で、こちらを見てくる。

自分の知らない間に、本当に何があったのだろうか。

まあ、仲良くしてくれる分にはいいのだが。

ライラックという最大の壁がある。

フォルトゥナはともかくペトラは知っているはずだよな。


「はは……まあ、こういったところでも便宜を図れるのは有難いことだ」

「今日帰るってことも伝えてあるしね」

「そうか」

「君たち二人が、プラードの部下であることも伝えてある。馴染めるかどうかしらないけど拒絶される可能性は絶対にないよ」

「……安心しました」


自分たちが、労せずともある程度の立場は確保できているようであった。

フォルは、そのことに安堵した。

流石に初めからでは苦労してしまう。


「君らが何にたいして不安に思っているのかは知らないけど。少なくとも安全と食料。それは保証するよ」

「僕らもいるから大丈夫だよ。フォル」

「そうだぞ」


フォルトゥナが、自分たちのことをどう思っているかはわからない。

だが自分とセーリスクは、彼女のことを仲間だと思っていた。

これからもずっと仲良くできるような友だ。

絶対に彼女を差別することだなんてありえない。


「そうですよね。ありがとうございます」


彼女は安心したように、二人に笑いかけた。

やはり彼女は以前と比べて、こちらに対しては表情豊かになった気がする。

前より心を開いてくれているようだ。


「今後二人は、プラードの部下が派遣されたという形で豊穣国に所属することになります。報酬や居住の場。それらは提供するので心配はしなくても大丈夫です」


エリーダが、より詳細な説明をする。

しっかりとした雇用関係のようだ。

今後も、彼ら二人がプラードの部下であることは変わらない。

そして組織としてプラードの部下である二人を冷遇することはできない。

そういった関係のようだ。

まあ、獣王国と豊穣国の今後の友好の関係を示すものでもあるだろう。


「有難い」

「ありがとうごさいます」

「こちらとしても、戦力の提供は有難いです」

「まあ、お互い仲良くしようってことだよ」


人格の点でも、戦力という点でも彼ら二人に心配することはないだろう。

二人とも問題を起こすようなタイプでもないし、ここで獲得したものは最終的にプラードと自身の得になることも理解しているはずだ。


「ひとつききたいのだが、豊穣国の指揮体系はどうなっているんだ?」

「伝えられることはすくないですが」

「それでもいい、大まかにしりたい。特に、骨折りやイグニスさん。セーリスク君の立場は特殊なものだろう」

「そうですね。では前提としてその三人の立場の話をしましょう」

「ほう」


恐らくだが話せることは少ないだろう。

だがエリーダは、信頼を獲得するためにもある程度の説明は必要だと考えていた。

セーリスクは、ペトラとプラードのお気に入りということは別に説明はいらない。

ただ骨折りとイグニスは事情がややこしい。

説明するには、リスクが大きすぎる。


「まず今回の選別は少数精鋭による獣王単体の撃破を目的としていました」

「なるほど、少ないとは思ったが豊穣国はそもそも戦力を十人近くも送る気はなかったと」


少数精鋭。

それが今回のテーマだった。

まあ、そのせいで獣のアンデットのときに対応が苦戦したのだが。


「はい、それで獣王に気づかれても厄介なので。プラード様、骨折り、イグニスさん。それぞれが個の能力を高く持ち、獣王を撃破するのに十分な実力を持っています。セーリスク君は例外でそのバックアップに当たってもらおうと考えていました」

「ふむ……なるほど」


一番の理由は、他にもある。

セーリスクは、イグニスや骨折り。

プラードやペトラ。

それら全員と友好的な関係を築いている。

尚且つその氷の能力は、全員の補助ができる万能型。

前衛では、冷気により敵の攻撃に対し距離をとれる。

後衛では、高火力の攻撃により高い戦闘能力を持つことができる。

実力が不安定だが、サポートには十分だと判断していた。


「なるほど理念は理解できた。では所属は?」

「骨折りは傭兵として。イグニスさんは顧問として、セーリスクさんはほぼ壊滅した親衛隊としての所属になっています」

「壊滅……?豊穣国の戦力は少ないと聞いていたが、そこまでか」

「はい。だからこそ、香豚さんとフォルトゥナさん」

「……」

「貴方たちには親衛隊の育成を依頼しようと思っています。加えて、ペトラや私のような戦闘を主な役割としていないもの。非戦闘要員の護衛も貴方たちに任せようと思っています」

「把握した」

「了解しました」


どうやら話はまとまった様子だ。

待遇や環境には不満は持っていなそうだし、今のところは大丈夫だろう。


「まあ、真面目な話はこれぐらいにしようよ。あとはアーティオ様から話があるだろうし」


そういって、ぺトラは疲れた顔をしていた。

その話には、微塵も興味をなさそうな顔をしていた。


「そうだな。なにか食い物でも買ってくるか」

「ボク果物の詰め合わせでお願いー」

「ペトラ、イグニスさんに頼むな。自分で行ってこい」

「えー、これぐらいいいじゃん」

「イグニスさん。私もついていきましょうか?」

「いいよ。まだ外は怖いだろ?」


そういって魔動車から降りた。

自分はふとあることを思った。

ああ、この瞬間を自分は楽しんでいるのだなと。

いつかみんなで旅ができればいいなと思った。



「よくぞ、帰った」


嬢王デア・アーティオはそういって自分たちを迎え入れた。

彼女は、いつもの堂々とした態度を変わらずこちらに見せていた。

しかしどこか感情には寂しさが見えた。

これは気のせいではないだろう。

なにせプラードがいないのだ。

彼女はプラードに対して深い情を持っている。

それにいままでプラードと会うことを楽しみにしていたはずだ。

それなのに、プラードがいない。

うまく隠せてはいるが、自分には気が付けるものであった。


自分以外に気が付いていそうなのは、エリーダとペトラか。

彼女たちもどこか表情が違った。

やはりアーティオのことを気にしているのだろう。


「ペトラ、エリーダ。仕事を増やしてしまってすまなかったの。骨折りたちが無事に帰ることができたのはそなたたちのお陰じゃ」

「気にしないでよアーテ!ボクは貴方のためならなんでもするよ」

「そうですよ。アーティオ様。貴方様の指示ならいくらでも」

「ありがとう」


アーティオは、ペトラとエリーダの二人に労いの言葉をかける。

そしてその直後に、アーティオがこちらを向いた。


「イグニス、骨折り、セーリスク。そなたたちの力を借りることでプラードの願望はようやく叶った。プラードの代わりに礼を言おう」


彼女は立ち上がり、静かに頭を下げた。

その様子をみて、自分と骨折り以外の自分が動揺し慌てる。


「やめてください!アーティオ様!」

「そうだよ!やめてよ!アーテ!」


ペトラは、アーティオの近くにいき彼女の行動を中止させようとする。

しかし、彼女はペトラのことを目で静止させた。

ペトラも驚きその場で止まる。


「……この者たちが力を貸してくれなければ、プラードは死んでいた」

「……っ」


ペトラも、エリーダもそのことを把握していた。

現状は、認識よりかなり重かった。

そのことが、獣王をアンデットに変化させる原因となった。

どこかで、もっと認識を改めていれば。

もっと早く獣王に干渉することができれば。

なにか変化できたかもしれない。

放置し、楽観視したからこそ獣王はアンデット化しそれを殺すことになった。


「そうなのだろう?イグニス、骨折り」

「……そうだな。確実に死んでいたと思う」

「ああ」


骨折りは、それを肯定し。

イグニスは、静かに頷いた。

アーティオは、悲しい顔で静かにぼそりと呟いた。


「……そうか」


その顔は、曇っていた。

いつもの堂々とした彼女の要素は失われていた風に見えた。


「ちょっと骨折りっ!」

「こんな時に嘘ついてもしょうがねえだろ。もっと正確にいうなら俺らはネイキッドがいなきゃ死んでた。タイミングと運がかみ合った結果だ」


ネイキッドがいなければ、イグニスは死んだ。

プラードも、蚤も。

そして覚醒できなかった自分も。

そのあとは地獄だ。

誰も止めることはできずに獣王国は滅び、最終的に獣王は世界の災害となる。


「……アダムの配下か……」


アーティオはまた複雑な顔を浮かべていた。

しかしそれは心配ではない。

懸念だ。

アダムの配下であるネイキッドの力を借りてやっと獣王ベヒモスに勝つことができた。

多眼竜のようにこの世の理を超えたような生物。

それらはあと何体いるのか。

アダムは何体つくることができるのか。

それは把握できない。


「……それでも」

「それでもなんだ?アダムが本気で潰す気なら俺らは死んでた。正直にいうぞ?今のままでアダムに勝つことは不可能だ。大好きな王子様守りたきゃ方法をもっと考えろ」

「……わかっている」


骨折りは、ペトラに吐き捨てる。

戦力が圧倒的に足りない。

骨折りは苛ついていた。

アダムを始末できなかったことも。

アダムに見逃されたことも。

そして獣王の戦いまで記憶を失っていたことも。

全てに苛つきを持っていた。

だからこそ骨折りは、戦い以降のすべてに。

そして謝罪するのみで、何かをいまだに隠している女王デア・アーティオに対しても。

怒りを覚えていた。

過去も覚えていた。


彼女は、いま何もできない。

なにもしないのではない。

なにもできない。

骨折りはその理由を知っていた。

そしてそのことはアダムが自分たちに止めをささない理由と繋がっていた。

アダムとの戦いにおいて彼女が要なのだ。

こんなことでいちいち動じられても困ると考えていた。



「報告は全部聞いている。獣王そしてその従者たちはアンデットへと変化し死んだと。きっと……いやプラードだけでは絶対にうまくいかなかった」


アーティオは理解していた。

プラード一人では勝つことのできない困難がこの先何度もでてくると。


「……」

「わらわは上に立つものとして、礼を尽くさねばならぬ」


再び彼女は、頭を下げそして上げた。

こちらの心を見透かすような真っすぐな目でこう語る。


「愛するあの人を守ってくれて有難う」


その言葉は、イグニスの心の中になじんだ。

きっとほかの者も同様だっただろう。

それを聞いて、骨折りが言葉を発した。


「ま、お前らの力になれたならよかったよ」

「骨折り……そなたはもう少し感謝をまじめに受け取れぬかのぉ」


終始変わらない骨折りのその態度に、アーティオは呆れを持つ。

だが、その顔は次の骨折りの言葉で一変した。


「覚悟を決めろよ、女王様。これからもっとこういう場面はでてくるぞ。この程度で、礼を言ってたらきりがない」


アーティオは、驚きを持った目で骨折りを見つめる。


「……骨折り。そなた……もしや」

「……?」

「……」


アーティオはあることに気が付き目を見開いていた。

しかし骨折りは無視し、無言であった。

骨折りが記憶を取り戻したということが関係しているのか。

ともかくイグニスには、この会話の内容がよくわからなかった。

他のみんなも同様だろう。


「話を戻そう……おかげで、豊穣国も獣王国との戦争を回避することができた。それについても感謝する。エリーダ」

「はい」

「用意していた金貨や装飾品はあるかの」

「はい、既に用意しております」

「ならよい。皆の者、報酬はエリーダにすべて渡しておる。偏りはあるが、大した差ではない。今後の方針も、エリーダを中心に話し合ってくれることを願う」

「わかりました」


エリーダが、アーティオの言葉を聞き頷く。

他の者もそれに異論はない様子であった。


「わらわは少し骨折りと話がある。皆の者は、部屋からでてくれ」

「アーテっ!」

「大丈夫じゃペトラ。心配することはない」


骨折りと、アーティオの様子は明らかに違った。

そのことをぺトラは、不安に思った。

骨折りのことを疑っているわけではない。

ただその会話の内容というものが不安だったのだ。


「わらわは大丈夫。心配することはない」


アーティオの言葉に対して、ペトラは何も言えなかった。

ただ無言で子供のような悔しがる顔をしていた。


「……」


ペトラはそれを聞き大人しくその部屋からでていくことにした。

他の者も同様に部屋から出ていく。

イグニスは部屋からでるとき骨折りの顔をみた。

その顔は、真剣そのもので。

これ以上踏み込むことを許さないそう語るようなそんな怖い顔だった。

だがイグニスは、その顔をやはり知っていた。


「……やっぱり似ているな……」


その顔は、自分の最も信頼している白髪の女性と酷似していた。

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