十二話「変化②」
「あと獣王国の火薬の武器の設計図、乱魔石だな。獣王国の乱魔石の研究も書類に舞纏めておいた」
そういって彼は、いくつかの書類と同時に乱魔石と火薬を取り出した。
実物を用意しているとは用意周到だな。
そう思った。
ペトラが、目を輝かせながらそれを受け取る。
「おお、これは有難いね」
「わざわざありがとうございます」
「気にしなくていい。エリーダ女史。プラード様の判断だ」
エリーダは、香豚に深々と頭を下げた。
香豚は、それに対して戸惑っていた。
あまりこういった人物に出会ったことがなかったのだろう。
その光景をみていたフォルが、迷いながらも香豚に聞く。
「本当にいいのですか?こちらが提供できる技術はあまりにも少ないのですよ」
「そうはいっても飛鷹、角牛も賛成していた。それに、プラード様と豊穣国の嬢王は既に親しい関係にある。今さらそんなことを懸念してもどうしようもないだろ」
獣王国が所持している技術は、少し後進的だ。
他の国に比べて優れているところは少ない。
特に豊穣国は、機兵大国の次に進んでいるといってもいい国だ。
豊穣国の所持している技術は多い。
それゆえに、今の現時点で情報を渡してしまってはもう渡せるものはない。
フォルはそのことを考えていた。
しかし獣王国の考えは違う様子だ。
ないものはないのだから、あるものをすべて出してしまおう。
出し惜しみすることが一番アウトだと。
そう考えていた。
「うんうん、有難いねえ。中途半端な決断で、情報の共有が遅れることこそ最も愚かだしねえ」
香豚が、渡した情報にペトラはご満悦の様子だ。
次々にその紙をめくっている。
「早っ」
フォルがその速さに驚いていた。
「まあ、確かに火薬や乱魔石なんて使わないよな」
イグニスは、自分の考えを述べる。
乱魔石や火薬は、法王国でも使うことは少なかった。
使うときは限定されていて、殆どは亜人の人員で対処可能なことが多いのだ。
「正直亜人であれば、魔法があれば十分だしね」
ペトラもその意見を肯定する。
セーリスクも、エリーダも肯定するようにうなずいた。
彼らとしても、この意見には賛成の様子だ。
「ならなんで、わざわざ優先してその情報を選んだんだ?」
香豚は、自分の疑問を率直に投げかける。
先ほどの意見が常識なら、わざわざこの資料を先に手に入れる必要はないはずだ。
しかしペトラはこの情報を求めた。
彼女の性格を理解したうえで、何かしらの理由があるのではないかと。
香豚は、そう考えた。
ペトラも、その疑問は当然とばかりに即座に返答をした。
「ボクは、ゴーレムを使って戦う。これはそれに必要なんだ」
「ゴーレムとは?」
「魔力によって動く土の人形のような魔法道具さ」
「ほう」
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
話を本筋に戻す。
「ゴーレムはそもそも魔道具を積みすぎると非効率になるしね。防衛のためには効率さは外せない。それに豊穣国の人材が足りないんだ。使えるものは何でも使う。これはゴーレムの強化に最適だ。それに……」
「それに?」
「自分が触れない。使わないからといって一切知らない。その行為もまた愚かだ。アーテの役に立つにはボクは全てを知りそれを生かさなくてはならない」
ペトラは、すべての事項を知ろうとしていた。
全てを知ることで、そのことがアーティオに役立つと信じていた。
知識を信じていた。
「火薬や乱魔石の使用はそのまま獣人たちの強化につながる。アダムとの戦いに備えてこれは必要なはずだよ。これらの資料は全てが可能ってわけ」
ぺしぺしと、その資料をたたく。
「学問のことは全くわかりませんね」
「僕もだ」
「二人は文字も読めるんだし、もっと本を読みなよ」
「「えー」」
「えーじゃない」
「まあ、役に立つのならよかった。俺にはわからん。それに豊穣国の天才ペトラには不要だろうがな」
「そんなことはないさ。時間が短縮できるならいくらでも頼る」
香豚の持ってきたものは、なくても困るものではないがあったら絶対に役立つものであった。
直接自分に役立つことはないが、いつか役立つ機会はあるだろう。
そう考える。
他にも、香豚はあるものを取り出した。
「ついでにこんなものも持ってきた」
「ん?なんだ」
「やけにいっぱい持ってきたね……」
それは、香豚以外の者にとっては驚きのものであった。
彼は、一振りの剣を出した。
「これはなんだ?」
その瞬間、セーリスクと骨折りとイグニスは神経が刺激されるような感覚を覚えた。
鳥肌がたった。
発生源は明らかに、目の前のそれだ。
その剣からは、魔力が放たれていた。
その感覚を、イグニスと骨折りは既に知っていた。
「はっ?」
「国宝級」
「は!!?」
「国宝級」
「二度言うなよ……」
骨折りは、深く強いため息を吐く。
まじかこいつと思った。
彼は、なんと獣王国の国宝級の武具を持ち出していた。
イグニスと骨折り以外のものは、目を丸くしてなにも言葉を発することができなかった。
セーリスクは、息を飲んでいた。
これが、国宝級かと。
その圧倒的感覚をその体で味わっていた。
「反応が面白くてな」
「そりゃこんな反応にもなるだろ」
イグニスですら戸惑った。
個々人の差は大きいが、国宝級は持つものに大きな力を与える。
勿論武器に頼ったせいで、その個人が弱くなるかもしれない。
だが総合的には絶対に強くなれる。
そんな武器が、国宝級だ。
世界に何個存在するのか。
世界に何人所持するものがいるのか。
その把握が難しい破格の武器国宝級。
そのひとつを香豚は持っていた。
「お前……獣王国の国宝級持ってきたのか……?」
骨折りも戸惑いつつ質問を投げる。
「おう、別にプラード様のものでもなかったしな」
そんな彼は一切動じてなかった。
誰のものでもなかったし、持ってきた。
そのように言いたげだ。
「相当図太いなこいつ、なあ鼠」
「……はは……そうですね」
彼の持ってきた国宝級は、亜人の持てるような剣ではなかった。
刃は、骨折りの剣のように極厚だがしっかりと研がれている。
しかし年代を感じるものだ。
「まあ……サイズ的に獣人が使える武器だな」
「鉈か……?能力は?」
「……それが知らないんだ。調べてもででこなかった」
「まあ、使用者が少ない武器ならあり得るだろう」
武器の能力が、でてこないというのはあり得る話だ。
まあ、実際その武器に選ばれなければ使うことはできない。
そもそも選ばれる可能性を高めるために所持するわけで。
「……少し変な形で豊穣国の国宝級所持が増えましたね」
エリーダも少し頭を痛くしていた。
「……まあ、そう悩むこともないんじゃないか。香豚は、元々獣王国でも上の実力の持ち主だ。プラードもそこまで文句を言わないだろう」
国宝級の所持者は、戦闘能力も高いことが多い。
このまま香豚が、武器に認められる可能性だってある。
彼にそのまま持たせておくのは悪いことではないだろう。
「とりあえず俺が持つということでいいか?」
香豚が確認をする。
「ああ、いいよ。怒られたらお前だけで謝って来いよ」
「まあ、大丈夫だ」
「雑だな……」
更に香豚はあることを確認する。
「そういえば、一つ聞きたい」
「桂馬の国宝級はどこへ行った?」
桂馬の国宝級【竜槍ムク】。
それは、獣王との闘い以降一切発見することができなかった。
「鼠どうだったんだ?」
骨折りが、鼠に対して確認をする。
「……私も調べました。ですが……」
「鼠が探しても見つからなかったならしょうがない。諦めるか」
香豚は案外あっさり引き下がる。
「いいのか?」
「まあ、所有者を選ぶとすら言われている武器だ。次の誰かに行ったんだ」
「管理杜撰すぎない?」
確かにそうだが、胸騒ぎがするとイグニスは思った。
なにかしらその懸念が頭にうろついて落ち着かない。
既に竜槍ムクは、次の所有者を選んでいる。
その可能性に怯えた。
「……獣王国の国宝級はあと何個あるんだ?」
「数は教えられない」
それもそうかと骨折りは納得した。
「じゃあ、所有者が今度増える見込みはあるのか?」
今後、獣王国の戦力が安定するなかで所有者が増える可能性だってある。
獣王国は元々強国だ。
アダムの影響で、かなり悪化していただけで本来はもっと強い国なのだ。
「いくつか消失してるし数は安定していない。その可能性は少ないだろう。だが明確に誰が所持しているのか知っているものはある」
「それはなんだ」
「【万里鎖リンネ】。鎖の国宝級だ」
万里鎖リンネ。
イグニスは、その武器のことを知らなかった。
やはり、法王国以外の国宝級は想像もつかない。
使い手は誰なのだろうか。
「誰が持っているんだ?」
「飛鷹と角牛が過去に戦った盲目の獣人だ」
「ああ、あの時のか」
「角牛と飛鷹が、戦いを引くことになった理由ですね」
骨折りは、話を思い出す。
確か彼らは、盲目の獣人と戦って深手を負った。
だからこそ反乱軍の戦力は低下していたのだ。
それ故に活動を落とすことしかできなかった。
プラードを待つことしかできなくなった。
万全の二人と銀狼。
その三人がそろえば、獣王を倒せた可能性はある。
プラードが勝ったからこそそう思う。
アダムにとって、反乱軍は
考えるとなおさら、盲目の獣人というのはアダムの部下だったのだろう。
「正体は既に調べはついた。だが居場所は不明。なにもわからない」
「うーん。どうしようもないな」
「ああ、まあ所持者がわかっているだけましだろ」
「こっちにはイグニスと骨折りがいるしね。いざとなれば二人で囲えばいいんだし」
それはそうだ。
だが、人数の優位性などいつでもとれるかはわからない。
「……っ」
セーリスクがもう少し強くなれば、状況は違うのだが今はそれに期待はできない。
人格、強さ、信頼関係。
強さはまだ劣るが総合して彼は優秀だ。
だからこそ今の状況が惜しい。
「だがいきなり国宝級所持者が豊穣国を襲うなんてことになったら耐えきれないと思うんだが?」
「まあ、そんなこといってたらきりがないだろ」
懸念点を思案し、それを口に出すことは大事だ。
しかし対応しきれない問題というのは、やはりでてくるものだ。
今現在の問題は、多い。
国宝級所持者でなくても、コ・ゾラやネイキッドの二人のような強者はいる。
彼らは、骨折りや自分でなければ勝つことができない。
天使勢だとしても、自分以外の六人。
それらが一斉に襲ったら、もうそれは詰みだ。
戦力の不足。
それはまだ続いていた。
「そういう意味でも、香豚さんが国宝級を持ってきたことは非常にありがたいですね」
それについてはイグニスも同じことを思っていた。
「まあ……力になれそうならなによりだ」
そういって彼は、照れくさそうに武器をなでていた。
「ところでよいま、王城の警備は誰が?」
「私の姪が、来ています」
「ボクのゴーレムもフル装備で配置しているよ」
ゴーレムの配置ができているのなら安心だろう。
なおかつペトラ特製のだ。
かなりの戦闘能力を持つことだろう。
しかし今気になった言葉がある。
「エリーダに姪なんていたんだな」
骨折りも、そう感じていたようだ。
彼女の家族関係などあまり聞いたことはないのだから当然なのだが。
やはり彼女は少し複雑そうな顔をしていた。
あまり深くは話したくない。
そのような表情であった。
聞くのはやめておくか。
「……海洋国の出身ですから。家族とはもう会うことも少ないでしょうね」
エリーダ・シエンシア。
海洋国の出身だったのか。
というかやっぱり豊穣国には、外国の幹部が多いな。
温厚な環境のせいで、外国との差に対応できていないのだろうか。
まあ、外から優秀な才能を引っ張れるというのも一種の能力だが。
それにひとつの疑問が頭に浮かぶ。
アービルのことを知っているのか。
いや触れてこなかったからそれはないのか。
迷いつつそれを聞かないことを選んだ。
「海洋国ですか……どんな国なんですか」
フォルトゥナが、目を輝かせながらエリーダに質問を向ける。
獣王国以外の国を知らない彼女は、他の国の状況に飢えている様子であった。
好奇心が、はたから見ても明らかであった。
「海が綺麗な場所ですよ。漁業が盛んで、海軍が整備されています。海運も盛んなので商業に長けた国といえるでしょう」
これに関しては、自分が見たときと殆ど一緒だ。
特に違和感を感じる箇所はない。
話をきいたフォルは、より一層目を光らせる。
「なるほど……一度はみてみたいです」
「ふふ、私たちの国もすごいですよ」
「君の想像のつかないものがいっぱいあるんだから」
「楽しみです」
うん、別に疑うつもりもなかったがフォルの人格に問題はない様子だ。
エリーダさんとも話ができているし、エリーダ自身も彼女のことを不愉快に思う瞬間はなさそうだ。
ひとつ言うとすれば、フォルがセーリスクと近いと一人の殺意が異様に上がっていることか。
うん、気のせいだ。
あとは知らん。
そんな風に、しばらく魔動車に乗っていると骨折りがあることを話す。
「エリーダさん。アラギは元気か?」
人間の少女アラギについて。
その話題をだすと、フォルと香豚の顔が明らかに反応していた。
「うーん。そうですね、いたって健康。体調不良もなし、ただ一つの懸念するべき事項はあれですね」
「……人間への憎しみか」
「そうです。ペトラや私。その憎悪が反応しないものもいれば……」
「獣王国の国民のように反応してしまうものもいる……ということか」
前言ってた、人間に対する敵意のことか。
はっきり言って自分にはわからない。
自分は人間に対する殺意など持ったことはない。
持つのはアンデットに対する敵意だ。
だが銀狼は言っていた。
この世界は、人間に憎まれていると。
世界が、人間を憎んだのか。
人間が、世界を憎んだのか。
それはいまとなっては知る手段はないだろう。
知っているとすれば、人間であるアラギとアダムだ。
そしてそれがわかるとき。
それはきっとこの戦いに決着がつくときだろう。
「最近はなにやらアーティオ様とも仲がいい様子で……」
「そうか……」
骨折りはまたしても、複雑な顔を浮かべていた。
骨折りは、過去の記憶を取り戻したらしい。
その影響で、アーティオのことを疑っている。
やはりそんな状態で、アラギがアーティオと仲良くしていることが複雑なのだろう。
「アーティオに言ってくれ」
「なにをですか?」
「俺は、アラギと共に世界樹へいく。この世界の中心へ。アラギを連れて行くんだ」
自分たちは、豊穣国に近づいていた。
変化のときは、確実にその歩みをこちらに向けていた。