十一話「変化①」
今現在、イグニス達は既に豊穣国に向かっていた。
風が吹く。
その心地よさは、過去の旅をイグニスに思い出せた。
太陽が頬に当たる。
やはり気持ちがいい。
「やっぱり……いいな」
旅は好きだ。
いろんな景色がみえ、いろんな人と関わることができる。
無論、いいことばかりではない。
だが、イグニスはその瞬間を愛していた。
ふと後ろを振り返ると、ペトラと目があった。
馬車が用意され、荷物も積んであったのでその時は驚いた。
まあ、ペトラのことだから万全の準備はするだろうと思っていたが。
それにしたって早すぎる。
その馬車には、馬がいなかった。
どうやって動いているのか何度も確認した。
魔法道具の陣が、何個も積まれていることを視認する。
ペトラの開発した新たな魔法道具だろう。
どうやらこの荷台そのものが魔法道具のようだ。
これ普及したら凄まじい発明なんじゃないか。
そうイグニスは思った。
あえて自分の中で名前を付けるとしたら魔法で動く馬車。
「魔動車」だろうか。
「驚いたでしょ?」
誇らしげな顔で、彼女はこちらをみていた。
「すごいなこれ、魔法道具で魔力を動力源にしているのか」
イグニスは、その原理がある程度理解できていた。
だが、いざつくってみるとなったら自分には絶対できないことも理解していた。
やはりこの分野において、彼女は途轍もない才能を持っている。
「発想は、僕じゃないんだけど再現できることには前々から気が付いていたんだ。今回はそのお披露目ってとこ」
後ろに骨折りが座る。
あ、自分が狙ってたもふもふそうななクッションがとられた。
「楽でいいなあ、これ」
「おい!!骨折り!」
ペトラは、骨折りに対して怒り声をあげる。
骨折りが耳を塞ぎながら、彼女に問う。
「なんだよ」
「くつろぐな」
「なんでだよ」
発想はということは、これは機兵大国の知識か。
機兵大国の知識は、やはり今の世代より二、三世代は余裕で飛び越している。
彼女は、にひっと笑顔を向けてくる。
ほめてほしそうなので、優しく頭をなでた。
わーと最初は喜んでいたがびくっと彼女は頭の手を払う。
「うわっ、なにするのさ」
いきなり頭を触られたことに彼女は驚きを持つ。
イグニスも、その反応に驚いた。
「いや……撫でてほしそうだったから……」
「そんな動物みたいに扱わないでくれる!?」
「あっ、嫌だったか……ごめんな」
「えっ。いや……別にいい……けど」
仲いいなと、骨折りは思った。
「おいこら、骨折りぃ!。見せものじゃないんだ!お金!とるぞ!」
「やっぱお前、俺だけに対してあたりつよくない?」
「え……当たり前じゃん……?」
「なんで疑問に思われてんだ……?」
「お前らは、漫才でもしてんのか」
なにしてんだこいつらと正直思った。
この二人の中は、どうにかならないものか。
しかし下手に自分が干渉するのも悩ましい。
まあ、ほおっておいても悪化することはないだろうと思った。
骨折りもペトラも口は悪いが、本気にはなってないだろうし。
しかしこのまま空気が悪くなっても嫌だ。
話題を振るか。
「突然帰るといったときは、びっくりした」
イグニスが、ペトラに対して語る。
実際もう少しあの国にいるものだと思っていた。
「ごめんなさい。ペトラは気分屋なので……」
エリーダが、馬車に乗っている全員に対して謝罪をする。
彼女もペトラの扱いには困っている様子だ。
しかしそれはエリーダのせいではない。
謝罪をする必要はないのに。
そう思った。
「別にエリーダさんが謝ることじゃないですよ」
それに、獣王国のグルメというものも食べきっていない。
あの国を探索もしたかったのだが。
まあ、いまはともかく時間というものが少ない。
機兵大国に早めに向かうことができるのは自分にとっても嬉しいことだ。
「しょうがないじゃん。早くアーティオ様に報告したいんだよ」
「お前は……」
「へへへ」
ペトラは既に、アーティオに会うことしか考えていなかった。
少しばかり心が躍っているように感じた。
しかしペトラはしっかりセーリスクのことも考えていた。
「それに、セーリスクの眼の状態は不安定だ。早めに機兵大国にいく準備を整えたい」
「……それは俺も賛成だ」
骨折りも、セーリスクの状態を心配していた。
ともかく今の現状は、戦力の低下だ。
これが回復するに越したことはない。
それにこれ以上悪化する可能性だってある。
魔眼の知識は自分にも少ない。
機兵大国で調べることができればいいのだが。
「巻き込んでしまってすいません。イグニスさん。骨折りさん」
「気にすんなよ」
「ああ、お前は自分のことだけ考えてろ」
骨折りも、イグニスも自分のことなどどうでもいいといいたげだ。
実際二人とも、言葉以上にセーリスクのことを心配していた。
「セーリスクさん。体調は大丈夫ですか?」
フォルトゥナが、心配をする。
セーリスクの体はまだ万全といえる状態ではない。
少しばかりの無理をしていまこの馬車に同行している。
ネイキッドとの戦闘の負担はそれほどまでに大きかった。
時間がたっても回復しきってはいない。
「大丈夫だよ。フォル。そんなことより君に豊穣国を案内できることがうれしいよ」
「……はっはい」
いますげぇ舌打ちの音がした。
普通に怖いんだけど。
「ひっ」
フォルは、その舌打ちの音を聞いて非常に怯える。
エリーダは、ため息をついていた。
イグニスはその音が幻聴であることを願った。
後ろにいるペトラから途轍もない殺気を感じる。
アホなのかお前は。
なぜその鈍感さで、戦場を生きていけるんだ。
どうやらアホは、まだフォルが女性であることに気が付いていない様子だ。
認識阻害の魔法がかけられているせいもあるのだが。
「……まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
よかったと思った。
骨折りが話を変えてくれそうだ。
「何でお前もいるんだ」
骨折りは、一緒に乗っているある人物にも指を向ける。
それは、香豚であった。
「乗ってはいけなかったか?」
「悪くはねえが……なんでだ?」
香豚は、少し思案する。
説明するべき事項を考えているのか。
それとも言い訳を整理しているのか。
ともかく時間というものが空いた。
「気分だ」
「気分て」
そのあまりに適当な言い訳に、イグニスは苦笑いしかでなかった。
他の者たちも同様であった。
わざわざ獣王国から豊穣国へついてきているのだ。
なにかしら重大な理由があるはずだろう。
そう思っていたのだ。
「もっとまじめな理由があるでしょう、香豚」
「ああ」
フォルトゥナがそう指摘する。
彼女はこういった発言に慣れている様子だった。
呆れた様子を、香豚に向けていた。
「まあ、正直にいうとプラード様と角牛に頼まれたんだ」
どうやら彼がこの馬車に乗っているのは、獣王国にいる二人の指示のようだ。
「……二人が?」
フォルトゥナは少し驚いていた。
どうやら彼女は、香豚がもっと独断的な行動で動いているものだと思っていた。
少なくとも、二人から指示されたものではないと考えていた様子だ。
「ああ、鼠が心配だしプラード様のいない豊穣国も心配だから行ってこいと言われてな」
角牛の指示だろう。
なるほど、配慮をしてくれたようだ。
しかしフォルはとある一点に不満を持っていた。
「……私の名前はフォルトゥナですって」
「豊穣国での名前だろ。わかっている」
香豚が、いまだに自身の新しい名前を呼んでくれないことに不満を持っていた。
「変えるつもりもないでしょう」
「せめてもう少しこう呼ばせろよ」
「まあ……いいでしょう。それで?角牛さんはなんて?」
「鼠をよろしくお願いしますって言われたんだ」
「……あの人は」
フォルトゥナは、灌漑にふけるようなそんな表情を浮かべていた。
ともかくなにかを思い出すような顔つきをしていた。
香豚も、それに対して強い言葉で彼女に言う。
「しっかり仕事は果たす。今はお前を守ることが俺の仕事だ」
そう断言した。
獣王国の面々は、国外へ出る鼠の蚤のことを一切裏切りものだなんて思っていない様子だ。
それどころか深く心配していた。
「気にしなくてもいいのに……」
「お前も立派な俺たちの仲間ということを忘れるな。獣王打倒を願った戦友であることを」
「……はい」
反乱軍は、彼女の存在を忘れていない。
イグニス達はそう思った。
信頼されているのだなと。
それに、フォルのための護衛に香豚がいることはよいことだ。
戦力的にも、プラードがいないことは大きい。
それに自分たちは、機兵大国に向かうことは既に決まっている。
そのとき手薄になった豊穣国を守るためにも、彼の存在は大きいだろう。
「それでも……本当にいいのか?」
「なにがだ?」
「獣王国の人手もそうだが、お前自身が故郷を離れることだ」
骨折りは、意外にも心配していた。
彼が、獣王国という故郷を離れることに対する懸念を向けていた。
変なところで慎重な彼だ。
また何かを気にしているのだろう。
「ああ。俺としても別に居場所はどうでもいい。自分のやれるべきことできることがあるなら、俺はそこにいる。今回は偶々ここだという話だ」
「……それならいい」
なるほど、確かに彼は反乱を起こす寸前でも獣王国の組織に属していた。
組織や場所という枠組みに、彼はあまり関心はないのかもしれない。
「それにお前たちといるなら面白そうだ。それなりに役には立つ。こき使ってくれ」
「……実際こちらとしても有難いことですね」
「そうだね、プラード直属の部下という形だし断るのもあれなんじゃない?」
ペトラもエリーダも、香豚が豊穣国に入ることは好意的な様子だ。
プラードの部下であるということも大きいのだろう。
「俺も反論はなしだ」
「僕も大丈夫だと思います」
「……俺はそもそも文句言える権利なんてないしなあ」
その場に、香豚の入国を断るものはいなかった。
皆、歓迎の雰囲気を持っていた。
「……ならよかった。俺としてもプラード様が長年いた国というものを直接見てみたかった」
香豚は安堵していた。
断られる可能性も危惧していたのだろう。
「ふふふ、見せ驚き悶絶しなよ」
「どこで悶絶するんだよ」
「ああ、のたうち回ってみせる」
「やめろ、頼むから」
それをされたら絶対に知らない人のふりをしよう。
イグニスはそう思った。
この馬鹿は、賢く冷たいのに途端にアホになる。
「そういえば、渡すべきものがある」
「なんだ?」
香豚は、懐からものを取り出していた。
「鼠。これを」
「……これは?」
それは、短刀であった。
それが上等なものであることは一目でわかった。
しかし骨折りとセーリスク。
その二人は、その短刀に見覚えがあることに気が付いた。
「……お前の装備だ。お前向けに叩きなおした。もっておけ」
「……はい?まあ、貰えるなら」
「……!」
「セーリスクさん?どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
セーリスクはそれが気のせいであることを願った。
その短刀は、とある男が持っていた武器に似ていたからだ。
気のせいだと願った。
まさかあの男はやはり。
そう思った。
だがそう口には出さなかった。
香豚がこちらを見ている。
言うな。そういうことか。
「まあ、よかったな」
「はい」
フォルは完全に気が付いていない。
自身の手に入れることのできた武器をじっと見つめていた。
「あまりこのような頑丈なものは持ったことがないので……落ち着きませんね」
「そんなに気にするな、お守りとでも思っておけばいい」
「そうですね。ありがとう香豚」
「おう」
というかそれ完璧に曰く付きではないか。
呪いの装備みたいでいやだなとセーリスクは感じた。
怨念が見えてくる気がする。
「他には?」
「金、銀。しばらくの路銀だな」
そういって彼は、少しばかりの金銭を取り出す。
中にはまだ入っていて、旅に十分な金は持っていることが分かった。
「別にプラードの部下なら、衣食住に困らせることはないよ」
「まあ、念のためだ」
そういって彼は、少し笑う。
ペトラや豊穣国の援助を望めない状態も考えたのだろう。
だが、念には念という意味で彼の思考は好感を持てた。
あとプラードの部下として豊穣国に頼り切ろうとしていないところにもだ。