十話「秘匿」
そこは、獣王国の王城。
ある程度整えることのできたその場所は、まだ少しの埃や汚れというものを持っていた。
プラードは、その場所で過去の書類を漁っていた。
多くの埃と共に、本の内容を読解していく。
目ぼしいものは特に見つからなかった。「
他愛ない日記のようなものもあれば、軍事的な記録もある。
そのうえ内容というのは、しっかりと区別されていなかった。
全てばらばらで、乱雑にまとめられていた。
まるで急いでその場所にしまったかのような印象を受けた。
わざわざこの場所に隠した者がいるのだろうか。
まあ、今この瞬間では少しばかり面倒くささというものを覚えている。
「凄まじい量だな……」
反乱軍の中に、文章というものを理解できる人材も少ない。
それに元々王の軍に所属していたものも、今の獣王国では少ない。
その人材不足によってプラードは自ら文書というものを漁っていた。
角牛も手伝ってくれているが、それでも時間は足りない。
香豚も後ほど来てくれると言っていたが、やはりある程度の整理というものは澄ませたい。
「ですね。正直これをすべて把握するのは……」
角牛にも少し疲労というものが見られた。
当然のことだった。
一枚一枚どのような内容なのか。
全文ではないが確認している。
集中力というものも途切れてきている。
その影響で、効率も落ちている。
過去の獣王国の資料がすべて残っているのだ。
それは膨大な量であり、ここにあるものですら読み切るのは難しいことだろう。
「……そういえば、図書館はどうなったんだ」
過去の記憶を探り、プラードは他の置き場所を思い出す。
流石にこの国にも図書館というものぐらいはあるだろう。
この国の探索というものもできていない。
見逃したか。
しかし角牛の言った言葉は、プラードの期待に応えるものではなかった。
「一部を残して燃やされましたね……それも反乱軍の一員によって」
「なんと……だがそういうものか」
国民の不満というものはかなりたまっているだろう。
そんな時怒りを向けたものは、要らないものを判別しようとする。
今回はそれが図書館という情報を纏める場所であっただけだ。
「ええ……勿論燃やした者はこちらで処分しました」
「処遇については何も言わない」
プラードは、表面には出すことはなかったが正直精神的にきていた。
獣王国は他の国と比べても相当に長い時間を所持している。
その貴重な資料は、もうすでにないのか。
アダムに対する抵抗や、国宝級に関する情報。
もしかしたらそれが得られたかもしれない。
それを逃してしまったのは痛い。
「……つまりここに残っているのがすべてか」
「そういうわけでもないのです」
「どういうことだ?」
角牛の言葉に疑問を感じる。
他にも保管場所というものがあるのだろうか。
「……獣王国は、既に多くの獣人が去ったあとです。その影響で人口も減っています」
「ああ……そうだな」
まさかと、プラードは気が付いた。
そんなことする人物がいないと願いたいがこの状況ではありえる。
「その際に、いくつか資料を売り払った者。国外に持ち出した者もあって……」
「混乱の中で追う暇もなかったということか」
「……恥ずかしいことですが」
はぁとプラードはため息をつく。
あまりにも浅はかだ。
売れる根拠はなく、貴重だからという理由で勝手に持っていってしまうなんて。
王城に、武器やものがやけに少ないと思ったのはそれが理由か。
持って行ってしまったのだ。
「……国外に流れてしまったものはもうしょうがない」
燃やされていないのなら、現物は残っている。
これから情報をいくつか集めれば何個かは回収することはできるだろう。
無論、希望的観測だが。
「ですね……」
角牛も、諦め半分のようだ。
いまその収集のために割く余裕はない。
現状の国のアップデート。
それが一番の重要事項だ。
そのために必要なものは情報や時間だ。
ないものをねだる余裕はない。
「いまはとりあえず、人手が欲しいな。文字を読めるものを集めてほしい」
「わかりました」
足りない人材は、いくらでもいる。
文字の読めるもの。
計算のできるもの。
人を纏めることのできるもの。
それぞれを把握することは難しい。
一つずつ完了していこう。
「プラード様、他の者を呼ぶ前に伝えるべきことがあります」
「どうした?」
「……実はこれを」
角牛の行動に、プラードは違和感というものを持った。
なにか伝えたいことがあるのだろうか。
あまりにも緊張というものを感じた。
そんなことを想っていると、彼はあるものを渡してきた。
「……?」
それは、なにかしらの設計図であった。
しかし見たことのない武器だ。
いや構造自体は、見たことのあるものであった。
大砲と同様に火薬を利用する武器。
プラードは不思議に思った。
なぜ彼はこれを持っているのだろう。
「なんだこれは」
「……」
それは、兵器の構造であった。
火薬を利用して作成されているということは理解できる。
だが専門的な知識がないと理解できないこともいくつかある。
これは一体なんなのだ。
しかし少しの沈黙が続く。
彼もよくは知らないということなのだろうか。
「……どこにあった?」
「獣王との戦いのとき、飛鷹と香豚が見つけたと聞きました」
なるほどと、プラードは思案する。
恐らくこれはアダムが獣王国に与えた技術だ。
少なくとも現在の人類の技術にこのような武器はない。
「……なるほど火薬を元に金属の断片を飛ばす技術か」
概念は理解できた。
だが亜人の使う魔法が主流である現在にこのような武器など要らない。
それをプラードは深く理解していた。
イグニスや骨折り達が異常なだけであって通常は獣人のすぐそばで魔法を詠唱するなど愚行だ。
魔法の間合い。
獣人の間合い。
この武器はどちらにも適していない。
現状で使えるなら奇襲用といったところか。
火薬は獣王国で発展した。
そしてその獣王国も今では新しい技術を考える余裕など所持していない。
だからこそ外部から持ち込まれたと考えるのが自然だ。
可能性は二択。
人間であるアダム。
それかこの世界では異常に発達している機兵大国。
だが機兵大国が、この場所に新たな武器を持ってくるはずがない。
よってアダムからの知識だと考えるのが自然だ。
「……正直私も戸惑いました」
「これをみたものは?」
「私とプラード様。そして発見した飛鷹と香豚のみです」
「ならいい」
この内容は、既存の技術で充分再現できるものだろう。
時代を超えている。
そう言えるものではない。
だがどうにも胸騒ぎがした。
情報の漏洩などはない様子だ。
尤も、角牛がそんなことをするような人物ではないことはわかりきっている。
現在この情報を知っている人物はごく少数。
これをどう扱うか。
角牛もプラードもそれに迷っていたのだ。
技術の普及か。
あるいは秘匿。
角牛はプラードに任せるしかない。
そう思った。
「……どう思いますか?」
「はっきり言おう。これは役立つ」
プラードは、この武器をみてある確信を抱いていた。
それは、獣人はこの武器を亜人以上に扱えるということ。
亜人にとっての最良の発明が、魔道具であるのなら。
獣人にとって最良の兵器となる。
火薬を装備として身に着ける。
そういった発想が獣王国にはなかった。
亜人の発想にとらわれていた。
「……まさかそれを扱う気ですか」
正気かと疑った。
正直目の前にある設計図は、完璧な凶器だ。
剣や、槍など比ではない。
武器という概念を塗り替えるもの。
そしてこれは、獣人にとって最悪の武器になると角牛は考えた。
しかしプラードが考えたものは、その真逆だ。
亜人が絶対に扱えないものを使えばいい。
作ればいい。
「……これは亜人用の武器。そうだな」
「ええ……そうだと思います。武器としての規格。それは亜人の子供や亜人の成人に合わせたサイズになっています」
「……もしそれを私と同等のサイズにしたらどうなる。破壊力は」
「!?」
「獣人にしか扱えない武器……面白いだろう」
その発想はなかった。
もしそのような大きさのものがあれば、当然亜人がそれを利用して扱うことなどできない。
獣人にのみ扱える破壊力。
その響きは甘美であった。
だが、それはある毒を持っていた。
身体への甚大な負担。
爆発力と負担は比例する。
「……体が持ちませんよ!そんなものを扱えば!」
「いや……私が使ってみせる。使いこなす」
ネイキッドは爆弾や、煙幕といった火薬を利用した武器を扱うことに慣れていた。
彼は、理解していたのだ。
扱うものに種族など関係ないということに。
今後そういった種族の武器を利用する個人は何人も現れていく。
本来、近接戦闘は獣人の強みだった。
だが今はどうだ。
近接戦闘において獣人を圧倒する技術を持つ亜人は何人もいる。
魔法を扱う亜人に、火薬や医療といった技術は不要だった。
魔法があるからだ。
しかしその概念はもう遅い。
獣人の持つ火薬と医療や薬学の技術は、もうすでに獣人のものではない。
医療を扱う亜人がいるように。
火薬を扱う亜人がいるように。
新たな概念を生み出す。
魔法のような火力を獣人に持たせる。
魔法を獣人に装備させる。
それを量産し、拡大させる。
魔法というものは才覚に非常に左右される。
だが獣人は均一に身体能力が高い。
平均的であり、整った部隊。
能力に影響されないこの武器であれば、容易に再現できる。
「私は、この国を再び最強にする。法王国の天使に。海洋国の海運に。機兵大国の技術に。負けない強さを持たせる。それにはこの武器は必要だ」
「……なら私も持ちます」
「……ああ」
角牛も覚悟を決めたような面持ちでこちらを見る。
彼も自身の弱さというものに気が付いていた。
だからこそプラードの提案を受け入れることしかできなかった。
「私も……もう役立たずではいられない」
ネイキッドとの闘い。
自分は手も足もでなかった。
身体能力や筋力。
それだけではもう足りない。
これ以上の強さを求めるならもっと何かが必要だ。
たとえ亜人なら手足が吹き飛ぶような火力でも、獣人ならそれに耐えきることができる。
火薬という武器と獣人は非常に相性がいいのだ。
だからこそプラードの提案には納得がいった。
「飛鷹や香豚にはどう伝えますか?」
「いやまず実用化できる段階になってからだ」
「それまでは秘匿しておくということで?」
「ああ、そもそも私が使えなければ意味がない」
「豊穣国にこの情報は?開発が進むと思うのですが」
「……」
「プラード様?」
それは、当然の疑問であった。
豊穣国で、ペトラとエリーダの協力が得られれば材料としても技術としても完璧になる。
人体への影響を軽微に抑えることができるだろう。
だからこそ彼女たちの助力を願うのがベストだ。
ベストのはずだ。
だが。
「ああ、豊穣国には……」
その時、唐突な発想が頭に過った。
それは自分ですら意外にも思うものであった。
だがプラードはその唐突な勘というものを信じた。
「情報の提供はしない。獣王国内で完結させよう」
「……わかりました。なにか考えがおありなのでしょう」
考えはない。
だがなぜか自分の本能が、伝えるなと告げている。
これはなんだ。
「……乱魔石と火薬の準備をしておいてくれ。大量にだ」
「はい」
いつかこの判断が、正しかったと思える瞬間がくる。
そう思って、角牛に指示を下す。
「至急頼む」
指示を聞き、角牛は即座に動いた。
扉のまえまでいき、開けた。
その時、こちらの部屋に近づいているものがいることに角牛は気がついた。
こんな時間に誰だ。
「こんばんは、ペトラさん。どうしたのですか」
「こんばんは、プラードはいるかな?」
「プラード様に用事ですか」
「ああ」
ペトラが部屋の中に入ろうとしていた。
「どうしたんだ?ペトラ」
ペトラはなにかしら話したいことがある様子であった。
「ねえ、プラード」
「なんだ?」
「ボクたちそろそろ帰りたいんだ」
「……なるほど」
プラードは戸惑った。
ペトラと、エリーダの二人。
加えた、豊穣国の技術と医療をもったもの数人。
彼女たちは、戦力を期待して呼んだものではない。
獣王国に対する技術提供のためだ。
今専念しているものは、プラードが王になるための戴冠に関する準備。
国としての立て直しは、ここから五年から十年。
それ以上に進むためには、何十年もかかることだろう。
今後アーティオとのかかわり方では、何年も短縮できるが。
その先の見えないことのために、ペトラとエリーダを付き合わせるわけにはいかない。
それに、二人も豊穣国での仕事が残っている。
いま現状持っている仕事も他の者に任せている状態だ。
猶更この場所にいさせるわけにもいかない。
それにいまこの王城には、骨折りやイグニス、セーリスクまでいる。
流石に過剰戦力だ。
これらの戦力が、豊穣国にいないこともあまり好ましいことではない。
「ここには、復旧のために連れてきた人材を何人か残しておくよ。それならいいだろう」
なるほど、ペトラなりの気づかいということか。
それは断ることはない。
「それは助かるが……」
「が?」
これ以上要求するのかと、ペトラがこちらを睨む。
交渉事になったときの彼女は粘り強い。
「寂しくなるな。しばらく君たちとは会えないのか」
ペトラ、エリーダとは当然のこと。
彼女たちとは長い時間を過ごした。
アーティオといた時間の分、自分は彼女たちと過ごしていたのだと考えると胸の中が少し寂しい気持ちになった。
「何言ってんだよ。気持ち悪いな」
ペトラは嫌悪感をあらわにした。
彼女らしいとも思った。
彼女はこういったことに親しみを感じるような人物ではないとわかっている。
だがその時の彼女は様子が違った。
「そういうな……」
「まあ……」
「?」
「ボクもそう思うよ」
「……そうか」
顔を背けながら、彼女はぼそっと告げる。
彼女も少しばかり寂しさを感じているのだ。
そのことがとても嬉しかった。
豊穣国で培ったものは、ここにもあったのだと。
そう思えた。
「ひとつお願いがある」
「なんだ?聞ける範囲であれば、聞こう」
「ひとつは、彼の頼みだ」
「彼?」
「来てくれ、フォ……鼠君」
「鼠の蚤が私に何の頼みがあるんだ?」
扉を開けて、鼠の蚤がその部屋の中に入ってくる。
「鼠か。どうしました?」
「実は……私も。豊穣国に行きたくて」
「……!」
「ふむ、なるほど」
プラードはこの提案を好意的に考えていた。
鼠の蚤の姿を消す魔法。
認識阻害。
それは今後の法王国との対立との中で確実に役立つはずだ。
それに戦力的にも最低限の実力というものを、鼠の蚤は持っている。
今後のことを考えると悪くない話だと思う。
しかし角牛の反応は何かに対してショックを感じているものであった。
「……角牛なにか言いたいことがあるのか」
「いいえ、なにも」
「……わかった。鼠の蚤」
「はい」
「私としてもその話は喜ばしいことだ」
その言葉を聞いて、鼠の蚤の顔は明るくなる。
「現在豊穣国というのは敵対組織をつくりやすい状態だ。守ってくれていたはずの獣王国はボロボロでなおかつその獣王国と争いがあったためだ」
「……」
「君が豊穣国の力になってくれることを嬉しく思う。よろしく頼む」
「はいっ!」
鼠の蚤は、プラードの言葉に強くうなずいた。
確実な返答をもらえたことが心から嬉しかったのだ。
何より初めて触れる外の世界というものが楽しみだった。
「セーリスク君とは年齢も近いだろう。仲良くなれることを願っているよ」
「……はい」
「……?」
「はあ」
本当にこの男はとペトラは思った。
話題を元のものにかえる。
「じゃあ、鼠の蚤は連れて行っていいんだね」
「ああ」
「よし!じゃあ鼠!準備をしようか」
「は、はい」
ペトラが鼠の蚤を部屋の外へと連れ出そうとする。
しかしその時静止の声がかかった。
「ちょっと待って下さい」
「……?」
「どうしました?角牛さん」
「寂しくなりますね」
「……」
「貴方のことは心配していました。やはりこの国のことが嫌いですか」
「……ええ、嫌いです」
「そうですか……申し訳ない」
「……でも」
「……?」
「この国をいつか好きになれるようなものを探してきます」
「……そうですか。貴方も成長していたのですね」
彼は向ける。
優しい笑みを。
彼も心配していたのだ。
それを知ったとき、鼠の蚤は角牛の笑みを真正面から受け止めることはできなかった。
鼠の蚤の存在を。
だがそれに触れることはできなかった。
自身が彼女の嫌悪する獣人であったから。
反乱軍の一員たちは、全員が鼠の蚤のことを尊敬していた。
信頼していた。
だが友として、隣に並びたつことは誰にも許されなかった。
誰もが自覚していたからだ。
角牛は悟った。
彼女は、この戦いで関わった人物によってやっと何かを終わらせることができたのだと。
巣立ちの時はきたのだと。
そう思えた。
「よかった。本当によかった」
涙を出す資格はない。
だが安堵した。
ペトラによって手を引っ張られていくとき。
彼女は居場所を得たのだと。
だが角牛は決してそれを彼女に漏らさなかった。