八話「一人の価値」
今、反乱軍はかつての王城を拠点としている。
どうせこの後も使うのだから修復して使っていこうという発想になったのだ。
反乱軍の幹部たちは心配そうにこちらを見せていた。
「……どうしたんだ?」
「……どうしたって聞かないでくれよ」
現在、プラードと骨折りの間に不思議な距離感というものが生まれてしまっている。
当然原因は、デア・アーティオに対する不信感だ。
「おい、お前ら」
「なんだイグニス」
イグニスの言葉にプラードだけが反応する。
骨折りは無視をした。
「香豚たちが怯えてんだろ。喧嘩するなら他所でしろよ」
「……わかっている」
「……」
別に怯えてはいないが、二人が喧嘩を始めることをプラードの部下である彼らは恐れている。
当然だ。
巻き込まれたらたまったものではない。
正直見てみたいという好奇心はあるが、喧嘩をあおるほど愚かではない。
プラードと骨折りは、意思のぶつけ合いをしていた。
デア・アーティオを疑うのか。
それとも信じるのか。
彼らは、迷いというものを持っていた。
自分は正直どちらでもいい。
マールを助けることができれば、それでいい。
マールをさらったアダムは敵だ。
そしてアダムと敵対しているアーティオとアラギがいるからここに属しているだけに過ぎない。
「骨折りさんたちどうしたんですか?」
「あー、まあ。いろいろあったんだよ」
セーリスクが二人の様子をみて違和感を感じる。
彼らの関わりというものをそれほど長く見ていない彼ですらそう感じるようだ。
骨折りがアーティオを疑っているという話は彼には言わなくてもいいだろう。
どうせ話をするタイミングがあったとしても、それは骨折りが話すべきことだ。
自分が余計に間に入る必要はない。
それに、ペトラとセーリスクの間には少し親密さを感じた。
ペトラは無論アーティオ側だ。
ライラックも豊穣国を離れることはできないだろうし、下手に言いたくない。
「……正直あの二人には仲がよくあってほしかったです」
「俺もそうだよ」
イグニスは、骨折りとプラード。
両者に対して、いい関係を築くことができていると思う。
それはセーリスクも同様だろう。
プラードはセーリスクのことを信頼しているからこそ今回の獣王との闘いに彼を追加した。
そして骨折りも、セーリスクを信頼しているからこそ彼を鍛えた。
ともかく彼らの不和というものは、自分たちのメリットではなかったのだ。
それに今後の戦いに影響を及ぼすものは、最悪だ。
彼らの不和を解消できるのは自分だけか。
「ともかく喧嘩はやめてくれよ。二人ともそこまで馬鹿じゃないだろう?」
今は、まだ無理だ。
時間というものを置かなくては。
そもそも話の中心はアーティオだ。
疑うにしても、彼女から話を聞かないと進むことはできない。
「ああ」
「わかっているよ。すまないな」
現在自分たちは、プラードを王として出す戴冠式の準備中だ。
尤も、聖職者なんてこの場にはいないのだから別の言い方があるのだろうが自分たちはそれを知らない。
獣王は前の獣王を殺したら成れるなんて雑な仕組みのほうが悪い。
「プラードはさ……王になったらどうするんだ」
「どうするって?」
「豊穣国にいるのか?それとも獣王国でずっと政治に集中するのか?」
「……考えてもいなかった」
「おい」
正直獣王を一度倒しきった彼という戦力が、豊穣国を離れてしまうのは痛い。
だが、獣王国には彼のように実力と求心力を持つ人物が必要だ。
またアダムに干渉されてしまうことを防ぐためにも彼は獣王国にいる必要がある。
しかしアーティオの護衛という役割も必要だ。
骨折りは、アラギ以外を積極的に常に護衛する気はないだろう。
誰か他に、アーティオを護衛することのできる人物がいればいいのだが。
「……別に手段なんていくらでもあるだろう」
「骨折り?」
「なんだ?その手段とは」
「結婚しちまえばいいんだよ。お前ら」
「誰と?」
「アーティオに決まってんだろ。馬鹿」
「……そうか」
はっと、彼は頭のなかにすら浮かんでいなかったという顔を浮かべた。
それに対して、ペトラはぱあと明るい顔をしていた。
エリーダは、なんだろうか無表情であった。
「元々、獣王の目的もそれだったはずだ。プラードを豊穣国にとって重要な人物にするっていうな」
「確かに……そうだが」
「想定とは違うだろう。だがお前らにとっていい話だとはおもうぜ?」
「いや……しかし」
「別に今すぐとは言わねえよ。ただ頭の中に入れておけよ」
骨折りは意外にも、プラードとアーティオの結婚を後押ししていた。
「……嫌っているものだと思っていたが」
「……別に。疑う理由はあるが、それは決定的ではないしな」
彼なりの最善の判断ということだろう。
彼とデア・アーティオの婚姻。
それはよい結果に働くものだと考える。
豊穣国の性質では、強いものは生まれにくい。
戦闘に長けた獣王国では食料を大量生産する技術には優れていない。
互いの欠点を打ち消すことができる。
それに獣王に合わない亜人だって、今後は容易に豊穣国に移動が可能になる。
獣人も移りたいものだけが、豊穣国に移ればよい。
不満など生まれることはないだろう。
「ただ……この国のことだ。あいつらにも聞いておけよ」
「あいつら?」
香豚、角牛、飛鷹。
そして鼠の蚤。
彼らは愕然としていた。
プラードと、豊穣の女王アーティオがある程度の仲まで進んでいるというのは知っている。
しかし結婚となると話は別だ。
国そのものが大きく動く結果となる。
領地や、国の在り方。
それらに付随するすべて。
ともかく即座に受け入れることのできる話ではなかった。
「一瞬でもよぎったことはあったが……こうして聞いてみると」
「戸惑いますね」
香豚は素直にその感想を述べる。
角牛もそれに同意した。
「まあ……いいことなんじゃないか?今の形の獣王国だと復興に長い時間がかかる。どのような形であっても、その援助が得られるならそれは有難いことだ」
「……こういう話を纏めていたのは、銀狼ですからね。私たちには学が足りません」
リーダー役である銀狼がいないことも重なって彼らはこのような場合の時どのようにすればいいのか全く見当もつかなかった。
反乱軍としての彼らは、国という形を一度壊した。
壊すことでしか、やり直すことができない。
そう考えたからだ。
ともかくその頭である銀狼がいない。
そのなかで、考えることが増えたうえにこの提案だ。
獣王国を復興しようとするなかでは有難いものではあるが、考えが纏まらなかった。
「まあ……プラードとデア・アーティオの関係だ。俺らがあれこれ首を突っ込むもんでもねえよ。ただ反応を知りたかっただけだ」
骨折りとしては、あくまで提案というだけで積極的に動くつもりはない様子だ。
それもそうだろう。
彼としては、アダムと敵対するなかで彼らの関係が都合がいいというだけなのだ。
それに興味というものがあった。
獣王国と豊穣国。
その二つが重なったとき。
その結果はこの世界にどのような変化というものをもたらすのか。
そしてアダムはどのような反応をするのか。
「……豊穣国としてはどうかんがえているか。お聞かせください」
角牛がエリーダ、ペトラに視線を向け質問をする。
それは、今後にかかわる大事なものであった。
豊穣国における特級の戦力、そして技術。
その人材を少数とはいえ送ってくれたのだ。
なにか返せるものがあれば返したい。
だがその余力はない。
豊穣国にとって、いま現状の獣王国と組むメリットはない。
プラードが王になる。
だから手伝うといわれたらそれまでだが。
「うーん、なにか勘違いしているねえ」
「……失礼を承知で重ねます。なにをでしょうか。何を勘違いしているのでしょうか」
「ぼく達。特にぼくとエリーダは、豊穣の女王。アーティオ様に仕えるために生きている」
「……はい」
「だから豊穣国という形自体はそれほど重要ではない。国を管理する側であるけれども、僕はいつでも国というものを捨てられる」
「……!」
これに意外な感情をもったのはイグニスと獣王国の面々であった。
ペトラのその思考というものは通常の愛国心というものではなかった。
イグニスは、あの国を愛している。
あの国をこのままいられたらとさえ感じていた。
誰もが温かい。
温かい情というものを持っていた。
この国でマールと過ごせたらそれは幸せなのだろう。
そんな中で芽生えた心は愛に近しいものであった。
しかしペトラはそんな感情を殆ど持っていなかった。
彼女にあるのは、アーティオに対する愛のみなのだとそうイグニスは感じた。
「アーティオ様がいる場所が国となり、そこがボクのいるべき場所だ。だからアーティオ様がプラードのことを想うのなら僕はプラードを援護する。アーティオ様が嫌うのならそれまでだね。その程度の男に尽くす義理はない」
「……」
「君たちにとっての幸運は、プラードがアーティオ様の尽くしたい男であった。ただそれだけだよ。微塵も興味を持つつもりはないし。滅ぼうが死のうが勝手にするといいい」
彼女はそう冷たく言い放つ。
君たちなんてどうでもいい。
そういった傲慢さえ感じ取ることができた。
当然それは、心地よいものではなかった。
香豚は、思わず苦虫をかみつぶしたような顔になった。
しかしそれ以外の面子は、心というものが冷えていた。
思っていた以上に自分たちの立場というものはぎりぎりだったのだ。
焦りという感情では片づけられない。
プラードがこの国を見捨てていたら。
そのような仮想が今になって頭に展開される。
そうかいま自分たちは薄氷の上に乗っている。
「ペト……」
エリーダが、そんなペトラを叱ろうと彼女に声をかける。
しかしそれはセーリスクによって遮られた。
「おい、ペトラ。それはいいすぎだ。彼らだって戦いの中の重要な人達だったんだ」
「……そう?まあ、君がいうならそうなんだろうけど……わかったよ。ごめんね」
彼女はわかりやすく表情を変える。
普段しないことに慣れていない。
戸惑っている。
そのような感情であった。
しかしどこか反省や、致し方ないかという素直な感情も漏れていた。
セーリスクは彼女へ優しく指摘する。
「もっと優しくいってやってくれ。君ならできるだろう」
「……ああ、勿論」
二人へじっと視線が向けられる。
当然との視線というのは戸惑いの感情だ。
ペトラがこんなにも素直に人の言うことを聞くだと。
そのような驚愕も混じっていた。
ただし一人嫉妬のような感情を向けているものもいた。
彼女はこほんと咳払いをする。
先ほどのやり取りが照れくさくなったのだ。
「まあ、確かに豊穣国というのはアーティオ様が女王となっている国だけど実態はもっと軽いものだよ。彼女を象徴として国がそこにある。それに近い。国や法律を管理するものに関わる機会もアーティオ様はそんなにないんだよ。だから国が二人の結婚を阻むなんてことは絶対にない」
「つまりそもそも二人に干渉することはできないと……?」
「いや、大前提として彼女自身が法であり、罰である。そういってもいいでしょう」
「……豊穣国の女王の存在は思ったより大きいのですね」
角牛はそのような感情を持つ。
国の在り方というものはそれぞれ違う。
神に与えられたという国もあれば、強さで決める国もある。
また大きく変われば投票によって。
そもそも頭を決めない国だって存在する。
だが中立国……豊穣国はそのどれとも違う。
デア・アーティオがそこにいるから存在し。
デア・アーティオがいるから存続する。
そのような異質な国。
「なるほど、法王国が警戒するわけだ」
飛鷹と角牛は、そのような感情を持つ。
尤も、法王国が警戒する理由は別にあるのだがそれを教えるわけにはいかない。
「それが故に、彼女は委ねているのです。愛している自国の民に判断することを」
豊穣国にも当然、政治家や学者というものは存在する。
しかしそれに、アーティオがかかわることはない。
彼女は信頼しているのだ。
愛する自身の国の民が正しい判断を下すことを。
たとえ間違えたとしても諭してやり直せばいい。
そのような感情さえ持っていた。
それゆえ、豊穣国は成り立っているのだ。
女王デア・アーティオの管理する国として。
「僕達に彼女の恋を否定する権利なんてない。ただ見守るだけだよ」
「なるほど。理解できました。話をすることができてよかったです」
彼は手を差し出す。
それは握手の形であった。
「……僕でいいのかい?」
「ええ、私たちは理解したい。ただどんな一片であっても、関わりのないことであっても。そしていまも考えを聞くことができた」
「……それなら獣王国の話も聞かせてよ」
「ええ。勿論」
話はずっと続いた。
ペトラは、豊穣国の美しさを、彼女の心の在り方というものを。
角牛や、飛鷹はかつて獣王国が持っていた強さというものを。
ずっとずっと一晩語り続けた。
セーリスクや、他のものも話に入り始めた。
酒を持ってくるものもいた。
彼らは理解しあったのだ。
互いの国の在り方というものを。
プラードは、その様子を優しく笑いながら見ていた。
イグニスは酒を片手に彼に語る。
「飲むか?」
「いやいい。私はあまり酒というものを好んでなくてな」
「そうか、残念だ」
酒を断られてしまった。
おいしいのに。
そう思いながらイグニスは、酒を一口いれる。
これはリキュールだろうか。
ハーブの良い香りがよく鼻孔をくすぐる。
アルコール特有の独特な香りは、心地良さをイグニスに与えていた。
またひとくちいれる。
うん、いい味だ。
「……よかったな」
「ああ、よかった。私はこの国を幸せにするよ。イグニス」
彼の言葉は、既に力というものを持っていた。
それは、アダムやアーテのように。
カリスマといわれるそれを彼は持っていらのだ。
「がんばれよ」
イグニスはそんな彼を励ました。
この国の王になったプラードは絶対にこの国を強くする。
そしてその力は絶対にいつか役にたつ。
そのような確信が胸にあった。
「……次は君の番だ」
「……何の話だ」
「君がいれば……法王国とも協力ができる」
その言葉は、イグニスにとって想像もできない言葉であった。
なにをする気だ。
「まさか。そんな今さら」
今さらそんなことができるはずがない。
ラミエルとサリエルとは既に敵対してしまっている。
それに法王だってアダムとつながっている。
既に悪意は根付いてしまっているのだ。
「だが……今回で思い知った。アダムとはそういう存在だ」
「……っ」
彼は断言する。
その眼には確実な殺意があった。
「あれは世界の敵だ。そういう生き物だ」
「法王国はアダム側だとしてもか」
「だからこそだ……今このような結果もみて思ったんだ。まだ間に合う」
彼は、みんなが話している方へ視線を向ける。
アダムの手によって、住民はアンデット化してしまった。
生き残ったものも国外へ行き。
国としての体裁はぎりぎりだ。
だが、まだ語り継ぐものたちがいる。
獣王国は終わってなどいない。
「そうだと……いいな」
「君が法王国と決着をつけるとき」
「……なんだ」
「私は絶対に君のもとに駆け付けよう」
「……!」
「この借りは一生……いやそれ以降も忘れない。イグニス・アービル。君が、君たちがこの国を救ってくれたこと。アダムという脅威に襲われたこと。絶対に私が継ぐ」
彼の覚悟は、獣王を殺そうとしたとき。
いやそれ以上に強まっていた。
アダムが獣王に与えた残酷な結果。
それはプラードに強さを与えた。
「このようなことは。このような悲劇は二度と起こさない」
強く彼は、拳を握り占めた。
「……」
そんな中、無言で二人の会話を見つめるものがいた。
鼠の蚤だ。
彼は、じっと影の中で一人考えごとをしていた。