五話「猜疑」
「大丈夫か?二人とも」
プラードは、結局二人が去った後にやっと到着した。
元々、プラードは責任ある立場だ。
わざわざ自分で確認する必要もないのに、来てくれたのだからそれだけでも感謝すべきだろう。
先ほどの二人を見た後だと心が浄化される気がした。
実際、彼は酷く心配している様子であった。
「ああ」
「俺は何ともないよ……だけど骨折りは」
「骨折りが戦闘を行ったのか?誰とやった?」
「法王国の第七位だ」
「神の雷霆か。よく……無事だったな」
イグニスは、戦闘をしなかった。
だが骨折りはラミエルとの戦闘をした。
雷の能力。
それは身体に多大な影響を及ぼすはずだ。
急いで医者に見せる必要がある。
思わず彼の怪我というものをみていた。
顔には、いくつかやけどがあった。
「なんもないって」
「うん……」
骨折りは先ほどのラミエルとの戦闘では、一切引くことなく飛び込んでいた。
それがどれほど狂っていることなのか、彼は理解しているのだろうか。
彼の戦い方は、少し自分というものを大切にしていない気がする。
いや、怪我を負うのは当たり前のことだ。
しかし彼は甚大なダメージを負うことを前提にしている。
それは、彼の持っている装備品が原因だろう。
「……骨折り。聞いてもいいか?」
「ひとつだけな」
「……二つは?」
なんと酷い人だろう。
ひとつに制限することはないだろう。
「だめ」
「三つは?」
「増えてんじゃねーか。とっとと聞け」
「ふふ」
「何を言い合ってるんだ。お前たちは」
プラードは、そんな掛け合いをしている二人に呆れを持っていた。
イグニスは話しを制限する骨折りに対し不満を持つ。
しかし骨折りはそんなことはどうでもよさそうだ。
「その鎧。正体はなんだ」
「……同感だな。異常だ」
骨折りは頭をぽりぽりと掻く。
彼はその質問に対し面倒くささを感じていた。
「今さらかよ」
「……追及することは失礼になる。そう考えただけだ」
プラードも、このことに関しては違和感を感じていた。
しかしなぜ追及しなかったのか。
それは信頼感に関する話だ。
骨折りの信頼を損ねたくなかった。
または気分を害することで、こちらへの悪影響を避けたからだ。
それに、プラードはアーティオにも情報を求めた。
その時の反応は言葉にしがたいものだった。
知っているが、言いたくない。
言いたいが、伝えるわけにはいかない。
そんな複雑で入り混じった感情が彼女からは読み取れた。
勿論こんなに多彩な感情を見せるのは自分だけだ。
だからこそ彼女の反応が気になった。
彼女には言えない理由がある。
たとえ相手が自分であっても。
彼女をそこまでの思考にさせるほどの鎧。
聞くのが純粋に恐怖だったのだ。
骨折りという存在は一体なんなのか。
酒場でのマスターが言っていた【骨喰らい】。
彼は不思議を持ちすぎている。
「……俺も知らねえよ」
「本当か?」
「ああ、嘘はつかねえ。強いて言うなら……まだ思い出したばかりってとこだ」
思い出したばかりということは、まだ整理しきれていない。
そんなところだろうか。
「……時間はかかるか」
「いや、そんなにかからないとは思う」
やはり獣王戦以降の骨折りは少し様子が違う。
彼は記憶を思い出したといっていた。
それに雰囲気も違う。
まるでこの世のすべてを悟ったかのような雰囲気だ。
しかしその外見はやはり似ている。
法王国一位ミカエルに。
まるで、彼女をそのまま男にしたかのようだ。
イグニスはそのように感じていた。
聞きたいが、これだけは絶対に聞いてはいけない。
そんな勘というものが働いていた。
まるで、本能が命じられているかのように言葉が止まる。
その様子をみていた骨折りが、イグニスに問を投げかける。
「むしろお前は知らないのか?」
「俺が……?」
なぜ自分が?
そんな思いに駆られる。
だが同時に納得していた。
天使第三位。
その地位はかなり大きい。
情報だって入ってくるはずだ。
しかし自分は本当に知らなかった。
「再生と修復。この鎧の主な効果はそんなところだ」
「……」
「なんかあるもんと似てるとは思わないか」
その答えは即座にでた。
いや、出ないとむしろおかしい。
「アンデットか」
「そうだ」
骨折りは肯定する。
この戦いで、かなりの数がアンデットになった。
骨折りも多くのアンデットと触れた。
加えて彼は過去の記憶というものを思い出した。
その中で感じたのだろう。
この力は、アンデットによるものだと。
「……いや……だがそんなはずは」
骨折りとの戦闘時。
イグニスも同じことを一瞬でも思ったのだ。
異常な再生力。
それはアンデットに類似するものだと。
しかし彼女は天使としてアンデットのことを深く理解している。
だからこそ否定していた。
アンデットの力を制御できるものはない。
そう思っていた。
だが今回の戦いで制御できる存在を知っている。
それが否定を拒んでいた。
「まあ、少なくとも由来は同じはずだ」
由来。
その根源となるものがあるということか。
アンデットと骨折りの鎧。
それは近しいものということだ。
「由来となると……人間か」
「そうだ。多分この鎧を作ったやつは人間だ。それも高い技術を持った専門家」
「……人間が滅んだときは相当昔だろう。本当にそんな奴がいたのか」
人間と、その他種族の戦争。
それは絵本で語られる程度の、しかし現実であった物語だ。
その始まりはとても昔。
正確にはわからないが、数えきれないほどの時間だろう。
「まあ、いたんだろうさ」
「なぜ断言する?」
「なんせ形は歪でも、死んだ命を蘇られることができる人物だ」
「……」
「俺は、こいつを作ったやつはまだ生きている。そうとすら思っているぞ」
思わず無言になる。
そうだ。
死んだ人物を制限なしに復活させることができる。
それは異常なのだ。
だがこの世界ではそれが平然と行われている。
なぜ骨折りの異常な再生能力をあの時は追求しなかった。
世界の理に逆らうような魔法。
それはこの世界を呪うかのように、蔓延している。
なぜ、法王国は。
なぜ天使は。
なぜ獣王国は。
この現状を放棄した。
疑問で、頭が真っ白になる。
まるでこの世界は機能不全に陥っている。
そう思考してしまったのだ。
多眼の竜の存在や、獣王、アダムが。
イグニスの頭に何度もちらついて離れない。
過去の自分は、人間のせいだと。
アンデットを生み出された今をもう手遅れだと。
人間の少女さえどうにかなれば何か変わると思っていた。
だがマールによってそれは動きだしてしまった。
疑うことを自分は覚えてしまった。
「計り知れないな」
「ああ……まあ、お前のとこのお姫さまも計り知れないが」
その瞬間、空気がぴりついた。
プラードの視線と、骨折りの視線が重なり始める。
「……アーテに何の疑いを持っている?」
少しこれには不満を持つ。
彼は、骨折りはアーテに何の疑いをかけた。
プラードはそれを疑問に思った。
「もう……やめないかっ?」
しかしその二人を仲裁するものがいた。
「イグニス……」
「どうしたお前変だぞ」
「もう私は疲れたんだ……っ!」
疲れた。
もう考えたくはない。
そんな感情に占有される。
だが骨折りは自分に対して、そんな甘さをもっていなかった。
「すまないが、イグニス。お前に配慮する余裕はない。お前も知識はあるはずだ。人間に関する。その知識が」
「ああ……?」
「……お前、アラギを初めて見たとき。どう感じた」
「……別になにも」
「普通はそうはならないんだ」
「……どういうことだ?」
「狂気や、憎しみ。通常なら本能が拒絶するんだ。人間っていう存在は」
「……」
「どんなに愛くるしい外見をしていようが、どんなに幼い外見をしてようが。直視しすれば、根源から吐き気がやってくる。そんな存在なんだ」
「……!?」
それはイグニスにとって意外な事実であった。
だが納得できる理由であった。
もしこの世界の人類が、人間というものに恐怖し抗えなくなったら誰が戦う。
そして戦うとき不要なものはなんだ。
それは恐怖心だ。
「天使のその体。おそらくだが、人間に対する恐怖がかき消されている」
「わからない。……俺は知らない」
これは本当に知らないことであった。
同時に自分の理解しがたいことだ。
今自分に伝えることではないだろう。
「だろうな。お前が詳しいとは俺も思わない。だが……情報を知る唯一の手掛かりがある」
「アーテか」
「ああ」
そして骨折りも今のイグニスのことを疑っていなかったのだ。
疑うとすれば、女王デア・アーティオ。
生き証人がいるとすれば、彼女だけ。
「疑いってわけじゃない。直接かかわっているとも思っていない」
「それならいい」
「だが」
「だが?」
「女王デア・アーティオ。あいつは確実に何かを知っている。アダムのことも、そして俺のことも」
彼女は立場として、怪しすぎるのだ。
豊穣国の女王。
それはいつからだ。
プラードですら、誰にもこたえることのできないその疑問に骨折りは強い懐疑心を抱いていた。
「……」
「法王国に異端審問されたのもそうだ。アダムと法王国が警戒するだけの物を……あいつは持っているんだろう。プラード」
「……知らない。私は知らない」
「豊穣国の女王。デア・アーティオ。あいつは一体どんな存在なんだ」
「……!」
嘘だ。
セーリスクも自分も知っている。
それは他国に知られたら絶対にまずいもの。
個人が到底持つことのできない能力であった。
だがその源になっているものはなんだ。
ゼロから一は生まれない。
もし彼女の力の根源になっているものは、なんだ。
その膨大な魔力。
それは本当に才覚によるものなのか。
「それが知識なのか、力そのものなのか。俺は全く知らないし知る気もなかった」
「ならなぜ問う」
「アラギの存在と……これだ」
「頭……?」
彼は自身の頭を指さしていた。
頭の中身。
記憶のことかとプラードは納得した。
「俺は今回の戦いで、なぜか昔の記憶のかけらを思い出し始めている」
「どこまでだ?お前はどこまで思い出した」
「記憶はつながっていない。まだ頭が雲に包まれているような気持ちだよ。だがな……その中に、お前のとこの姫さんはいるんだよ」
「……っ!?」
なぜだと思った。
なぜ昔の骨折りと、アーテが出会っているのか。
その理由が検討もつかなかった。
そして本人である骨折り自身にもわからなかった。
それを骨折りを知ろうとしたのだ。
本来イグニスに教えるべきではなかった天使の秘密についても。
「その顔は本当に知らねえな」
「……ああ」
本当に知らなかった。
アーテはいつ骨折りと出会った。
そしてなぜ彼女は自分に教えてくれなかったのだ。
そんな思いが頭に走る。
信じている。
疑ってはいない。
だが、アダムと骨折り。
その二人の関係にアーテも関わっているとすれば、豊穣国が狙われる理由は十分だ。
「今回の戦いはもう終わった。アダムが死なない限りお前らの国を離れるつもりもないが……今回はアラギにも関係することだ。何が何でも教えてもらうぞ」
骨折りは、人間の少女であるアラギのことを非常に大事にしている。
それは世界の意思によるものなのか。
イグニスは聞くことができなかった。
「……っ……お前が人間の少女を大切にしていることは知っている。だがなぜそんなに必死になる。お前はそのような男ではなかったはずだ」
「……うるせえな。俺はあの子を守らなきゃいけない。それが使命なんだ。お前らにだってわかんだろうが」
イグニスの中には、マールが。
プラードの中には、デア・アーティオが。
二人の中に思い浮かぶ。
その心を使命だと。
そう感じるのは自然かもしれない。
「お前らがそれをわからないやつだとは思わない」
彼はそう淡々と語った。
それは三者で共通している価値観だった。
だからこそこの三人はお互いにお互いを尊重することができた。
骨折りは、まだ二人に対し情というものを残していたのだ。
彼は謝罪する。
彼はこちらに顔をみせてはくれなかった。
「すまない。プラード。助けにきてくれたのに。こんな話をしてしまって」
「気にするな……」
プラードは、その言葉にうまく返すことができなかった。
その帰り道は酷く静かだった。
なにもなかった。
だがそのことが頭の中の思考というものを巡らせていた。