表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
135/231

三話「監視」

そこは、王城の跡地。

戦いで破壊されたその場所の修繕を行っていた。

戦いの後から、七日近くは経っていた。

豊穣国の支援がくるまであと何日だろうか。

もう少しだといいのだが。

イグニス達は、まだ獣王国にいた。

それはこの国の援助のためだ。


「……はあ」


イグニスは軽くため息を吐く。

体が少し脱力した。

労働により体というものは硬さを持っていた。

疲労感というものもいくつかたまっていた。

あれからまたいろいろなことがあった。

ここ数日間の記憶が頭に巡る。


まず銀狼だ。

その遺体は、アンデットにならないよう燃やした。

銀狼が死んだと伝えたとき、反乱軍の面々とプラードは慌てていなかった。

むしろ納得していた。

彼らは、銀狼の死というものを即座に理解していたのだろう。

少なくとも彼の死を否定するものはいなかった。


死体は銀狼以外にも多く存在していた。

獣のアンデットと戦った多くの反乱軍の戦士。

アンデットの死体。

その死体と共に燃やした。

その匂いというものはとても言語で表せるものではなかった。

ただ心のどこかに寂しさを感じた。

この悲しさというものをイグニスは表現できなかった。


いろんな感情がその場には混在していた。

その燃える火を彼らは茫然と見つめるものが大半だった。

自分たちが成したその事実をはっきりと認識できているものも少なかったことだろう。


遺灰は、その遺体の友人が拾い集めることになっていた。

それぞれ個別にまとめていた。

丁寧に一つずつ燃やした。

自分は、その名前すら知らない。

彼らがどのような歩みを経て、反乱軍に入ったことさえしらない。

だがその死は自分の心にも何かを与えていた。

泣いている獣人を慰めると、感謝をしてくれた。

今この瞬間だけは、自分もこの一員になれたのかとほんの少しの感動を覚えた。


「みんな……墓をつくらないか」


獣人のひとりがぼそりとつぶやく。

彼も思わず口にでた。

そのような表情をしていた。

だがそれに反対するものはいなかった。


「ああ、いいな」


それからは早かった。

足を止めていたものも、疲れたような顔をしていたものも。

その目標を決めてから、段々とみんなは活気づいていた。

むしろその目標を決めないと、多くの者は燃え尽きていただろう。

人というものは、何かの目標を達成したあとはやる気や生きる気力を失ってしまうものだ。

なにかきっかけになったのなら、それは喜ばしいことだろう。


多くの石を集め、多くの花を集めた。

勿論、そのようなことができたのは本の数日前だ。

だが率先して動いたものは多かった。

その人員を纏めたのは、角牛だった。


「プラード様だけに任せるわけにはいかない」


そういっていた。

きっと獣王との闘いで一切力になれなかったことを悔いているのだろう。

ネイキッドを足止めしただけでかなりの働きだと思うのだが、そういう話ではないのか。


アンデットになった獣人のなかには、反乱軍の一員の友人や親族。

近しいものが多々いたようだ。

それらの死体をみて、苦しむものもいた。

だがみんな目標をきめて動いていた。


他の反乱軍幹部も、多くの働きをしていた。


香豚は、獣王が死んだ影響で活発化した犯罪組織の制圧。

反乱軍の戦力は戦いにより何割か落ちていた。

だが苦しい展開もなく無事に鎮圧化できた様子だ。

戦いもそれほど激しくはなかった。

むしろ獣王を倒してくれたことを感謝する一部の者までいた。

その中でそれぞれ個別の犯罪組織の頭が部下に入ったといっていた。

鍛えれば重要な存在となれるものも何人かいるともいっていた。

獣王国の巨大な戦力が戻る日も近いだろう。


飛鷹は、獣王国全体の情報の共有へ行った。

獣王国といった一つの塊であっても、群というものがある。

それらは個別に作用している。

今回の戦の内容が一切伝わっていない箇所だって存在するのだ。

飛鷹は、それらの群の長に手紙を何枚も用意していた。

主な内容は、新たな王ができるといった内容だろう。

イグニスにはそこら辺の知識は全くない。

下手に手伝わないことが最善だと考えた。


鼠の蚤は、けが人の看病やスラム街への支援。

食料の配布などに回っている。

獣王国の首都というものは、大きな食料不足に陥っていた。

最悪なことに、王城の食糧庫にもそれほどの数はなかった。

だが商人や、犯罪組織の食糧庫。

各地の食糧を集めることで、死人を減らすことはできた。

豊穣国からももう少し時間がたてば食料がくるはずだ。

それまで持つ猶予はあるだろう。

食料や、人員の問題。

それらは容易に解決へ向かっていた。


いままで起きたことはそれぐらいだろうか。

回想にふけ、現実から逃避することで体を少し休めることができた。

イグニスはその場から立ち上がる。


「さて……もう少し頑張るか」


イグニスは、荒れ果てた獣王国の復旧の手伝いをしていた。

まあ、自分の仕事は警備活動が殆どだ。

獣王国の隅々まで見張る仕事は、獣王国に慣れているものがすればいい。

そんな風に気軽に考えていた。

その時、後ろに気配を感じた。

誰かいる。


しかし誰だと。

そう考えた。

答えは自然に浮かんできた。



「……なあ、いるんだろ。ラミエル」

「……」


後ろにはだれかいた。

そしてイグニスはその誰かを理解していたのだ。


「よく気づいたね。先輩。……これは愛の力ってやつかな」


そういって彼女は笑う。

イグニスが自分の動きというものを理解していたことに対して喜びというものを感じていた。


「そんなわけあるか」


イグニスはそれを否定した。

愛の力なんてあるものか。

少なくともあったとしても、イグニスはラミエルにそれを向けることはできない。


「なんだよお。少しぐらいからかってくれよ」


法王国天使第七位。

ラミエルがその場には立っていた。

彼女は法王国としての格好を一切していなかった。

前回と同じで、あくまで私用としてきたようだ。

後ろを振り返る。

周囲を警戒した。

他の誰かに見られていないか心配したのだ。

セーリスクと鼠の蚤もいない。

大丈夫。

ばれる要素は一切ない。


「大丈夫だよ。心配しないでも」

「……」


それもそうかと納得した。

彼女が自分の不利になることは絶対しない。

その部分に関しては、変な信頼というものを持っていた。

それに彼女の能力ならこの周囲の気配の流れというものを察知できる。


「私ならわかる」


彼女も同様のことを口にした。

なら大丈夫かと安心した。

もとよりその不安は不必要だったのだが。


「それに見られたとしても……こうビリっとね」


彼女は自身の魔法によりその体に電気を宿した。

火花がその場に散る。

あの威力であれば、大抵のものは気を失うだろう。

獣人であっても同様だ。


「……っ」


しかしその手段はイグニスにとって好ましいものではなかった。

イグニスはラミエルのその手段を否定する。

優しく大人しくするように注意する。


「それはやめてくれないか。一応仲間なんだ」

「仲間ねえ……」


そうだ、仲間だ。

イグニスは、この場所にいる反乱軍のメンバーにある程度の信頼を持っていた。

自分が持っていなくても、プラードの仲間であれば傷をつける理由なんて皆無だ。

むしろ守るべき存在だと認識していた。

しかしその言葉はラミエルのある部分に接触していた。


「先輩の仲間は……天使だけだよ。何を言っているの?」


眼に狂気が宿る。

その気配を肌は鋭敏に察知した。

彼女は殺気というものを一切隠そうともしていなかった。

それは怒りであった。

雷撃のような怒りであった。

これを爆発させることはまずい。

どう鎮めようかとイグニスは考える。


「あ、ごめんね。先輩。怖がらせちゃったか」


彼女の怒りというものが意外にも即座に終わった。

何かしらの理由があるのだろうか。

イグニスはなぜだろうと思考した。

しかしその理由はすぐにわかった。


「……」

「だからね……先輩もその手は放してくれないかな」

「……すまない。無意識だった」

「よかった。先輩に嫌われたかと思っちゃったよ」


思わず自分も剣に手をかけていた。

お互いに臨戦態勢だったようだ。

やはりラミエルは、イグニスに嫌われることを恐れている。

その理由を自分は知っているが、過剰というほかはないだろう。

これは執着に近い。


「先輩のことは私も大好きなんだ。だからね嫌わないでね」


ラミエルは自身の行いというものを猛省していた。

もはや泣く直前にまで到達しそうな雰囲気だ。


「大丈夫だよ。俺が君を嫌うことはない」

「……そう?ならよかった」


彼女は話しを切り替える。

それは獣王に関するものであった。


「そういえば、獣王凄かったねえ」

「みていたのか」


意外だ。

彼女はあの場所にいたというのだ。

天使がアンデットを目の前にして傍観?

やはり彼女の心理というものは法王国の天使として外れている。

その点においては、第二位と似ているのかもしれない。


「うん。先輩すごいかっこよかったよ」

「見ていたならなら手伝えよ」


それどころか彼女はイグニスを視認することに集中していたようだ。

やはり彼女はアンデットに向けるべき執着や、その他の感情というものを自分に向けているのかもしれない。


「……うーん」

「なんだ」

「先輩が負けるはずないんだ。負けたらそれは先輩じゃない」


彼女は恍惚に満ちた表情でそう告げる。

イグニスというものを完璧に妄信しきっていた。

背中に寒気というものが走った。


「あ、変な心配しないでね。先輩が獣王に負けるだなんて一切思っていないから。微塵も」

「……俺が死ぬとかは思わなかったのか?」

「……先輩がこんなところで死ぬはずがない」


彼女はそう断言する。

これは、なんだ。

この感情はなんなのだ。


「大丈夫。先輩が壊れたくなったらね。私がいつでも壊してあげる。私だけなんだ先輩を殺せるのは」

「……お前」


一歩。

一歩。

一歩ずつ彼女は歩みをイグニスに近づける。

彼女の頬というものは赤みを帯びていた。


「先輩は私のものだよ。ずっとずっとずっと。わたしだけが先輩を愛せるんだ」


やがてキスをできる場所まで到達する。


「先輩を愛せるのは私だけで。壊せるのも私だけ。だから一緒にいようね。アダムとのことも大丈夫。先輩ならきっとうまくいくよ。邪魔するものは私が壊すから……だから先輩……」


彼女の感情に偽りなど一切混じっていなかった。

ただ純粋な愛の感情というものをイグニスに向けていた。

彼女がイグニスに情報を与えるのも。

彼女がこうしてイグニスに会いに来るのも。


現時点の状況をかき回したい。

そんな理由ではない。


「ラミエル……君は疲れているんだ」

「……先輩」


彼女はただイグニスという存在を、そのものを愛している。

イグニスはそのことを理解していた。

だがその愛というものをイグニスは受け入れるわけにはいかない。

そんな時、二人の間を邪魔するものがいた。


「おっと……そこまでにしてもらおうか」

「だれだよ……?邪魔をするのは」


その男は酷く武骨な剣を持っていた。

そして今のイグニスにとって最も助けを与えてくる人物であった。


「骨折り!」

「……邪魔しないほうがよかった?」

「……そんなわけあるかっ……馬鹿!」

「返答しづらいな……」


骨折りからみたら、愛し合っている恋人同士の逢瀬に見えたことだろう。

だが状況はそんなに生易しいものではない。

骨折りがここにきたことが本当にありがたいものであった。


「骨折りだって……?」


ラミエルは戸惑っていた。

なぜ骨折りがここにいる。

自分の魔法ですら検知できない能力。

骨折りがそれを持っているというのか。


加えて外見の違和感。

骨折りはあの異質な仮面を外せるようになっていたのか。

なぜいまは外せる?

そしてなぜ頑として外さなかった。


骨折りに対し、ラミエルは警戒心というものを抱いていた。

それは魔法による異常な炎。

第一位ミカエルと同等のその攻撃。

あれは全てを燃やす【業火】だ。

それを使用することのできる骨折りを警戒しない理由がなかった。


ラミエルは現時点敵対している骨折りに関して即座に考察を開始する。

しかし今では全くわからない。


「……でも確かだ。その剣。骨折りだね。君は」

「……あの仮面がなきゃわかんなかったか?法王国第七位」

「……」


ラミエルはその追及に無言になる。

いやあえて肯定しなかったのだ。

今のラミエルは法王国の制服を所持していない。


「それは肯定でいいか?まあ、ラミエルなんて呼ばれるやつなんてひとりしかいないよな」


骨折りは聞いていた。

目の前の女性がラミエルと呼ばれる瞬間を。

この世にその名を使用できる人物など一人しかいないのだ。


「いや……?私はただのラミエル。いまこの行為に法王国は関係してないよ。そっちこそあのダサい仮面がなければ気が付けれないと思った?」


一瞬その場が凍る。

骨折りは声を震わせて否定する。


「……ダサくない」


しかしばっさりと彼女は断言する。


「ダサいよ」

「ダサくないって」

「センスないね。君」

「あのよお……」


なぜだ。

なぜ自分の仮面はこんなにも悪評なのだ。

骨折りが意外なところで落ち込む羽目になった。


「……ラミエル。お前魔法を使っていなかったのか?」

「使っていたさ。だけど……」


電気の流れが読めなかったのか?

ラミエルは人それぞれの電流を見る能力を持っている。

こんな性格だが、実力は天使だ。

ヘマをするとは考えずらい。

そうすると骨折り側が何かしらの対策をとったと考えるのが正常か。


「……イグニスはこの国についた途端、お前に発見された。そうだろう?」

「……」


ラミエルは無言だ。

肯定も否定もしなかった。


「ああ、そうだ」


代わりにイグニスが肯定をする。


「居場所を特定する魔法道具。そういったものをイグニスは所持していない。所持する理由もない。そしてこいつがそういった罠にかかるとも思えない」

「……随分と信頼してくれるんだな」

「今さらか?」


イグニスが現時点で裏切るメリット。

それは皆無。

この国についた時の話を聞いてから微塵も疑っていない。

それなら猶更、イグニスがそんな罠に引っかかる未熟だとも思えない。

なら理由は簡潔。

追跡に関してイグニス以上の能力をその本人が持っていること。



「なら答えはひとつ。どういった原理かは知らない。だがお前の魔法は居場所を特定できるんだろう。個人の存在。それもかなり精密に。ならその魔法を防げばいい」


骨折りの考察というものは正確にあっていた。

イグニスの居場所を現在進行で完璧に追従できる。

イグニスはそれを知っていたからこそ、ラミエルをまっていた。


「どうやって?」


ラミエルは思わず舌打ちというものをしそうになった。

骨折りに対し、軽く敗北感というものを感じたのだ。

しかしそれを骨折りが吐くわけがない。


「いうかよ。馬鹿が」


骨折りは剣を構える。

戦闘への準備。

それは万全だった。


「……いいのかな。私の立場は、天使だ。戦争でも始めるつもり?」

「何言ってんだ。てめえこそ、法王国の制服を着てから出直してこい」


ラミエルは今さら法王国の立場を盾にする。

しかしそれは違う。

法王国のラミエルではない、ただのラミエルだといったのはどちらだろうか。

しかし骨折りのその小さな上げ足どりにはラミエルも少し苛ついた。


「五月蠅いなあ」

「……あ?」

「大好きな先輩に会いに行くために、せっかく時間を削っているんだ。そこどいてくれない?」

「ラミエルやめ……」

「イグニス!ダメだ!!下がれ!」


イグニスが間に入ってその喧嘩を仲裁しようとする。

しかしそれには遅すぎた。

その時大きな電気が骨折りとラミエルの間に放たれる。

雷霆が放たれる。

爆発音と共に閃光がその場に広がった。

視界が全く見えない。

イグニスが目を開くと、そのまま二人はその場に立っていた。


骨折りは無傷だった。

だがその鎧には焦げが付着していた。

その魔法で強く焼かれたのだ。

剣にもいくつか黒くなった箇所が存在した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ