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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
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二話「狼は語る」

彼は話しを始める。

それはイグニスにとって、予想外のものであった。

その弱り切ったからだからは想像できないような力強さであった。


「探り合いはなしだ。手っ取り早く本題に入ろう」

「……どういうことだ?」


探り合いという言葉の意味がわからなかった。

イグニスは、銀狼の話についていけていなかった。

彼は一体何を知っている。


「……俺は、戦いのなかで半獣とであった」

「……!?」


半獣。

それは、この世界にもういないとされている亜人と獣人のハーフ。

そして自分の知っている半獣など一人しかいなかった。

マールがあの戦のなかにいた。

その言葉で、吐き気が押し寄せてくる。

理解と脳の拒否感が、不愉快さを生み出していた。


「なぜ俺がこんなことを話すか。わかるか?天使第三位」

「知って……いたのか」

「知っていたさ」

「なんで知っていたのに……何も言わなかったんだ」

「……」

「答えてくれ……」


その言葉に、脳が震えた気がした。

なぜここでもそれを追求されるのか。

理解が追い付かなかった。

銀狼は、自分とマールの存在のことを認識していたのだ。

自分の存在を知っていたのに、全く触れなかったのは彼なりの配慮だったのだろう。

イグニスの質問に彼は何も答えなかった。


「旅をしていただろう。……多少なりとも足はつくものさ。途中で全く読めなくなったが」

「旅のこともしっていたのか」


銀狼は、イグニスの旅のことを知っていた。

全く読めなくなったというのは、海洋国にはいったあたりだろうか。

それはわからない。

彼が、旅の中で自分に接触することがなかった。

それは場所がわからなかったというのが一番の理由なのだろう。


「疑いをもったのは、豊穣国で活躍するという風使いの噂を聞いたとき」

「……」


なるほど。

プラードからの情報である程度怪しさは持っていたようだ。

自分のような実力を持っていて全く知られていないというほうが怪しいか。

どれだけ立場や外見を変えたとしても変えられないもの。

それにあの時の戦いのなかで手を抜く余裕なんて一切なかった。

コ・ゾラとの闘いがその最たるものであった。


「確信をもったのは、【アービル】からだ」

「……まさか知っている奴がいるとはおもわなかったよ」


そう、自分にとっての最も予想外であったのそれだ。

アービルという名前で感づかれるとは思っていなかったのだ。


「だろうな。おれもただの偶然さ。でもそう考えるとつじつまが合うんだ」

「辻褄ね……」

「ああ、もし法王国から天使が逃げたとき。偽名を与え、逃げる伝手を与え。そしてそれを遂げるだけのある程度の賃金を与えてくれる善良な人物と出会ったら。豊穣国にたどり着けるのはなんらおかしくないと」

「……」

「……」


思わず無言になってしまった。

お互いアービルという人物を偶然知っていただけだ。

その偶然が、イグニスに情報を与えた。

銀狼は自分のことを認識していたのだ。


「それによ……俺はあの王子にひとつお願いをされていてね」

「……お願い?」


お願いとはいったいなんなのだろうか。

自分に関連のあるプラードのお願いというものが想像できなかった。


「半獣の少女を見つけたら教えてくれと」

「プラードが……?」

「ああ、かなり真剣な文面だった」


イグニスは全くそんなことを知らなかった。

なぜ彼は、そんなことを銀狼に頼んでいたのだろう。

彼も、またマールを追うものだったのか。

それとも自分を案じてくれたものか。


「まさか、あいつも……?」

「……お前の心配するようなことはないよ。あの王子は全く知らないはずだ」


彼は、プラードのことを疑うなという。

確かに彼が策略というものを得意とするとは思えない。


「それに骨折りから頼まれたといっていた。……いい仲間じゃないか」

「ああ」


そうか。

プラードも、骨折りも気にしていたのだ。

マールの居場所を反乱軍の手を借りたうえで探してくれていたのだ。

理由はどうあれその気持ちがうれしかった。

彼らにも法王国の出身である自分を疑う気持ちはあったはず。

それなのに、今はこうして仲間と扱い自分の願いをかなえようとしてくれる。

その気持ちがうれしかったのだ。


「殺してくれ捕まえてくれじゃないんだ……純粋だよな」

「……は?」

「……あいつらはあの少女が危険な理由を全く知らないんだ」


どういうことだ。

イグニスはそう思った。

銀狼は自分の知っていること以上の何かを知っている。

そして彼の立場というもの。

その両者を聞きたいと強く思った。


「……マールは一体どんな秘密を。なにを抱えているというんだ」

「……おっと、三位でも知らないのか。知らないで逃がしたのか?」

「そうだよ。知らないんだ。俺は全くなにもしらなかった」

「……嘘ではないんだな。意外だ。驚いた。まさか天使のなかにそんなバカなやつがいるとは思ってなかった」


銀狼は意外そうな顔をしていた。

マールの持っている秘密というものを知っていると思ったのだ。

だからこそイグニスは彼女を逃がしたと。

そう考えたのだ。


しかし銀狼は知らなかった。

損得なしで、ただの同情のみで。

彼女はマールを助けたのだと。

ただ世界を見る旅をしたのだと。

イグニスのした行動というのは理屈とかメリットの話ではないのだ。

ただ彼女を、マールを哀れんだ。

悲しんだ。

それだけで彼女はマールを助けたのだ。


「頼む。教えてくれ」


必死に懇願した。

マールがどのようなものか。

それを知らなかったのだ。

ただ自分は一緒に時間を過ごしただけのマールしかしらない。

その事実が苦しかった。


「……なあ?お前本当に第三位なのか?」


イグニスの様子に、銀狼は違和感を持った。

彼女のその雰囲気は、自分の知っている【天使】という存在ではなかったからだ。

【天使】とはそういう存在なのだ。

思考回路、行動原理。

そのすべてが通常とは異なる。

しかし今の彼女は感情的な情の熱い人物だ。

それに対し激しいズレというものを感じたのだ。


だが今その質問にはイグニスはイラっときた。


「今は!イグニス・アービルだ!」

「ああ……そうだよな。そうだ。俺が悪かった」


怒りを見せるイグニスに対し、銀狼は素直に謝罪をする。

配慮が足りなかったと銀狼は考えた。

真剣に偽ることなく語る彼女に対し、彼もまた誠意を見せた。

イグニスは、もうすでに【天使】ではない。

そう思考を切り替えたのだ。


「まず俺の立場から話させてくれ」

「それは必要な情報か?」

「ああ、必要だ。なぜ俺がこの情報を知っているのか。すべてつながる」


彼は、なぜイグニスのことを知っているのか。

そしてなぜ反乱軍のリーダーに立っているのか。

それを語ろうとした。


「俺は機兵大国の戦士だった」

「……機兵大国の戦士。だからお前だけプラードに知られていなかったのか」

「珍しいことじゃないけどな。この国じゃあ上の立場のやつは死ぬか出ていくかだ」

「この状況においては、疑われる条件というものが減っていたのか」

「そうだ。通常ではない。そのことは俺にとっては得だった」


納得がいった。

反乱軍の幹部の中で、プラードが知らなかった人物は鼠の蚤と銀狼。

鼠の蚤は、高い実力を持っておらず亜人だ。

だが銀狼は、高い実力を持っているはず。

そして獣人だ。

人手というものが減ったこの国で目立たないはずがない。

その高い実力。

それが育った場所すら不明。

実力主義の獣王国にしては異質だ。


一つ考えられるのは、鍛えることで十分に育った後にこの国に入ったという可能性。


彼は、異なる異郷で別の考えを持っていたためある種のカリスマ性というものを獲得していたのだ。

だからこそ、反乱軍の一員はそれに惹かれ反乱軍という組織は完成した。


「獣王国で反乱のリーダーとなってから数年後あることを命じられていた」

「それはなんだ?」

「逃げた半獣の少女と、天使第三位を確保して援助しろという使命だ」

「援助……?」


その意味がよくわからなかった。

なぜ機兵大国が、自分たちの援助をするのだろうか、

自分たちの援助。

それがなにかしらのメリットになるということか。

それなら確かに、銀狼は率先して自分の情報を得ようとするだろう。


「ああ、機兵大国は人間の技術を生かしてなりあがった国だ。法王国とは仲がいいとはいいにくい」

「つまり俺の存在は都合がいい……?」


なるほど。

上に近い立場の自分が法王国を抜け出したのだ。

イグニスの天使としての立場、情報や力。

それらをすべて手に入れようとしたのか。

要するに自分に恩を売りたかったわけだ。

それが法王国に対抗する力となる。

そういう憶測があったわけだ。


「ああ、そういうことだ。【天使】の立場をわざわざ捨てるやつなんて滅多にいない」

「ほめてんのか?それ」

「ああ、賞賛だよ。立場より、自分の守るべきものを優先できるやつなんてそう多くはない」

「……」

「実際、お前が抜けてからの法王国というものは様変わりした。イグニスお前の影響というのはお前が思ってるより大きい」

「それは認めるよ。……俺も抜けてから気がついた」


ウリエルも言っていた。

ミカエルは自分が抜けたことにより精神的な不安定さが訪れていると。

一位が不安定なのだ。

きっと多くの箇所に穴ができ始めている。

そしてその穴に入ったのだ。

アダムという存在が。

そうして広がった穴は、もう自分一人では止めることはできない。


「機兵大国がマール……半獣の子を確保しようとしているのはなぜだ」


アダムがマールを手に入れた理由。

それすら不明瞭。

ならば今聞けるのなら聞きたい。

そう思い質問を投げかける。


「多眼竜とはあっただろう?予言もきいたか?」

「……それすらも知っているのか」


驚いた。

銀狼は多眼竜の存在すら知っていた。

彼は機兵大国でも限られた情報を持っているのではないか。


「さっきいっただろう。機兵大国は人間の技術によってなりあがったと」


そうなると一つの推測ができる。


「……多眼竜は人間の技術によってできているのか」

「それは詳しくは話せない」


彼は否定をしない。

ということは話せず、断言もしないがそう思っていい。

そういうことだろう。


「否定はしないんだな」

「……信頼と思ってくれ。これを話すのはお前だけだ」


人間と多眼竜。

その二つが深いかかわりを持っていることなんて容易に想像がついた。

しかし人間によって多眼竜が生み出されたというのは予想外だ。


「アダムのことも多眼竜のこともある程度は知っている」

「……」

「焦ったよ。まさかプラードからアダムの話を持ち出してくるなんてな」


だからか。

戦いの前アダムの話題を出しても銀狼だけが驚いていなかったのは。

ということはアダムが反乱軍にいままで手をだしてこなかったのは銀狼の関連か。

これは憶測にすぎないし、遅い話だ。


「この二つは俺から話すべきではない。だが多眼竜はまだ生きている」

「生きているのか……あれが」


頭のなかに骨折りの話していた多眼竜の死に方というものを想像する。

アンデットに変化したと聞いていた。

死亡したものだと思っていたのだ。

しかし銀狼はそれを否定する。


「ああ、多眼竜の豊穣国での末路というものは知っている。だがあれは本体ではない」

「本体ではない……?」


これはどういうことだ。

つまりあの多眼の竜の姿は、偽りだとでもいうのか。

それとも本体がどこかにいる。

そしてそれは機兵大国のどこか。

そういっているのか。


「……おそらくお前の考えている通りだ」

「……っ」


銀狼は、何を語りたいのだ。

自分に何を伝えて。

自分に何を行動させたいのか。

必死に頭を働かせた。

彼は、嘘をついていない。

自分に伝えたい情報がいくらでもある。

そんな顔をしていた。

死というものに絶望するものの顔ではなかった。


「イグニス。機兵大国に行け。お前の望む情報すべてが待っている」

「なぜ……俺なんだ。銀狼」

「どういうことだ」


声が震えた。

疑問しかなかった。


「なぜ俺に伝えた。なぜお前は俺を信じるんだ」


そうだ。

なぜだ。

なぜ私なのだと。

己の自己性すら確立しておらず、過去の決別すら終わっていない自分なのかと。


「……多眼竜は、異物の子に会いに来たのではない」

「!?」


なぜ、彼があの瞬間を知っている。


「お前に会いに来たんだ。イグニス。お前がこの世界の命運を決めるんだ」

「世界の命運だと……」

「人間の少女が骨折りに助けられるのも。異物の子がアダムと出会うのも運命だった。だがお前だけだ。【世界の意思】に逆らったのは」


世界の意思。

獣王も語ったそれを彼も語る。

それはなんなのだと。

疑問が止まらなかった。


「世界の意思。それは一体なんなんだ」

「……いずれわかるさ。逆らいようのない流れというものに」


彼は自分の体を見つめた。

知っていたのか。

自分の死に際というものを。

戦いの中、革命の終わりすらみることができず死ぬことを。


「半獣の少女はアダムによってかなり変質させられていた」

「……変質?」

「お前だけだ。彼女を救えるのは」

「……」


まだ自分は救えるのか。

彼女を。

マールを。

それは諦めたくはないものであった。


「あとは頼むぞ。イグニス」

「ああ」

「世界を。この世界の意思に抗ってくれ。人間に憎まれたこの世界を……」


彼は目をつぶる。

鼓動は段々と静かになっていく。

彼は死んだ。


死に抗うことなく。

静かに、静かに眠っていた。

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