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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
五章 機兵大国編
133/231

一話「戦いの終わり」

「みんな!!王子が帰ってきたぞ!!」


その場は歓声に包まれた。

多くの反乱軍の兵士が、喜びに満ちた顔で笑っていた。

その体は、多くの怪我であふれていた。

包帯や、松葉杖を使用するものもいた。

王城の入り口には仮の天幕のようなものが作られていた。

恐らく最初に分断された人員が、持ってきたものだろう。


「ははっ……」

「こんなに喜ばれると恥ずかしいもんだな」


イグニスと、骨折りは照れて笑っていた。

プラードは何とかぎりぎり立っているような状態であった。


「ほら、お前がしゃきっとしないと纏まんないぞ」

「それはわかっているが……」


プラードもなんとか体を起こしたばかりで、その体はぼろぼろであった。

獣人としての高い治癒力が救いだったのだろう。

死ぬことはなかった。


「鼠さんも早くしっかりしたところで寝かせてやりたいしな」

「ああ、だな。王城でアンデットと接敵することがほぼなかったのは彼のお陰だ」


イグニスの背中には、鼠の蚤が寝ていた。

呼吸もかなり安定している。

命の瀬戸際というのはもう去っているだろう。

しかし骨折りは、その様子をみて困ったように頭をかじる。


「……いや俺が背負うよ?」


ボロボロのイグニスに、ぼろぼろの鼠の蚤が乗っているのだ。

骨折りの怪我というのは、鎧の能力で回復に向かっていた。

そんな骨折りからすると、とてもみていられるものではなかったのだ。


「いい。俺がやる」


だがイグニスはそれを断った。

鼠の蚤の秘密というものを骨折りにばらしたくはなかったのだ。

まあ、ばれていたとしても骨折りに鼠の蚤を軽々しく触らせたくなかった。

デリカシーのない男だ。


「……なんでそんな目でみるんだよ」

「気にすんなよ」

「まあ……お前がそういうならそれでいいんだけど」


骨折りは、不満げだ。

自分を頼ってくれないことが寂しいのだろう。


「大丈夫だよ。人一人運ぶぐらいなんともない」

「流石にプラードを運ぶ気にはならなかったけどな」

「……私を持ち運べるとでも思ったのか」


プラードを持ち運ぶ?

二人で?一人で?

どちらにせよ、返答はこれだ。


「「無理」」

「……」


イグニスと骨折りの気持ちは完璧に一致していた。

身長が二メートルを超えるような筋肉の塊をどうやって運べというのだ。

身体能力向上の魔法はあるが、いまこんな状況で使う気力もない。

頃合いをみて、プラードは叩き起こした。

実際、プラードの体の回復力はすさまじいものだったし気にすることはないだろう。


「まあ、起きた結果。この歓迎だから気持ちはいいだろう?」

「そうだな……よかった。父に勝つことができて」

「お前が王だ。頑張れよ王様」

「……ああ、そうだな」


プラードは笑っていた。

それは、緊張がとれたような開放されたような笑顔であった。

そうだ。

彼は解放されたのだ。

宿命から。そして血から。

そんな彼をイグニスは少し羨ましく思った。

しかし嫉妬してはいけないなとも思った。


「明日からこの国の名前、わくわく動物王国にしようぜ」

「何発殴られたい?」

「すまん」


骨折りのくだらない冗談はおいておこう。

イグニス達は、反乱軍の医療室へと向かった。


そこには、角牛やセーリスク。

飛鷹や香豚がいた。


「……獣王は死んだか」


香豚は、傷だらけの体でそう語る。

そもそも敗北を疑っていなかったのだろう。

驚きや喜びというものは薄かった。

だが彼は笑っていた。

それは確かな満足感であった。


「ああ、大丈夫だ」

「なら安心した。こいつらも満足だろうさ」


寝台には、香豚以外の全員が目を瞑り休んでいた。

その体は傷だらけで全員が致命傷を負っているというなかなかの光景であった。


「死んではないよな?」

「安心しろ。こいつら全員バカみたいに頑丈だから」


香豚は、そうふっと笑っている。

獣人の耐久力を信頼するべきか。

しかし医者の数も足りていないだろう。

大丈夫か。


「医者は足りているのか?」

「ああ、反乱軍にも何人かはいる。それにこの国はもともと回復魔法に頼らない医術に優れた国だ。老いぼれだが技術を持っている者はいる」


なるほどと納得した。

この国には、回復魔法の使える亜人というものは少ない。

その分、医術や薬学に優れた獣人が多かったはず。

荒れ果てたこの国に、まだ残ってくれる獣人がいたのだ。


「そうか。ならよかったよ」


イグニスは少し安堵する。

戦がせっかく終わったのに、今度は人手不足で死者がでるなんて耐えられない。

だが医者も足りているようだし、プラードの持っている魔法道具によって反乱の成功というものを知られているはずだ。

エリーダも時間はかかるが来てくれる。


「鼠もそこに乗せてくれ」

「ああ」


イグニスは、背負っていた鼠の蚤をベットの上に乗せた。

香豚は、じっと骨折りの顔をみる。

そうして出た言葉は当然のものだった。


「骨折り……?あのへんなお面は外せたんだな」

「変なお面いうな」

「臭そうだったもんな」

「え?」

「ああ、におってきそうだった」

「え?」


骨折りが虚無な顔をしている。

いじめるのはこれだけにしよう。


「新しい患者ですね」

「ああ、よろしく頼むよ。先生」

「はい」


年老いた医者が、こちらにやってくる。

優しい笑みで、鼠の蚤の怪我の確認をしていた。


「応急手当をやったのはだれですか?」

「……ああ、おれだがどうした?」

「完璧な手当てですね。手本にしたいくらいです」


イグニスは一瞬の焦りを感じたが、安堵した。

自分の能力によって医者にとっての違和感が生まれているのではないか。

そう感じたのだ。

だがばれていない。

追求されるきっかけとならなくて安心した。


「お前らは?見てもらわなくていいのか?」


香豚は心配そうにこちらをみる。

怪我が大きいのに、一切休まない三人を疑問に思っていた。

それは当然の疑問だろう。

しかしほかに優先すべきことが三人にはあったのだ。


「休むのはもう少したってからにするよ。それで……戦況はどうなったんだ」

「ああ……そうだな。話が終わってからのほうがお前らもしっかり休めるか」


香豚は納得したように、深くうなずいた。

そうして彼は謝罪する。


「すまんな最後まで負担をかけて」

「気にするな」


どうやら、最後まで自分たちに負担をかけていることを申し訳なく思っているようすだ。

どうせこちらは戦力と頭しか貸せないのだから気にすることはないのに。

いやその戦力と【頭】が大きすぎたのか。


「……どれぐらい死んだ?」

「死者は三百ほど」

「……三百か」

「……あの数のアンデットに対して半数以下の死で済んだんだ。むしろうまくいったほうだ」


一人ひとりが、熟練の獣人だったはずだ。

それが三百死んだ。

反乱軍の戦力低下は避けられないだろう。

元から戦死者というのは考慮に入っているだろう。

しかしそれでもやるせない思いというのは湧いて出てくる。


「負傷者はどれくらいだ?医者は十分といったがそううまくはいかないだろう」

「負傷者に関しては心配しなくていい」

「どうしてだ?」

「そりゃ亜人とかは、大変かもしれんが俺らは獣人だ。食って寝てりゃ治る」

「……それならいいんだけど」


確かに、体の再生や耐久力。

それらは、獣人の得意とすることだ。

その獣人がいうことなのだから心配はしなくてよいだろう。


「シェへラザードはどうした?お前らは勝ったのか?」

「……いや負けたさ。とても強力な魔法だった。だが……生きている」

「……そうか」


なぜだろうか。

シェヘラザードがそう簡単に敵を見逃すような人物だとは思えない。

しかし彼は生きている。

ネイキッドも今回の戦いにおいてだけ見逃していた。

彼らの思惑というものが一切わからなかった。

なぜだ。なぜ殺さなかった。

香豚も、それに対し不満だった。



「……俺だけじゃないさ。角牛も、この剣士も戦いには負けた。だが生きている。……随分と舐められたな」


香豚は、かなり強く歯ぎしりをしていた。

彼自身複雑な感情が渦巻いているはずだ。

骨折りは疑問に思った。

では彼女の役割というものは何だったのか。

時間稼ぎ。

あるいは、戦力の分断。

その両方。

それは確実だろう。

しかし香豚と飛鷹を殺さなかった。

そのうえで戦闘に加わらなかった。

可能性の話だがダメージが大きく戦闘から離脱した可能性もある。

しかし敵を殺さないのは解せない。

ネイキッドの話もある。

シェヘラザード自身に何かしらの心境の変化があるのか。

そういった考察を骨折りは頭の中に広げた。


プラードは、香豚に語る。


「だが生きているだろう」

「……プラード様」

「……磨け。また君たちの力を借りる瞬間がある。その時まで強くなっていてほしい」

「はっ」


彼は香豚を励ました。

それは、信頼からくるものであった。

シェヘラザードは、アダム自身が選んだ人材だ。

そんな彼女に負けたからといって恥じるべきではない。

彼はまだ生きている。

このことをきっかけにもっと励んでほしい。

そう思ったのだ。


「もう……立派な王様だな」

「だな」


獣王国はここから生まれ変わる。

時間さえたてば、豊穣国に不足している戦力も補えるだろう。

それに加えてほかの国に流れてしまった戦力も戻さなくてはいけない。

前の獣王よりプラードは強くなくてはいけないのだ。

だがプラードなら大丈夫だろう。

そう思える信頼があった。


「香豚さん!!」

「なんだ!大声を出すな!!」

「……は、はい。すみません」

「お前が一番でけーよ」


大声で、香豚を呼ぶ部下に対し彼はそれ以上の声で怒る。

自分たちのことを想っての行為だろうが、それによる被害のほうが大きかった。

現に、骨折りとイグニスは耳を抑えている。


「……銀狼が死にかけてる?」



それは、イグニス達にとって驚きの内容であった。

敵は誰だったのだろうか。

まさか反乱軍のリーダーである銀狼は、獣のアンデットにやられたのだろうか。

疑問を投げかける。


「獣のアンデットにやられたのか?」

「違います」


しかしそれは、否定された。

それはそうだろう。

銀狼は、獣のアンデットに後れをとるような人物ではない。


「だれだ……誰にやられた?」


ネイキッド、シェヘラザード。

桂馬、金象。

獣王やアダム。

それらの人物の所在というものはわかっている。

逆にいえば、銀狼を上回る実力のものはそれぐらいしかいない。

客観的にみて銀狼の実力は獣のアンデットに後れを取るものではない。

アダムの配下にまだ高い戦闘能力を持つものがいるのか。


「……わかりません」

「知らない人物だったのか」

「はい……味方のなかから現れて」

「私たちをかばったせいで、怪我をして」


スパイか。伏兵か。

どちらにせよ、うまくやられた。

思わず舌打ちをしそうになった。

あの時の混乱した状況を利用して頭である銀狼を狙ったのだろう。

指示の影響で集中力もかいていたはず。


「……銀狼の元へいくか」

「俺たちもいいか?」

「当然だ」

「案内します」


反乱軍の兵士が、香豚含めた全員を銀狼の休んでいる天幕へ案内する。

銀狼は、荒い呼吸であおむけに寝ていた。

眼を開け、こちらを見る。


「……お前ら……無事だったのか」

「銀狼!」

「よかったぜ……王は死んだのか」


銀狼の顔色というものは相当に悪かった。

恐らく体力を消費しているのだろう、


プラードと、香豚は戸惑いとはまた別の感情を持っていた。

彼らは何かに気が付いている。


「ダメだ。多分俺は死ぬ」

「……なぜだ?いま生きているじゃないか」


ああ、そうかわかった。

死臭か。

獣人だからこそ気が付いているのだ。

同族の死のにおいというものに。


「……体の中が燃えるように熱いんだ。まるで命を燃やされているような……ただひたすら辛いんだ」

「……イグニス。これは」

「ああ、魔法だ。それも相当高度の」

「……」


獣人の回復力すら上回る継続的な魔法か。

イグニスはその魔法を知らなかった。

だがこれで確定だ。

獣王国にこのような魔法を使える人物がいるはずがない。

アダムの配下にいるのだ。

命を燃やす魔法が。


「……イグニス。お前にはわかるか?」

「……俺は知らない。けどこういう魔法にはある傾向がある」

「なんだ?」

「使用者本人が死ぬか。本人の明確な意思でやめるか。その本人を見つけないとどうしようもない」

「……味方のなかから現れたといっていたな」

「反乱軍に亜人は少ない。いまからでも顔を見た人物を探せば……」

「やめろ。それは無意味だ」


銀狼が、プラードや骨折りの提案を否定する。

何かしらの理由があるのだろうか。

「なぜだ?お前の命を蝕んでいる魔法。それを解除するには本人を……」

「いや俺はみたんだ」

「喋れるか?」


このような事態だ。

本人の体力がなくても、かけられた本人を探しだすしか方法はない。


「ああ……そいつは、反乱軍でもかなり長い期間所属しているやつだった。獣人だった。そいつが影みたいな亜人に変身するところを」


偽装の魔術か。

いや変身かもしれない。


「……どういうことだ?亜人は二人いるのか?」


香豚は、疑問をもった。

彼のなかでは、亜人の使える魔法というものは一種類。

使えたとしても子供の扱うような余程弱い魔法でなければいけない。

そう思っていたからだ。


「使える魔法というのはひとつだけではないのか?」

「……そうじゃない。使えるが使わないんだ。俺らは」

「……?わからん」


骨折りの発言を香豚は理解ができなかった。

魔法というものの性質をよく理解していなかったのだ。


「……俺が今からほかの魔法を使おうとしても、魔法同士が反発しちまうんだ。要するに今まで組み上げてきた魔法のイメージとずれてしまう」

「……」

「亜人っていうのは、自分の扱う魔法はこれだって固定概念がある。それが明確な想像を生むんだ。だからこそ亜人は強力な魔法を扱える」


自分の生む固定概念。

亜人にとって重要なのはそれだと骨折りは語る。


「それに、一つの魔法を使い続けたほうがよっぽど強くなれる。非効率で確実性がないんだ」


そう、何種類もいくつもの魔法を万能に扱える。

それは特殊な才能なのだ。

確かにそれをしたうえで、強くなれる人物はいる。

だがそれはその個人の話だ。

万人に当てはまる程度の話ではない。


「つまりそいつは、数年間一緒にいてもばれないほどの偽造魔法が使えて。同時に容易に命を奪えるだけの呪術的な魔法が使える。魔法を使うものとしての潜在的な能力。その切り替えがうまいんだ」

「なぜ……そんなやつが……何年も」


理解することができなかった。

なぜ、いまなのだと。

この数年間いつでもタイミングがあったはずだ。

なのに、なぜいまなのだ。

後悔と猜疑心が香豚の中に生まれた。


「……はっきり言って運がよかったよ。俺たちですらその魔法にはやられていたかもしれない。いまこうして話せているのは奇跡だ」


骨折りとイグニスは、亜人として魔法についての説明をする。

これは魔法を使い戦闘をするものとしては基本的なことであった。

戦闘を行う上で、魔法を扱い武器も持つ。

その中で選択の取捨選択が行われるのは自然的なことであった。


しかし銀狼は、それに逆らった人物にやられたのだ。

そして二人の中に、それをできるだけの強者をしらなかった。

恐らく闇の住人だ。

暗殺や、顔を出さないことを信条とするもの。

表側に絶対出ることのなかった人物。

探しようがない。


「お前ら気をつけろ。敵のなかに変化を得意とするやつがいるんだ」

「……それじゃもう……」

「ああ……そいつを探し出して魔法を解いてもらうなんて……そんなのは無理だ」


周囲が静まり帰る。

彼はまだ息をしていて、話もできる。

疫病にかかったわけでも、重傷をおったわけでもない。

それなのにこのままだと死んでしまう。

その事実がただ重くのしかかった。


「それと……イグニスと二人っきりにしてくれ」

「……ああ?」

「お前ら外へでろ」

「はいっ」


反乱軍の一員と骨折りたちは、気を使ってその部屋の外にでた。

その部屋には、イグニスと銀狼。

二人だけが残る。

しばらくの沈黙が続く。

先に会話を始めたのは、銀狼であった。

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