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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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継承


「……私はまだ生きている……」


そこには桂馬と呼ばれる獣人がいた。

いや、彼は獣人としての姿を半分失っていた。

獣人としての強靭な肉体。

亜人としての顔面。

そして体には魔力に近しいものを感じた。

この様子では、魔法も使えそうだ。


「……痛みはないのか。不思議な体だな」


ぼそりとつぶやく。

なにか言葉を発しないと、そう思った。

そうでないと、自我が保てない。

そんな不思議な予感がした。


「お前は……私を守ってくれたのか」


槍に向けて、語る。

当然槍は何の返答も返してくれなかった。

その槍には、なにかしらの意思が宿っている気がしたからだ。


「は……当然か」


自分は、感傷的になっているのだろう。

永銀の力を借り、獣人としての姿を失った。

同時に、【竜槍】の能力も使った。

それなのに、骨折りには届かなかった。


「自分の生涯は無意味だったのか」


頭のなかには、かつての恵まれた獣王国が頭に浮かんだ。

あの時程充実していた瞬間はない。

それが狂った瞬間の日のことはいまでも鮮明に思い浮かぶ。


「いや、決して無意味ではないはずだ」


だが、ここで否定しては友の死が無意味になる。

友の変わり果てた死体を見た。


「金象よ。私たちは間違っていたんだろうな」


これからどうしようか。

そんなことを思案する。


「どうせ、朽ちぬ体だ。この世界の終わりまで見届けるとするか」


王も既に死んだはず。

戦いの激しさは、その破壊された光景をみて察することができた。

時間がたてば、自分がなすべきことは目の前に訪れるはず。

そんなことを想ってその場から離れようとした。

そんな時、声をかけられた。


「ねえ。おじさん?」


声は成熟した女性なのに、雰囲気は幼い少女の性質を持っていた。

警戒心は、あまり湧いてこなかった。


「……なんだ」


その声の方向へ、顔を向ける。

そこには女性がいた。

年齢は、二十過ぎないくらいだろうか。

ある程度女性として完成した肉体を持っていた。

だが一つの違和感を感じた。

なんだ、この感覚は。

言葉に形容しがたいものを味わった。


ふとその女性の外見というものに注視してみた。

全体的な外見というものは亜人だ。


「……!」


しかし彼女には、獣人の耳や尻尾というものがついていた。

これだ。

違和感の理由がわかった。

見た目はほぼ亜人なのだ。

しかし身にまとう雰囲気というものは同族と似たようなもの。

だがそれ以外にまだある。

彼女には自分の気が付けない秘密がある。


「……一体何者だ!」

「私の名前は……」

「名前は?」

「……なんだっけ?」

「……それは話す気はないということか?」

「忘れちゃった」


彼女に悪意や、嘘をついている様子はない。

何かしら記憶を失うようなことがあったのだろうか。


「その槍。みせて?」

「それはできない」


女性は、自身の竜槍に強い関心を持っていた。

しかしそれを見せることはできない。

彼女に一定の警戒心というものを持っているというのもそうだ。

だがほかにも理由があった。

この槍によって、自身の自我というものが保たれている。

他の人物にこの槍を渡した場合どのような影響があるのかわからないのだ。


「……じゃあ、どうしよう」


女性は困っていた。

目的があって、この槍に触れようとしたようだ。


「ごめんなさい。私にはその槍は必要なの……」


必要か。

あいにくだが、自分にも必要だ。

そんな時あることが思い出の淵からよみがえった。


「……そうか。わかった。君だったのか」


それは運命だった。

確実な世界の意思であった。


「……何の話?」


目の前の女性は、話の内容を理解できていなかった。

それもそうだろう。

自分にですら、理解できていない話だったのだから。


「君が私の次の継承者だ」

「継承者?」

「ああ、そうだ」


この国宝級。

渡すべき人物がいる。

常々そんな感覚を味わうことがあった。

その劣等感に答えがでた。


「私は君にこの武器を渡さなければいけない」

「……」


明確な意思をもって、彼女の眼をみた。

実力を確かめる必要もないだろう。

本能でこの女性にこの武器が必要であることを理解した。


「さあ、この槍を持っていけ」

「……ありがとう」


昔ある夢をみた。

その夢には、見たことも聞いたこともない人間の女性が立っていた。

ともかくその人物が、【ムク】であることは即座に理解できた。

自分はしばらくその人物と話した。

その人物の半生を知った。


【ムク】は語った。

桂馬の存在は、本来この武器を持つべき人物が生まれるまでの繋ぎ。

そう淡々と語っていた。

あの時は、ただの夢かと思った。


「この槍の銘は、【竜槍ムク】」

「ムクさん?」

「いつか絶対に君の役に立つ瞬間が来るはずだ。それがその武器の運命なのだから」

「……?」


女性は、桂馬の語っていることを理解していなかった。

だがその内容が真剣であることがわかっている。

理解しようと耳を傾けた。


「少女よ。技を磨きなさい。君にはまだ実力が足りない」

「……わかった。頑張る」


今の彼女では、骨折りにも自分にも通じるほどの実力はなかった。

ただ膨大な才能があることはわかっていた。

きっと彼女は化け物のような強さになる。


「じゃあ、いくよ」

「ああ、さらばだ。少女よ。託せてよかった」


少女は、その部屋から出て行った。

意識が遠ざかっていく。

【竜槍ムク】を渡した影響だろう。

だが後悔はない。

これで死ねる。



「あ……」


狂いそうだ。

やっと高みに近づけたと思ったのに。

後悔と劣等が心を満たしていく。


「どうか。君は後悔しない人生を……」


次の継承者である女性に祈った。

意識は猶更遠ざかった。



女性は、別の場所に移動していた。

そこは、崩壊しきった場所であった。

激しい戦いであった場所だと一目で理解できるようなものであった。


「どこいってたの?」


アダムはその女性に質問を投げかけた。

彼女に不信感を抱いたためだ。


「……探し物」


彼女は表情を変えずにアダムの質問に答えた。

ぎゅっと槍を抱きしめた。

槍は、布のようなもので包まれていた。


「ああ、そう?」


アダムは退屈そうにそう返答した。

彼は酷くつまらなそうだ。

彼は、ぴっと指さした。

布の中身に関心を寄せていた。


「それ?」

「見ないで」

「随分と嫌われちゃったね」


その女性は、露骨に嫌そうな顔をしていた。

顔をそむける。

実際彼女は、アダムの人格というものをそれほど気に入ってはいなかった。


「ねえ?シェヘラザード」

「……」

「なんだい。みんな静かになっちゃってさ」


シェラザードは、ネイキッドが死んだことを聞いていた。

それによって深く落ち込んでいた。


「大丈夫さ、シェヘラザード。ネイキッドが死んだからといって僕らはまだ負けたわけじゃない」

「……はい」

「もっと元気だしなよ。君が悲しんでいるのは僕もつらい」

「申し訳ないです」


そんなとき、後ろからある人物が近寄ってきた。


「やあ、ノーフェイス」


ノーフェイスと呼ばれた男は、頭を下げる。

その男には顔はなかった。

いや、全身そのものが影に覆われて視認できるものではなかった。


「久しぶりだ。アダム」

「元気かい?銀狼はどうした?」

「ああ、殺した。これで、反乱軍にようはない」

「よかったよ。あの王子様とは別に指揮系統があると厄介なんだよね」

「別の国へのパイプも持っている。いま殺すのは正解だ」

「怖いねえ、反乱軍に属している期間も長かっただろう?」

「……今さら慣れっこだよ」


彼は、そう淡々と語っていた。


「豊穣国と法王国の情報はどうなった?」

「十分集まっているよ。これで……追い詰められるはずだ」


ノーフェイスと呼ばれた男は、アダムに書類を渡した。

膨大な数の資料があった。

この戦争に関する資料だとすれば、多くの情報がそこには書いてあるはずだ。


「ああ、よかった」

「そこには、あなたの知りたい情報があるはずだ。また足りなければ調べる」

「助かるよ。戦力面としても頼るけどいいよね?」

「……ネイキッドが死んだんだ。どうしようもない」


アダムは、ネイキッドが死んだことによる戦力低下を懸念していた。

コ・ゾラと、ネイキッド。

この二人が、イグニスとセーリスクという戦力によって敗北したのは

自分の失敗だ。

もっとあの二人は抑えるべきだった。


「万事うまくいって……るとはいいがたいが。これでまた次へ進める」

「次……ね。戦争と内乱は起こした。次は?」


戦争は、豊穣国。

内乱は、獣王国。

二つの国で、願っていた騒動というものを起こすことができた。

アダムは、この二つの国の弱点というものを理解しきっていたのだ。


「次は飢餓だよ。そしてそれを起こす国も決めている」

「俺も頑張ったかいがあったよ。機兵大国と、海洋国はどうする?」

「そうだね。機兵大国の情報を集めてくれ」

「わかった。銀狼の体を借りるぞ」

「じゃあ、また続けてよろしく頼むよ」

「ああ」


ノーフェイスという男は闇に消えた。

彼の役割というものを、女性とシェヘラザードは知らなかった。


「アダム様。彼は……」

「ああ、また紹介するよ。彼は知られてないほうがよく働けるんだ」

「なるほど」


魔法の影響だろうか。

少なくともアダムがそういうならそうなのだろうとシェヘラザードは納得した。

女性は無言であった。

そもそも関心がなさそうな雰囲気であった。



「そうだ。君のことはなんと言えばいいんだい?ピースキーパー?」


ピースキーパー。

アダムはそうその女性のことを呼んでいた。

そして、その言葉は単体の名称であった。


「だからピースキーパーじゃないって」


彼女は、それを嫌な顔をして否定する。

不機嫌になっていた。


「ああ、そうだった。ごめんよ」

「もう」

「じゃあ、君の名前を教えてくれないか?」

「私は……私の名前は」


その女性の記憶というものは、いくつかかけていた。

しかし自分にとって大事なひとが何度も何度も優しく呼びかけてくれたのは覚えている。


「私の名前は、マール。大事な名前なんだ」


マール。

その単語を発したとき、胸の中に確かな温かさを感じた。


「じゃあ、いこ。アダム」

「ああ、いこうか」

「おねえさんに会いに行くんだ」


異物の少女と、人造の子は手を組んだ。

それは、世界の意思か。

それとも、二人の反抗か。

その二人の未来をしるものは誰もいない。

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