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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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四十七話「男の死」

獣王は死んだ。

ネイキッドと、イグニスの二人はそれを見ていた。

プラードと鼠の蚤は気絶している。

獣王はその存在を完璧に消した。

アンデットとして復活することもない。


「安らかに眠れ。獣王よ」


骨折りは、獣王に対し祈りをささげる。

そこには灰しかなかった。

だがきっと届いただろう。

骨折りはこちらを向いていた。


「ごめんな。遅れた」


彼は、普段つけている兜をつけていなかった。

二十代の男性ぐらいだろうか。

そんな外見をしていた。


「お前っ……顔が」


イグニスは、彼に質問する。

一体あの骨の兜には、なんの影響を与えられていたのだろうか。

骨折りは自身の顔を触る。


「ああ、これね。……俺もいろんなことを思い出せたよ」


骨折りは不思議と落ち着いていた。

以前より大人っぽくなったというか。

焦りがなくなったというか。

そんな雰囲気が感じられた。


「……なにか変わった?」

「そうか?まあ、気にするなよ」



骨折りは、何も気にしていないようすだ。

骨折りの記憶というものは以前からあやふやだった部分がある。

もしやあの兜は呪いの装備だったのだろうか。

それなら納得だ。


「獣王は死んだ。この国でなすべきことは終わったんだ。帰ろう」

「そうだな……銀狼は大丈夫かな」


そうだ。

獣王も死んだ。

きっと、銀狼たちの戦闘も終わっていることだろう。

あたりはかなり静かになっていた。


「シェヘラザードの魔法の気配も感じない。多分外にももう出られる」

「……なるほど」


イグニスは、大きく穴の開いた壁から外を見る。

確かに透明な壁というものはなくなっていた。

香豚や、飛鷹は戦いに勝ったのだろうか。


「早く合流すべきだ。情報が欲しい」

「時間がかかりすぎたな」

「反乱軍の一員がこちらに来てもおかしくない。そんな時間にはなっているんだが」

「あちらでもなにか起こったのだろうか」


獣王との連続した戦闘。

それによりかなり長い時間を使うことになってしまった。

日はまだ出ていないとはいえ、早いに越したことはない。

二人の回復もしたいし、みんなと合流しなくては。


「プラードと、鼠は大丈夫か?死んでないな?」


骨折りは、二人の心配をしていた。

イグニスは、二人の脈や呼吸を確認する。

かなり安定していた。

違和感はない。


「大丈夫だ。いまから処置をするなら十分間に合う」

「お前が言うならそれを信じるよ」

「回復の薬もいくつか余っている。きっと安静にしていれば大丈夫だろう」


エリーダやペトラから預けられていた薬を二人に与える。

これで死ぬことはないだろう。

もっとも放置していたら意味はないのだが。


「イグニス。お前も休んでろ。結構ぎりぎりだろ」

「……わかる?」

「なんで逆にわかんないんだ」


イグニスもその場に座る。

呼吸を整えた。

傷が痛む。

じわじわと体に浸透していた。

魔力も足りていない。


「そうだ。違和感はないな?頭痛はあるか?」

「大丈夫だよ。心配すんなよ」

「……そうだな。おまえならそんな心配もいらないか」

「だろ?」


正直骨折りがいて助かった。

骨折りも現時点で体力は余っている。

自分が倒れても彼なら運んでくれることだろう。

しかしこの場には、一人懸念すべき人物がいた。


「で。ネイキッド。お前はどうするんだ」

「……はっ。てめえらを殺すっていったらどうするんだ」

「しないだろ。お前は」

「ちっ」


アダム配下ネイキッド。

彼は、今後どうするつもりなのだろうか。

それより先に、イグニスはあることに気が付いていた。

それはネイキッドの体をみて気づいた異変であった。


「……もう死ぬんだろ。お前」

「ばれてんじゃしょうがない」


ネイキッドは現在進行形で、死に向かっている。

それに気が付いているのはイグニスだけであった。

骨折りはそれに対し、疑問を持つ。


「……どういうことだ?」

「こいつ、永銀を飲んだんだよ。アンデットになりかけてる」

「……は?」


イグニスは、その眼で見抜いていた。

目の前の人物は、アンデットであることに。

骨折りはそれに戸惑っていた。

当然だろう。

アダムと敵対するだけの行動をして、なおかつアンデットになっているのだから。


支離滅裂だ。

なにがメリットなのか一切わからない。

ネイキッドはこちらの勝利を願っている側ではない。

そのはずだった。


「ご明察。そうだよ俺は、もうほぼアンデットだ。多分あと数時間でアンデットになりきる」

「なぜだ。なぜそこまでして獣王と戦った」

「……なんでなんだろうなあ」


獣王と戦わずに、アンデットになる前の状態で逃げていればアダムによって体の再生というのは可能なはずだ。

彼はそれだけの技術を持っている。

しかし彼は、獣王と戦うためだけにアンデットになる薬を使った。

なぜだ。

疑問だった。

なにより彼がそのようにメリットとデメリットをはきちがえる人物だとは思っていなかった。


「理由なんてつけたくねえよ。あるとしてもひとつで充分だ。獣王が憎かった。ただそれだけ」

「自分の未来を無くしてもか」

「……アダムと手を結んだ時点で、俺の人生っていうのはもうなくなっていた。こうなるのも覚悟のうちだ」


ネイキッドは自分の終わり方というものに既に納得していた。

だがひとつ。

彼はあることを語った。


「頼みがある」

「なんだ?」

「俺を……殺してくれ」

「………そうか。だよな」


彼の体は、アンデットに変化したうえでもボロボロだった。

体の再生というものは既に行われているのだろう。

これ以上怪我をしても、アンデット化は悪化する。

そして放置してもアンデットになる。

もうここまで進んでいると詰みだ。

彼は、自我を失うことになる。


「……わかった」


骨折りもそれにうなずく。

イグニスは、二人のやり取りに言葉が出なかった。


「骨折り……」

「どうせこいつも覚悟を決めているんだ。……そういうのは俺がやった方がいい」


骨折りは、イグニスの代わりに自分がやると言い出した。

イグニスのことを気遣ったのか。

どういった感情で、それを言ったのかイグニスにはわからなかった。


「その前に話を聞いてくれないか?」

「……言ってみろ」

「シェヘラザードのことだ」

「あいつがなんだ」

「……俺らはアダムの部下だ。アダムによって選ばれた。それには共通点がある」

「共通点?」


どうやら、ネイキッドはアダムが部下を選ぶ際の基準というものを知っている様子だった。

これには単純に興味も湧いた。

なにより、ネイキッドの最後の言葉というものをしっかり聞きたかった。


「ああ、なぜこの三人なのか。疑問はなかったか?」

「……特別気にすることはなかった」


無差別に戦闘に優れているものを選んでいると思った。

そうでなくても、戦力を補充するのは必要なことだ。

アダム配下である三人にはこちらも苦戦を強いられた。

それに加えまだいるはず。

この話で今後加わるはずのアダム配下を見抜けるかもしれない。


「まずひとつこの世界に特別強い憎しみの感情を抱いていること。これは前提だ。アダムもそっちのほうが利用しやすいからな。そして契約の理由にもなりやすい」

「まず一つ?他は?」


ネイキッドのいう共通点というのは、何個もある様子だ。


「二つ目は豊穣国の面々との戦闘。及び、特定の役割を果たすのに最も適した人材であることだ」

「……どういうことだ」

「コ・ゾラなら骨折りや、プラードのように近接戦闘に優れたものを相手取る技能に優れていた。まあ、そこの風使いには無意味だったが」


ネイキッドは、イグニスのことを見る。

確かにアダムとしてもコ・ゾラとイグニスとの戦闘は想定外のもののはず。

一つ考えてみれば、セーリスクとネイキッドとの戦闘もアダムの予想していなかったものかもしれない。

アダムはその時点で、ネイキッドという人物を見捨てていたのか。

そんな疑問が頭に浮かんでくる。



「俺なら獣王を含めた獣人。もしくはアダムが戦いたくないと思っている人物の暗殺。それぞれにそれぞれの役目がある」

「……シェヘラザードの役割は?」

「詳しくはしらねえ。だが……アダムがシェヘラザードに何かしらの役割を持たせているのは確実だ」


シェへラザードの役割。

それはなんなのだろうか。

彼女の出自というものを知れていない。

推測するには情報が足りないか。


「ともかく、アダムっていうのは豊穣国に対して優位になることをよく考えていた。あいつの目標の終着点には豊穣国の滅びが必須なんだ」


そんなとき、ラミエルのことが頭に浮かんだ。

彼女も豊穣国に対する優位性を保持するための人材か。

アダムは豊穣国と敵対するために、敵対するだけの国を用意しているのだ。


「アダムの邪魔をしたいなら、アダムを無視すべきだ。重要なのは誰に何の目的があるか。アダムはそういった考えで動いている」

「そこまでの情報ありがとう。それで?お前がシェヘラザードのために願うことはなんだ?」


そう、それが最も重要な話であった。

彼は、ネイキッドは、何を望んでいる。


「頼む……アダムの配下になった俺らではできなかった。お前らだからできるんだ。あの女を……シェヘラザードを救ってくれ。アダムから解放してくれ」

「……それがお前の願いなのか」

「……柄じゃねえよな。わかっている。だけど……あいつには俺らみたいな末路を送ってほしくないんだ」


彼は淡々とそう語った。

彼の温かさというものを感じ取った。

骨折りは、深くそれに頷いた。

彼の心からの願いというものに応じたのだ。


「わかった。お前の願い。俺らが叶えるよ」


彼に殺された人物。

傷つけられた人物。

それらはいくらでもいる。

しかし情として、彼の願いを優先してあげよう。

そんな気持ちになった。


「ありがとう。それだけで安心したよ」

「……じゃあ、もういいか?」

「待ってくれ」

「なんだ?イグニス」

「……お前がアダムの部下になった理由はなんだった?それを聞かせてくれないか」

「理由ね……」

「あったはずだ。お前にも」

「……似てるなお前ら」

「何の話だ」

「ああ、ごめん。忘れてくれ」


深く自分の過去を連想する。

思い浮かべた。

だがその記憶にはすべて靄がかかっていた。

そしてそれを思い出し。

くやしさが心を覆う。


「一番目の弟は、花を育てるのが好きだったんだ。育てた花を俺によく見せてくれた。

二番目の妹は、そこら辺のがらくた拾って、組み立てるのがすきだった」

「……」


静かにその言葉に耳を傾けた。

彼の眼というものはおぼろになりかけていた。


「三番目は、絵本を読むのがすきだった。物語を話すんだ。文字の読めない俺には、難しい話だった。四番目の妹は……俺の魔法の真似をするのがすきだった」

「家族の話か?」

「大事だった。大事にしてたんだ……けどもういない」


彼は、吐き捨てるようにその言葉を語っていた。

二人は、その雰囲気に無言になっていた。

彼の言葉というものを忘れたくなかった。


「……忘れるのが怖くなった。声も、顔も段々と遠ざかっていくんだ。頭から離れていくんだ。写真なんてもってるはずがない。生きれば生きるほどそれがつらくなった。後悔しかなかった」

「……」

「忘れるのは当たり前のことだ。誰だってそうさ。きっと十年、二十年たつうちにきっとこの殺意も薄れていく。だが……そんなに待てなかった。数年さ、たてば虚しくなるんだ。生きることも、思い出すことも。復讐すら……くだらなく思えてきた」


彼の頭にはきっとそれを繰り返す日々が続いたのだろう。

彼の経緯というものを想像したくなかった。

それは地獄のような日々だから。


「そんなときに、アダムと出会った。……ここで終わらせようと。そう思ったんだ」


彼はアダムに出会った理由を語ってくれた。

これが、彼の後悔だ。

彼が生きてきたあゆみなのだ。

そう二人は考えた。

同情はできない。

理解も決してできない。

だが知りたかった。

理解したかった。



「ネイキッド。教えてくれてありがとう」

「……やめろよ。これはただの……独り言だ」

「悔いはあるか?後悔は……ないか?」

「……あるさ。後悔なんていくらでもある。でも……これでいいんだ。ここが俺の終わりなんだ。俺はこれで幸せだ。満足だよ」


体に火が付く。

これが限界だ。

これから先はアンデット化が悪化していく。

ネイキッドはその口を僅かに上げていた。

自身の命の終わり方というものに満足していた。

自分にしては上等な死に方だと理解していた。

そんなときでた言葉は質問だった。


「なあ、俺からも一つ聞かせてくれ」

「……なんだ」


ネイキッドは、イグニスのほうをみていた。

それは、かつてのともについての質問だった。

かつての友を殺した人物にその友の終わり方というものを聞きたかった。


「……コ・ゾラは……トカゲ野郎はどんな最後を迎えた?」

「笑ってたよ。あいつも幸せそうだった」

「ああ……そうか。それなら……よかった」


彼はより一層笑う。

そうか、よかったと。

そう考える。

コ・ゾラは戦士として死ねたのだと。

そう納得できた自分が嬉しかった。

友の死が満足いくものでよかった。

俺もすぐそこにいく。

そこで会おう。

心の中にいる友にそう語った。


ちらりと、そこに寝転んでいる亜人の姿をみた。

気のせいではなかった。

その人物をネイキッドは知っていた。

だが一言も話あうことはできなかった。

まあ、それもいいかと考えた。


ぼそりとつぶやく。

誰にもきこえないようにと願った。

しかし二人はそれを聞いていた。


「……また……守れなくてごめんな」


不可視の亜人ネイキッド。

彼もまた灰となり消えた。

彼らの魂はどこへいくのか。

二人はそれをふと考えた。

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