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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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四十四話「獣王ベヒモス②」

【獣王】ベヒモス。

獣王がアンデットになった姿。

その敵は、獣人の形を保っているがその形は大きく変化していた。


牙と爪はより鋭く変化している。

その筋肉に包まれた肉体は、さらに膨張し荒々しさを纏う。


だがその肉体にはどこか神聖さを感じた。

なぜなのだろうか。

アンデットなのに、そういった神々の領域に近いものを感じた。

人外の肉体。

そう形容できるものを彼は持っていた。


獣は、頭を二つ所持する。

その二つの頭からは感情というものを推し量ることはできなかった。

眼はつぶれ、流血していた。

口は堅く閉ざされ、顔の動きというものは一切なかった。

当然だが感情というものは当然働いてはいないだろう。

獣王ともうひとりの女性の体。

それらはもう完璧にアンデットとして完成していたのだ。


アンデットにされるときの獣王の心境。

それを考えると心苦しいものが確かにあった。


「……」


彼は、無言で立ち続ける。

その肉体には、アンデット特有の魔力というものが流れていた。

その中には、強烈な覇気というものを感じる。

生者ではないアンデットでは異質なものだ。


そのアンデットは異常であった。

まるでこの存在はこの世にあってはいけない。

存在してはいけない。

この世界の理を壊すもの。

そう感じるような違和感であった。

この違和感。

とあるものに似ている。

プラードと骨折りはそう感じていた。

二人はその存在を既にしっていたのだ。


「……多眼の竜以来じゃないか。この覇気は」

「ああ……尋常じゃない」

「こんなもんぽんぽんと生み出されたらたまったもんじゃないな」

「……まったくだ」


そう、多眼の竜。

その竜がアンデット化したときと感覚が似ているのだ。

同等であり、同質。

そのようなものを感じる。


これをほおっておけば、この世界は壊れる。

そんな存在感。

多眼の竜の時と同じものを感じた二人は、警戒心を最大にする。

こんなもの先ほど戦った獣王と比較にすらならない。


アダムはこのような存在を一体いくつまでうみだせるのだろうか。


「……お前ら、気を引き締めろ。じゃなきゃ死ぬぞ」


骨折りの声は真剣そのものだ。

きっと彼は自身も死ぬ勘定にいれている。


「……」

「そんな……」


鼠の蚤の顔は青くなっていた。

彼も災難だ。

ただの案内だけでこのような戦闘に巻き込まれている。


「大丈夫だ、俺が守る。下がっていてくれ」

「頼んだぞ、イグニス」

「ああ、わかっている」


思わず無言になってしまった。

骨折りが死ぬぞというほどの敵。

鼠の蚤は、言葉がでなかった。

イグニスも同じような感覚を味わっていた。


ごくりと唾をのむ。

死ぬつもりはない。

だが死を明確に感じる。


もしこの場にいたのが自分一人であったら。

そう考えると鳥肌がとまらなかった。

あれは本当にアンデットなのか?

何百、何千。

それほどの数のアンデットを始末した自分ですらそう感じてしまうほどの威圧感。

これはアンデットではない。

別の何かだ。

そう言いたくなるほどの圧。

獣王ベヒモスは、そういった存在感というものを持っていた。


最悪ここにいる全員が死ぬかもしれない。

その言葉を発することは絶対にできなかった。


「イグニス。あのアンデットに聖水は効くと思うか?」

「試しはする。だが……効くとは思わないほうがいい」

「だな、私もあれに通じるとは思わない」

「一応、鼠に渡しておけ。俺らは使える時間なんてない」


多眼の竜の時、ミカエルは聖水を使っていなかった。

聖水を使えるだけの余裕がなかったのか。

それとも使う必要がなかったのか。

それでも試す価値はあるはずだ。


「鼠さん」

「……はい」

「これを渡しておく。聖水だ」


イグニスは、鼠の蚤に聖水を手渡す。

硝子の瓶に液体が揺れている。

イグニスはこの場のメンバーでは、鼠が最も奇襲をかけるのに向いていると判断した。

だからこそ真っ先に手渡した。


「鼠。無理はするなよ」

「……無理なんてこの場でしたら死にますよ」

「だろうな」

「これはあくまで予備のものだ。量は少ない。効果がない可能性だってある」


これは、戦闘用のものではなかった。

シャリテの時のように、急速に戦闘を終わらせたかった場合。

もしくは自身が窮地に陥った場合。

そのようなときにしか自分は使用することはないと決めていた。

だからこそ獣王に通じるといえるほどの量はなかった。


「鼠さんは、魔法を使って常に隠れていてくれ。チャンスだと思ったらそれをかけるんだ」

「わかりました」

「効果がなかったら、ここから全力で逃げてくれ。貴方のできることはない」

「………はい」


イグニスは断言する。

鼠の蚤がこの戦いで役に立つことはほぼない。

なぜなら彼には戦闘のための能力などない。

このままここにいても、肉壁になるぐらいしか役目はない。


「銀狼たちの戦闘が終わっていれば、すぐにこの王城からでてアジトで待機してくれ」


そう命じるしかなかった。

鼠の蚤も、銀狼たちもできることはない。

この存在の目の前にいたらただ死ぬだけだ。

この敵に勝つことができるのは自分たちだけ。


「……っ……そんな」

「大丈夫だ。俺たちを信じてくれ」


獣王のアンデットは強大だ。

しかしいまここには、骨折りやプラード。

そしてイグニスがいる。

この三人が負けることはあり得ない。

まあ、希望的観測にすぎないのだが。


「くるぞ……!構えろ!!」


プラードは獣王の動きを読んでいた。

獣王は、こちらを標的としてみているようだ。


「鼠さん!早く魔法を使え!」

「……っ。【プルーシス・コル】!」


鼠の蚤は、その場から姿を消す。

いや、その場から姿というものを【認識】できなくした。

獣王もそれに気が付いていないようだ。


「……それでいい」


敵味方関係なく姿を認識できなくする。

本来はそれが正しい使い方のはずだ。

味方にだけ見えるという微調整。

それだけで彼の魔法の精度というものは落ちていたはず。

いまが彼の魔法の本領だ。


「二人とも、気をつけろよ。獣王の動きは変化するはずだ」


獣王には先ほどまでの達人のような 美しさはなくなった。

獣のような荒々しさがそのアンデットには残った。

彼は咆哮する。

酷く鼓膜を突き刺すような大声。

それはただの物量のように感じられた。

質量が体に重くのしかかる。

これは、アンデット化したことによる変化か。

【王者の咆哮】は変質していた。


「体が……重い」


体が違和感を持つほどの圧倒的な音量。

二つの頭で咆哮することでそれを可能にしていた。

圧力が体にのしかかる。


そしてその瞬間、プラードが吹き飛んだ。

いや、吹き飛ばされる瞬間が視認できなかったのだ。

壁が大きくガラガラと音をたて崩れる。

崩壊していた。

プラードはそのあまりの威力に白目を剥いていた。

彼はたった一撃で気絶していたのだ。


獣王は、プラードに対し全質量をぶつけていた。

体当たりだ。

プラードは頭から血を流しその場から倒れる。


「は?」

「……え」


あまりの速さに、骨折りは戸惑ってしまった。

同じくアンデット化した桂馬より早いのは当然だ。

しかしそれにしても異常だ。

速すぎる。


「はやすぎるだろっ!!」

「骨折り!」

「お前は自分のことを考えてろ!」


獣王はぎょろりとこちらをにらみつける。

完全に骨折りを狙っている。

イグニスはその援護に回ろうとする。

だが絶対に間に合わない。


「……あぶねえな!糞が!!」


自身の剣には、獣王の拳が目前に迫っていた。

高速移動による攻撃。

高い音が、その空間に広がる。

まるで金属と金属がぶつかり合う音のようであった。

プラードがあの速さでやられた。

それを知っていなければ、反応することはできなかっただろう。


しかし次の瞬間には、骨折りは床に這いつくばっていた。


「……なんだと……」


骨折りにとってそれは衝撃であった。

自身の鎧を一撃で砕く攻撃。

多眼の竜の時のような感覚。

横腹に強い衝撃を感じた。

蹴りだ。

拳に集中していた隙をつかれた。


「いてえな……」

「……」


骨折りの鎧には大きな亀裂が入っていた。

その鎧は凄まじい耐久性を持つ。

それなのにそれを上回る攻撃力。

桂馬の戦闘の時点で痛んではいたが、ここまでの威力をもつのか。

そう骨折りは考えていた。

イグニスがこちらに走ってくる。


「危ない!!」

「くるな!」


骨折りはイグニスの援護を拒否した。

イグニスが獣王の攻撃に巻き込まれる事を避けたためだ。


ただの蹴り。

骨折りはそれによって凄まじい勢いで蹴り飛ばされた。

鎧に激しい音でヒビがはいる。

骨折りも同様に壁までぶつかる。

大きな音がその場に広がり、骨折りは地面に伏した。


獣王はのろりと、骨折りの様子を確認する。

しかし数秒たって動かないことを確認したのだろう。

その次にイグニスに指を向ける。


「次は、俺ってことかよ……」


獣王の殺意。

それを感じた瞬間に目の前には獣王が既にいた。

拳が顔を通り、顔をこする。

血がこぼれる。

ただの摩擦のはずが全部持っていかれたようなき分だ。


アダムのように【転移】による移動ではない。

単なる身体能力の延長戦。

脚が早すぎて視認できないのだ。


「ちっ」


獣王は何の表情すら浮かべていなかった。

実際何も考えていないのだろう。

今の彼は命令を実行するだけのアンデットだ。

どう考えているのか。

それを理解することが一番危険な行為だ。


「……いつも通りいこうか」


魔法による移動速度の向上がなければかわせていなかった。

だが、このままでいたらいずれ追いつかれる。

鼠の蚤もいるが、手段は選んでいられない。


【アンデット】を倒すときの自分になればいい。


「こうなったら全力をだす……」


天使の力を開放する。

背中に黒い羽が形成され、全身には魔力が満ちた。

身体能力を向上させる。

筋肉や、骨が軋む音がした。

剣に風が纏う。

魔力が剣に宿る。


「【風纏】」


まず一太刀。

前腕に力を込め、流れるように剣を振る。

獣王の拳と、剣が重なる。

衝撃波がその場の空間に広がった。

風圧で髪が揺れる。


「まじかよ」


剣を受け止めたはずの獣王の肉体は一切傷ひとつなかった。

重厚な音で、硬い物質が重なりあう音が響く。

獣王の肉体というものは、獣人の範疇というものを超えていた。

魔法を容易に弾くコ・ゾラの肉体以上だろう。


「……そうも簡単に受け止められると自信を無くすな」


この中で獣王の速度についていけるのは現時点で自分だけ。

時間さえ経過すれば、あの二人も戦闘に参加できるだろう。

なら時間をひたすら稼ごう。

その時間で二人は復帰してくれるはずだ。

イグニスはそう予想していた。


「鼠さん……かくれていてくれよ」


鼠の蚤による援護は、まだ求めないほうがいい。

真っ先に狙われるのは彼だ。

そして狙われてそれを守る自分が死ぬ。

それが詰みだ。

これだけはあってはならない。


「突風の痛みよ!【ラファーガ・ドロール】!」


風の槍を形成する。

その数は数十を超えるほどのものであった。


その槍は、獣王に向かって走り出す。

しかしそれを遮る能力を、獣王はまだ保持していた。


獣王は、咆哮する。

その二つの頭で。

広範囲に放たれた【王者の咆哮】はイグニスの魔法を打ち消した。


「【王者の咆哮】……か。まだ使えるのか」


アンデットに変化したことにより、多少魔力の流れや体質といったものは変化する。

それによって咆哮の能力は失っていると考えたがそれは違うようだ。


【王者の咆哮】の最も厄介な点。

それはどんな強力な魔法を使う亜人であっても、王者の血族の前には接近戦を強いられることだ。

現に、【天使化】した状態で魔法を放っても彼は無傷。

傷ひとつさえ与えられていない。


「二人が起きるまで待つしかないか。というかあいつら早く起きろよ!」


二人は少し頭を打ったようだ。

まだ参戦の気配すら感じない。


しかし獣王には待つなんて選択はない。

イグニスめがけて大きく飛び込んでくる。

イグニスのことを獲物としか見ていないような動きであった。


「そういうのは好きじゃないんだよ」


身体強化した体と、羽で回避する。

何度も何度も、獣王は拳をふる。

イグニスもそれを何度も躱した。

羽を使い体を回転させ、そして軽やかに移動する。

剣を使用しながら行うそれは、まるで舞いのようだ。

獣王もその動きに適応できていない。

イグニスに一撃も与えていなかった。


「突風よ!!【ラファーガ】!」


イグニスは、回避の度魔法を放っていた。

しかしどんな向きで放っても、二つあるその頭はイグニスの魔法を打ち消していくのだ。


反応が早すぎる。

獣王ベヒモスの持つその二つの頭は、【王者の咆哮】と相性が良すぎる。

全方向に対する魔法の打ち消し。

それが、獣王ベヒモス最大の武器。


「三つ、四つもなくて助かったよ」


現時点二つですら苦しんでいるのに、これ以上増えたらたまったものではない。

獣王の血族とそれに親しいものだからできる奇跡であってほしい。

最もこんなことが奇跡であってほしくはないが。


そんなことを何度も続けていると、疲労がたまり集中力が乱れていく。

イグニスの肩を、獣王の爪が切り裂いた。


「しまった……!」


間合いを間違えた。

その爪は伸びるのか。


獣王の爪にはイグニスの血液や肉体が付着していた。


たった一撃。

それなのに、血があふれだして止まらない。

イグニスは肩を抑えた。

思わず傷というものをかばってしまった。

しかしその怯みはまさに致命的だった。


「ああ!!!!」


痛みを我慢する声しかでなかった。

獣王の片方の頭は、イグニスに向かって噛みついていた。

やばい。

死ぬ。

死を感じる。

しかしここで引いてしまっては、自分は今までの誇りというものを失ってしまう。

なんだ。

自分にはいま、何が使える。

脳が高速化し、自動的な取捨選択をしていた。

その時できる最適な行動はこれだった。



「【岡目八目】!!」


超至近距離でしか使えない魔法。

それを、獣王にぶちこんだ。

この距離では、王者の咆哮も放てない。

獣王の首元には、魔法が直撃した。


肉が抉れ、骨が露出する。

そのあたりは鎖骨だろうか。

首の骨も見えていた。


至近距離における、風の暴風。

それは獣王の肉体の大部分を削るに足りていた。

大量の血液や、肉。

それらが地面に転がった。


「……くそが」


しかし獣王はいまだ倒れず、イグニスの体を噛んでいた。

獣人としての耐久力。

アンデットの再生力。

この二つによって獣王は異常なほどの体力を持っていた。

先ほどと比べてこちらを掴む手は弱まっているが、離してはくれない。

このままだと再び自分には攻撃が与えられることだろう。


「ここで終わりか……」


骨折りもプラードも復帰はしていない。

鼠の蚤にも期待は持たないほうがいいだろう。

【岡目八目】によって、自身の魔力も減っている。

希望はなかった。


その時、とある魔法の詠唱が聞こえた。

それは鼠の蚤でも、骨折りでもない別の人物の声であった。


「姿を現せ。裸の王よ。【ギムレス・パシレウス】」

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