四十三話「獣王ベヒモス」
「「プラード!!」」
「大丈夫か?」
後ろの扉があいていた。
プラードは振り返る。
二人の顔をみるととても心配しているような表情を浮かべていた。
しかし二人の体をみると損傷はごくわずかしかない。
「……よかった。二人も勝ったのか」
よくあの人数の強者に囲まれてもその程度ですむものだ。
イグニスは笑っていた。
「はは、当たり前だろ」
その後ろには鼠の蚤がいた。
彼の視線は二人とは別のところにあった。
きっと獣王をみているのだろう。
ぼろぼろで気絶している獣王をみて大きく目を見開いていた。
「獣王……!」
彼の心の中にはどんな感情が渦巻いているのか。
少なくとも自分にはわからない。
自分はこの国にはいなかったのだから。
プラードはそんな感情を抱く。
骨折りは、安心したような声をだす。
それはおそらく獣王である父を超えたという結果からだろう。
「……お前……勝ったんだな」
「……ああ」
プラードはとても深いため息をつく。
肉体には疲労が蓄積していた。
彼は、倒れるように体を床につけた。
今にも気絶しそうな怪我だが、彼はなぜか意識を保っていた。
獣人の体というものは随分と硬いのだろう。
「よくそんな怪我で生きているな」
「いや……生きてて安心したよ」
それが二人が率直に思ったことであった。
プラードの体の怪我は、かなり痛々しいものだ。
打撲や捻挫。
骨にいったっては大きく腫れている個所も存在する。
いまこうして平然とはなしているのが不思議なくらいだ。
「私自身も不思議に思っているよ」
それが正直な感想だった。
走馬灯をみた。
【死】や【致命】を感じた。
だがそれでもプラードは獣王に打ち勝った。
その理由はなんなのだろうか。
やはり彼女だろう。
プラードは豊穣の女王の顔が頭に浮かんでいた。
「なぜだろうな……力が湧いてくるんだ」
「力が湧いてくるか……」
「死を覚悟したよ。だがその瞬間負けてはいけないとそう強く思ったんだ」
プラードはその力の源をはっきりと自覚していた。
拳を握り、魔力を込めた。
拳に魔力が宿る。
獣王を倒すためにつかった技【天恵】。
魔力を身にまとうことで威力が格別に向上していた。
この技術を使用してから、体の回復というものが早まっている気がする。
そして自分の体に亜人と同じような魔力が巡っている。
この三つの物事はおそらく同一だ。
魔力が体をめぐることで心身の再生が行われている。
魔法による高い火力を生み出し、そして自身へ癒しの力を与える。
その二つの能力。
これはアーティオの力だ。
だがいつ、どうやって与えられた。
プラードにはそれが疑問だった。
「なぜだ……?」
ぼそりと小さな声でつぶやく。
亜人であるこの三人にはこの魔力の流れは見えないのか。
なにもいってこない。
自分だけしか理解していない?
「無理はするなよ。立ち上がれるか?」
「ああ、ありがとう」
イグニスがプラードに手を差し伸べる。
プラードもそれに感謝を述べた。
しかしその時、プラードは強く咳き込んだ。
血が少し口から噴出した。
回復の力は、まだ自身にはなじんでいないのか。
それとも強い負担がかかるのか。
プラードは体の奥底に強い痛みを感じた。
「だが……今は少し座らせてくれ。疲れた」
「……だろうな」
肉体の損傷。
怪我の蓄積。
それらすべてがプラードに滞納している。
「すまないな。その心遣いはありがたい」
獣王との決闘。
それは凄まじいものだったに違いない。
血痕や、周囲の破壊の残骸が凄まじい。
この世界における最強の獣人を決める戦い。
それに好奇心を持っていたのは事実だ。
正直それを見れなくて悔しい。
だが見世物ではないのだ。
その戦いの過程は彼らだけが知っていればいい。
イグニスはそう考えていた。
「……アーテはよろこんでくれるだろうか」
彼は淡々とそんな言葉をつぶやいた。
このような状況でも恋人のことがきになるのだろうか。
いやこんな状況だからこそ愛している人物が頭に浮かぶのだろう。
「きっと喜んでくれるさ。だから帰ろう。生きて帰るんだお前は」
イグニスは、焦っていた。
こんな時は気を保たせるしかない。
プラードのことを励ましていた。
「そうだな。そうだといいな」
プラードはただその言葉をつぶやくだけで黙ってしまった。
大丈夫か。
意識がもうろうとしているのか。
それともその現実に思考が追い付いていないのか。
その判断ができなかった。
「ああ、これからはお前が獣王だ」
「獣王か……」
プラードは獣王に打ち勝った。
つまりプラードは、新たな獣王となるのだ。
そのことは確定した。
だが今この瞬間まだ仕事はある。
「……銀狼たちはまだ生きてくれているだろうか」
それが一番の懸念点だ。
獣王を倒すといった最終目標は達成できた。
しかしそれは、兵士たちがアンデットではない。
そんな想定から生まれたものだ。
アンデットとなった獣人たちは止まらない。
最終目標を達成した今。
他のサポートに回らなくてはいけない。
「ああ、俺がいくよ」
「そうだな……少し休んだら私もいこう」
「いや、お前は休め」
プラードの肉体の損傷が不安だ。
戦いのなか、置いていくのは不安だが鼠の蚤が面倒をみてくれるだろう。
「王様。元気か?」
骨折りが、獣王に近づき声をかける。
獣王は暴れることなく、静かに目を開けた。
獣王は起きて早々咳をする。
血が混じっていた。
「……そうか。私は負けたのか」
自身の負けを自覚したのだろう。
現実を認識する。
その言葉のなかには、落ち込みも入っていただろう。
しかしどこか顔が笑っているような気がした。
「どんな気分?うれしい?」
骨折りが獣王をあおる。
全く彼はいい性格をしている。
「……これが元気に見えるのならお前の眼は腐っているな。骨折り」
骨折りのその様子に獣王は苛つきをみせる。
彼はやはり骨折りのことを苦手に思っているのだろう。
もっとも、骨折りはそれに対しなんとも思っていなさそうだが。
「おっと。まだまだ元気だ。それぐらい口が動くなら大丈夫だな」
それは確かにそうだ。
獣王はおもったより話すだけの余裕は持っているようだ。
このまま会話のなかで情報を探ることもできそうだなと感じる。
「これくらいのことで……死ぬか」
獣王の眼は死んでいなかった。
プラードには負けた。
だがそれだけだ。
骨折りに対して、強烈な覇気をみせる。
しかし骨折りはそれに対し、一切動じなかった。
「そうそう。それでいいんだよ」
「なんだと?」
なぜだと獣王は感じた。
その言い方は、自分が死んだほうが豊穣国にとって都合がいいと感じたのだろう。
だが自分たちはそれより重要なことを知りたがっている。
「……お前にはいくらでも聞くことはある。人間の少女やアダムとの関係。アダムの目標。そしてその果てにあるもの。全部吐いてもらおう」
骨折りの声は酷く冷たかった。
へらへらとした普段の様子はない。
冷酷で、無機質な鋭い声。
強者としての存在しかそこにはなかった。
獣王も骨折りに対して強大な存在がそこにいるかのような幻覚をみる。
「……ああ、そうだな」
獣王もそれを察したようだ。
覇気というものがかなりおとなしくなる。
「少なくとも楽に死ねるとは思うなよ」
「今さらそんなことは考えていない」
「だろうな」
獣王を生かして、豊穣国に持ち帰りそして情報をもらう。
今後の方針はそのような形だろうか。
獣王というのは現時点におけるアダムに最も近い存在のはずだ。
人間の少女をとらえていた理由。
そしてどこで見つけたのか。
それを絶対知っているのは獣王のみだ。
そんな時、唐突な発言をするものがいた。
「……皆さん殺しましょう」
鼠の蚤だった。
「え?」
「そいつを殺すんです。そいつを殺さなきゃこの国は」
彼の気というものは動転していた。
少なくとも平常ではなかった。
「……鼠さん」
「蚤。おちつけ」
彼の気持ちはわかっていた。
彼が獣王に強い憎しみを持つことも。
この国にいることがつらいことも。
「落ち着けるわけないじゃないですか……」
「……」
「そいつがこの国を見捨てたから……なにもしなかったから……この国の惨劇は生まれた」
「そうだ……だが今はこいつから話を聞かなく……」
「そんな!ことはどうでもいいですよ」
違う。
確かに獣王の死を望むものは多いだろう。
だがその感情をこちらは知らない。
知ろうともしていない。
望むのは獣王の持っているアダムの情報。
正直、鼠の蚤の感情を尊重する理由なんてなかった。
「……お前は黙ってろ。こっちにはこっちの都合がある」
骨折りは、強烈な殺意を鼠の蚤に向ける。
鼠の蚤は、骨折りににらまれたことによりその場から動けなくなっていた。
骨折りは、許してはいない。
人間の少女をあそこまで追い込んだ獣王のことを。
しかしそれより優先すべきことがあっていま生かしているのだ。
それをその時の感情で邪魔されてはたまったものではない。
「おい、やめろ!」
「どうでもいい……もう終わらせたいんだ」
鼠の蚤は立てなくなっていた。
悲しみと、その場の恐怖で。
脚の力をなくし、だんだんと床に体を下ろす。
彼は泣いていた。
「……亜人の少……年よ」
獣王は、鼠の蚤に話しかける。
それは穏やかな声だった。
憎しみや怒りのない優しい声だった。
「……なんですか」
「私を殺したいか?」
「ええ……殺したい。何度も何度も突き刺して。何度も何度も殴りたい」
「……そうかそれならそれでいい。私はこの国をそれぐらい貶めた」
二人のなかには、何かしらの感情が生まれていた。
国を劣化させた王と、その被害者。
その二人の関係。
獣王は、自身の行動の被害者の言葉を聞いた。
それによって何を感じているのか。
少なくともイグニスにはわからなかった。
「なら……とっとと」
「鼠さん。ごめん……大丈夫だ。落ち着け」
イグニスが、鼠の蚤を優しく抱く。
なだめるように。
子供を落ち着かせるように。
優しく、優しく子供をなでるように。
「……なんで……なんで……」
彼は泣いていた。
「こんな姿みたくなかった……知るならもっと別の場所で……」
悔しく、強く彼は歯を食いしばっていた。
それほどまでに獣王という存在をまた別のものだと思っていたのだろう。
自分とは別の世界の強大なちから。
その存在に自分の人生は変えられたと思っている。
だからこそ獣王を大きく強大なものだと思っていたのだろう。
そんな存在が、いまこうしてぼろぼろになって従っているのだ。
今この瞬間、彼の中の力みというものはとれたのだ。
そしてそのゆるみが今のこの感情を生み出している。
イグニスはそう考えていた。
「……ひとつ私から話させてくれないだろうか」
「……なんだ?」
「これは貴様らが知るべき内容……そしてこれから人間の少女が戦うべき相手だ」
「……なんだと……アラギが?」
それは衝撃の内容だった。
むしろ骨折りにとって最も知りたい内容だったのだろう。
なぜ獣王は今このタイミングで話そうと思ったのだろうか。
鼠の蚤の言葉により彼の中のなにかしらが動いたのだろうか。
「……なぜ今話す」
「……この先私になにが起こるかわからない。アダムはそういう男だ」
「それはそうだな」
確かにそうだ。
アダムという男は、今この瞬間でも何かしらの手段を用いてこちらの邪魔をしてもおかしくはない。
なら今この瞬間に大事な情報を話してしまうのが一番のタイミングだろう。
「まずプラードよ……【世界の意思】というものを知っているか」
「【世界の意思】……?」
【世界の意思】。
それはこの場に誰もが知らない単語であった。
プラードは疑問を投げる。
【世界の意思】とはなんなのか。
獣王の説明を求めていた。
「そうだ……【世界の意思】。世界を揺らがす強大な力。人間の少女はそれと戦う宿命にある」
【世界の意思】と、人間の少女。
多眼の竜は、一切そんなことを話していなかった。
彼女は嘘をついていた?
いやアダムが彼女をアンデットにしていた以上、多眼の竜は真実を話していたハッズ。
だから消された。
「私はそれに触れてしまった……だから」
その瞬間、全員の背後に寒気が走る。
その存在を本能が拒否した。
遺伝子がその存在を拒んでいた。
そのものの名前は。
「はいはい、王様。そこでおしまいだ」
「お前は……!!!」
「面白い話をしてるね」
「アダム!!」
「どーも。みんな元気―?」
人造の子。
人間を名乗る男アダム。
彼は、普遍的な表情でこちらに笑いかける。
馴染みやすい違和感のない感情のわかりやすい顔であった。
だがそれを思考が拒否する。
彼はなにか【違う】と理解できているのであった。
彼は気楽に手を振る。
だがその様子からは嫌悪感しか湧いてこない。
「……何ですか……あれ」
「アダムいたのか……」
「いたよ。いたさ。王様だめだろう?僕のことを裏切るなんて」
鼠の蚤が、声を震わせながら恐怖していた。
どうやら彼にもわかるようだ。
あの男の恐ろしさが。
「下がれ!プラード!」
「ぺルド・フランマ」
「ラファーガ・ドロール」
「魔術構築【衝撃】」
二人は魔法を詠唱する。
だが、その即座に【衝撃】によって打ち消された。
彼は悪態をつく。
「脆いねえ。もうちょっと頭をつかったらどう?」
彼は、頭をぽりぽりとかじりながら退屈そうに返事を返す。
まるで先ほどの攻撃は無意味かのように。
実際無意味なのだろう。
一瞬で打ち消された。
「……うるせぇな!」
骨折りは苛つきを隠せなかった。
同時に焦っていた。
こちらの戦力は、骨折りとイグニスの二人。
プラードは獣王との戦闘でボロボロ。
そして獣王と鼠の蚤。
戦闘できないものが三人。
まずい。
三人をかばいながらアダムと戦闘できる自身はない。
アンデットの用意は済んでいるのか。
不安から周囲を見渡す。
「目をそらすなよ。骨折り」
まただ。
【転移】による高速移動。
アダムは自身の目の前まで近寄っていた。
だが近距離ならこちらのできることは多い。
「【骨折り】!」
「空を裂け!【裂空!】」
「ああ、ダメだ。それはまずい」
背後からは、【裂空】。
正面からは【骨折り】。
アダムは二人の攻撃に挟まれることとなる。
しかし次の瞬間。
目の前に移っていたのは衝撃的なものであった。
「……お疲れ様。その努力は実に無意味だ」
彼は、自身とイグニスの攻撃を素手で止めていたのだ。
別に自身の攻撃を止められた程度で今さら驚きはしない。
だが、彼は二人の攻撃に反応していた。
そのことが驚きだったのだ。
「……おまえ……前より強くなってないか」
「ああ?そう?そんなことどうでもよくない?」
以前の彼は、攻撃をうけることにそれほどの抵抗はなかった。
回復能力の高さ故の慢心。
彼は攻撃への防ぎ方をしらなかった。
だが学習しているのだ。
攻撃に対する【防御】というものを。
それに攻撃に対する反応も明らかに向上している。
アダムは以前より強い。
別物だ。
「……わるいけど今君らに使う時間はないんだ」
「……」
「王様の願いをかなえたいんだ」
「願い……?」
「獣王……?お前は一体やつに何を願った」
視線が獣王に集中する。
獣王の願い。
獣王とアダム以外の全員はその願いの内容をしらなかった。
しかしその言葉を聞いた瞬間、獣王の顔は一変していた。
「まさか……そんな」
「ああ、そうだよ。そのまさかだ」
「……どこにいるんだ」
「いまここにさ、連れてきているんだ」
【転移】の魔法が発動する。
扉とは反対側。
獣王の近くで、その魔法は作動していた。
その場には小さくて小柄な獣人がひとりたっていた。
その獣人の正体をしるものはひとりもいない。
獣王を除いて。
「ああ……あああ」
獣王はその血だらけの顔面で、大粒の涙をながしながら嗚咽をこらえようとしていた。
獣王は涙をこらえきれていなかった。
目の前の現実にただただ歓喜していた。
その獣人は可憐で、おとなしそうな女性であった。
ただ静かに微笑み、獣王の元へと歩いていた。
「……まさかあの人」
イグニスがプラードのほうをみる。
プラードも驚きのあまり顔が固まっていた。
「そうだ……私もよくは覚えていない。だがあれは……あれは私の母だ」
「……まじかよ。死者の蘇生。嫌な予感が当たったな」
アダムのアンデット生成の能力。
そしてその汎用性。
その広さはまだ把握しきれていなかった。
プラードの母親が死んだとき。
それは二十年近く昔のはずだ。
だがそんな人物をアダムは蘇生してみせた。
恐ろしい。
彼の力の強大さ。
そのものが恐ろしい。
「よかった……あえて……私は貴方を」
その獣人は無言であった。
ただ獣王からの愛を受け止めていた。
イグニス達はその光景で無言になっていた。
しかしそれを邪魔をするものがいた。
「……さて感動の再開は終わりだ」
アダムは、冷たい声で言い放つ。
そこには一切の情などなかった。
「……なんだと」
「おうさま、二人一緒になりたかったんだろう。ならせてやるよ」
女性から、アンデットの特有の魔力が放出される。
獣王は、その魔力をよけることができなかった。
そして取り込まれていく。
その異質な魔力に。
「やめろっ……やめてくれ……私の妻はそんなことを……」
「さあ、目覚めよ。【獣王】ベヒモス」
二人は、アンデット特有の魔力に包まれていく。
異臭と不愉快の残る異音がその場に広がった。
「なにが……何が起きているんだ」
「わからない!わかるわけあるか」
戸惑いが隠せなかった。
アダムはあの二人で何を生み出そうとしている。
それを理解も想像もできなかった。
ただひとつ生み出された結論は脳が拒絶していた。
異臭と、異音が収まる。
その魔力は神々しい光を生み出した。
そして最後には、双頭の首をもつ巨大な獣のアンデットが生まれていた。
【獣王】ベヒモスは咆哮する。
その二つの頭で。
その獣人の頭は原型をとどめていなかった。
だがどこか神聖さを纏っていた。
だがその体は生物としての整合性を失っていた。
ところどころくさり異物さを表していた。
それはアンデット。
死を拒絶する唯一の生物。
獣王はそれに取り込まれたのだ。
理解できなかった。
いや理解したくはなかったのだ。
なぜアダムがこのような非情な行いができるのか。
お前はなぜそのような行動に移れるのか。
知りたくなかった。
耳を閉ざしたかった。
だが聞いた。
「なぜだ!なぜだ!アダム!お前はどうしてそんなことができる」
「欲だよ」
「欲……?」
「そう、欲だよ。欲。この欲望を咀嚼し、飲み込み、理解し。堪能する。いいだろう。よだれがでるだろう。この過程。これくらいこの欲望という食事を楽しまないと退屈なんだ」
「お前は何の話をしているんだ!」
「ああ……すまないね。要するに僕は楽しみたいんだよ。この世界を滅ぼす過程を。現実を!絶望を!……この世界に植え付けたい」
「……お前は……本当に狂っている……お前は亜人でも獣人でも人間でもない!ただの化け物だ!」
「……君の言葉に耳を貸す気なんて僕にあるとでも思ったのかい」
はあ。と彼はため息をもつ。
苛つきさえ彼にはない。
只の呆れだった。
「もっと叫びなよ。もっと欲しがりなよ。欲望を。執着を。そして嫉妬を。そうでもないと僕には絶対に勝てない」
絶対に勝てないだと。
彼は何を言っている。
彼の発言。
それらすべてが頭から転がるようであった。
「君たちは劣っているんだ。だから僕が生まれた」
彼は笑う。
その狂気で、快楽的で、愉悦の浮かんだ表情で。
彼は楽しんでいるのだ。
この世界を。
この世界の滅びを。
「さあ、精々抗いなよ。人類諸君」
彼は消えた。
その姿を消して。
残ったのは、【獣王】。
絶望がその空間には満ちていた。