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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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四十二話「天恵」

「さあ、決着をつけようか」

「ああ……」


目の前には、獣王が立っていた。

その立ち方は、一本の芯というものがあらわれていた。

彼の心のなかが一切の揺らぎがない。

そのようなものを感じた。


彼の口数は少なく、また話し合いたい様子もなかった。

その眼は鋭く。

今にもこちらの命を奪いそうだ。

ごくりと唾をのんだ。

体が震えていた。

武者震いであってほしかった。

自身の体を意識して抑えつけた。


自分は、この目の前の獣に激しく怯えているのだと自覚したくはなかった。

だがその震えは完璧には収まらなかった。


「怯えているのか?」


獣王は、プラードの違和感には気が付いたようだ。

しかしプラードはそれを否定する。

口だけでも反抗というものをしたかった。


「……そんなことはない」

「そうだろう。戦いの前に怯えてどうする」


獣王は、上半身の服を脱ぐ。

服についた過剰な装飾はおもりのようであった。


ただ純粋に磨き上げられた肉体がその場に映る。

怠惰な王の姿などどこにもなかった。

合理性と機能美だけが、その体には蓄積されていた。


そこにあるのは戦士である獣人の姿であった。


「本来であれば、獣王にこんなものはいらない」


服を踏みにじる。


そして獣王は、その部屋にある玉座を指した。

プラードはその言葉の理解ができなかった。

王であることに意味はないといいたいのか?

しかしなぜそのように遠回しに意思を伝える。


「どういう意味だ」

「獣王、獣人、獣。それらすべてまやかしだ」

「まやかしだと」

「立場や位置などない。言葉だけの虚飾に過ぎない」

「それらすべての定義などないと?」

「そうだ」


獣王はうなづく。

獣人の頂点。

その場所に立ち、その場所を守る彼。

獣王はいったい自身になにを告げようとしているのか。

その結論を察することはプラードにはできなかった。


「亜人も、獣人も境目などない。ただこの世界においての立場があるだけだ」


獣王は、獣人と亜人。

その差というものはほとんど変わりはないという。

つまりすべての種族は平等だというのだ。

ならなぜその前提が成り立っていた豊穣国との争いをした。


「ではなぜ獣王国という国にこだわった。貴方がこの国と豊穣国をもっと強くつなげていれば……」

「……この国は既に腐っていた」

「だから……だから!アダムに売ったとでもいうのか?」

「今さら遅いことだろう」


獣王は、一種の諦めの眼を持っていた。

それはこの国に対する傍観であった。

自身が、豊穣国で多くのものを学んでいる最中。

父はもうすでにこの国に見切りをつけていたのだ。

そのことを理解したとき。

不思議と心のなかに軽蔑という感情を感じた。


「アダムはどこだ」

「……いうわけにはいかない」


その顔は、ひどく警戒心で満ちていた。

彼には、何かしらの事情があるのだと。

それを察するには十分だった。

しかしそれで引くわけにもいかない。


「あいつは危険だ。獣王よ。貴方は騙されている」

「騙されてもいい」

「騙されてもいいだと……?どんな結末になってもか??」


その言葉は許せなかった。

獣王という存在が、そのような言葉を発することが許せなかった。


「ああ、そうだ」

「……この国が終わったとしてもか」

「ああ……」


プラードもまた諦めた。

獣王という人物が、抱えてきた人生。

思想、信念。

それらすべてをあきらめたのだ。


「もういい。もう終わりだ」


話はもうやめだ。

彼は、自身に心を開いていない。

それを知れただけで充分だった。

少しでも同情というものを持とうとした己が馬鹿だった。


「……」

「獣王よ。その場所。私が貰う」


獣王に殺意を向ける。

今度こそ怯えはなかった。

覚悟と決意。

その二人が重なっていた。


「プラードよ」

「……なんだ」

「【獣】とはなにかわかるか」


しかし獣王はまだ語りたいことがある様子であった。


「亜人の使う獣人への侮蔑の言葉だろう」

「……違う」

「常にこの世界の人というものは【獣】を飼っている」

「……」

「この世界では、多くのことが歪み。真実が空虚へ。空虚が真実へと変えられている」

「どういうことだ……」

「疑え息子よ。この世界を。人を憎むこの世界を」


彼はいったい何を知っている?

そんな疑問が頭の中に浮かんだ。

獣王は、この世界について豊穣国以上の何かを知っている。

だが彼は頑なにそれを断言しないのだ。


「そしてプラードよ。父として最後に言っておく。常に【獣】と【獣人】。その境目をもっておけ。貴様だけがそれ覚えておくのだ。それを知っていればこの先、永劫。亜人との縁はつながれる」


何も言葉がでなかった。

なぜだ。

なぜこのような思考を持ちながら、獣王はアダムに屈した。

それを理解できなかった。


「誇りという理性をもってこそ、獣は獣人足りえる。……忘れるなよ」

「獣王……」

「……話は終わりだ。構えろ」


そこにいるのは二人の獣だった。

牙を出し、威嚇する。

唸り声をあげ、にらみつける。


その場の空気は、重さを持っていた。

息がつまるような殺気。

只の呼吸でさえ、違和感を持った。


戦は、既に始まっていた。

まず互いに吠えた。

それは【王者の咆哮】。

王者の血統同士の能力がぶつかり合う。

咆哮がぶつかりあう。

衝撃は、広範囲に及んだ。

魔力を纏ったその叫びは、プラードの鼓膜を傷つけた。

意識というものをふらつかせる。

一瞬白目を剥く。


「ぐっ……」


鼓膜から血があふれる。

片方の耳がやられたようだ。

どろりと、液体が耳から首に流れる。

体毛に吸収された。


「【王者の咆哮】にはこんな使い方もできる」


戦闘における【王者の咆哮】。

その使い方において獣王はプラードより優れていた。


獣王はプラードに向かっていく。

隙だらけの体に攻撃を叩き込もうとした。


体がふらついているプラードに獣王は強烈な蹴りを与える。

肋骨が砕けた。

加えて二撃目。

鳩尾への殴打。

強烈な吐き気を感じる。

横隔膜が刺激され、呼吸というものが息苦しくなる。


胴体への連続攻撃。

同じ場所への警戒心というものは高まっていた。

次の攻撃を予期したプラードの腕は無意識に体をかばっていた。


「そこだ」

「……しまった……!」


獣王は殴った。

その顔面を強く強打した。

隙だらけのその顔面は、獣王にとっては狙いやすい的であった


その強烈な威力により、プラードは吹き飛ばされる。

顔の骨に、ひびが入ったことを感じる。

歯を食いしばるたびに、顔に痛みが走る。


「……まだ始まったばかりだぞ」

「……がっ……わかっている」


血が口からあふれ出る。

口からでた血を拭う。

強い。

単純な強さだ。

自分の実力というものを彼は上回っている。


獣王は、プラードの動きというものを完璧に読んでいた。

身体能力でも、思考でも負けている。


幸いにも、獣人の肉体によって痛みは和らいでいる。

だが心の奥底に湧いていた。

怯みが存在していた。

だからこそ、吠えた。

先ほどより強く、そして大きく。

プラードは吠えていた。

それは威嚇であった。

気力だけでも彼には負けるわけにはいかなかったのだ。


「……それでいい」


獣王はまたしても笑っていた。

だがプラードはそんなことに気が付かないほど集中していた。

獣王に向かい一直線に走る。

獣王は、プラードに構えを向ける。


「愚直に飛び込むつもりか」


先ほどまでは笑っていたが、愚かな行動をとっているプラードに対しては嫌悪感を抱いていた。

獣王は、プラードに向かい拳をたたきつけようとする。

しかしプラードはそんな動きをわかっていた。

理解し、読んでいたのだ。

ここだ。

攻撃を読み、タイミングを合わせる。

プラードは急停止し、獣王の腕をつかんだ。

そしてそのまま背負い。

地面に投げつけた。

床は、100キロ以上ある獣王の体重によりへこむ。

床は、衝撃により大きな音を立て割れる。


「……!」

「やっと苦痛を見せたな」


流石の獣王も表情を一瞬変えた。

彼の背骨には鈍痛が走っているはずだ。

当然ダメージも大きいはず。

しかし出血でのダメージはない。

追撃が必要だ。

そのまま蹴りを加える。

ただ力を込めた。

その強引な蹴りは、獣王の大きな肉体を激しく吹き飛ばした。

命に躊躇せず、その顔をボールのように吹き飛ばした。

体が浮き、獣王は数メートル先に飛ばされた。


しかし獣王はすぐに態勢を立て直す。

首をぽきぽきとならし、立ち上がる。


「ちっ……」


やはり耐久性の高い獣人同士の戦いだと、小手先の技術はあまりあてにならない。

ただ高威力の打撃を相手にぶち込む。

それだけが大事になる。

破壊力がすべてをぶち壊すのだ。


「まだこれからだろう?」

「……ああ」


二人は、じりじりと近づく。

お互いの近接戦における範囲。

体格は同等で、同じ戦闘スタイル。

離れて攻撃することはできない。

距離を詰めるのは必然的だった。


「……なにもしないのか」

「五月蠅い」


リーチはほぼ同一。

互いの攻撃範囲に互いが徐々に徐々に近づいた。

一歩。

また一歩。

獣王の顔が近づいてくる。


「ここが限界だろう」

「ああ、そうだ!」


そしてその円が、一か所重なったとき。

二人の拳は重なった。

それだけで、激しい衝撃音がその部屋に広がる。

そしてその音が終わるとき。


拳の骨が折れる。

指の付け根が砕けていた。

綺麗にたった一度の攻撃で砕けていた。

いままで触ったどんな物質よりも硬さを感じた。

鈍痛が体に走る。

だがプラードは殴る。

ここで止まれば、自分は死ぬ。

そう感じていた。

それは本能だった。

殴らなければ、獣王は永延に此方に攻撃を仕掛けてくる。


一秒一秒ごとに、攻撃される未来を見た。

空想し、予測する。

顔をずらす。

先ほどまで顔があった場所に、獣王の拳が通過した。

彼の拳も自分と同様に砕けていた。


「なぜだ……」


いや彼は既に慣れているのだ。

自分以上に。

冷や汗一つたらすことなく。

彼は攻撃を続けていた。


「……私は……お前を!!超える!!!」


顔に砕けた拳をぶつけた。

しかし怯まない。

その鋭い眼光でこちらをみる。

ダメージは与えているはずだ。

しかしダメだ。

それは軽すぎたのだ。


「……お前の拳は軽い。私の重みには勝てない」

「そんなはずはっ……」


脇腹に、拳を叩き込まれる。

まるで自分より大きい岩石をぶつけられたような重量。

質量と、その攻撃の質。

どちらも一級であった。

獣王は肉体の弱点というものを的確についているのだ。


「ぐっ……は」


単純的な質量がそこにはあった。

一本一本丁寧に。

自身の体の骨は律義に折れていた。

痛い。

骨が折れている。

骨折りのように計算された一撃ではない。

ただ純粋な暴力の結果骨が折れているのだ。


嘔吐はできない。

なにもでなかった。

喉が焼ける感覚を感じる。

これは胃液だ。

しかし飲み込んだ。

痛みに耐えるんだと、何度も何度も言い聞かせた。


「がっ……」


まだ殴り返した。

獣王も苦悶の表情を浮かべていた。

このような戦い方、まともではない。

当然いかれている。

互いに痛みの許容量というものを超えていた。

それでも二人の獣は互いに攻撃を耐えていた。


ただ殴りたかった。

父を名乗る相手を。

目の前の敵を。

その二つの意味をずたずたにしてやりたかった。

自身の体とぶつけた。

ふたりとも後ずさる。

しかしまた前に進みぶつかった。

逃げたくなかった。

引く選択など微塵もなかった。

自分の存在が引くことを許さなかった。


「貴様を殺す!!!」

「諦めろ!!」


鳩尾に叩き込んだ。

獣王も、呼吸が一瞬止まり攻撃が止まる。

その隙に何度も何度も、腕を殴った。

獣王は、それを力強く耐えた。

太ももを蹴られた。

まるで、一メートルを超えるような刃物で切られているような感覚を覚えた。

こめかみをなぐった。

肩が砕けた。


両者ともに、上段蹴りを出す。

空中で両者のすねがあたり、砕ける。

だがそれでもまだたおれなかった。


両者の実力は拮抗していた。

ただ純粋な暴力。

技術などはなく、互いの暴力を向き合わせた。


互いの骨を、互いの命を。

互いの願いを。

何度も折り、削り取った。


出血で意識が朦朧とする。

休憩など一度もなかった。

濃厚な十数分。

その激闘に、二人は停止する。


「……豊穣国を裏切れ。プラード」

「……!!」

「今なら許そう。貴様なら十分にアダムからの役目を果たせる。私が死んでもだ」

「……裏切ってどうなる……」

「……」

「裏切ってどうなるというんだ!!」


無言が続く。

彼はその疑問に答えることはできなかった。

彼自身も理解していたのだ。

アダムの味方になるという行為を。


「……この国の次は豊穣国だ。その次は……?世界が終わるぞ」

「……ならば、死ね。息子よ。愛する妻の写し絵よ」


闘気が練りあがる。

獣王の殺意というものはより上位に昇華されていく。

死。

眼前に広がるただの死。

ただの殺意。

死を感じさせるには十分すぎた。

プラードは、その光景に走馬灯を持った。

過去の思い出が一瞬のうちに走る。

その時、最後の記憶。

それは愛する人の笑顔だった。


「さらばだ!!!」


獣王の拳に、体はいつのまにかに動いていた。

真っすぐ。

その拳を見ていた。

そして自分も同様に拳を向けていた。

ただその拳は異様だった。

魔力を纏っていた。


獣王は、その拳に【王者の咆哮】と同じものを感じた。

目を見開く。

カウンターを喰らい、獣王はその体を地面へと叩きつけられる。


「なんだこれは……」


戸惑い、判断が鈍る。

拳に魔力が宿っている。

まるでその魔力の使い方は、【亜人】ではないか。


その技の名前は。

愛するものが与えてくれたものだった。


「【天恵】……!」


豊穣国の女王は。

獣王の血族に新たな力を与えていた。

それは天の恵み。

プラードは、それを強く拳に宿していた。


顔に命中する。

頬骨が砕けた。

口の中に鉄の味が広がる。

濃厚な血の味。

敗北のにおい。

獣王はその一撃によって、甚大なダメージを与えられていた。


「……ここからだ。獣王」

「……っ!」

「まだ終わると思うなよ……」

「はっ……いや違うだろう。お互い最後だ」


プラードの足は震えていた。

体を支えることすら不十分になっていた。


「ああ……そうだな」

「ああ、最後だ」


獣王はそのぼろぼろの体を起こす。

プラードは、プラードは息をととのえる。

獣王を待っていた。

獣王も同じように深呼吸をしていた。

その瞬間その場は静寂を持つ。


その殺し合いは、不思議にも最後の瞬間試合の形になっていた。

お互いの構えを待つ。

審判はそこにはいない。

しかしそれは試合のようであった。


プラードの顔からは涙がでていた。

なぜだ。

感情に説明ができなかった。


涙が地面に落ちたとき。

その試合は始まった。


獣王は蹴る。

上段蹴りで顔を狙う。

プラードは先ほどと同じように【天恵】による拳の一打を狙っていた。


勝負は一瞬であった。

獣王のけりを、プラードは弾き返す。

獣王はバランスを崩すことなく、プラードに拳を向ける。

しかしプラードは臆することなく、その拳を振りぬいた。

さきほど甚大なダメージを与えられた顔面は、それによってさらなるダメージを負う。


「……私の勝ちだ。獣王」


勝負は終わった。

プラードは獣王に勝利を手にしていた。

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