四十一話「たどり着けぬもの」
プラードは、奥の部屋へと向かっていた。
彼と獣王の戦い。
その舞台はあと少しで始まりそうであった。
「あとは頼んだ。骨折り、イグニス」
「遺言みたいだからやめろ」
「はは」
見れないのは口惜しいが、今は目の前のことをなそう。
骨折りと、イグニスは獣人たちのほうを向く。
彼らは律義にも待っていた。
プラードと会話している間。
隙なんていくらでもあったはずなのに。
「話は終わったか?」
桂馬は、肩に槍をかけ待っていた。
金象や、他の八人の獣人たちも無言でただ立っているのみであった。
彼らはこちらに剣を向けていなかった。
「ああ、終わったよ。待ってくれるなんて随分優しいんだな」
骨折りは、笑っていた。
彼らがそのような些末なこだわりを持っていることを悦んでいた。
「友との別れを邪魔するほど無粋ではない。貴殿は、情より戦いを好むものか?」
「いや、そうでもないさ」
「ならわれらもそうだ。無粋だと感じた」
桂馬は、プラードと二人の関わり合いを無意味だと否定していなかった。
彼らにはこの時間が必要なのだと。
そう心のなかで考えていたのだ。
だからこそそれを邪魔することはしなかった。
「なあ……ひとつきいてもいいか?」
「なんだ。亜人よ」
イグニスは、桂馬と呼ばれる馬の獣人に質問をする。
それは最初から、この戦いの始まりから一番気になっていたことであった。
「なぜ獣王はアダムに味方する。人間を恨んでいる獣王が、なぜ人間であるアダムの味方をするんだ」
「……答え難いな。その私の口からではとてもまとめられるものではない」
「私が答えよう」
「……お、随分ノリノリだね」
「金象……」
桂馬は、金象と呼ばれる獣人をじろりとにらみつける。
彼の発言が意外なものであり、どのような内容なのか全く想像がつかなかったためだ。
「桂馬案ずることはない。必要なことのみ伝えるだけだ」
しかし金象は、その懸念というものを否定する。
「で?なんなんだ。アダムへ味方する理由というのは」
骨折りは、金象に改めて問う。
獣王男鹿アダムに味方する理由。
そのものを。
「二度と手に入らぬもの。それがたった一度自分以外を裏切ることで手に入るとしたらどうする?」
「二度と手に入らないもの……」
イグニスはぼそりとつぶやいた。
マール。
自分にとってのマールがそれだった。
もしあの時マールが死んでいてもう助からなかったら。
もし生き返ることができたら……自分はアダムの誘いに乗っていただろう。
「王はそれを手にいれようと足掻いた。その結果がそれだ」
「随分と惨めじゃないか」
「だが王の選んだ道だ」
「間違っている……そうは思わないのか?」
「間違いだろうが、選んだ道だ。誰も止めなかった。だからここにいる者は誰も否定しない。われ等は止めなかった側なのだ」
「……」
イグニスは、その思考に無言になる。
彼らは罪を背負っている。
王を止めなかった罪を。
その罪と共に、彼らはまだ歩んでいるのだ。
「悲しみを中途半端に理解してしまった。それがわれらの過ちだ」
「……今なら戻れる。共に獣王を止めよう」
今なら大丈夫。
イグニスはそう思った。
獣王とプラードを止めることができる。
獣王の立場というものは全く変わる。
だがここで、実力のある獣人が味方になればなにか変わる。
そう思った。
「イグニス……」
「骨折りも一緒に説得してくれ。今なら彼らを救えるんだ」
「……ははっ」
「なぜ笑うんだ……」
しかし桂馬は笑っていた。
「若いな。若い」
「どういうことだ?」
「イグニス。違うんだ」
「何が違うんだ……」
「俺らは亜人で、あいつらは獣人だ。獣王に仕える獣人とは。こういう生き物なんだ」
亜人と、獣人の考え方の違い。
それがお互いの理解を阻んでいた。
誇りと共に歩み。
種族を尊い。
王を信奉する。
「人は決して正しさだけでは動けぬ。我らはこの方なら死ねる。その覚悟でここにいる」
彼らの決意は揺らいでいなかった。
もう彼らの終わりというものは決まっているのだ。
「だが……若き亜人よ。最後に貴殿と話せてよかった」
金象は、イグニスに頭を下げる。
それは彼なりの礼だった。
目の前の亜人は最後まで自分たちを理解しようとしてくれた。
そのことに関する礼であった。
「やめろ……!そんなことで頭を下げるな……!」
こいつらが悪人であったなら。
こいつらが世界を破壊する狂人であったなら。
気兼ねなく殺せた。
答えを出せた。
コ・ゾラのように殺すことができた。
だが彼らは、自身の信じる主のためこの国を終わらせた。
理想のため信念のため。
世界を否定し、主の後ろを歩いている。
「我らは最後まで王を守る」
「だからこそ、もてる手段はすべて使わせてもらう」
骨折りと、イグニス。
その二人と向かい合っている獣人。
それらすべてがとある小瓶を取り出す。
「!?」
「おいなんだそれは!」
「謝罪しよう、ひとりの戦士として貴殿に挑めないことを」
「骨折りさん、イグニスさん。あれが永銀です!!」
「やめろ!!それを捨てろ!」
アンデットに変化することのできる薬。
それは、手の平いっぱいほどの量があった。
どちらにせよ薬物として考えるなら致死量と思えるだけの量があった。
彼らは、それを口に入れ飲み込んだ。
「ああああ!!!!」
絶叫が響き渡る。
喘鳴が鼓膜に何度もぶつかった。
肉体が変形し、聞きなれない音が耳に入る。
骨と骨がぶつかり合い。
バキバキと音が鳴る。
肉が腐り、異臭がその場に広がる。
肉の変形は、十数秒にわたり続いた。
肉体が膨張し、崩れ再び膨張する。
吐き気を催す光景が、その場に広がる。
二つのアンデットだけが人体の原型をとどめていた。
片方は、意思をなくし茫然と立っていた。
しかしもう片方は、明確な意思をその眼に宿していた。
そしてその顔は獣の姿を失い亜人と同等の顔を持っていた。
槍が強い輝きを放つ。
それは、持ち主の実力の向上に呼応しているようであった。
「さあこい、敵手よ!!」
十人のアンデットは、骨折りたちに剣を向けていた。
桂馬は、槍を構え。
そのほかのアンデットはその後ろに控える。
「こいつ……まだ意思を」
「ああ!愉悦!歓喜!世界はこんなにも素晴らしいのか!」
「狂ってやがる……」
「さあ、竜槍ムクよ。眼前の敵を薙ぎ払うのだ!」
桂馬は、骨折りに向かって槍を振る。
「下がれ!イグニス」
「骨折り!」
薙ぎ払われた槍は、骨折りの剣とぶつかりあう。
激しい金属音がその場に広がった。
しかしその一瞬、骨折りがその場から消えた。
「が……っ」
壁に直撃し、壁が砕ける。
完全に体が宙に浮いていた。
骨折りはその感覚を信じることができなかった。
破片が、骨折りの鎧にぶつかりぱらぱらと崩れる。
鎧によって損傷は少なく済んだ。
自身の肉体の回復もない。
「俺が……力負けだと……」
そう、アンデットとなった桂馬の筋力は獣人の骨を砕く骨折りの筋力を上回っていた。
「脆い脆い!次はお前だ!」
「くそっ」
体に高速化の風の魔法を付与し、移動を開始する。
「遅い」
しかし桂馬は、その足でイグニスの速度に追いついていた。
彼は槍を連続して突く。
イグニスは、それをすべて弾き返した。
だが止まらない。
無尽の体力によって、彼は延々とその動作を連続させる。
「くっ」
このまま弾き返すのは不可能だ。
イグニスはそう判断する。
そうして魔法を詠唱した。
「突風よ!ラファーガ!」
桂馬は、槍を盾にしその魔法を防ぐ。
しかしその風の強い圧力によって後方に弾かれた。
「ははは」
ダメージはそれほどあたえられなかったようだ。
それもそうだろう。
完璧な詠唱はできなかった。
桂馬は、何もなかったかのように笑っていた。
しかし軽く出血はしている。
「大丈夫か、イグニス」
骨折りは既に立ち上がっていた。
「ああ。お前は?」
「大丈夫だ。それにしても嫌になるな」
桂馬のほかにも、あと九人のアンデットが控えている。
彼らは攻撃をしてこないが、まだアンデットになったばかりの不具合が起きている程度のことだろう。
実際金象と呼ばれる獣人のアンデットは攻撃のモーションへと入っている。
「桂馬は計画通り俺がやる。あの象とほかのアンデットは任せていいな?」
「ああ、任せろ」
桂馬という人物はかなりてこずりそうだ。
彼はアンデットの能力を完璧に使いこなしている。
精神面での不安定さはあるが、自我を残しているのだ。
それによって、アンデットにないはずの効率的な動きがところどころ見受けられる。
「あの自我は……彼のもつ武器の影響か?」
それしか原因が思いつかなかった。
国宝級【竜槍ムク】。
その能力は、精神面における耐性。
アンデット化における精神汚染がこのような形で防げるとは微塵も思っていなかった。
「ああ、だろうな。何のためにあんな効果が付いているのかと思ったが、こんなことに生かせるとは全く想像もつかなかった」
「こないのか!早く!こい!」
「じゃあ、頼むわ」
「ああ、がんばれよ」
「お前もな……って心配されるのは俺か」
骨折りが、桂馬のほうへと向かっていく。
イグニスは骨折りの心配をしている場合ではなかった。
「じゃあ、俺はこっちだな」
金象、そして名前を知らない獣人たちがアンデットとなりイグニスを見ている。
桂馬とは違い、自我を完璧に失っていた。
幸い、アンデットへの対処などいくらでもやった。
だがどこか心の中にざわつきを覚える。
「ちっ……あいつのせいだ」
ああ、こうなったのはこの国に来た時【七位】と会ったせいだ。
「大丈夫。私はイグニス・アービルだ」
自己を認識する。
大丈夫。大丈夫と自身を慰めた。
「こい、アンデット共よ」
剣に聖水を振りかけた。
これが自身のルーティンであった。
以前持っていた剣に比べれば鈍ら同然のこの剣。
だが自身はこの剣を愛していた。
剣をなで、聖水で濡らす。
準備は万全だった。
剣を胸に掲げる。
それは祈りだ。
剣が、その場の松明の火を受け輝く。
「突風の痛みよ。ラファーガ・ドロール!」
魔法を詠唱する。
風の槍は、一人の頭に標準を向けその攻撃を発射する。
魔法はすべて命中し、鎧は弾け破裂するような音が耳に残る。
アンデットの一体の首は吹き飛んだ。
「一人」
剣に、魔法を纏わせる。
風を切る音が、剣の周囲に巡る。
「二人」
アンデットの固まっている場所に飛び込む。
アンデットは剣をこちらに振る。
腕を切り落とした。
剣は円を描き地面へと落下する。
防御できないその無防備な体に剣を一筋入れた。
その上半身は、下半身ではなく地面と接触する。
ばたりと活動を停止した。
金象により、その剣は弾かれる。
ぶんぶんとその武器を振り回す。
重量のあるウォーハンマーは、獣人の筋力によりすさまじい風圧でこちらに振り下ろされた。
それを躱す。
地面が砕けた。
その剛力に体がぶつかったらひとたまりもないだろう。
「お前がこの場では一番だな」
やはりそうだと納得する。
アンデットへと変化した獣人の中では、この象の獣人が一番だと。
それなら自分がいまするべきことは。
「ちょっと待ってろ」
金象以外のアンデットをつぶす。
それだ。
時間はかかるがそれしかない。
アンデットとなった獣人たちは、ともの亡骸を踏みながらこちらに向かってくる。
同じ瞬間、骨折りは桂馬と戦っていた。
イグニスの無双する姿が目に映る。
「お……流石だな。アンデット相手では余裕か」
天使としてのアンデットの処理能力はイグニスのほうがはるかに高い。
だがアンデットとして自我を失っていないイグニスでは桂馬は苦戦するだろう。
そう思って自身が桂馬の相手を名乗り出たのだったが。
「俺があっちやればよかった」
現在の戦闘の光景を見ているとイグニスは自分以上に強いように思えてくる。
以前自分がイグニスに勝てたのは偶然だったのだろう。
この鎧の異常な再生能力がなければ負けていた。
そんな時、自身の剣と槍が激しくぶつかる。
「おお、よそ見している場合じゃないな」
愚痴など吐いている場合ではない。
狂気にまみれた桂馬は、必死に命を削り此方に向かっている。
「手を抜く必要なんてないな」
全力で目の前の敵をつぶす。
それしかない。
剣を振る。
槍と交差する。
拮抗し、同等の力で押し返す。
しかし一瞬その同等が覆された。
骨折りの体が宙に浮く。
その隙をその獣は見逃さない。
槍の薙ぎ払い。
全力で振られた筋力で、その穂先が骨折りの体にたたきつけられる。
「がっ……」
全身に痛みが走る。
鎧の一部が欠けた。
先ほどと同じように、自身の体が吹き飛ばされたのを感じた。
口の中に血があふれた。
思ったより自分はダメージというものを与えられたようだ。
追撃を加えようと、桂馬はこちらに向かってくる。
「弱い!弱い!」
目が血走っている。
亜人の顔を持ち、獣人の体を持つその人物は異様だった。
「黙ってろ!【ぺルド・フランマ】」
詠唱を開始した。
炎は、骨折りの手にまとわりつく。
破壊の炎の魔法を桂馬に向かって打ち出した。
桂馬は魔法に向かって槍を振る。
刀身と、魔法はぶつかり魔法は爆裂する。
火が飛び散った。
激しい爆音が広がる。
しかし桂馬の体というものは一切揺らいでいなかった。
「骨折りぃ!」
桂馬の様子は、先ほどとは違った。
意思が明瞭になっている。
なぜだと骨折りは感じた。
そんな思考の間を与えることなく桂馬は、骨折りに槍を振り下ろす。
剣と槍が再びぶつかりあった。
骨折りの剛力と、桂馬の獣人の腕力。
その二つの力により激しい火花が咲いた。
自身の二倍以上ある身長からの叩き込み。
それは全身がきしむような腕力であった。
「……まるで先ほどは夢の中にいるようだった」
彼は、骨折りの顔をじっと見ていた。
その言葉に、違和感というものはなかった。
思考に淀みはない。
「まだ寝なくてもいいのか?」
「いい。今はこの戦いを楽しみたい」
会話はもうすでにできている。
彼はアンデットの呪縛というものから解き放たれていた。
アンデットの特性。
耐久力、身体能力の異常な向上。
デメリットである思考能力の低下。
そのデメリットをかき消していた。
「今この体は全盛を超えた。その力で、骨折り。貴様を殺す」
彼の笑みには喜びがこもっていた。
きっと彼も飢えていた。
自身の磨いた技術が完全な形で披露する機会がないことに。
しかし今この場に、整った。
そのことに喜びを感じていたのだ。
「こいよ……」
「参ろう」
槍の連続する突き。
槍の長大なリーチは、骨折りの攻撃範囲を狭めていた。
しかし骨折りは、そのすべてを軽いフットワークですべて躱す。
俊敏な行動によって避けることはできている。
しかしすぐそばに濃厚な殺意が横切っていく。
骨折りは、その精度に思わずにやけていた。
「炎よ、すべてを破壊せよ!【ぺルド・フランマ】」
「【一閃】!」
骨折りの炎の魔法を、閃くような槍の一突きが消し飛ばした。
先ほどより威力の強い魔法は、完全に消えることはなかった。
桂馬の体表が飛び散った火により燃やされていく。
ちりちりと延焼の音が聞こえる。
しかし即座にアンデットの再生能力により回復されていく。
「ちっ」
魔力はしっかり込めている。
だが桂馬の攻撃の的確さが素晴らしい。
魔法の核というものを打ち抜いているのだ。
国宝級の強い魔力によって相殺されている。
それによって即座に対応されていた。
「【骨折り】」
桂馬が魔法をつぶしている隙。
自身の最大の攻撃を桂馬に叩き込む。
桂馬の足は折れた。
しかし苦痛なく彼は立ち上がって骨折りを薙ぎ払った。
骨折りはそれを回避する。
お互いがお互いの最大火力を出し。
そしてそれを凌ぐ。
二人の戦いというものは停止していた。
骨折りはアンデットとの戦いを不得手としている。
それによって決定打を打ち込めていないのだ。
「難儀なものだな」
「……なにがだ?」
「いくら傷をつけられても治る体。そんな夢のようなものが手に入ったというのに」
「……」
「自身の願望や渇望が薄れていく。命が削られていく焦燥感がない」
彼は心の内を吐露する。
このような変化を遂げて一番戸惑っているのは、桂馬自身であった。
「今の私は、いったいなんなのだ。アンデットか、亜人か、獣人か。それともまた別のなのかだとでもいうのか?」
獣人としての自分。
王の悲願をなすためアンデットへと変化した自分。
しかしそれ以外に変わった自分。
この変化が桂馬の心を乱していた。
「笑えるな」
「まったくだ。こんなことに答えを求めても意味がないというのに」
「安心しろよ。お前は強い……今はそれでいいだろ」
「……そうか。ならばいい」
たとえ、自身の体が生物というものを大きく逸脱していても。
骨折りは自身のことを【戦士】としてみてくれた。
それを喜ばしく思った。
桂馬は、両の腕に豪然たる力を込める。
「骨折り。貴様は私を仕留める好機を狙っている。そうだろう」
「……ああ」
「今がそうだ。決着をつけよう」
彼の肉体に、血管が浮き出る。
肉体が肥大した結果、晒されていた肉体が筋力によって膨張していた。
彼は骨折りの命を奪うつもりだ。
今この瞬間に最大の威力をもって命を狙っていた。
そして骨折りも今この瞬間しかアンデットとなった彼の命を刈り取れる好機はないと。
そう感じた。
「【一筆】」
一に描かれた槍の弧線が骨折りに襲う。
それはとても力強く。
それはとても美しさを纏っていた。
骨折りは集中する。
目を閉じた。
息を吸う。
思考が澄んでいる。
その技術により編まれた技を打ち返すため。
自身の集中力が最大になる瞬間をまっていた。
タイミングを待ち。
自身の体とその刀身がわずかというところに来た時。
骨折りは、その仮面に隠された目を開いた。
轟音が響く。
その技に名前はなかった。
ただ目の前にきた技を弾き返すというもの。
剣と槍がぶつかり再び火花が散る。
先ほど、ぶつかったときとは違い。
強烈な反撃によって、桂馬の体は揺らいでいた。
「なんだと……っ」
桂馬の精神性というものにほんの少し亀裂が走った。
全盛以上の肉体。
人生で培った技術。
それらすべてを一つの技にまとめ上げても。
この目の前の人物にはいまだたどりつけぬのかと。
どれほど鍛えても、どれほど磨いても。
たどり着けぬものがある。
「【骨折り】……二連!!」
桂馬の両肩をその威力で外した。
関節が、がこんと歪な音を鳴らす。
「がっ」
痛覚はない。
しかし両腕の感覚が消えた。
槍を落とす。
力がうまく入らなくなっていた。
「【ぺルド・フランマ】」
その魔法の爆裂によって、自身の体を弾いた。
宙に浮かせ、その体を旋回させる。
「これで最後だ!!」
骨折りは、この好機をのがすことができなかった。
アンデットとしての桂馬の成長を恐れていたのだ。
だからこそ渾身の力を込めた。
「【骨折り】」
「……見事だ」
空を見上げた。
そこには、骨折りがいた。
自身を見下ろし。
自身を上回る。
強敵がいた。
なにもでなかった。
ただ最後にでたのは出がらしのようなほんの少しの後悔だけだった。
もしもっと。
こうしていれば。
こうしていたら。
そんな思考が頭に巡る。
しかしもうすでに時は過ぎていた。
桂馬の首はねじり曲がる。
骨折りの身長を大きく上回るその図体は、激しい音を出し倒れる。
その口から血があふれていた。
人体の構造を無視したその首の方向は、桂馬の死を表していた。
「念には念だ」
桂馬の頭蓋を砕く。
頭蓋骨は随分とあっけなかった。
ここまですれば、アンデットとはいっても復活することはないだろう。
思考回路というものが、成立していたからこそこのアンデットは動いていた。
アンデットとして頭蓋が砕かれていては動くこともできないはずだ。
ため息をつく。
なぜか疲労感でいっぱいだ。
「おい……イグニ……」
ふとイグニスのほうを見た。
その時強烈な寒気を感じた。
彼女は血にまみれていた。
その足元には金象と呼ばれていた象の獣人が倒れている。
上半身から半分。
その下はどこかに消えていた。
寒気を感じたのは、その光景ではない。
イグニスのアンデットに対する敵意だ。
「……なんだ?」
その眼は死んでいた。
光が入っていなかった。
彼女は顔についている血をぬぐう。
いつもの穏やかなイグニスなどどこにもなかった。
ただ目の前の敵をせん滅する。
合理性の化け物がそこには立っていた。
彼女の頭についている血が地面に落ちる。
その音で現実に戻れた。
「骨折り?」
「……イグニス。お前も終わったか」
彼女はこちらに近づいていた。
骨折りがなにを考えているのだろうかとこちらをじっと見ていた。
切り替わるように彼女の表情が変わっていた。
普遍的な人物のように、悲しみの表情を浮かべる。
「ああ……見ていてつらかったよ」
「そうだな」
これか。
彼女の持っている歪さは。
「……先へ進もう」
「ああ」
だがいまこれを気にしている場合ではない。
プラードの援護をしなくては。
「大丈夫かな。入っても」
「……大丈夫だろ」
扉を開ける。
その豪華絢爛な扉についている装飾ははまるで王への敬意を表せといわんばかりに此方をにらんでいた。
しかしそんなことに意識を向けている場合ではない。
中に入った。
「プラード!!」
「大丈夫か!」
目の前に広がっている光景は。
プラードの勝利であった。