四十話「友の勝利」
「音は変わらず聞こえるな……」
「そうだな。やっぱりそう簡単に終わるような戦いでもないさ」
プラードは、走りながらも耳を澄ませ周囲の音を聞いていた。
重量感のある物質が地面に倒れる音が。
金属と金属がぶつかり合う音が。
様々な音が、その場には広がっていた。
プラードは、その音を聞きながら複雑な気持ちになっていた。
自身がもっと警戒していれば、少なくとも序盤の被害は抑えられたはずだ。
そう思った。
気にしてはいけないはずなのに、むやみな心配をする。
そこは自分の欠点だと恥じていた。
「……変なこと気にすんなよ」
「ああ」
骨折りは、プラードの気持ちを理解していたようだ。
実力あるものの傲慢というもの。
プラードは責任を負いすぎる性格がある。
兵士や、戦士としてそういったものは別にいいだろう。
しかし【王】としてはどうだろうか。
アダムや、デア・アーティオ。
人を従える能力。
その二人に劣るのはそう言った部分が強すぎるからだ。
「俺らは俺らのやるべきことをすればいい」
「……そうだな」
セーリスクや、銀狼。
それらが自らの立ち向かうべき敵と現時点戦っている。
その信念、気持ちは簡単に終わるようなものではない。
彼らが、時間を稼いでいる間。
その間に自分たちは急いで獣王を殺さなくてはいけない。
四人は、獣王のいる部屋へと向かっていた。
道は複雑で、鼠の蚤の案内がなければ迷っていただろう。
「皆さんこっちです」
鼠の蚤の案内によってスムーズに移動できている。
獣王との接近まであとわずかだろう。
「懐かしいものはこみあげてくるか?」
「……そうだな。ここは変わらない。違うのは、雰囲気だけだ」
充満する異様な殺気。
もうあの場所は残っていないのだと。
理解するには十分だった。
プラードは本能で察していた。
この国は元の姿へと戻ることはできない。
全て壊して一から始めなくては、この国は戻らない。
城のなかを見て、プラードはそう感じていた。
城は荒れ果て、嘗ての栄光など微塵もいない。
「骨折りさん敵です!」
目の前には、アンデットに変化した兵士が歩いていた。
鼠の蚤はそれを報告する。
彼は焦りをもっていなかった。
このメンバーであれば対処は余裕であるとそう考えている。
骨折りもそれを視認する。
およそ六人ほど。
塊になって歩いていた。
こちらには気がついていない様子であった。
骨折りは、その重厚な剣を構える。
あの程度なら一瞬で終わらせられる。
そういった判断を持っていた。
「了解。じゃあ、手っ取り早くやるか」
しかしプラードがそれを遮る。
「……骨折り。私にやらせてくれ」
その顔を骨折りは見た。
そこには、ただ祈りだけがあった。
彼らを、安らかに眠らせてあげたい。
この国の住人である兵士たちの未来を。
アンデットへと変えてしまったことへの後悔。
それがプラードに弔いという願望を与えていた。
「ふっ……どうぞ」
骨折りは、プラードにその役目を譲る。
その責任を、彼は尊重してあげた。
そしてプラードも骨折りがその役目を譲ってくれたことに感謝をする。
「ありがとう」
感謝の言葉。
それは、微塵も軽くはなかった。
アンデットは、近づいてくるプラードに遅れて気が付いた。
判断能力はなく、ただ近づいてくる敵に対し反射で武器を持つ。
鎧のずれる音が聞こえる。
その構えに、技術というものはなくどこか指示で動かされているような違和感を感じた。
そこには魂はない。
向かってきたプラードに対し剣を振る。
しかしプラードはその拳で剣を弾いた。
「すまない」
彼は謝罪を述べる。
それはきっとその獣人たちにはもう届いていない。
現に、アンデットたちに思考能力はない様子であった。
しかし彼は祈った。
それが彼らへの鎮魂であると思ったから。
その自己満足をプラードは貫いた。
ただ殴った。
拳で鎧が砕けた。
一人のアンデットが吹き飛ばされ、二人がそれに巻き込まれる。
鉄槌で、別のアンデットの頭蓋を砕く。
そのまま倒れ活動を停止する。
手刀で最後のアンデットの首を折る。
吹き飛ばされた三人のアンデットは、立ち上がりこちらに向かってくる。
「これで最後だ」
蹴りと殴りのコンビネーション。
的確に急所に入り、三体のアンデットを即座に沈めていく。
それぞれのアンデットの鎧が砕け
「友よ、空で会おう」
古代の獣人たちが祈りに使った言葉。
それを彼らに投げかける。
誇り高い獣人を。
このような醜い姿へ。
生者、死者とも言えない歪な姿でこの世に残したアダムに深い感情を持つ。
「許せるか……」
誰にも聞こえない声で。
一人ぼそりとつぶやいた。
憎しみではない。
恨みでもない。
その感情をなんと形容しようか。
プラードはその知能で迷った。
言語化できないそれを【使命】だと思った。
その【使命】を拳で握った。
「……なあ、イグニス」
「なんだ?」
「プラードの強さどう思う?」
「そうだな……獣王には勝てるとは思う」
二人は見ていた。
プラードの戦い方を。
そう。
それがなんなのか断言して説明はできない。
しかしイグニスは彼とこの国で出会ってからあることに気が付いていた。
彼はなぜか数秒数秒ごとに強くなっている。
それは肉体や技術の話ではない。
だが強くなっている。
覚悟が、気配が。
より上位へと昇華されている。
技術や肉体は、既に完璧だった。
心だけが彼には足りなかったのだ。
きっと今の彼なら、獣王と戦っても遅れはとらないだろう。
「……よし、行こう」
「ああ」
プラードは、すべてのアンデットを倒し終わっていた。
四人はさらに進む。
そのまま何度も角を曲がった。
部屋に入った。
階段を上った。
それを繰り返し、ある一つの部屋にたどり着いた。
「ここが獣王のいるはずの部屋です。皆さん覚悟はいいですか?」
今さら問われることでもない。
三人は深くうなずく。
「ああ!」
扉を開ける。
鍵はかかっていなかった。
そこには八人の兵士と、二人の老人。
そしてその間に獣王が立っていた。
全員、誰一人として甘ったるい表情を浮かべるものなどいない。
顔が引き締まり、肉体は硬く。
緊張感のみが、その場に広がっていく。
その緊張感は、空中に伝播しイグニスの皮膚を焼いた。
「誰一人として弱者はいないか」
ここには、獣王が選んだものしかいないはずだ。
側近であるはずの名前の知らない獣人でさえ、強烈な殺気を放っていた。
「獣王……」
プラードが、目の前の敵の名前を呼ぶ。
しかしそれは、名前ではない。
称号として、父の固有する名をつぶやいた。
「父とは呼んでくれないのだな。息子よ」
獣王は、表情を変えず。
ただ淡々とその言葉をつぶやいた。
彼には、それを悲しがる様子はなかった。
ただ、プラードという人物が獣王という言葉を使ったことに反応を示していた。
「あなたは……もう私の父ではない」
「そうか……それでいい」
彼は笑っていた。
父ではない。
そう発言した息子に対し、笑顔を見せていた。
プラードはその様子に戸惑う。
イグニス達も心の中に戸惑いを感じた。
しかし周りの獣人たちは、その様子をみて一切動じなかった。
顔一つさえ動かなかった。
「あれが獣王か」
イグニスは初めて獣王という人物をみた。
法王国と獣王国のなかがそれほど良くないのもあるが、彼はそれほど自身の顔というものを出さない人物だ。
法王国出身のイグニスではなじみのないものであった。
しかしイグニスは、目の前の獣王に対して違和感を持った。
それは、認識の違い。
獣王という人物は、冷酷で我儘で酷く独善的な人物。
そう思っていた。
しかし目の前の獣王は違った。
どこか、プラードという人物に優しさを持っているそう思った。
「久しぶりだな。獣王」
「……その苛つく声。骨折りか」
「苛つくねえ……はは、だよなあ」
獣王は、骨折りに対して嫌悪感を向けていた。
どうやら優しさを持っているのはプラードだけのようだ。
きつく強い言葉を、骨折りに投げる。
骨折りは思わずそれに笑ってしまった。
「ああ、そうだよ。あんたには嫌われているようで安心したよ」
骨折りも、獣王のプラードに対する態度に戸惑っていた様子だ。
しかし自身に対して普段の様子に戻ったから納得したのだろう。
獣王は、プラード「だけ」に後悔を残していると。
「お前のことを好むものなどそもそも少ない。……人間の少女は死んだか?」
「生きてるに決まってんだろ……お前に心配されるような筋合いはないと思うんだがな」
その瞬間、骨折りの殺気があふれる。
骨折りにとって人間の少女は地雷。
獣王はそれに気が付いているのだ。
だがそれを知っていてなおかつ触れた。
しかしなぜだ。
なぜ獣王は骨折りが人間の少女を大切に思っていることを知っている。
イグニスはそう思った。
「それもそうだ……彼女に謝るつもりはない。この世界は人間を嫌っている。そのままくたばってしまえばいいものを」
獣王は吐き捨てる。
アンデットを生み出したその存在を。
この世界を変えた正体不明の過去の種族を。
【人間】は要らないと。
そう否定する。
そしてそれは骨折りの根幹を踏み抜いた。
「その口閉じろ」
骨折りの手から火が溢れ出す。
魔法の詠唱ではなく、単なる自身の魔法の暴走。
それほどまでに骨折りは苛立っていた。
獣王がいなければ、アラギはあそこまで衰弱することはなかった。
閉じ込められることもなかった。
「骨折り」
プラードが、骨折りを手で制す。
今は、その感情を抑えろということか。
「はいはい」
「すまないな」
骨折りは面倒くさそうに了解する。
きっと彼の中には、自身でやれば瞬間で終わらせられるのにという傲慢が働いている。
しかしそれではダメだ。
プラードは獣王との会話を求めていた。
獣王との会話で情報を得ようとする。
「アダムはどこだ」
「……知らない」
彼は知らないという。
だがそれは嘘ではないのか。
プラードはそう思った。
「知らない?そのはずはない」
「だが知らない。貴様らの姿をみてから準備があるからと去ってしまった」
「準備だと……」
プラードは、想像する。
アダムがこの状況になってようやく準備するものとはなにか。
考える。
しかし答えは一切浮かばない。
だがそれを知っている人物は目の前にいる。
「獣王……貴方はそれを知っているな」
「答える義務などないな」
獣王は答える気がない様子だ。
それもそうだろう。
元々期待もしていない。
「それより貴様らに、話している時間などあるのかな」
「……」
それはそうだ。
今の自分たちには余裕はない。
早く獣王を殺し、革命をなさなくては。
今は、どれほどたったのだろうか。
いくつの戦いが始まっているのだろうか。
終わったのだろうか。
それを把握することはできない。
「今はプラードと呼ばれているのだったな。プラードよ。こい」
「……なに」
それは予想外の提案だった。
「二人で決着をつけようではないか」
獣王はこの戦いに終わりをもたらすことを求めていた。
獣人と獣人の戦い。
王の血族同士の戦い。
どちらがこの国を治めるのか。
自らそれを提案してきたのだった。
そしてそれは、プラードも望んでいたことだった。
ここでプラードが、獣王を殺せば獣王はプラードとなれる。
血族であるプラードなら、国民たちも認めてくれる。
そんな都合のいい状況を相手から提示してくれた。
「おっと意外だなあ」
骨折りも獣王がそれをいうのは思っていなかった。
てっきりその王の玉座に固執し、ここにいる獣人全員でかかるものかと思っていた。
「俺も混ざっちゃダメかな。王様」
「骨折りよ、貴様には既に相手がいる」
二人の年を取った獣人が前に出る。
二人とも肉体の衰えというものは一切ない。
獣人の肉体は、膨張しているように張りつめていた。
血管が隆起する。
敵も戦闘意欲にあふれているようだ。
「なるほどね」
王の側近。
片方は、ウォーハンマーを持ち。
片方は、槍を持つ。
その槍には、強い魔力というものが込められていた。
骨折りは、その槍を指さして言う。
「それが、竜槍ムクか」
「ほう……この武器の名前を知っているとは」
「国宝級だろ。嫌でも調べるさ」
老人は、槍をなでる。
その手は武器のことを想っており、とてもやさしい手つきであった。
まるで恋人に触れるかのように、獣人は武器に語り掛けていた。
「そうだ、私には到底扱いきることのできなかった武器だ」
悲しみを含ませた表情で老人はそう語る。
武器は撫でられ、その部分は強く光る。
「かつて世界を救った女傑の武器。それを持ちながら……骨折り、貴様と敵対できるのは至高の喜びだ」
「へえ、ならこっちも相手になってやるよ」
骨折りはやる気をだしているようだ。
獣人もそれに応じ笑う。
骨折りと馬の獣人。
二人の周りに熱というものが宿る。
馬の獣人の肉体は震えていた。
怯えではない、武者震いだ。
「はは、うれしいな。この肉、この骨老いても。この感情だけは忘れられない」
「ではお嬢さん。貴方の相手は、私だ」
象の獣人。
丁寧な口調で、イグニスに語り掛ける。
「そこの亜人は戦闘ができるものではないだろう」
鼠の蚤に視線を向け、下がれと手で払う。
戦闘員ではないものは、元から巻き込む気はないのだろう。
鼠の蚤の存在など一切気にしていなかった。
「……鼠さん下がってくれ」
「はい」
イグニスも剣を構える。
八人の兵士が、四人に別れそれぞれにつく。
「なんだよ、一対一じゃないのか」
「すまないな。私たちはこの戦いに絶対に勝たなければいけない」
彼らは頭を下げなかった。
これは誇りある戦いなどではない。
戦争だ。
絶対に勝つ。
目の前の亜人の正体がだれかわからなくても、どんな手段を使ってでも敵を殺す。
そんな気持ちにあふれていた。
「挨拶など不要だろう。桂馬、金象頼んだぞ」
「はっ」
「さあ、プラードよ。来るのだ」
獣王はプラードを呼ぶ。
プラードは、こちらを振り返っていた。
本当にいっていいものか。
そういった迷いを持っていた。
「いいよ、いけよ。プラード」
「ここは俺たちに任せろ」
だが後ろには強者である友の二人が立っていた。
彼らは、きっと笑っていた。
恐怖など怯えなど微塵もない。
誇りと強さのみがそこにあった。
獣人ではない亜人が持っていた。
「ああ」
彼らが負けるなんて絶対にありえない。
そう思った。
自身は、彼らの強さを知っている。
性格も、人となりも。
だが豊穣国の民ではない。
だから信用はできても、信頼はできていなかった。
彼らは、自分を信じてくれるのだ。
この不十分な私を。
ならこたえようそれに。
あやふやな立場でありながら、豊穣国にいてくれる彼らを。
愛した者の土地を守ろうとしてくれる彼らを。
【使命】を果たそう。
「心配はしなくていいのか?」
「……私の友が負けるなんて絶対にありえない」
「はっ」
獣王はそれ以上言葉を発しなかった。
顔を見せることもしなかった。
プラードにはその時、獣王がどんな感情を自身に向けているのか。
それを知ることはできなかった。
だが興味はあった。
あの時、友人と語った自分に対して父はどのように思っていたのだろう。