三十九話「静かな怒り」
武器庫のような場所であった。
銀狼たちと離れた香豚、飛鷹はその場所をよく知っていた。
この場所は、獣人たちが自身の武器の調整や、管理をする場所。
同時に、火薬を置いておく場所であった。
火薬のにおいが、鼻孔をくすぐる。
過去の思い出が、飛鷹に巡る。
上司や、先輩に怒られた日。
厳しい日々。
恥ずかしさもあるが同時に懐かしさを覚えた。
「懐かしいな」
「そうか?まあ、俺も門番になってからあまり王城に来る機会なんてないしな」
飛鷹と香豚は、火薬の武器に触れていた。
獣人には、魔法は使えない。
だからこそ、このように火薬や火薬によって作られた武器を持っている。
魔法を使えない獣人は、魔法以外の頼る手段というものを学んでいた。
設計図や、秤。
火薬による兵器を作成するための道具があちらこちらに見受けられる。
「彼女が逃げたのはここか?」
飛鷹があたりを確認する。
そこには、彼女の気配というものを感じとることができなかった。
周囲に、火薬の強いにおいというものを感じてにおいで追うこともできなくなっていた。
しかし彼女がここに逃げたことには確信を持っていた。
場所はここであっている。
どこにいるのだろうかとあたりを見る。
「いや、もう少しおくかもしれない」
「ああ、そうだな」
彼らは、武器を見ながら周囲を警戒しながらシェヘラザードを探す。
彼女を見つけなくては、反乱軍の戦力が逃走というものをすることができない。
獣王を殺しこの戦いに勝つことができたとしても、自分たちは逃げることができない。
それでは意味がないのだ。
彼女に魔法の停止を強制すること。
それがこの戦いの鍵となる。
「これを……みてくれないか」
そんなとき、一度も見たことのない武器というものを見つけた。
それは、異様な形をしていた。
それは自身らの知っている文明というものとは違うものを感じたのだ。
飛鷹はそれに触れていた。
鉄でできたそれは、かなりの頑丈さを持っていた。
しっかりとした作りだ。
手入れをすれば、かなり長い間武器として扱うこともできるだろう。
「なんだ……この武器は」
二人はその武器のことを初めて見た。
剣でも、弓のような形もしていない。
それは、普段獣人たちが魔法の代わりによく使う大砲の形と酷似していた。
言い換えれば持ち運びが容易な大砲か。
それは弾だろうか。
周囲に小さな鉄の塊が、置かれていた。
その鉄の塊をじっと見つめる。
彼らは、その物質を観察していた。
魔法道具としての加工もできそうだが、その分野の知識は自分にはない。
しかしこれが武器としての発展を遂げることは容易に想像ができた。
「これが弾か?」
「ああ、そうだね。しかも、構造を見る限りかなり簡易だ。慣れてしまえばだれにでも扱える。そのような武器だろう」
「仕組みは理解できる。しかしなぜだ。なぜいまさらこのようなものを生んだ」
獣王国において、手軽に持ち運べ至近距離でも扱える飛び道具の需要というものはかなり低い。
それは【魔法】の存在がかなり関わってくる。
魔法の存在が、飛び道具の存在意義を揺るがしていた。
飛び道具の開発をしなくても、亜人には魔法があった。
そして獣人も、亜人と飛び道具で戦いあうのなら近接戦で戦いになるほうを好んでいたのだ。
要するに、この世界において飛び道具の活躍の場面というのは少なかった。
城や城壁を破るための火薬兵器はあっても、個人専用の火薬兵器というものは存在していなかった。
恐らく目の前にあるこれが、その最初の一歩だろう。
二人は、短い思考時間の中である一つのことに気が付いていた。
それは、戦闘を重ねる経験が多いが故気が付くこと。
それは弱いものがこれを持ったらどうなるか。
身体能力の低い獣人が。
魔法もまともに扱えない亜人が。
この武器を持ったらどうなる。
この武器が完成したら、この国における獣人と亜人の関係が変わる。
そんなものさえ感じ取ることができた。
二人は、この目の前の武器がこの国の環境というものを変えることを予期したのだ。
才能や、肉体の強度関係なく殺される。
この国において圧倒的存在のはずの獣人が、亜人の子供によって殺される瞬間を。
それを考えてしまった。
「これ……どうする」
香豚は困惑しながらも、飛鷹にその武器の扱いについて尋ねた。
自身では明確な答えを出せる自身がなかったからだ。
飛鷹も同様に困惑していた。
しかし彼は香豚とは違い。
ある一つの答えを出していた。
「まずは、銀狼に見せよう。彼なら正しい判断というものをしてくれるはずだ」
飛鷹は、銀狼に見せることに決めた。
理由は、二つ。
彼なら正確な判断を出すことができると思ったから。
そして二つ目。
彼の正体に薄々気付き始めていたからだ。
彼はこの武器を知っている。
そう思っていた。
「それもそうだな」
香豚はそれには気が付いていない。
しかし飛鷹の考えることが正しいのだろう。
そう思い賛成した。
「……そういえば、亜人は」
二人が熟考というものを重ねているとき。
その隙をその亜人は見逃さなかった。
「ハプルーン・トイコス」
それはシェヘラザードの魔法。
その魔法は、香豚を狙っていた。
しかし香豚は、シェヘラザードの狙っている場所というものを感じ取れていた。
「香豚!」
「大丈夫だ。辛うじて避けた」
香豚は、横に避けた。
魔法が、その地面をえぐる。
その威力に、二人は無言になる。
「……強いなお前は」
香豚は、その魔法の威力の高さというものを強く感じた。
これほどの亜人が、獣王国に存在していたのかとも感じた。
しかしその考えは、即座に自身の思考によって否定する。
これほどの魔法が、獣王国という閉鎖的な環境で生まれるはずがない。
そう考えたのだ。
つまりこの女性は、ほかの国の出身。
「あら……お褒めの言葉ありがとうございます」
その女性は、笑う。
しかし顔だけだ。
本心ではそんなことは一切思っていないのだろう。
「……お前」
そこにはシェヘラザードが立っていた。
反乱軍を閉じ込めた魔法を扱う女性。
そして獣王国の兵士をアンデットへと変化させた人物。
気配は感じた。
しかし魔法の発生というものが、異常に素早かった。
二人はこの経験により、目の前の亜人がかなりの強者であることを悟った。
「お二人ともお前だなんて言わないでください……」
彼女は、香豚に【お前】扱いされたことにいら立っていた。
そもそも二人のことを下としてみているのだろう。
「名前も知らないのだからしようのないことだろう」
「それもそうですね」
彼女は再びくすりと笑った。
その笑顔はとても自然で、違和感のないものであった。
だが二人には違った。
違うものを感じ取れた。
体からあふれる戦闘の意欲というものと、その顔が一致しないのだ。
二人は、無意識に自身の持つ武器に力を入れていた。
警戒していたのだ。
たった一人の亜人に対して。
「初めまして、獣王国反乱軍のお二方」
二人に対して、お辞儀をする。
その所作というものはとても綺麗で、二人は一瞬思考というものを止めていた。
自身の敵対する人物がこのような動作をするとは微塵にも思っていなかったのだ。
「……随分と丁寧じゃないか」
「ええ、私も争いというものを好んでいるわけではないので」
彼女は、笑顔というものを崩さなかった。
やはりそれは、偽りのものなのだろう。
「そうか。それはありがたい。なら貴様が使っている魔法。それを直ちに解け」
「ああ……それはできませんね。残念ながら」
彼女は、残念さなど微塵も思っていなかった。
感じるのはこちらを侮蔑する感情。
「結局こうなるんだね」
「それは、こちらもいいたいですよ」
飛鷹は、弓をシェヘラザードへと向ける。
その行き先は、彼女の額。
頭を狙い、確実に命を奪おうとしていた。
シェヘラザードもまた二人に対して長杖を向けていた。
戦いは既に始まっていた。
「当たり前だろ。得体のしれない相手は叩いておいて損はない」
香豚は、彼女には一抹の期待すら寄せていなかった様子だ。
正体の知れない亜人。
そして【人間】とかかわっている人物。
その情報だけで、疑うには十分だ。
少なくとも、こうして獣王国に味方している時点で聞くことがたんまりとある。
「お二人ともなにか勘違いをしていませんか?」
「勘違いだと?」
「あなた方二人には隙間が空いている。それは心の隙間」
「……」
何の話だ。
二人は、顔を見合わせる。
「それは、絶対に勝てるという心の余裕。いつから思っていたのですか?」
「……なにを」
「あなた方が私より強いということ。そんな愚かなことを」
その時、空中で何かが動いた。
それは魔法の気配。
獣人である二人は、その気配を鋭敏に感じていた。
香豚は、飛鷹に注意を促す。
「気をつけろ!!」
「遅いですよ」
彼女は既に魔法の詠唱というものを完成させていた。
そしてその名前を告げ命令を下す。
その球体は既に行動を開始していた。
「ハプルーン・トイコス。目の前の敵を薙ぎ払いなさい」
五つの透明な球体が、停滞を解除する。
停止している状態では何もわからなかった。
魔法は既に完成され、その空中で留まっていた。
「飛鷹!!撃ち落とせ」
「ああ!!」
飛鷹は武器を構える。
獣人の扱うその弓は、大きいものであった。
その獣人は、弓を引く。
力を込め、弦が形を変える。
弓がはじかれた。
その魔法と同じ数を引いた。
五回。
五本の矢は、目標とする魔法に対し向かっていく。
魔法と矢が、ぶつかる。
衝撃と共に、その場に双方がその存在をなくす。
「……ちっ」
彼女は舌打ちをする。
自身の魔法の弱さというものに気が付いていた。
飛鷹も、同様に彼女の魔法の一部を悟っていた。
「なんとなく……君の魔法というものがわかってきたよ」
「……何とでもいっていなさい」
彼女は再び上空に自身の魔法を展開する。
狙いは、飛鷹。
彼女は自身の魔法を崩した飛鷹を警戒していた。
「させるか!!」
香豚は、その隙に接近する。
その大きい身体で接近する姿は圧迫感をシェヘラザードに持たせた。
シェヘラザードは一歩後ろに下がり魔法を詠唱する。
「……離れなさい」
柳葉刀を香豚は振る。
その力は凄まじく、腕を振るだけで風が揺れた。
しかしその動きは止められた。
「なんだ……これは」
目の前に見えない壁があるのだ。
透明な壁。
それは、先ほどみた光景と同じであった。
ここから先には進めない。
刀身はそれに止められた。
そして弾き返された。
その壁は弾力性というものを保持していた。
その想像もしていなかった動きに香豚はバランスというものを崩した。
「これだから獣は嫌いなのです」
「貴様……」
倒れそうになるからだを立て直し、再びシェヘラザードに向かおうとする。
しかしその動きにはまだ隙というものが存在していた。
「散れ。ハプルーン・トイコス」
ただ一球。
その白い球は、香豚の腹を狙う。
その魔法は、香豚の鎧を容易に破壊した。
肉が抉られる。
鉄塊と肉塊が交じり合う音が広がる。
ぐっちゃと歪な音が広がる。
その音は水滴の落ちる音と似ていたが何かが違った。
香豚は、膝をついていた。
その痛みに悶絶していたのだ。
「まず一人」
「……まだだ!」
先ほどまで悶絶していたはずの香豚は、シェヘラザードに向かって剣を振っていた。
勢いは先ほどと変わらない。
シェヘラザードはそれによって腕に切り傷を負った。
シェヘラザードは何も言葉を発しなかった。
いや本当に何も感じていない様子であった。
「……随分硬いものですね」
「舐めるな。亜人が……!」
その眼の意思というものは消えていない。
シェヘラザードはそう判断した。
怪我を抑え、後ろに下がる。
「……」
血が止まらない。
どうやら深く切られたようだ。
「流石獣王国の戦士というべきでしょうか。いや私が舐めすぎたのか」
彼女はぶつぶつと独り言をいう。
それはまるで自己暗示をしているようであった。
思考を自身の脳に塗り込む。
そして訂正する。
この二人は弱くない。
特にこの豚の獣人。
耐久力、持久力においては亜人である骨折り以上だと。
特に、鷹の獣人の精密射撃は魔法以上の精密さを持っていた。
的確に魔法だけを射抜くなど自身の魔法では経験のないことであった。
「訂正します」
「何をだ?」
「あなた方の認識を。です」
シェヘラザードは的確に情報を認識した。
前衛は、豚の獣人。
後衛は、鷹の獣人。
近接戦闘では、豚の獣人に負け。
遠くから魔法を放つと鷹の獣人に撃ち落とされる。
このまま続けていると負けるのは自分だ。
「そして徹底的に潰しましょう」
この二人を圧倒させるだけの実力を見せつける。
そうでもなければ、この先の戦いに自分はついていけない。
そういった焦燥感がシェヘラザードにはまとわりついていた。
「不可視の檻。絶対なる壁!循環せよ。ハプルーン・トイコス」
魔法の詠唱を開始する。
躊躇なく、敵の急所に標準を定める。
先に狙うのは、あの鷹の獣人だ。
「消えなさい!!」
「なにっ……」
飛鷹は、狙われているのは香豚ではなく自身であることに今気が付いた。
香豚も、当然前に立っている自分だと思っていた。
強く魔力を込められた魔法の白球は、飛鷹を狙っていた。
しかし飛鷹は全く目の前のことに動じていなかった。
むしろその場所に堂々と臆することなく立ち弓を構えていた。
「この身いくらでも捨てよう」
その魔法は、飛鷹の脇腹そしてその後ろにある羽を通過する。
魔法が空気と肉体を巻き込みその場所を喰らう。
丸形の型が、飛鷹の肉体をくりぬく。
自身の魔法が、目の前の獣人に大きな欠損を与えたことにシェヘラザードは安堵する。
しかし次の瞬間眼を見開いた。
「それだけか、亜人が」
飛鷹は、体幹を一切ずらすことなくその場所に不動の位置で立っていた。
それは不動で。
一切のズレさえなかった。
ひゅんと。
弓と矢のすれた音がその場に広がる。
獣人の強靭な肉体から放たれた矢は、シェヘラザードの体を貫く。
自身の鳩尾に当たる部分に矢が当たる。
血があふれ出る。
痛みは不思議となかった。
しかし脳は混乱していた。
その矢を見ることができなかったのだ。
獣人の鍛えられた技術。
その先端にシェヘラザードは触れていた。
「視認できるか?僕の矢を……」
「……」
「見えないだろう」
見えなかった。
そして震えた彼の覚悟というものに。
彼は、肉体の破損した部分を抑え倒れこむ。
静かに静かに倒れこんだ。
しかし命はまだ続いている。
目もまだ空いている。
ダメだ。
奴は。
自分の理解のできない人種。
思考回路がそもそも違う。
死に真正面から向かう覚悟。
骨折りと同等のそれに。
それに激しい嫌悪感を抱いた。
彼に止めを刺そうとした。
しかしいまシェヘラザードが相手をしているのはひとりだけではない。
「俺のことを忘れていないか」
杖で彼の刃を受け止めた。
その衝撃で、腹の怪我が激しく痛んだ。
「亜人と戦うため。過去の獣人がどれほど腕を磨いたと思っている」
何度も何度も彼女の武器にめがけて刃を振る。
彼女は、自身の杖に先ほどの魔法をかけていた。
それによって香豚の武器の刀身は弾き返される。
しかしそれでいい。
いま彼女に隙を与えるわけにはいかない。
回復薬も、その魔法も一切使わせない。
その猶予は与えない。
彼の言葉には熱があった。
獣人という種族を心から思っている。
そう容易に伝わった。
しかし自分がそれを理解する道理はない。
そうしてシェヘラザードは鼻で笑った。
「ふっ……それはあなたの話ではないのでしょう」
「ああ、そうさ」
そうだ、そうだ。
そう何度も、香豚は心の中で繰り返した。
これは俺の話ではない。
しかし自分は、獣人だ。
人間と戦い。
亜人と戦い。
命を削り合い。
そして一つの国を作った。
その国の生まれだ。
香豚は、そうした獣人に誇りを持っていた。
そして同じ獣人が目の前で亜人と戦い命を落としかけている。
香豚は自身の魂がひどく震えていることを自覚していた。
「開き直り。実にくだらない」
「だが、目の前で友が命を懸けた。それで充分だろう」
その時、何かが変わった。
その場所の雰囲気ともいうべきなにかが。
「友……?命?……実にくだらない。愚かしい。獣が何を騙っているのですか」
シェヘラザードの声がひとつ低くなる。
彼女はそれに切れていた。
なにか彼女の心に引っかかるものがあったようだ。
その魔法の威力は高まり、香豚はより一層強く弾かれる。
二人は距離を取りにらみ合う。
距離はあるが、その場には緊迫した雰囲気で包まれる。
その場にお互いの殺気がぶつかり合う。
「獣は負け。たった一つの国を作った。それだけだ。獣人は劣っている。だからこそ人間を憎んだ」
シェヘラザードは語る。
それは獣人の劣等感。
なぜ獣人には獣人のための国。
獣王国があるのか。
それは、獣人は亜人との闘いに負けたから。
戦争に負けたから。
「……」
「違いますか?獣人よ」
「何一つ間違っていないさ」
「なら……」
「だがわれらには魂がある。獣だと?それを侮辱するな」
香豚は、強く目を鋭くし彼女をにらんだ。
それは彼にとって一番いやな言葉であった。
獣人としての誇り。
そういったものをけなされることは自身の魂が許さなかった。
「なら……なぜ。その誇りは……私たちにむけられな……かった?」
「何の話だ」
シェへラザードの声が震える。
それは怒りであった。
彼女はなにかに苦しんでいた。
それは過去だろうか。
しかし憎悪を香豚、そして飛鷹に向けていた。
「ネイキッドも、コ・ゾラも。それに苦しんでいた……ああ、やはりあなた方は度し難い。救いようがないのです」
彼女の顔は、なんとも形容しにくいものであった。
それは否定。
そして絶望。
彼女は目の前の香豚に強い殺意を持っていた。
「もうどうでもいい。消えなさい」
その瞬間、視界は消えた。
その以降の記憶を香豚は持っていない。