三十八話「裸の王③」
「姿を現せ。裸の王よ。霞の衣。王の新衣。衣を纏い、賢者に示せ」
ネイキッドの詠唱。
それはネイキッドの、ある魔法の合図。
通常より長い詠唱。
それは、この世界により強く己の願望を晒す手段だった。
世界にその魔法を定義する。
世界にその魔法を証明する。
詠唱とはそのために存在する。
獣の王を嫌悪した。
この世界の王は獣だった。
獣でないことを劣っていると感じたことさえあった。
ネイキッドはそれを騙す手段を手に入れた。
獣を殺し、毛皮を剥ぎ。
裸の王にする手段を。
「角牛さん離れ……」
このままでは角牛が巻き込まれる。
自身の魔法と、ネイキッドの魔法のぶつかりあいに。
「……ギムレス・パシレウス!!!!」
全包囲。
隙間なんてなかった。
短刀じゃない。
それは風の刃。
風の刃が、周囲に形成されていた。
実体を伴った短剣ではなかった。
風によって生成された刃。
ただの風圧がセーリスクを襲う。
「……短剣すら嘘か」
【ギムレス・パシレウス】。
その魔法の効果は、【透明化】し、【固定】。そして【強化】し、【発射】。
ここまでが一連の流れ。
戦いの中でここまでは考えることができた。
しかしその最初には、短剣による準備が必要だと。
セーリスクはそう考えていた。
だが違う。
その魔法は、短剣を固定化する手間をかけることなく発射できる。
そう結論づけるしかなかった。
そうなるとやはり、短剣の多数発射には時間と短剣に対してコストがかかる。
そしてネイキッドは、短剣を準備できていない。
苦し紛れの切り札。
ここから先、【ギムレス・パシレウス】は使用できない。
ここさえ乗り切れば、ネイキッドを追い詰められる。
そう自分を勇気づけた。
「霧を纏え、氷よ!唸れ!グラキエース・ネブラ!」
前回と同じ。
【ギムレス・パシレウス】は、氷の霧によって打ち消すことができる。
彼の魔法の弱点は、広範囲の魔法で打ち消せるということ。
セーリスクの魔法は相性が悪かった。
角牛を離したかったのもこれが理由だ。
いくつかの風の刃が、セーリスクを襲う。
腕と顔の一部が風によって切られた。
血がにじみ出るがほんの少しだ。
軽傷で彼の切り札を乗り切ることができた。
加減も覚え、自身の魔法による自傷も少ない。
これなら、ネイキッドに勝てる。
しかしあること。
あること一つのみが前回と違った。
ネイキッドが目のまえから姿を消していた。
「しまっ…‥」
ネイキッドを自分の魔法で見失った。
手段を間違えた。
この手をだすことは自分にとってデメリットだ。
自身が彼の攻撃を凌いでいる間。
彼は、その間に既に次の攻撃の準備を終えていた。
今回は全く気配がわからなかった。
どこだ。
彼の居場所を探るが一切見当たらない。
しかしその数秒後。
彼の本来の目的がしっかりと体に刻まれた。
肉体に刃が通る音がする。
一瞬の違和感を感じた場所を凝視するとそこにはネイキッドがいた。
ネイキッドは、しっかりと深くセーリスクの腹に短剣を突き刺す。
その腹から血があふれ出し、ネイキッドの手にかかった。
「嘘っていうのはこういうのだよ。氷野郎」
「ぐっ……」
痛みで言葉が出ない。
その切り札はブラフ。
セーリスクをだますため。
そのためだけに。
その嘘に全力を尽くした。
そしてネイキッドはその賭けに勝った。
ネイキッドは、既にセーリスクの傍にまで来ており潜んでいた。
今回は殺気というものを直前まで感じ取ることができなかった。
「初めてだよ……風の魔法をここまで使ったのも。そして使わされたのも」
【ギムレス・パシレウス】は、短剣を強化し発射できる。
だがそれは風の魔法とも代替が可能。
無論それには多くの魔力が必要だ。
姿を消す魔法しか使わないネイキッドは恐らく効率性というものを大事にしている。
イグニスのように、風の魔法を連発するのはある一つの才というものがないとできない。
それは質でも威力でもなく単なる量の問題。
同じように戦うためには多くの魔力が必要となる。
しかしネイキッドはそれほど多くの魔法の才というものに恵まれていなかった。
それによって考えたのが短剣による戦闘法。
ネイキッドの短剣による【ギムレス・パシレウス】は、ネイキッドの魔力の低さから生まれたもの。
しかしそれを自覚しながらもネイキッドは魔法による攻撃を試みた。
騙しの手段として。
奇襲はきた。
結果としてセーリスクの腹には、短剣が突き刺さっていた。
「だがお前はこれからこれを警戒する。もう使えないな。使う機会もないだろうが」
「……がっ……ネイ……キッド……」
口から血液を吐き出す。
臓器には深く短剣が刺さっていた。
差された箇所からも血が流れていた。
その血は温かく、遅れて痛みが来た。
これを抜かれたら自分は死ぬだろう。
嫌でも死が近づいていることを自覚できた。
角牛とは違い、自身には耐久力はそれほどない。
刃物を刺されて無事とはいかない。
「だがその一回だけでいい。……お前を殺すにはそれで足る。結局はお前もダメか」
ネイキッドはここで、やり切ったと考えたのだろう。
ここまでの致命傷を負わせることができれば、あとは待つだけだ。
怪我を負ったもの。
その末路は単なる死。
自分はそれを待ち、後手に回ればいい。
そう思い、更に短剣を押し込む。
しかしネイキッドはあるひとつのやってはいけないことを犯した。
それは、セーリスクに接近するという大きな間違い。
そしてネイキッドはそれを一切警戒していなかった。
ネイキッドは足を踏み外したのだ。
安全という命を守るラインから。
「逆だ……!ネイ……キッド!!」
「!?」
自分を刺したその腕をがっしりと掴む。
ダメだ。
絶対にこの腕は離さない。
そう、命に代えてでも。
「しま……離せ!!」
ネイキッドもセーリスクがこれから何をするのか察したのだろう。
その顔には焦りがみせ、セーリスクから離れようとしていた。
だがその腕はすでに凍りだしている。
それは自身に許された三度のチャンス。
その一つ目を今で使う。
体よ、耐えてくれ。
許された好機を逃しはしない。
「凍れ!!!」
彼にきっと自分は届かない。
ならば、足りない分その命で補う。
自らの持っている氷の剣を基点とし、その氷と冷気を開放する。
剣はその影響で消失した。
身体の負担を度外視した自傷覚悟の魔力の開放。
周囲が冷気に包まれる。
床は、氷が水平に張られたような状態となる。
「˝あっ……」
痛みで濁声がその場に広がる。
それはネイキッドとセーリスク。
両者の肉体に損失を与えた。
冷気がほとばしる。
自身の体表が凍るのを感じた。
痛い。
皮膚が破れそうだ。
痛覚が、鋭く長く感じる。
まるで、全身が突き刺されたような感覚だ。
いや、内部から何者かが食い破っているようなと比喩いた方がよいのだろう。
そんな痛覚に襲われた。
命が削られた。
目の前の視界が少しぼやける。
しかしその代償に見合ったものは帰ってきた。
「……はは。笑えて来る」
ネイキッドは、その冷気により上半身の左腕そのほとんどを動かすことができなくなっていた。
だらりと腕と上半身を垂らす。
その片腕を動かすことすら不可能になっていた。
顔の表皮にすら霜が走り、常温を保っている箇所など殆どなかった。
鎧を纏っていない、魔法道具の使用も殆どしない彼にとってそれのダメージは尋常ではない。
彼は急いで、後ろに下がる。
自身のダメージが異常であること。
また時間経過によってそれは悪化することを察したからだ。
その行動はセーリスクにとっては隙だらけの浅はかなものであった。
彼は、その行動の隙間を見逃さない。
第二の切り札。
二回連続の魔力の開放。
自身の耐えれる魔力。
その全てをたった一本の剣に込める。
想像したのはたった一つだった。
それは致命の一打。
しかし自分の一撃というものは【骨折り】に達していない。
これはまだ不熟。
「【骨折り】!!!」
剣は一本。
その氷の片手剣に。
渾身の力と、渾身の魔法の力を込めた。
それは氷を砕く一撃。
致命の一打。
その末端を、セーリスクは身に着けていた。
「外した……」
しかし、それは直撃に至らなかった。
腹に鈍痛が響く。
腹の奥底から、全身に広がるようなその傷に。
深く息ができない。
そのせいで必殺のタイミングがずれた。
怪我をしていなければ、という後悔が残る。
この一撃を外さなければネイキッドに今頃自分は勝てていた。
後悔と焦り。
ネイキッドの次の攻撃の対する警戒心。
冷や汗と脂汗が混じったというな説明しがたいものが体中からあふれ出していた。
かすりもしていない。
そう思った。
「……はは……残念だったな」
「……」
ネイキッドが顔を引きつりながら笑いだす。
しかしその顔には焦りが見えた。
ネイキッドは、攻撃しなかったのではない。
攻撃できなかったのだ。
そのセーリスクの攻撃に自分と同じような【致命】の気配を感じたからこそ。
ネイキッドも同様にその場から動くことができなかった。
互いが互いの致命の一撃を繰り出した。
しかし両者ともにその命は生きている。
本来であれば、確実に片方が死んでいる。
この状況。
両者ともにいきのこっていることによって、不思議な空気が生まれていた。
だがそのセーリスクの氷の一撃によって、ネイキッドはあるものを奪われていた。
「あ……?」
そのネイキッドの片手の小指から四本。
手の半分以上。
その四つの指は跡形もなく消えていた。
流血はしていない。
痛みもない。
しかしセーリスクの剣によって、その部位を奪われたことだけが結果として事実が残る。
親指だけが、残っていた。
骨を折るのではない。
凍り付き、機能を失った肉体を砕く。
それが、セーリスクの身に着けた自分だけの【骨折り】であった。
痛みはなかった。
ただ自身の体がなくなった事実。
それによって思考が停止していた。
その隙を、セーリスクは失わなかった。
「もう一度……」
自身の氷の剣に魔力を込める。
しかし先ほどの威力など全く保っていなかった。
二度目はほぼ魔力なしに力を込めた。
「【骨折り】……!」
「はっ……」
凍りついたからだで、その足を一歩を更に強く踏みしめる。
その剣先は、ネイキッドの腹を明確に狙っていた。
茫然としていたネイキッドにその攻撃は容易に当たる。
「がはっ……」
ネイキッドは苦悶の顔を浮かべる。
しかしその膝は、地面についていなかった。
ネイキッドは、セーリスクの致命の一撃を耐えていた。
その位置から全く動いていなかった。
ネイキッドのほぼ半分を凍らせ、そのうえ片手の殆どを奪った。
人体のほとんどに、かなりのダメージを負わせた。
自分はやっと【壁】に到達することができた。
軽く吐血したその口は、ぼーと空いていた。
ネイキッドは、じっと自身の手を見ていた。
呆然とその事実を受け入れられていない様子であった。
角牛もまた目の前の事実に呆然としていた。
自分と同等か、それ以下の亜人が。
自身も致命を負いながらも格上の【獣殺し】に致命傷を負わせた。
このままいけば、どちらが勝つかわからない。
そんな対等な死合。
自身の読み以上のことが目のまえで起きている。
それは角牛にとっての想定外だった。
「はははっ!!」
「……は?」
唐突にネイキッドが高笑いを上げる。
それは狂気を内包した笑い。
セーリスクには其の笑いの意味が理解できなかった。
彼は度重なる甚大なダメージで気が狂ったのか?
「なぜだ?」
只々その笑いの意味がセーリスクには理解ができなかった。
頭の中にある光景が浮かぶ。
その光景には過去の忌まわしい光景が映る。
高笑い。激情。
蜥蜴の獣人の笑い声。
血にまみれ、傷を負ってもまだその享楽を隠そうとしない狂気。
他者を嬲り、自らを表現しようとする強さ。
戦闘という意味の喜びをセーリスクはまだ知ることができなかった。
「なぜだ!ネイキッド!!なぜおまえは……いやお前らは笑うんだ!」
さきほどまでの彼は、歴戦の猛者。
冷静な判断を合わせもつ強者だった。
しかし彼は豹変した。
理解したくなかった。
理解できないものであってほしかった。
しかし聞いてしまった。
自らもその道に半分染まっているような気持ちになった。
愛することができ、守ることができる自らでもその道に行くのではないか。
そんな恐怖感に包まれた。
それ故聞いてしまった。
その笑いの意味を。
「面白くなっちまったよ。むしろなぜだ。氷野郎。お前はなぜその強さで誇らない?弱者を嬲らない?強者の権利だというのに」
彼は、強者の権利だと語る。
それがセーリスクにとって当然の権利だと。
セーリスクは強者だ。
彼は戦闘を楽しむ権利があると。
「強者の権利だと……?」
「ああ、俺は嬉しい。そして認めるぜ?お前がここまで強くなったことを」
「……そんなことに興味はない!」
「ああ、そうか……残念だ」
「……」
セーリスクはその笑いの意味が理解できない。
ネイキッドは止まれないのだ。
戦うことでしか生きることができなくなった。
「俺はもうとっくにこの世界で狂っている。もう戻れないんだ。もう戻れないんだよ!俺は誰かという物を憎みすぎた……」
「ネイキッド……お前は……」
彼もその狂気に苦しんだもの。
強さを持っていたからこそ彼は死ねず、生き残ってしまった。
只々生き残ってしまった。
その体は既に傷だらけだ。
心も同じ。
しかし彼は語る。
命を削り合った敵に対する礼儀として。
「俺は他者を殺すことに慣れすぎちまった。お前はどうだ?止まれるか?」
「ネイキッド……お前に……守ってくれるもの守れるものは無かったのか?」
「……あ?」
「あったはずだ。お前にも。そうじゃなきゃ、その強さは」
「……守るべきもの?守ってくれたもの?……そんなこと一度もねえよ。誰も俺のことを救ってくれやしねえ。自分のことで精いっぱいだ」
「……」
「てめぇはきっと……いつか大切なものを守れてもその時死ぬんだ。俺は腹抱えて笑ってやるよ。同類くんよ」
彼の両腕は既に機能しない。
片腕は凍り付き。
片腕は欠損を保持している。
しかし彼の殺意は。
しかし彼の敵意は。
今だ消えることはない。
燃え続けていた。
だがきっとそれでいい。
理解はできない。
だが侮蔑も嘲笑もない。
そこにあるのは、互いの持てぬ決意のみ。
笑うことはない。
互いが互いを殺すと静かな決意を燃やす。
それは激しく燃えるようなものではなかった。
安らかな優しい火だった。
これが最後の語らい。
彼は、武器を構える。
「なあ、氷野郎」
「なんだ?」
「……お前の名前を聞かせろ。お前の口で」
「……セーリスクだ」
「そうか、セーリスク」
「ああ、……ネイキッド」
「これが最後だ。全力でこい」
そうか。
自分はこの強さに憧れていた。
その狂気に。
しかしネイキッドもまた嫉妬していたのだ。
誰かのために強者になれるという立場に。
誰かを守るために強くなれるというセーリスクの生き方に。
互いが互いの持っているものに誤解をした。
そして妬みあった。
だがいまこの瞬間にそんな気持ちはいらない。
互いが互いに。
今ここでこいつを殺す。
そう思った。
両者の魔力が収束していく。
それは、互いが最大の限度を尽くした魔法の塊。
二人が魔法を放つ。
「氷の刃よ!!!グラキエース・ラミーナ!!!」
「裸の王よ!!!ギムレス・パシレウス!!!」
セーリスクは、一つの氷を作った。
それは刃の形をぎりぎり保っているような粗悪品だった。
しかし今の自分ではそれが限界だった。
ネイキッドは、壊れ切った片手でぎりぎり短剣をもった。
その短剣に魔力を籠める。
獣人や亜人などどうでもいい。
生まれなんてどうでもよかった。
ただ目の前の敵を超えるため。
現在の全力を込めた。
二人とも、その体は限界だった。
自分の作っている魔法にその体が耐えることができなくなっていた。
しかし彼らはその魔法を続けた。
目前の敵を殺すために。
そしてセーリスクは発射する。
そしてネイキッドは投擲をする。
攻撃が攻撃の形を成していない。
そんな歪なものだった。
両者に正確に狙う気力は残っていなかった。
互いの攻撃が。
短剣と氷剣がすれ違いあう。
かすれる目で、セーリスクはネイキッドの顔をみた。
その顔は、髪で片目が隠れていたが満足していた。
なにかが払拭されたような。
憑き物が落ちたような顔だった。
それがセーリスクの持っているこのネイキッドとの戦い。
最後の記憶であった。
体力のない二人は互いの攻撃によって吹き飛ばされる。
セーリスクの胸に、ネイキッドの短剣が刺さる。
ネイキッドのわき腹にセーリスクの氷剣が刺さる。
お互い倒れた。
音もなく、静かに倒れた。
傍目から見て両者ともに死んでいるようであった。
「おい……セーリスク!」
角牛が、その戦闘の結末を見守っていた。
彼は、目の前の出来事を否定したかった。
セーリスクが死んだかもしれない。
駄目だ。
せめて彼は、プラードともに豊穣国に連れて帰らなければ。
そんな思いが湧きたつが、体が痛みに襲われ立ち上がることができない。
「動け……!!」
何とか少し体が動く。
しかしそんなことをしている間に、変化が起きた。
ネイキッドが立ち上がっていたのだ。
体から、血を垂らし全身に体を込め立ち上がっていた。
しかしその体からは氷が割れるような音が響いていく。
「なんだよ……これでも死ねないのか……」
「……!」
ネイキッドはうつろな目で、ぼそりと自らの命の鼓動を否定した。
その顔には絶望が混じっていた。
角牛にとって最悪の結果になった。
セーリスクは今だ立ち上がってこない。
死んでしまったのか。
生きているのか。
それすら判別は不可能だ。
「おい、セーリスク……これがお前の結末……」
その瞬間、ネイキッドの口から血があふれ出した。
咳がでる。
血が混じっていた。
手には自身の血液が付着していた。
おそらく服にもかかっているだろう。
息がうまくできない。
彼は、なぜだという疑問にあふれた。
それは肺の違和感。
ネイキッドは、セーリスクの冷気を吸いすぎた。
時間はかかったが、ネイキッドの肺はセーリスクの氷の魔法の影響を受けていたのだ。
ネイキッドの肺は、壊されかけていた
「なんだ……おれ……か」
一種のあきらめのような感情があふれ出た。
まるで自分を傍観しているようなあきらめ。
ネイキッドはその感情を言語化することができなかった。
体のどこか。
肺だろうか。
ネイキッドにそういった人体の知識はないから微塵もわからない。
だが、セーリスクの魔法によって体の中のどれかが壊されてしまったことは容易に想像ができた。
回復の魔法をそう何回もかけれるほどの魔力は残っていない。
精々ほんの少しの延命程度だ。
薬も持ってはいるが、命を救えるものではないだろう。
「ははは……!なん……だ」
ああ、これでいいのだ。
自分の生涯最後の戦い。
終わり方はこれでいい。
自分の命の終わりをしった。
不思議とそう思えた。
自分にはセーリスクにこれ以上攻撃を加えるだけの気力はない。
自分の命が尽きる方が先だ。
それになぜか、彼はどんなことをされても生きる。
そんな確信があった。
これは断言できるようなものではなかった。
しかしネイキッドは心のなかで一つの確信という物を持っていた。
なぜだろうか。
いやこれは誰かに説明する物ではない。
ただ今は別れを告げるだけ。
彼との決着をつけることができなかったのは悔しいが。
勝ち逃げをさせてもらおう。
彼の悔しがる顔もみたいものだ。
酸素の足りなくなった頭でそんなことを考えた。
今こうしてぼんやりと考えてる中で自分の命は尽きていく。
自分はセーリスクに殺されるのではない。
いまから自分の命の終わり方を決めに行くのだ。
今から誰によって殺されようか。
それを考えた。
そしてそれはセーリスクではなかった。
「じゃあ……な。俺はここで終わりだ」
「……ネ……イ」
「またいつか……な」
お前は誰かを守れる。
その誰かを守れても、お前はただひとりひっそりと死ぬんだ。
寂しく、震えてただ一人で死ぬんだ。
それは、家族の誰一人として守れなかった自分のように。
そんなとき、あるひとつのことが頭に浮かぶ。
それは悪だくみであった。
「そうだ……死ぬ間際ぐらい暴れてやろう」
ネイキッドはその場から消えた。
その行き場所を知るものはいない。