九話「浴室の介入者」
イグニスとマールの二人は服を脱ぎ始めた。
その服は長く続いた旅の影響で、糸がほつれていたりひどく汚れていた。
傍目から見ていても、長く着古されたものだとわかるだろう。
イグニスはその服を見てため息をつく。
「水浴びとかはしていたが、やっぱり汚れるものだな。」
自身はどうとでもなるが、マールはまた別だ。
やはりマールには、綺麗なものを着ていてほしい。
これも親心というものだろうか。
少し後悔が浮かんだ。
そんな時、マールはお風呂についての話題をだす。
「お風呂って温かいんだよね」
「そうだよ、マールも気に入ると思う」
マールは、お風呂というものにあまり触れていなかった。
今までの旅の中で、高い宿に入っていなかったというのもあるが。
「おねぇさんはお風呂すき?」
「うん、好きだよ」
イグニスは、それなりに風呂が好きだ。
やはり生きているなかではどうしても汚れは出てきてしまう。
それを全て落としてくれるのが入浴だ。
自身の元居た国では、穢れを払うために入浴をするという物もあるが
其れとは別だ。
一時の快楽のために浴びるほどのお湯を使う。
なかなか贅沢なことだろう
「たのしみだなぁ」
「ほら、服脱がしてあげるから、手を上にあげなさい。」
「はーい」
イグニスのお願いにマールは素直に応じる。
服を脱いだその体はひどく傷がついており、まともに見られるものではなかった。
イグニスはその体をみて、苦悶に満ちた顔をする。
「早くその傷を治せる魔法の使い手か、薬を見つけてあげるからね」
「いいんだよ。私もあそこにいなかったらおねぇさんと会えてないし」
「そうだね……」
マールの言葉にうなずきながらも、イグニスのその顔は曇っていた。
「浴室に先に行っておいで、私は脱いでいるから」
「わかったよ」
イグニスの体は特段目立つような傷はついていなかった。
その体はとても鍛えており、余分な脂肪はいっさい見られないほど磨かれていた。
まさに抜群のプロポーションとなっており。凹凸の激しいそんな身体であった。
そしてその背中には、黒の小さい羽根が片方だけ生えていた。
「これはマールにしかみせれないな……」
そう言い、イグニスは浴室へと入っていった。
浴室には、大きな浴槽がありその中には既にお湯が張っており湯気がでていた。
「お風呂綺麗だね!こんな多くのお湯を使って体があらえるなんて夢みたい」
マールははしゃぎながらその事実に感動していた。
「旅の中では、川とか小さな水くみ場で体を流すだけだったもんね」
「この水が湧いている場所はなに?」
マールが示したその場所には小さな噴水のようなものができており、
近くに水を汲むための桶と石鹸が置いてあった。
「そこは体を洗う為だけの場所だよ。お風呂に入る前に体を一回洗おうか」
「うん!」
マールは目を輝かせたまま、水くみ場の前に座る。
「目を閉じてね。目に入ると痛くなるよ」
そういってイグニスは、噴水から水を汲みマールに水をかける。
「冷たくない!気持ちいいね!」
「頭洗うよ」
そういってイグニスは石鹸を取る。
その石鹸からはミルクのような甘い匂いが強く感じられた。
イグニスはこのような豪邸を持っている商人がつかっている石鹸なのだから、
さぞかし高い石鹸なのだろうと考えた。
使うのも少しためらってしまうが、しっかりと使った方がよいだろう。
そう考え、しっかりと石鹸を泡立てる。
泡立てたことにより、浴室にはより一層石鹸の匂いが広がることとなった。
「いい匂い……」
マールもやはり女の子なのだろう。
石鹸の匂いに反応する様子は年頃の乙女のようだ。
「そういえば、さっきの宝石はまだ付けたままなんだね」
「うん……、駄目だったかな」
そういうマールの細い手首には、先程のラピスラズリの魔法道具が付けられていた。
「お風呂の時は外してもいいんじゃないかな」
「そうだよね……、きれいだから付けていたくて」
「ボクの作品が綺麗だって?照れるなあ」
その時、マールから別の女性の声が聞こえた。
正しく言うと、マールからではなくマールの持っている腕輪からだ。
天然石の魔法道具。それから聞こえてきた。
その声は中性的でもありながら、少年のような特徴的な声をしていた。
だた女性特有の甲高さにより女性だと判別することができた。
その声は浴室に反響し、イグニス達の耳に響くように聞こえてきた。
「だれ…!?」
マールの顔は驚きに包まれ、驚愕の声をあげる。
考えもしなかった事態に二人は慌てふためいた。
イグニスもおおよそ想定できない事態に戸惑い、行動が止まってしまったようだ。
シャリテ家の豪邸について。
もともとは、獣王国が出身の一族。
他の国や中立国アーリアとの商売がうまくいく中で商機を見出し中立国に定住。
商売という才能を長くもち続けた一族。
主な商品は、絹などの布類や香草、化粧品など衣食住に関わるもの。