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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
119/231

三十五話「開戦」


「ついに始まるのか」

「ああ」


そこは王城の手前。

門があるところであった。

彼らは、戦いの準備を始めていた。


王城付近を、反乱軍の戦力によって埋めていく。

それは、数百を余裕で超える数であり負担に感じるものであった。


しかし銀狼は、その王城の雰囲気に何かの違和感を感じていた。

おかしい。

なにか言葉にできないが。

それは異変。

違うものがあった。


「なにか……何かがおかしい」


思わず口に出していた。

その違和感。

イグニス達も同じものを感じていた。


「なんだこれは」

「誰もいないのか……?いやそんなはずは」


そう何者の気配も感じなかった。


「……入ろう」

「大丈夫か?」

「見張りすらいないのは異常だ。攻める機会を見失う」


現段階。

せめて見張りとの戦闘ぐらいなら考えていた。

しかしその見張りの気配。

そして一般的な兵士の気配すら感じ取れないのはどういうことだ。


そしてひとつ最悪の可能性を考えていた。

それは、獣王が既に逃げる準備を整えているということ。

獣王が生きて、ほかの国に逃げるということの厄介さ。

これでは、プラードが新たな王になるとき。

王としての威厳に不十分になってしまう。


プラードが王を殺さなければ、獣人としてこの革命というものは成り立たない。


「門を開けることはできるか?」

「待ってくれ試してみる」


反乱軍の兵士のひとりが門に触れ、鍵などの様子をうかがう。

しかしその顔は焦りに包まれていた。


「何もない。罠すら。鍵も」

「……なんだと?」



それは明らかにおかしい。

どうぞ入ってください。

そう言っているようなものだ。


「獣王は何を考えている?」

「おかしい……やめるか?」


プラードも、この違和感に悪寒のようなものを感じ取っていた。

その中で導き出された結論は、反乱をやめるということ。

どうしても気持ち悪さのほうが勝っていた。

正直今のうちに引いておきたい。


「いや……ここを拠点としてつぶすのはありだ。戦闘はなしで迅速に破壊行為のみを行う」


しかし銀狼のだした結論は違った。

それは戦闘行為ではなく、破壊行為に集中するということ。

戦う相手がいなくてはどうしようもない。

王城という権威の証を破壊し、その場所の尊厳を奪う。

そういった判断を考えていた。


「骨折りはどうだと思う」

「……俺はここで引いてもいいと思う。しかし後が怖い。獣王を殺せるならいま殺してしまいたいが」

「そうだよな」


おそらくだが、現段階で反乱軍がここを攻めたということは認識されている。

攻めたという事実が重要なのであって、ここからさき獣王の隙が生まれる瞬間というものはかなり減ってしまう。


今後、こういった攻める機会というものは生まれないだろう。

今が最善のタイミング。

この場の何人かは、そう認識していた。


「中に入ろう」


銀狼がそう結論をつけたのは、これ以上の迷いをなくすためであった。

たった一分にも満たない思考の末。

銀狼は答えを出していた。

それは、決して断言できるようなものではなかったが。


「獣王殺しの計画は保留。今回は王城の破壊行為を中心とする」


計画の変更。

兵士や、獣王の気配が読めないのであればこういった結論はどうしようもない。


「人質は?」


今回、気配を感じないといったが偶然人が見つかる可能性がある。

その場合どうするのか。

イグニスはそういった質問をする。


「戦闘を行う意思があるなら殺せ。なければ、捕虜とする」

「把握した」


銀狼は、戦わなければ殺さなくていい。

そういう趣旨の指示を出す。

今回は虐殺ではない。

そういうものはイグニスにとってありがたいものであった。


「……じゃあ、中に入るか」

「何人かは外で待機。それ以外は、俺らについてこい」


反乱軍のメンバー十数人が外で監視役をする。

それ以外は、銀狼を中心として中に入っていた。

あたりを見渡す。

そこにはやはり誰もいなかった。


「あたりの探索を指示する。豊穣国の戦力は俺についてこい。鼠の蚤もこちらだ」

「わかりました」

「獣王の部屋までは、彼の魔法で突っ走る」

「俺たちはどうすればいい」

「香豚は、ここで見張ってくれ。怪しい動きがあったら松明を振っ……」

「不可視の檻。絶対なる壁。それはすべてを塞ぐもの」


その瞬間、魔法の詠唱が始まる。

誰もいない空白の場所に、その澄んだ声はよく響いた。

その声を骨折りは知っていた。

それはアダム配下のひとり。

シェヘラザードの声。

彼女は魔法を詠唱していた。


上空にひとりたつ彼女は、魔法を放つ。

それは、現在における最悪のかたちで現実に形成した。


「パプルーン・トイコス」

「シェラザード!!」


骨折りは、おもわずシェヘラザードの声を呼んでいた。

彼女の参戦は想像通りだったが、ここで魔法を使うとは思っていなかった。

彼女はどこに魔法を放った。

周囲を見渡すが、それを認識することはできなかった。


「あいつは誰に魔法を放った?」

「わからない」


しかし次の瞬間にはその魔法の意味がわかった。

反乱軍のひとりが、あることに気が付いた。


「リーダー!」

「なんだ!!」

「外に出られません!!」

「なんだと……!?」

「…………!」


王城と門。

その間には、見えない壁が立っていた。

それは魔法の壁。

硬くはないが、柔らかくすべてのものをはじき返されていた。

殴っても、傷をつけてもその壁には何の意味はなかった。

全てのものを弾き返す。

それがシェヘラザードの魔法であった。


王城の門の外側にいる兵士の声が何も聞こえない。

彼らは、武器でその壁を傷つけるが何の影響もない。


「おやおや、そんなことをしても無意味だというのに」


その声は魔法によって遮断されていた。

しまった戦力を分断された上に、逃げることができない。


「プラード!【王者の咆哮】を!」


銀狼が、逃げ道を作るために魔法でできた壁に咆哮を放つことを指示する。

プラードもそれに従い咆哮を放とうとした。

しかしそれは当然邪魔された。


「ああ!」

「そんな隙を与えるとでも?【ハプルーン・トイコス】」

「くっ……」


シェヘラザードは、プラードに魔法の攻撃を向けていた。

プラードは、その高速の魔法を避ける時間を与えられていなかった。

王者の咆哮を発する向きを変える。

プラードは、王城付近を包む魔法にではなくシェヘラザードの向けてきた魔法に咆哮を放つことになった。


「あなたが、一度でもこちらに咆哮を向けたら。……その瞬間ひとり。その命を奪えるでしょう」

「ちっ……」


骨折りが、舌打ちをする。

シェヘラザードは、プラードがそういった脅しというものに弱いことに気が付いている。

プラードもこのまま兵士たちを守るために、王者の咆哮を使用するだろう。


「すまない。役に立てなさそうだ」

「気にするな」


プラードが気にすることではない。

自分たちがほいほいとこの状況に追いやられたのが悪いのだ。

ともかく彼女を攻撃しないことには話が進まない。


「イグニス!セーリスク!タイミングを合わせろ!」

「……ああ!」

「はい!」


骨折りが、二人に指示する。

そのタイミングとは、魔法の発生。

三人の魔法で、シェヘラザードを攻撃しようとした。


「ぺルド・フランマ!」

「ラファーガ・ドロール!」

「グラキエース・ラミーナ!」


骨折りは、破壊する炎。

イグニスは、突風。

セーリスクは、氷の刃をそれぞれ放つ。

それは、ひとつひとつが強い攻撃であった。

しかしシェヘラザードはなにひとつ焦っていなかった。

彼女は、ため息をつく。

まるでお前らの攻撃には飽き飽きだといわんばかりに。


「はあ……愚かですね。ハプルーン・トイコス」

「なに……!」


三人の魔法は、シェヘラザードの魔法によって防がれた。

それは跡形もなく。

彼らの魔法の効力というものは失われていた。

その原理を推測することはできないが、ともかく衝撃的なものであった。


しかし一人。

既にその光景を知っている骨折りは、その魔法の汎用性に驚いていた。

そして考察を頭のなかで繰り返していた。


「まさか……三人で無理だとは思わなかったな」


いくら魔法を相殺できるといっても、それには限度がある。

彼女の魔法を消す魔法。

それには限度があると考えていた。

人一人の魔法だ。

威力は対等でなければいけない。

しかしパプルーン・トイコスにはそういったものはない様子だ。

つまり彼女の魔法の原理は、【相殺】や、【反発】だけを利用したものではない。

こちらの【なにか】を自身の魔法で挟み込み押し込みそして潰し、物理的な現象を限りなく小さくしているのだ。

これなら弾き返す。

そういった現象も可能にする。

【反発】を限りなく極めた魔法。

とても厄介だ。


「私もアダム様に認められた一人。あまり舐めないことです」

「……なるほどな」


そう。

彼女もアダムに部下に値すると認められた強者。

まだ奥の手があると考えてもよさそうだ。

警戒するに損はない。


「なんかさ。俺のこと忘れていない?」


その時誰もいないその空間から声がする。

それは、この場には現れないと考えていた人物。

骨折りと、セーリスクがよく知っている。


「……この声は!」


反乱軍のひとりが首から血を噴き出して倒れた。

その光景は、ひどく遅い。

まるで止まっているようだった。

いや、彼らの大半は思考を停止していたのだ。

その目の前の現実から逃避するため。

その場にいた兵士たちは、思考が止まっていた。


「止まるな!ばらけろ」


銀郎の指示で、彼らの停滞していた思考は動き出す。

その指示は決して遅くはなかった。

判断からすると、正確で迅速なものであった。

しかし相手が悪かった。


「ま、あと二人は殺させてもらうが」


新たに二人。

その二人の体からは、鮮血がほとばしる。

何人かの獣人がその血を浴びる。

彼らは動揺していた。

そしてその動揺は、新たな隙となって行動を起こす。


「はっ……やめろ。下がれ!!」

「あーーーーー!!!!」


銀狼は、その動揺した彼らに声をかける。

しかし今回は遅かった。

彼らは、見えない敵に対し思考というものを奪われていた。

そこに誰かがいる。

ならば斬らなくては。

そういったものに考えが占有されていた。


「ははっ。カモがどんどんきやがる。笑えるな」


その見えない相手に向かい、剣を振り下ろした彼らは前のめりになり倒れこむ。

彼らは既にもう死んでいた。

血の池が、彼らの倒れた地点にいくつもできる。

その血は、地面によって飲み込まれていた。

地面が鮮血で赤く染まる。

それはその場の異常事態を表していた。


「呆れるぞ。反乱軍。あまりにも弱すぎる」


彼は姿を現す。

その手は真っ赤に染まっていた。

しかし彼はその赤い手に躊躇などは一切なかった。


ネイキッドは、彼らの弱さというものに愕然としていた。

これで獣王国というものに挑もうとしていたのかと。

そういった失望が顔に現れていた。

しかしその口からは、笑みがこぼれていた。

彼は、相反するその感情を一つの顔で表していた。


「きゃ……」


鼠の蚤が、その肉塊の一部を浴びた。

その顔は、血の気を失っていた。

彼の眼には、平穏は宿っていなかった。

セーリスクがその肩を引き寄せる。


「鼠さん。貴方は下がっていてください。不利だ」

「……はい。わかりました」


少し落ち着きというものが見えた。

大丈夫。

今の自分には、ネイキッドという存在から見方を守るだけの力がある。

落ち着け。

そういった思考を脳で反芻する。


「……お、見つけた」

「ちっ……」


そして、彼は視線を向けていた。

ネイキッドは、セーリスクに顔を向けていた。

彼は、笑っていた。

彼もまた同様にセーリスクという存在を狙っていたのだ。

鼠の蚤は、彼から視線を向けられたことによって身震いしていた。

強者の殺意というものを感じ取ったのだ。


「お前の相手はあとだ。氷野郎」

「……」


なぜか、自身も笑みをこぼしていた。

セーリスクも、彼との再戦を楽しみにしていた。


「獣殺し……お前か」

「はー。容易なもんだな。反乱軍といってもこんなもんか」


銀狼は、獣王国における彼の名前を告げる。

しかし彼は、その声に反応をしない。

むしろ彼は敵を侮辱した。

反乱軍という戦力を明らかにしたに見ていた。

何人かの獣人は歯ぎしりをする。

しかし飛び込まない。

今この亜人と戦ったら死ぬとわかっているから。


「ネイキッド……」

「……ネイキッド……?それが彼の名前なのですか」

「はい。あいつはネイキッドという亜人です」

「私と同じではないのですね……」

「……?それはどういう」


セーリスクは、思わずその男の名前を呼んでいた。

それはぼそりと本当に小さな声であった。

しかし一人近くにいた人物は反応をする。

その名前を初めて聞く鼠の蚤は、こちらを向いて問いかける。

それに加えて鼠の蚤が不思議な一言を発した。

その言葉の意味はなんだ。


「よう、お久しぶり」


その蓬髪の男性は、手を振る。

彼は、その腕に獣人の死体を抱きながら笑顔を向けていた。

しかし彼は、飽きたおもちゃを捨てるように。

その獣人の死体を捨てた。

その様子をみていたシェヘラザードはネイキッドを叱責する。


「ネイキッド!戦いに集中しなさい」

「はいはい。仕事はしっかりしてんだろうが」


彼はシェヘラザードの怒りに対し反抗する。

しっかり自分は、やるべきことをしている。

それなのに怒られるなんて理不尽だと。

そう言いたげだ。


「そういう意味ではないのです」


しかしシェヘラザードはそういうことを言いたいのではなかったようだ。

ネイキッドはその真の意味に即座に気が付いた。

それはネイキッドにとってかなり予想外なものであった。


「死ぬなってことか?お前らしくないな」


彼女が自分にそんな心配をかけるとは思っていなかったのだ。

てっきり彼女は、アダムにしか目が行っていないと思っていた。


「……ええ。ここには一人いませんからね」

「はっ。期待には応えてやるか。……さて誰からかかってくる?」


一人いない。

それはおそらくコ・ゾラのことだろう。

彼がここにいないこと。

彼は死んでいるからだ。

それは確かにアダム配下の二人に何かしらの影響を及ぼしていた。

二人はそれを言語化することができていなかった。

しかかなにか感じていた。


もしここで彼がいきていたのなら大損害は免れない。

セーリスクはそう考えていた。


ネイキッド、コ・ゾラ。

その二人の能力はどちらとも乱戦向きだ。

アダム配下の三人の真骨頂は組み合わせのよさ。

三人がほかの二人。

それぞれを補えるかたちとなる。


「……お前は僕が相手だ。ネイキッド」

「お、いいね。だが今回お前の相手はできねーかもな」

「なんだと……??」

「獣のアンデットよ行きなさい。蹂躙するのです」


その時、多くの獣人たちが歩いて出てきた。

眼は、虚ろで正気というものを失っていた。

その場にいる全員がその意味を理解した。

彼らは既に薬物というものを摂取している。

そしてその末路は。

その結果は数秒後に訪れた。


「離れろ!!」


多くの獣人たちは、十数体の獣のアンデットへと変化する。

それは、恐怖と狂気をまき散らした。

反乱軍の兵士へと伝播する。

彼らは逃げようとしていた。

しかし逃げることができない。

シェヘラザードの魔法によって逃げ道を塞がれていたから。


反して、壁の外にいる獣人たちは一種の安心というものを覚えていた。

それはそこにいるのが自分でなくてよかった。

しかし怒りというものも芽生えていた。

なぜこのまま友が、戦友が死ぬのをのうのうと見なければいけないのか。

彼らは焦りを持った。


「頼む……!頼む」

「どうかどうか!ここを開けてくれ」


聞こえない懇願を。

こちらに一切視線すら向けていない亜人に嘆願した。

しかし彼女はそれを無視する。


魔法によって作られた壁を何度も何度も強打した。

だが壁は崩れない。

一切のゆるみさえなかった。

それは不動であった。

完璧さを伴っていた。

それは獣人たちに絶望を与える。


獣のアンデットは、すべて咆哮を開始する。

大地が震え。

風が揺れる。

その覇気は、反乱軍の一員を恐怖へとつつむ。


「全員武器を構えろ!」


それぞれが己の武器を構える。

戦いは既に始まっている。

むしろ遅いぐらいだ。

しかしまともに武器を構えられていないものもいる。

震えのためだ。


多数の獣のアンデットが歩を進める。

その一撃によって、地面が砕かれた。


「複数人で対処に当たれ!!」



銀狼が指示を出す。

冷静な思考を持ち合わせているものは、そのまま複数人で獣のアンデットとの闘いを開始する。

それはシェヘラザードにとって予想外であった様子だ。


「なんですか……案外多いものですね。まあ、いいでしょう」

「……逃げるつもりか!貴様!」


彼女は、そのまま浮遊しその戦闘の場から逃げようとしていた。

どうやらここでの彼女の役割というものは終了のようだ。

銀狼はそれに対し、怒りを持つ。

しかし彼女はそれに対しまともに対応する気はない。


「ええ、真正面から戦う道理などどこにありますか?反乱軍の長よ」

「くそが……!」

「獣王を殺したければいくらでもどうぞ」

「……は?」


なぜだ。

彼女は、獣王を守るためにここにいるのではないか。

そういった考えが、豊穣国の面々の思考に走る。

そしてたどり着いたのは、アダムが獣王の存在を軽視しているということ。

元来想定していた考えだ。

アダムと獣王は何かしらの契約。

それによって動いている。

骨折りは彼女に問う。


「アダムは獣王で何を企んでいる」

「……私にこたえる義務はありませんね。アダム様にでも直接聞いたらどうですか」

「お前に聞いたほうが早そうだ」

「おお、怖いですね。それよりも優先することがあるのではないですか」


その時、シェヘラザードは王城の方角を杖で指した。

そこは獣王がいると考えられている塔であった。


「獣王を殺すのならお早めに。まあ……そのあとは私の魔法によってみじめに閉じ込められるだけですが」


勝手にやってくれということか。

そしてここから出すつもりもないと。

彼女は、獣王と反乱軍側が争い共倒れになることを望んでいるようだ。


「じゃ、俺も」

「獣殺し。貴様もか」


ネイキッドも、獣のアンデットが暴れるなか散歩をするかのようにその場を離れる。

しかし彼はシェヘラザードとは違い戦闘の意欲はある様子だ。

その眼に戦意というものが宿っていた。


「ついてきたければ、全然。俺は待ってるからこいよ」

「……!」

「セーリスク!」

「セーリスクさん!」


セーリスクがそのままネイキッドの後を追う。

彼は全然冷静ではなかった。


その様子をみて、イグニスは焦って彼を止めようとする。

鼠の蚤も同様だ。

ここで孤立するのは危険だ。

彼を守るためにも、離れるのは避けたい。


それはイグニスの願望であった。

だが彼は一切の躊躇なくそのまま進む。

ネイキッドはそんな彼を見て、笑顔を向けていた。


「お、鬼ごっこか。怖いね」

「止まれ!セーリスク!」


しかし銀狼の指示はそれとはまったく異なるものであった。


「いい、そいつはそのまま追わせとけ」

「なんだと……」


それはイグニスにとっては、予想外のものであった。

骨折りとプラードはイグニスとは反し、落ち着いていた。

それがさらにイグニスを疑問に陥らせた。


「角牛」

「何ですか」

「セーリスクを追ってくれ。獣殺しは強敵だ」

「わかった」

「なぜだ。なぜセーリスクを追わない」


正直、セーリスクという戦力が孤立するのは銀狼としても避けたいはずだ。

引き止めるぐらいなら今でも遅くない。

しかし銀狼はそういったことをしていない。

それに獣のアンデットの相手はセーリスクがするはずだ。

セーリスクがいなくては作戦が変わるはず。


イグニスは気づいていない。

この思考が、ライラックのため。

セーリスクを守らなくてはというものからきていることに。


「もともと、獣殺しは獣人では勝てない。反乱軍の戦力では勝てないんだ。あいつしかいないだろう」


ネイキッドは、アダムの戦力だ。

そもそも、反乱軍の戦力では想定していない敵。

そしてネイキッドという存在は、獣人にとっての天敵であった。

つまり銀狼にとってセーリスクがネイキッドの戦闘を開始してくれるのはありがたいことであった。

骨折りも、セーリスクがネイキッドを強く敵視していることを知っている。

だから止めなかった。

この場で最もこの状況に慌てているのはイグニスだけなのだ。

イグニスだけがセーリスクの行動を受け止めきれなかった。


「だが……」

「それにあいつは俺から見ても相当強いと感じた。理由はしらんがもう少し信じてやれよ」

「ああ……」


言葉がでなかった。

合理的で、とっても納得のいくもの。

しかしイグニスの心がそれを受け入れなかった。

以前は、セーリスクにも同意した。

しかしいざその場面になったとき。

イグニスは否定していたのだ。

彼の覚悟というものを。


セーリスクと角牛はネイキッドを追って王城へと入っていく。

イグニスは、それをただ眺めるだけであった。


銀狼は更なる指示を出す。

シェヘラザードを指さし。


「香豚!飛鷹!やつを追え!」

「いいのか!?」


それは、二人にとって予想外のものであった。

反乱軍の兵士。

それら末端への指示があやふやになる。

そういったものを考えたうえでの指示なのか。

それを香豚は聞いていた。


「上空の支配権はやつに取られている!それにこのままでは逃走できない!!死者が大勢でてしまう」


シェヘラザードの魔法によって、現在逃走ができない状況となっている。

獣王を倒したあと、引くことができない。

そういったことも考えるのなら、少しでも彼女に痛手を負わせるのは大事なことだ。


「なるほど……わかった」

「ああ、彼女を追おう!」


二人は、シェヘラザードの向かっていった方角へと向かっていく。

それは武器庫のような場所であった。

彼らはそっちへ行った。


獣のアンデットはまだ暴れている。

骨折りと、プラードはたった数度の攻防でその敵を地面に沈めていた。


しかし息は多少上がっている。

たとえ耐久力というものが弱くても、獣のアンデットの攻撃というものは致命の一撃を感じさせるものであった。

少量の疲労と、精神的負担。

たとえ一体でも、そういったものを感じさせた。


「多眼の竜の時と比べて随分弱い!」

「ああ、これならいけそうだ」


このまま、自分たちは獣のアンデットの数を減らすべきか。

それとも急いで獣王に向かうべきか。

そういった判断力が欠如していた。

どこか受け身になっていた。

しかしその中で、銀狼はひとり指示を出す。


「骨折り!プラード!イグニス!」

「なんだ!」

「鼠の蚤についていけ!やつは獣王の部屋までの行き先を暗記している」


獣王の元へ行かなければいけないのはわかる。

だが、このまま兵士と獣のアンデットとの闘い。

それを放置していいのだろうか。

いや、いまは疑問を捨てるべきだ。

最優先は、獣王の殺害。

それは最初から決めていた。


「わかった!」


鼠の蚤を含めた四人。

それぞれ個人が、銀狼の指示を聞き動きだす。


「皆さん。ついてきてください!」


しかしその指示では銀狼の行動を聞かされていない。

迅速に行動を起こし、塔へ向かっているとき後ろを向いた。

その時銀狼は一歩も動いていなかった。


「銀狼。お前は……!」

「……見捨てられるわけがないだろう」

「お前……!」

「ここは俺が守る!決して反乱軍のひとりさえ俺は見捨てない!」


彼の眼には、覚悟が決まっていた。

もうすでに、何人かの命は失った。

しかしこれ以上。

たった一人でもその犠牲を防ぐこと。

それが実力あるものの使命だと。

銀狼は心の奥底でかみしめていた。


「獣王への道は開く!さあ、とっとといけ!」

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