三十三話「疑惑と信頼」
「いてて……」
「大丈夫か?」
セーリスクは、腕を抑えていた。
体の中に痺れが残っていたからだ。
筋肉のひとつひとつが収縮し、硬直する。
少なくとも正常な働きというものは起きていなかった。
回復までもう少しは時間がかかるだろう。
「驚きましたね。まさか……あのような魔法の使い手がいるとは」
鼠の蚤も、それほど怪我というものは持っていないらしく平然と話していた。
しかし精神的な落ち込みというものは感じることができた。
彼は、自身の魔法の弱さというものを思い知ったのだ。
見つからなければ、なにもない。
だが見つかってしまったあとの無力さを。
「……あれはイグニスさんのお知り合いなのですか」
「すまない。貴方には教えることはできない」
「はは……そうですよね」
ラミエルが去ったあと、三人は話し合っていた。
一つは、傷をいやすこと。
幸い、ラミエルの魔法は体の痺れに影響するもの。
外傷や、体内部の痛みというものは少なく現在会話するのに違和感を感じるものは少なかった。
手持ちの薬などで補えるものであった。
「二人とも、動けるか」
「大丈夫です」
「イグニスさん、ごめんなさい」
セーリスクが申し訳なさそうな顔で謝罪する。
それは、目の前の敵に何もすることができなかったこと。
セーリスクは、強敵に対し自分が何もできないことに一種のおびえというものを持っていた。
それは過去の経験からくるもの。
自信の先輩である、カウェアがコ・ゾラとの戦いで死亡したとき。
その光景と、重なってしまった。
動けなくなった理由はまた違うものだが、それでも重なってしまった。
「気にするな。相手が悪すぎた」
「ですが……」
相手が悪い。
ただそれに尽きた。
それに状況が悪すぎた。
あの時に、ラミエルとの遭遇を頭の想定に入れていなかった。
七位の能力というものは、天使の中でも特殊だ。
【電撃】を操る魔法。
この世界での一人しか持てない魔法。
それは、自身に付与しその体を電撃に近しい属性に変えることができる。
それによって、強化された肉体は光速に近い移動速度を持つことができる。
そしてその攻撃はすべてが雷を持つ。
それが、雷撃の魔法。
その時の速度は、この世界においての最も早いといっても過言ではない。
骨折りが【最強】であるなら、彼女は【最速】だ。
この世に比類するものはない。
最速の亜人ラミエル。
それが法王国天使第七位【ラミエル】。
自分に性的な欲求を感じるという性格は、かなり歪んだものだがその実力は決して笑えるものではない。
彼女の魔法についていけるものはごく少数だろう。
「……なぜ私の魔法は気づかれたのでしょう」
「さあな」
「……ああも簡単に見破られては自信がなくなってしまいますね」
「……」
自分は、その理由を知らない。
いや詳しくは知らないといったほうが正しいか。
あることを天使として所属していた時に聞いたことがある。
ひとつ彼女から話を聞いた。
彼女曰く、人の体には電気の流れる瞬間があるそうだ。
それは自分以外の他人には全く見えず。
それが自分にしか見えないと気付いたのはひどく早かったらしい。
そして自分は電撃の流れているときを視認することができる。
それによって瞬時に居場所を理解できるのだ。
それは彼女からストーカー行為を行われていた時に聞いた言葉だ。
嫌なことを思い出した。
「……イグニスさん」
「なんだ。セーリスク」
「イグニスさんは、彼女と知り合いなのですか」
「ああ……そうだ」
そうだ。
そう肯定したとき、セーリスクの顔面というものがわずかに動いた。
彼はその情報からあることを察したのだ。
それは認めがたい事実であった。
それは肯定してはいけない事実であった。
「雷の魔法か……」
雷の魔法を使うものは、一人しかいない。
ゆえにそれに遭遇する機会もかなり少ない。
敵対するときなどほぼないだろう。
そしてイグニスは、今現在。
ある一つのことを恐れていた。
ラミエルが離れた今ですらおびえていること。
それは、セーリスクにいとも簡単に看破された。
「……一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ……」
「この世界で、雷の魔法を使えるのはたったひとりだけ」
「勉強したんだな」
「それぐらいは僕でも知っています」
ああ、彼は変なところで鋭いものだ。
いや遅かれ早かれ気づかれていたことだろう。
豊穣国の女王が、法王国に異端審問されたことは彼は知っている。
そして彼は、法王国の対策のためにその国のことをどんなに少なくても調べ調査したはずだ。
そして彼は、ラミエルのことを知っている。
雷の魔法を使える唯一の亜人のことを。
もちろん【天使】のことも。
鼠の蚤は、【天使】という存在をしらないかも知れない。
しかしセーリスクは知っている。
豊穣国にはそういった情報を得ることができる。
「ああ……」
彼が、一語一語発する度に自分の思考がその先を想像してしまう。
「なぜ……なぜ貴方はそんな人物から【先輩】と呼ばれているんですか」
その瞬間だけ、時の進みというものがここだけ一気に遅延した気がした。
体内の血液の流れが、変化する。
その影響は、イグニスの精神にも及ぼしていた。
動悸がする。
自分は焦っている。
彼の眼には、冷酷さというものが宿っていた。
それは、敵に向ける視線であって。
ともかく今までの友情が一切芥に返すような。
そんなものであった。
彼と共に語り合った思い出や。
彼を間に挟みライラックと話した思い出がぶり返す。
ああ、セーリスク。
君からそんな目を向けられたくはなかった。
心のどこかが、急速に冷える音を感じた。
まさか自分は動揺している?
いやいつかあることだと。
自分から打ち明けるべきことだと。
そのはずだったのに。
それより先に、彼に触れられてしまった。
自身の消すことのできない過去を触れられてしまった。
動揺が体からあふれる。
思わず、剣に手を触れていた。
「剣から手を放してください。敵対行為とみなします」
「ああ……すまない」
謝罪を述べる。
決して彼を斬るためではなかった。
自身の心のよりどころを求めるために。
安心感を得るために剣に触れていた。
「セーリスクさん……なにを?」
二人の剣呑の雰囲気を感じ、鼠の蚤が不安そうな顔を浮かべる。
「ごめんなさい、鼠さん。いまは説明している時間はない」
「……お二人はどのような関係なのですか」
「友人ですよ……友人のはずです。ね、イグニスさん」
彼も同様に、剣に手を添えた。
いや、こちらに剣を向けてきた。
その動作は酷く遅くためらっていた。
「答えてください。イグニスさん。僕はあなたを斬らなくてはいけないかもしれない」
彼のその声は、真剣だった。
しかし、心のどこかに迷いがあった。
彼は、まだ自分のことを決断してはいない。
彼はきっとペトラか、骨折りかプラードか誰か。
豊穣国の面々に警戒するように言われていた。
それでも自分のことを信じてくれてたのだろう。
自分が法王国のスパイではないことを。
彼らは、自分のことを信用してくれていた。
しかし信頼ではないのだろう。
信用と信頼はどこか違う。
彼らは自分のことを頼り切ってはいなかった。
「本当のことを話してくれれば、その剣を下ろしてくれるか?セーリスク」
「……はい」
その声には、安心した。
彼もやはりためらっているのだ。
しかし彼には、ラミエルによって骨折りとプラードには知られていない【三位】と【四位】の遭遇がばれている。
ここでの返答を間違えたら自分は、豊穣国にはいられない。
「俺は、元々法王国の出身だ」
「……」
それは、わかっていると言いたげだ。
彼は無言だった。
その話の続きを待っていた。
「法王国天使第三位……それを知っているか」
「……まさか貴方は」
彼の顔は驚きになっていた。
まさかと、想像していたことがイグニスの口から発せられたからだろうか。
「そうだ。かつて存在した知識の神。それに使える七人の天使。その一人が俺だ。【天使】ラファエル。それが法王国の俺の名前だった」
そうだ。
【天使】ラファエル。
それが、法王国としての自分の名前。
豊穣国の仲間に、その名前を名乗るのは初めてかもしれない。
「あなたはずっと裏切っていたんですか。あの時、僕と会ったときからずっと」
「そんなことは……ない」
違う。
「初めて会ったとき。名前を名乗ったときから……貴方は法王国として活動していた?」
違う。
違う。
「そうじゃない……」
「コ・ゾラから僕を守ってくれた時」
彼の声には怒りがこもっていた。
剣を握っていないほうの手は、ひどく震えていた。
彼は、きっと過去を否定されている。
きっと彼の中には、自分の過去の関わり合いが反芻されている。
響くからこそ、彼の心の中には絶望があふれていた。
「マールちゃんとも、シャリテさんも。あれは……全部嘘だったのか!?」
「違う!!」
思わず声を荒げていた。
それは、偽りではなく。
体裁を気にするものではなく。
心からの魂の叫びだった。
「それは絶対に嘘じゃない!」
これだけは信じてほしかった。
豊穣国に入り、未来に期待したあの時の感情だけは。
それだけは、消したくはなかった。
「……僕だって信じたいですよ。信じさせてください」
「うん……」
「でも……貴方が国に来た時。それからすべての物事がつながりすぎている」
【イグニス・アービル】を構成するそれら。
それらだけは、どんなに問い詰められても否定することが許さなかった。
しかし彼は、疑っている。
【イグニス・アービル】を疑っている。
「俺にとって、この国に来た後はとても大事なものだ。つらいことがあった。でもそれを否定をしないでくれ。頼む、セーリスク……」
「……」
彼は、無言だった。
しばらく言葉を発していなかった。
この国から知り合ったセーリスクに、自分の思いでの否定をされたくはなかった。
ただの友人でいられる彼でありたかった。
それこそが過去の自分が求めたものだったから。
涙がこぼれ落ちそうだった。
過去の自分ではありえないぐらい感情に恵まれた。
その最後の結果がこれなんて嫌だ。
そうして彼は言葉を発した。
それは、絞りだしたような。
そんな言葉だった。
「信じますよ……いや信じさせてくださいよ。イグニスさん。あなたに憧れたことを否定したくない」
「……本当か」
「ラミエルと遭遇したあの時の表情。それは嘘ではなかった。逆に言えば、それぐらいしか信じることができていません」
確かにそうだ。
あの時、心の底からラミエルと遭遇するなんて考えていなかった。
思考の外側にあった確率とぶつかってしまったのだ。
むしろ自身の心のなかには特大級の焦りがあった。
「そして今までの貴方との関わりを嘘だとは思いたくない」
彼は誠実だ。
彼はまじめだ。
どんな時でも、イグニスの人格というものを疑っていなかった。
過去のことより、今知っているイグニスというものを信じたのだ。
「……」
「あれがもし嘘だったら、僕は何を信じればいいのかわからなくなる」
きっと彼も不安なのだ。
「……せめてあなただけでも僕は信じたいんですよ」
彼は、不安定だ。
だからこそ、最初の拠り所というものを大切にしていた。
彼は、イグニスというものを信じたかった。
それは彼なりの願望というものだろう。
座っていたイグニスに対し、手を向ける。
「行きましょう。イグニスさん。僕はあなたを信じます」
「……ありがとう」
イグニスは心の中に、大きな安心感を覚えた。
自分を信じてくれたセーリスクを自分もまた信じよう。
そして豊穣国に信頼されるような自分に育ちたいとそう感じた。
涙はこぼれそうだった。
やっと今の自分がいるべき場所というものを認識できた気がする。
彼の手を引き、立ち上がる。
目の前には、とても戸惑った鼠の蚤がいた。
「えっと……話はおわりましたか」
「あ、ごめんな」
「ごめんなさい、鼠さん。ですが僕らの中では大事なことだったんです」
「それならいいんですが……ではいきましょうか」
「ああ、いこう」
むしろこのタイミングで打ち明けられることができたのは幸いだったかもしれない。
彼には、嘘をついているような自分ではありたくなかったのだ。
そのあとは、骨折りがたどったような道をいった。
彼も同様に同じ光景というものをみたのだろう。
そんなことを考えた。
スラム街もみた。
獣王国の現状はここまでひどいのかと。
シャリテもきっとここで、獣王国を出ることを決意したのか。
そして故郷に絶望したのだろう。
その場所は、貧相なバーのような場所であった。
獣人たちが昼から少しの酒を飲んでいた。
なぜ亜人がと彼らが、視線を向けてきた。
しかしそのすぐ後に納得したような表情を浮かべた。
きっと彼らも話は聞いていたのだろう。
骨折りもそこに座っていた。
プラードはどこにいるのだろうか。
「よう、イグニス。大丈夫だったか?」
「いや大丈夫じゃなかったよ」
彼にも話してしまおうか。
ラミエルと会ったことを。
そんなことを考えていると、セーリスクが話始めた。
「なにがあった?」
彼は、心配そうに二人に尋ねた。
鼠の蚤にも視線を向けていた。
しかしイグニスが、あることを指示する。
「鼠。一旦離れてくれるか?三人で話したい」
「わかりました。後ほど」
「ああ、すまないな」
「で?どうした。大事な話なんだな」
「【天使】と遭遇しました。骨折りさん」
「……それは本当か」
「嘘を言う必要があるわけないだろ」
「怪我は……って本当に大丈夫そうだな」
「はい、大丈夫です」
三人を見て、大きな外傷もないので安心したのだろう。
交戦もあったのだろうかと推測したのだろう。
だが幸い、誰も怪我なんて負ってはいない。
遭遇だけで済んだのだと安心していた。
「何位だ?」
彼は、七人いる天使の中で誰だと質問をした。
天使は、その位でほぼだれか確認することができる。
「七位だ。ラミエルと会った」
「そうか、目的は何かわかるか」
「いいえ、イグニスさんに会うためぐらいしか」
イグニスさんに会うため。
その目的を、セーリスクが戸惑いもなく語る様子をみて骨折りは驚いていた。
「……お前。言ったのか」
「ああ。ついにばれちゃったよ」
「ははっ」
「なんで笑うんだよ」
「いや、なんかいろいろ考えていた自分が馬鹿らしくてな」
くくと骨折りは笑いをこらえていた。
きっと、彼も彼なりに元【天使】であるイグニスのことをなにかしら疑っていたのだろう。
しかし彼女は、正体がばれて得策ではない相手。
セーリスクにその正体を打ち明けた。
もし、イグニスが本当に法王国のスパイであるなら【天使】であることなんて知られていないほうが得だ。
だが彼女は話した。
それは彼女なりの何かの決心なのだろう。
骨折りはそう考えた。
「でどうだ?セーリスク。正体を知った今。イグニスのことは信頼できるか?」
骨折りは、セーリスクに尋ねた。
それは、イグニスのことを信頼できるかどうか。
【天使】であること。
そしてそれをずっと隠していたこと。
それらは、騙していたといっても過言でないくらい重要な事実だ。
彼女が法王国のスパイではないか。
今の現状を考えるとそう思考が向いてしまうのは当然のことだ。
「はい。僕はイグニスさんのことを信じます」
しかし、彼は。
セーリスクは、イグニスのことを信じた。
この国に生きた【イグニス・アービル】を信じている。
「それならいい。俺もそれを信じるよ」
骨折りは、セーリスクの発言を信じていた。
彼自身、この二人の関係というものをよく見ていた。
それはだからこその判断であった。
戦いを通じて、ともに戦ったイグニスのことを信じたくなっていた。
それも事実である。
「ひとつ、ラミエルから得られた情報がある」
彼女は、そんな骨折りを見てある一つの情報を話すことに決めた。
どうせセーリスクにも聞かれているのだ。
ここで言ってしまおう。
「……それは信じていいのか」
しかし骨折りは少し疑惑の念を抱いていた。
それは、ラミエルという人物を深く知らないから。
素直に【天使】というものが、こちらに情報を与えるとは思えなかったのだ。
「ああ、あいつは俺に対して絶対に嘘はつかない。隠しはするが、嘘はない」
ラミエルというのは歪んだ人物だ。
それをイグニスは知っている。
自分に対し、倒錯的な愛というものを持っている。
同性に対し、好意的になるのはいい。
だがあれは少し我というものが強すぎる。
そして、そんな彼女が自分に対し嘘をつくとは微塵も思えないのだ。
「法王国……いや【天使】の一部と法王はアダムとつながっている」
「……まあ、そうだよな。ラミエルからの情報で確定なわけだ」
いままで、法王国が異端審問してきた時点で怪しいということは推測できた。
しかし誰がアダムとつながっているのか。
それを断言できていない時点で、法王国を敵に回すのはどう考えても得策ではない。
少なくともミカエルとは一時的な共闘関係を組むことができた。
アダムと組んでいる【天使】あるいは人物がいるとしよう。
その人物以外と、協力関係になることを優先したい。
それが現在の豊穣国の考えであった。
「ああ、もしアダムがこの戦いのあと隠れるとしたら法王国だ」
そのうえ、ラミエルの情報でアダムが法王国に関与していることが確定となった。
これからは本格的に法王国に対する準備を進められるわけだ。
「天使の一部というもの。それがだれかわかるか」
しかし、そのアダムと手を組んでいるもの。
そいつがわからなければ、最悪法皇国全員を敵に回す。
敵対者を個別に対処できれば話は違うのだが。
最悪なのが、法王とアダムがつながっていることだ。
たとえ、アダム本人が天使とつながっていなくても法王の命令ということで天使の面々に指示を出すことができる。
しかしイグニスは、幸いそれぞれの人格というものをある程度知っている。
それにより、アダムの指示に従わない人物を判別することができる。
「……断言はできないな。だがこいつは絶対にアダムと組まないとわかるやつはいる」
「教えてくれ」
「……まず一位ミカエル。多眼の竜で共闘してくれたあたり情報の共有はミカエルには行われていない」
「そうだな、あいつがアダムの味方なら多眼の竜を倒すとは思えない」
一位が協力していないことはありがたい。
正直ミカエルは、積極的に誰かにかかわろうとするタイプではない。
【天使】としての義務を果たし、自身の能力ですべてを解決できるようなタイプだ。
だからこそ猶更ミカエルという人物がアダムに協力しているとは思え中田t。
「あとは四位、五位。ウリエルとラグエルだ」
「理由は?」
「……そうだな」
あの豊穣国での戦いのとき、イグニスはその二人に助けられた。
そして彼らは、アダムのことを知らなかった。
だがこのことは前にあったことなのに、骨折りには話していない。
それは自分の立場というものが危ないものになってしまうからだが。
「性格の問題かな……あいつらがアダムと組むとは思えない」
ここは話さないことにしよう。
そうイグニスは考えた。
「……まあ、お前がいうならそうなんだろ。それならいい」
骨折りも情報が足りないと考えたのだろう。
イグニスが明確な情報を提示しないことに、何も言わなかった。
「確か、イグニスさんが三位ですよね」
「ああ、そうだ」
「ならあと三人。二位と六位と七位か」
骨折りが知っているのは、異端審問にきた六位のサリエル。
骨折りは天使の情報というものを持っていなかった。
「七位はさっきあったラミエル。こいつはアダムのことを知っていた」
「七位は黒か。六位は?」
「サリエルも黒だ。あいつは何でも使う。それこそアダムですらな」
サリエルは、狡猾という言葉がよく似合う。
策略を好み、実力以外のところで他者を追い詰めるような人物。
そして執念深い。
だからこそ、彼がイグニスへの興味をなくしていることが予想外だった。
「サリエルはなんだ。面倒くさそうだな」
骨折りも以前あったときに、イグニスと同様のことを感じたようだ。
たとえ短い時間でも、そう感じさせるのだから大したものだ。
「ああ、あいつはほんとーにめんどくさい」
「本音漏れてるぞ……?」
おっと、思わず愚痴が漏れてしまった。
イグニスは、彼に対する不満がたまっていることをいまさらながら実感した。
顔を引き締めなくては。
「最後のひとり。二位は?」
話は、最後の【天使】。
二位の話へと移る。
「ガブリエル。正直あの人の行動が一番読めない」
法王国【天使】第二位ガブリエル。
彼女は、不思議な人物であった。
少女のような可憐さと、少年のような活発さを持っているような人。
ミカエルは真面目さ故に、他者と馴染むことが難しいような人物であった。
だが彼女は違う。
彼女は他者とかかわる能力は一定以上にある。
そして倫理観や、道徳心といった感情も【天使】としてはおかしいぐらいに持ち合わせている。
だがそれなのに彼女は一人を好んだ。
自由すぎるのだ、彼女は。
雲のように、浮かび一人で揺蕩い。
そして自らの幸せを追求するもの。
水のようにどこまでも変化できるもの。
それが、今代の【ガブリエル】であった。
「警戒する必要は?」
「ないと……言いたいが」
「どういうことだ?」
「彼女を本気で敵に回したら、俺はあの人に勝てない。そういう実力を持つ人だ」
彼女は、確かな実力を持っている。
そうした意味でも、敵に回したくはない。
「最善は、ガブリエルさんを味方につけること。そう言い切れるほどに彼女の能力は高い」
「わかった。把握しよう。ガブリエルとの戦闘はなしだな」
「ああ、あの人が一番法王国との思惑から離れている」
「話はここまでにしよう。法王国の対策を考えるには、今はあやふやすぎる」
「それもそうだな」
「これからの予定はどうなっていますか」
「これから、最後の打ち合わせだ」
「……やっとか」
「ああ、お前らがそろったことでやっと始められる」