二十二話「出立の日」
骨折りと、プラード。
二人は門の前にいた。
そのほかにも、イグニスとセーリスク、デア・アーティオなど主要なメンバーは集まっている。
彼らは、この二人を見送るために来ていた。
二人は目立たぬように闇に紛れて出立しようとしていた。
獣王国に侵入する前に目立ってしまっては意味がない。
ここにいるメンバー以外誰も知らないことが重要なのだ。
「獣王国の侵入の手筈は整っている。あとは獣王国の付近にまでいくだけだ」
まだ会議からそれほど期間は立っていないが、やはり獣王の動きは読めない。
故に、早めに獣王国についてアダムと獣王の動きをできる限り把握しておきたかった。
二人が戦いからそれほど日時を経ずに豊穣国を出ようとしているのはそれが理由だ。
それに、この段階で獣王国につけば攻めようとしているなどいつ攻めるかの情報も得やすいだろう。
そういった打算もある。
「有難いな。さっさとついてしまおう。獣王国の現状を調べたい」
骨折りは、プラードの準備の良さに感心していた。
既に、連絡手段が確立しているのだろう。
獣王国の謎の人物との連絡が異様に早かった。
公式ではない独立した連絡手段をとれる獣人が味方にいるのだろうか。
それはプラードとアーティオしか知らないものだった。
「骨折り、プラード。無理はするなよ」
イグニスは、二人に忠告をする。
それは、二人を心から心配するものだった。
「……ああ、だができる無理ならいくらでもするさ。これには豊穣国の未来がかかっているのだから」
「そうだな」
プラードは獣王の息子だ。
今回の主要な目的は獣王の殺害もある。
彼は一体どんな気持ちで獣王国に向かうのだろうか。
当然そこは安易な気持ちで触れてはいけない心の場所だろう。
恋仲であるデア・アーティオも今の獣王国についてどう思っているのだろう。
そして二人はそれに対してどんな話をしたのだろう。
自分の触れてはいけないものはたくさんある。
「二人とも準備は終わったのかい?」
ペトラが質問をする。
作戦の実行まで二人は、獣王国に侵入することになる。
それまで当然目立った動きはできないし、豊穣国にも帰ることはできない。
何か、準備や用事があるならここで確認した方がいい。
プラードは、首を振り否定する。
彼は準備のほとんどを終えたようだ。
しかし骨折りは違った。
「あー、ちょっといいかい?」
「なんでもどうぞ」
骨折りがなにか用事を思い出したようだ。
もう出立するのに、一体なにをおもいだしたのだろう。
「セーリスク。こっちにこい」
「はい、なんでしょう」
「すまないな。少し修行のことで話があるんだ」
骨折りはセーリスクに用事があるようであった。
セーリスクと骨折りは、みんなに聞こえないところまでいって話をする。
その声がイグニス達にまで届かないところまで二人は移動した。
セーリスクからみて骨折りはその話を誰にも聞かれたくない様子であった。
なにかみんなに秘密にしておきたいことがあるのだろうか。
セーリスクはそんなことを単純に疑問に思った。
「セーリスク。お前あの技は忘れていないな」
「ああ、大丈夫です」
セーリスクは自身の弟子として最低限の技を身に着けた。
そのことに対し、骨折りは少しの信頼感を持っていた。
しかしひとつ欠点があった。
「それならいい。自分が強敵だと思う相手以外には隠しておけ。……イグニスにもな」
それはイグニスのことを信用しすぎるところだ。
正直プラードとペトラは一割二割ほどイグニスのことを疑っている。
なぜか。
まず彼女が元【天使】であること。
それとあとひとつ。
アダムの以外の謎の人物と会っていた痕跡があり、尚且つイグニスはそれを話していないこと。
恐らくだが、イグニスにとってもっともバレたくなかったのはそれだ。
だからこそアダムのことはあっさり話した。
情報を渡したということを示すために。
デア・アーティオがイグニスのことをどう考えているのかはわからない。
だがプラードとペトラは別だ。
彼ら二人は、デア・アーティオをこの世で何よりも大事に思っている。
もしイグニスが法皇国といまだにつながっている。
そんなことが本当だとしたら彼らがどんな手段に出るかわからない。
そしてそれは、イグニスにも言えることだ。
自分にもイグニスがどんな行動をとるかわからない。
そしてそのふたつの異常事態に対して切れるカード。
秘密兵器にセーリスクというカードを持っておきたい。
豊穣国側、法皇国側両方に切れる自分だけのカードを。
ただセーリスクは、イグニスの疑うべき要素というものを知らない。
それは彼が、自分たちと関わって日が浅いということもあるのだが。
既にイグニスと友人関係ということが痛かった。
「イグニスさんにも……?」
「【骨折り】は別にいい」
自身は代名詞ともいえる技を。
【骨折り】をセーリスクに教えた。
だが彼が持っている技は既に【骨折り】ではない。
言い方を変えるなら、【骨折り】という技は持っているが、彼はその技を自分なりに派生させたのだ。
それ故に、メリットとデメリットが生まれた。
「……イグニスさんは【骨折り】を知っているから?」
「ああ、それはとっくにバレてる。だがお前のその技は俺ですら出せないお前だけの唯一だ」
イグニスも、アダムも、プラードも自分の【骨折り】という技は見ている。
見ているということはそれを【知っている】ということだ。
知られていることのデメリットは大きい。
しかも【骨折り】という技は自分が使うからこその脅威なのだ。
骨折りという人物がその技を使うからこそ致命の一打となり勝負は決まる。
要は切り札として相手を警戒させることができるのだ。
だがセーリスク程度の技量では、知られている【骨折り】は躱されてしまう。
だからこそ自分はセーリスクにその技を必殺技としては教えなかった。
彼の持っているポテンシャルを生かすために、【骨折り】を土台とした技を作らせた。
メリットは、知られていないことの初見殺し。
デメリットは、本人ですら使いどころをわかっていないこと。
しかしその使いどころを上手く扱えば彼は、格上にさえ勝つことができる。
そう例えばイグニスにも。
そういったポテンシャルを秘めている。
「お前が新しく身に着けたその技は、お前の命を守る武器となる。たとえイグニスといえど知られるな」
この技は、イグニスにも知らせない。
彼自身を切り札にするために。
骨折りはそんな覚悟を持って、セーリスクに教授していた。
セーリスクは骨折りのその気迫に静かに息を呑む。
技というものは、そういうものなのだと教えられた気分だ。
しかしセーリスクはなぜイグニスに隠したほうがいいのか。
その本当の理由を知らない。
故に素直に、骨折りの言葉を受け取った。
「わかりました。この技は最後までとっておきます」
セーリスクは自身の敵を見失っていなかった。
その敵は、ネイキッド。
ただ一人だ。
自身の技はそいつと相対するまで隠しておく。
そう心の中に決めた。
「ああ、それでいい」
「おい、骨折り。話は終わったか?」
「……すまないな。セーリスク話は以上だ。この国をよろしく頼むぞ」
骨折りは、セーリスクの肩を叩く。
彼に彼の知らない重圧を乗せてしまったことを後悔しながら。
長い間話をするその二人に、プラードは声をかける。
どうしたのだろうと心配している様子だ。
これ以上話を続ける訳にはいかない。
骨折りは話を切り上げた。
「骨折り、どうしたんだい?」
「弟子の様子が心配なんだよ」
離れていた骨折りに、ペトラは疑問を投げる。
まあ、大事な話ならもっと早めにしておけということだろう。
ごもっともだ。
猶予を開けて、その気持ちを薄れさせたくなかったというのもあるのだが。
「弟子って。そんなに気に入ったのかい?」
ペトラは骨折りがセーリスクのことを弟子と評価していることに驚いていた。
ペトラも、セーリスクの実力を認めてはいる。
しかしそれは平均以上という意味であって。
この場の面子に相応しいかといわれると
まだ未熟といえるものであった。
自分がセーリスクを認めているのだって魔法の威力の爆発力を見込んだものである。
近接戦闘に特化した骨折りが認めるのが予想外だった。
「……冗談だよ。ただまあ、あと少しかな」
骨折りは、彼に修行を付けるなかであることに気が付いていた。
それは一種の勘のよさ。
ふとこれは当たるだろうと思った攻撃が彼に当たらないことがあった。
どうやって見切ったのか。
それを疑問としてぶつけても彼はわからないという。
ただそこにくるから避けただけだと。
彼はそういった。
そうして骨折りはひとつの結論に至る。
セーリスクは次自分がどこを攻撃されるのか明確にわかる。
彼はそういった能力を持っていた。
これは、異質だ。
彼は戦場における戦闘経験をあまり持っていない。
それなのにこういった能力を持っている。
自分はそこに、希望を感じた。
最もペトラやプラードがこの能力を知らないのだろうけど。
「……はっ。そんな将来有望君が、この国に残って喜ばしい限りだね。とっとと馬車に乗りなよ?」
ペトラは、骨折りの言葉を興味なさそうに返す。
しかしペトラもその気持ちは近いだろう。
言葉とは裏腹に
ペトラもセーリスクに期待しているのだから。
「はいはい、激励の言葉は欲しいものだな」
まあ、この少女が素直に感情を打ち明けるとは思えないのだが。
そんなことを考えていると彼女は不思議そうに首を傾げる。
「何を言ってるんだい?」
「え……?」
もしかして言葉を交わさずともそんなことは伝わるだろうという意味か。
そこまでペトラと自分の距離は近くなっていたのか。
そんなことを骨折りは、空想する。
「君如きにいらないだろう?」
「泣いていい?」
現実は無常だった。
そうだ、この女性が骨折りに気を使うはずがなかった。
「とっとと行ってきなよ。時間は有限なんだよ」
「……体壊すなよ」
「壊さないよ。貴重なボクの存在が消えるわけにはいかないんだから」
「自分で言うなよ」
そんなくだらないやり取りを骨折りとペトラは会話する。
そうだ。
これでいい。
彼女はこれぐらいの自信家だからこそ、彼女なのだ。
そんなことを考えて馬車に向かう。
「……ボクも彼のために頑張らないとねえ」
ぼそりと、ペトラの声が聞こえる。
彼というのはセーリスクのことだろうか。
きっとペトラの協力が得られるなら、セーリスクはもっと強くなる。
魔法に適応した身体を生かして。
彼女の力は、全てが豊穣国の糧となる。
そう遠くない未来にある獣王との決戦でセーリスクが活躍することを祈ろう。
「骨折り。無理はするなよ」
「ああ、イグニス。獣王国でまた会おう」
「わかっている」
「お前も、この国を守ってくれよ」
「二人の分まで頑張るさ」
イグニスと、骨折りは拳を合わせた。
彼女はその力強い拳と笑顔で骨折りを送別する。
彼女の優しい笑顔が自分の胸に突き刺さる。
骨折りは、内心笑いがこぼれそうだった。
それは自分自身を嘲笑いたくなるような笑いだった。
自分は、なぜ戦士としてここまで真摯に関わってくれる人物を疑っているのだと。
彼女は本当に法皇国とまだ関わっているのかということと。
「イグニス……済まないな」
「‥‥…なにがだ?」
「なんでもないさ。……マールのことだよ」
違う。
マールのことも申し訳ない。
だが今この瞬間謝りたいのは彼女を疑っていることだ。
そして彼女の友人であるセーリスクを部下として扱おうとしていることだ。
「……今更気にするなよ。決してお前のせいじゃない。俺の力不足だ」
しかしイグニスは気付かない。
骨折りが自分にどんな感情を抱いているかなんて。
いや骨折りにとって気付かれている方が幸せだった。
「……じゃあな」
「ああ、飯はしっかり食えよ」
「お前みたいに食わねえよ」
自分は、アラギを守りたい。
この気持ちが、あの人間の少女に会った時から根付いたものなのか。
それとも運命のように心惹かれているのかは全く分からない。
だがどちらにせよ、この国を守らなければアラギの平穏は存在しない。
すまない、イグニス。
豊穣国という国にとって法皇国はあまりに脅威だ。
天使の一人であるお前は尚更。
だが、今は感謝しよう。
友として見送ってくれるお前に。
馬車には、プラードとアーティオ。
その二人が乗っていた。
二人は他の周囲に気付かれないようにこそこそと話し合っていた。
アーティオは、プラードの膝に乗りながら胸元に身を預けながら語る。
「お主がこの国を離れるのは、初めてじゃの」
アーティオは感慨深そうに、しかしどこか哀しみを持ちながらプラードに話していた。
それは思い出話だろうか。
彼女の目には、やさしさと幸せが移っていた。
「そうだな。……私は幼少期のころからずっとこの国にいる。豊穣国を離れることもなかったな」
「初めてあった時のお主は、坊ちゃん臭さが抜けておらんかったのお。誰と話しても緊張して硬くなって……ただひたすらに懐かしい」
「……今は必死に鍛えて、技も磨いた。坊ちゃんだなんて言われる覚えはない」
「まさかあの時は、恋人として愛情を抱くとは思っていなかった」
「私は、貴方に一目ぼれだった」
「ふふ、知っておる」
アーティオは、まるで恋を知ったばかりの乙女のように頬を真っ赤なリンゴのように赤くさせる。
心に宿った感情のまま。
その乙女は惚れた男性の胸に頭をこする。
しかしプラードは、それをからかうこともなく指摘することもしなかった。
ただ彼女の瞳を見つめキスをした。
「私の愛は君とこの国に注がれているよ」
それはからかいもなく、ただひたすらに真面目な愛の言葉だった。
そしてその言葉をきいた少女は涙を流す。
「いくな、プラード。お主を失うのが怖い」
「大丈夫だ、アーテ。私はこの国を守って見せる」
「ふふ……お主はいつでも真面目じゃの。そんなお前を愛しておる」
「私もだよ。アーテ。戦いが終わったら幸せに暮らそう。二つの国をより豊かにするんだ」
その甘い時間を邪魔する勇気は骨折りにはなかった。
驚いた、自分にもこういったものを気遣える配慮があったのか。
そんなことを考えて、くすりと笑う。
また守るものが増えてしまった。
彼は絶対生きてこの国へ返す。
馬車は出発する。
目的地は、獣王国。
そこは獣の王国。
戦いは再び再燃するだろう。