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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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二十話「骨折りの継承」


会議は終わった。

結局、これからの自分の仕事は骨折りとプラードがいない間豊穣国を守ることらしい。

重大な戦力がいないことは問題だが大丈夫なのだろうか。

プラードから獣王国が攻めてこない理由を聞くことができたが、やはり不安というものはまとわりついてくる。


「イグニス」

「なんだ、骨折り」


骨折りは自分に話かけてきた。

なんなのだろうか。

獣王国への侵入の前に自分に話したいことでもあるのだろうか。


「セーリスクというやつと話がしたい。間を取り持ってくれないか?」


どうやら骨折りは、セーリスクと話がしたいようだった。

なるほど、会議の前にした話の関連だろうか。

どのような内容であっても、骨折りがセーリスクに関心を持ってくれるのはありがたいかもしれない。

馬が合うのかは甚だ疑問だが、骨折りに合う性格がそもそもわからないので気にする必要もないだろう。

そんなことを考えていると、あるひとつのことを思い出した。


「ああ……いいよ」


自分とセーリスクは、なんというか喧嘩みたいな状態になっている。

セーリスクとしても、自分としても好ましくないのだがやはり喧嘩だ。

意見のぶつかり合いとでもいうのだろうか。

少なくとも、セーリスクの今までの関わり合いのなかではセーリスクの向けてくる感情はほとんど尊敬だった。

要するに意外だったのだ。

セーリスクがあそこまで憎悪の形をぶつけてくることに。

セーリスク自身も望んでいなかったことだろう。

彼は戸惑っていた。


正直どういった形で話を始めればいいのか見当もつかない。


「……」

「気乗りしないのか?それなら自分でいくが……」

「気にしないでいいよ。俺から言ってくる」


骨折りに、セーリスクを助けてくれと頼んだのは自分だ。

骨折りから助けてやろうかといったわけでもない。

そうなると、セーリスクと自分の小さないざこざに巻き込むのも申し訳ない。

勇気を決して、セーリスクに話をする、


「セーリスク……いまいいか?」


語気が少し弱くなってしまう。

こういった喧嘩というものに、自分は慣れていない。

どのような感じで人は仲直りするのだろうか。

自分はそういう物を知らない。

マールとはすぐ仲直りできたのだが。

セーリスクは、話かけてきたことに意外そうな顔をするがやはり声は普段と様子が違った。


「……なんでしょう」

「お前に紹介したいやつがいるんだが」

「よう」

「……あっ」


セーリスクはその男を知っていた。

その男は、ペトラのゴーレムとの戦いのときに観戦していた人物だ。

骨の仮面をかぶり、重厚な鎧を纏った男は嫌でも目立った。

もし骨折りという人物ではなくても頭からは離れなかっただろう。

プラードと同等の覇気を持っているこの人物に少し警戒したものだが。

プラードと同じようにイグニスと知り合いなのだろうか。

セーリスクはそんな感想を持った。


「骨折りだ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」


軽く雑に挨拶する骨折りとは、対照的にセーリスクは深々と頭を下げた。

性格とはこういったところで出るのかもしれない。

元々骨折りは他者を気遣うことの少ない人物なのだが。



「早速だが、本題だ。まずはそうだな……お前を鍛えよう。いま現時点からの短期間でお前をある程度ついていけるようにする」

「……どういうことですか?」


なぜ骨折りが、自分を鍛える必要があるのだろうか。

イグニスの方をセーリスクは見た。

彼女は少し目をそらし、こっちを見ていなかった。

なるほどと、セーリスクは納得した。

イグニスは、彼にお願いしたのだろうと。

ライラックに絶対生きて会わせようとしているのだ。

確かに自分もこんな形ではライラックと死に別れたくない。

彼女にもっと違う形で愛を告げるのだ。


「別に、現状俺がお前を鍛えるメリットなんてこれっぽっちもない」

「……ないならそれでいいじゃないですか。貴方に鍛えてもらう理由なんて」


少なくとも今の段階での問題点は、セーリスク自身の魔法の自傷だ。

ペトラとの相談でそれはある程度改善できることがわかっている。

ネイキッドとの戦いでそれはどのくらい作用するかはわからないが、前回よりはうまく立ち回れるはずだ。

骨折り自身も望んでいないのなら、教わる理由なんてなかった。


「次ならうまくいく。……なんて考えていないよな」

「……!」

「残念だけど、お前は酷く弱いよ。死にかけたんだろう?」

「……そうですよ。僕は負けました。だけど僕の攻撃は相手に通用していた」

「……ほう。あの男に」

「知っているんですか」

「ああ、俺もあの男とはやり合った」


そうだ、苦し紛れの形とはいえ自分の剣はネイキッドの首元にまで届いていた。

そのことは、骨折りにとって意外だったようで少し感心している様子が見て取れた。

相手の主要な魔法【ギムレス・パシレウス】も見ることができた。

それに対処だってできるはずだ。

少なくとも自分は前回より圧倒的に同じ土俵の上に立っていると思っていた。

しかし骨折りはそれを強く否定する。


「次同じ相手にぶつかったらお前は死ぬよ。自覚しているか?」

「……まだわからないじゃないですか」

「いや、あいつはお前より強い。生半可な実力で勝てる相手ではない」


骨折りは、セーリスクにネイキッドは勝てる相手ではないという。

その言葉に少し動揺する。

あいつの執着心は凄まじいものがあった。

なぜだろうか。

確信ではないが、あいつとはまたやり合うだろうという勘があった。

そんな勘に頼るのも怖いが、そういったものを感じていたのだ。

そんな因縁めいた相手との戦いの間に、お前は勝てない。

死ぬぞといわれたら誰だって困惑する。


「ならどうしろと」

「生意気だな。……お前も獣王国の戦いでは戦力に加わるんだろう。お前を助けてほしい。この馬鹿に言われたんだよ」


骨折りが、隣に立っているイグニスに向けて指をさす。

自身の発言をばらされてイグニスは恥ずかしそうだった。


「……馬鹿っていうなよ。あと指むけんな」

「イグニスさんが……?」

「戦いの中では、俺が助けられる可能性なんて殆どない。奇跡に近い偶然だろう。それならそもそもお前を強くした方が話が早い」

「……それで僕を鍛えようと?」

「ああ、俺の持っている技術ならいくつか伝えられるはずだ」

「……本当にいいのか?骨折り。お前の技は誰も知らないはずだ」



このことにはイグニスの方が驚いていた。

この世界では、誰かに技術を教えることなど血縁のものなど近しいものにしか教えないのが普通だった。

だからこそイグニスは驚いているのだ。

セーリスクは、驚きよりも疑問の方が大きくなっていた。

なぜこの人物は、自分にここまでしようとしてくれるのだろうかと。


「お前からの頼みだ。それぐらいしてやるさ」

「……なぜ僕にそこまでしてくれるのですか?あなたが親しいのはイグニスさんでしょう?」


そう、それが単純に疑問だった。

なぜ骨折りは、ここまで自分に話をしてくれるのだろう。

少しばかりの沈黙が続き、骨折りが話を始める。


「……俺がいつも依頼されるのは殺しのことだ。あいつを殺してくれ。消してくれ。それは何度もあった」

「……」

「嬉しいんだ。ただの友人として誰かを手助けしてくれだなんて言われたのは」


イグニスにはそんなつもりは一切なかった。

ただセーリスクが生きることを望み。

それを最も叶えることができる人物が骨折りだけだったということ。

しかし骨折りには違った。

かつて人間の少女を救ったときのように。

誰かを救うことが自分の救いになると感じた。

これも救いなのだと。

友の願いを聞き入れた。

そしてそれは自分にとって失われた過去を補うものだと察していた。


「強くなれ。セーリスク。お前は生きろと願われている。それはこの世界において幸せなことなんだ」

「……お願いします」


セーリスクは頭を下げる。

駄目だ。

こんなことを言われてしまったら、自分は何にも言えなくなってしまう。

たとえ、今現在意見の相違で喧嘩しているイグニスの頼みから発生したものであっても自分はこれを無碍に扱うことなんてできない。

このチャンスを手放すわけにはいかない。

そしてこれを失ってしまえば、自分の未来にあるものは死だ。

そう思い、頭を下げた。


「わかった。俺の技をお前に伝えよう。それはきっとおまえの役に立つ。お前は生きるんだ。生きるために抗え。セーリスク」



その日から骨折りの特訓は始まった。

骨折りの特訓は、酷く大変なものだった。

だがセーリスクは過去に出会った二つの狂気を思い出し踏ん張った。

骨折りはそんなセーリスクに関して喜んでいた。

止めてやりたくなる瞬間も何度もあった。

しかし自分が止める訳にはいかなかった。

これはセーリスクの戦いなのだから。


ライラックのことを話に出すと笑いながらその子の為にもっと鍛えるかとさらに爆笑していた。

それ以上やると、獣王国での戦いの前に死んでしまいそうだからやめてほしい。


「イグニス。もう少し時間が立てば俺は獣王国に旅だってしまう。そのあとはお前がセーリスクを鍛えてやってくれ」

「ああ、わかったよ。お前の努力を無駄にはしない」

「頼むぞ、お前から言い始めたんだ」


骨折りは、セーリスクを鍛えることに必死になっていた。

セーリスクに自身の技を教えるのに慣れていない様子でもあった。

話を聞くには、骨折りは一度も弟子というものを持ったことがないらしい。


「お前いままで親しい人物とかいなかったのか?」

「ああ……記憶にはないな」

「記憶ね……俺にはお前がどうやって強くなったのも気になるがな」

「気づいたら戦場にたって剣を持っていた。俺も気にしていないよ」


骨折りの名前が、いつから広がっていったのかそれを知っているものはいなかった。

デア・アーティオにも話を聞いてみたが、【骨折り】という名前はここ最近に広がったらしい。

だから自分が覚えている昔には【骨折り】は聞いたことがないという。

彼女はなにかを隠している様子ではあったがそれ以上聞くことができなかった。


プラードの話では、ここ数十年前の獣王国付近では戦争が立て続いたらしい。

正直今の戦力と昔の戦力では、昔の獣王国の戦力の方が多いといっていた。

その中では、幼少期から剣を持つものも珍しくなく骨折りはその中にいたのだろうと推測を立てていた。

精神的な病を持ち、記憶を失ったり戦場に立てなくなる兵士も多いという。

古来から戦いに親しかった獣王国ならではの話だろう。


しかしそうなると、尚更骨折りの正体というものがわからなくなった。

彼は一体何者なのだろう。

以前は、謎の多い人物なのだなと気にも留めず詮索もしなかった。

だが、人間の少女にやけに肩入れしている様子や、自身の願いによってセーリスクを鍛えようとする様をみると違和感を感じる。

いやこれ以上考えるのはやめておこう。

彼の不機嫌を買いたくはない。

骨折りとはこのまま味方でいたい。


そんなことを考えていると、骨折りがセーリスクに何かを教えていた。

好奇心で近寄ってみる。

どうやら骨折りは持っている剣を見せているようだ。


「俺の剣は、普通のものよりかなり重い。持ってみろ」

「はい」


セーリスクは、骨折りの剣に触れてみた。

そうして驚いた。

彼の剣はとても振り回せるようなものではなかったのだ。

手首がもげるかと思った。

骨折りは、セーリスクの手から剣を取る。


「イグニスも持ってみるか?」

「ああ、貸してくれ」


どうやら自分が近づいていることには気が付いていたようだ。

骨折りが、きっと大事にしているであろう武器を貸してくれたことに感謝をして武器を受け取る。


その剣は、見た目通りのただの鉄塊のような剣だった。

魔法の耐性は、いくつか感じることができるがただそれだけの剣。

なんというか、壊れにくさと破壊力をとことん追求したような使用者泣かせの剣だ。

そんな感想をイグニスはもった。

恐らくこの剣を扱えるのに特別な力などは必要ない。

ただ柔軟性や筋力などといった単純な身体能力が必要だろう。

獣人であれば、ある程度の力を持っていれば扱えるんじゃないか。

そう感じてしまうほどにその剣は普遍だった。


「ただ重いな……それだけだ」

「獣人の骨や皮膚は打撃による衝撃を和らげる。亜人にも、魔法を使うことで身体能力を上昇させ耐久性をあげるものがいる」

「お前の剣もそれの対策ということか?」


ただ重い。

単純だがこれも大事なことだ。

剣そのものが壊れやすく、使い手が未熟だと剣は壊れてしまう。

しかしこの剣は、相手の剣も難なく破壊できそうなものだ。


「対策だなんていえるようなものではない。これは小手先の騙し手だ」


骨折りは、この世界における武器の存在を伝えたいようだった。

この世界で人類最強と呼ばれる男が普遍的な武器を持っている。

その意味を伝えたいのだろう。


「セーリスク、戦闘における武具による戦闘能力の差はそれほどない」

「つまり強い武器を持っても強くなることは殆どないということですか?」

「……【国宝級】と呼ばれるようなものはさすがに違うが、そういったものを持っている奴はかなり限られている」


【国宝級】。

それは国から国宝認定されるような能力や魔法。

武器としての性能をもったものにつけられる。

ラグエルの持っているラッパがそうだったなとイグニスは思い出した。

そして自身も法皇国でそういった装備を身に着けていた。

あとはミカエルが身に着けていただろうか。

プラードも獣王国の王子なのだから一つぐらいはもっていてもおかしくはないが国を離れる際においてきたのだろうか。


コ・ゾラは持っていなかった。

骨折りとセーリスクが戦ったというネイキッドという男も恐らく所持していないだろう。

そうなるとネイキッドとの勝負で重要になるのは、技術の量とそのタイミング。

それを骨折りは教えようとしているのだ。



「武器の優劣は存在するが、それは天と地ほどではない。僅かな差だ。故にこの世界では技術が戦闘において最も価値を発揮する」

「なるほど……」

「お前がネイキッドに勝とうとするならば、遠距離では魔法。近接戦においての技術が欲しい」

「……」


確かにそうだとセーリスクは感じた。

接近戦においてネイキッドは自分以上の身体能力を誇っていた。

遠距離でも、自身の氷の魔法と【ギムレス・パシレウス】は相殺されるに終わっていた。

現時点では有効打が限り少ない。


「そしてだからこその【骨折り】だ」


骨折りは近くに置いてあった訓練用の人型模型を破壊する。

その打撃は鋭く早くとても目で追えなかった。

いくつかのその傷跡は、その人型の関節を捻じ曲げていた。

模型は木っ端みじんに破壊されていた。

亜人の耐久力よりはるかに高いその模型を破壊するのに今のセーリスクでは困難だ。


「……!」


セーリスクはその技術に沈黙する。

それを知りたいと思ってしまった。


「この技術はお前は身に着け扱え。お前なりに改良し、そしてお前のものにかえるんだ。セーリスク」


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