十九話「会議は進む」
イグニスは、豊穣国の王城にいた。
セーリスクは先についているだろうか。
それにしてもセーリスクは先ほどの会話を気にしているだろうか。
彼や、カウェアという存在を侮辱するつもりは一切なかった。
けれどもコ・ゾラという人物は決して矮小なものではなかった。
彼は、悪人だ。
彼は、狂っていた。
傲慢で愚かで異様で。
とても正常とは思えなかった。
しかしその生き様は決して笑えるものではなかった。
彼も自分の信念に基づいて生きていたはずだ。
彼にも信じていたものがあったのだ。
そうでもなければあの強さは手に入らない。
そう思いたいのは我儘なのだろう。
それは、きっとセーリスクにとっては忌々しいものだろう。
彼はコ・ゾラという存在を殺したかったはずだ。
許してはいけない存在なのだ。
セーリスクにとってコ・ゾラという人物は完全なる悪ではなくてはいけないのだ。
それになのになぜだろう。
彼の中に武人として生きた心を感じたのは。
本の少しの善良な部分を感じたのは。
自身の心の中にわだかまりを感じる。
感情が正しくろ過できていないというか。
セーリスクがあのような感情を持っていたのがそれほどまでに意外だったのだろうか。
本来のコ・ゾラという人物。
まだカウェアが生きていたころのセーリスク。
両者互いに【今】とは違う。
【もしかしたら】を考えすぎて頭がこんがらがってくる。
思考が鬱屈としてくる。
法皇国にいたころはこんなことを考えなくてもよかった。
迷う必要性がなかった。
だが今これから【イグニス・アービル】として生きるのなら。
こういったことに悩むことが必要なのだろうか。
ああ、マールに会いたい。
彼女だったら、何も考えずにきっと甘えてくれるだろうに。
それが癒しだった。
少しばかり泣きたい気分だ。
そんな夢想にとらわれていると声をかけるものがいた。
骨折りだ。
骨折りは、声をかけるのにためらっているようでもあった。
「……帰ってきたか、イグニス」
イグニスが物思いにふけっていることを察してくれたのだろう。
なぜこの男は、普段は雑な癖にこのような気遣いができるのだろうか。
すこしばかり舌打ちしたい。
「よう、骨折り」
慣れ親しんだその薄汚い鎧を着た男に手を振る。
よく考えれば、この男とも戦った経験があったなと。
懐かしい気持ちに浸る。
骨折りは、自分のように人との関わり合いで悩む経験はあるのだろうか。
「随分と長かったな。知り合いと会っていたのか?」
「ああ、ちょっとな」
ライラックとセーリスクの話をする必要もないし、
説明しなくてもよいだろう。
「そうか。まあ、そういう時間も必要だしな」
骨折りに、なぜか違和感を感じた。
自分が、骨折りの知らない友人と会うのに何か問題があっただろうか。
まあ、疑われても仕方のない立場にいるのは事実なのだが。
そんなことを考えていると、話はイグニスの予想していないものへと変わっていた。
「新しく仲間に加わった新人。お前の友人というのは本当か?」
これは、セーリスクのことだ。
イグニスは即座に分かった。
「セーリスクのことか。ああ、そうだが」
骨折りは、セーリスクと会ったのだろう。
果たして彼は、セーリスクにどんな感想を持ったのか。
少し興味がわいた。
しかし骨折りから出た言葉はそんな期待を裏切るようなものであった。
「悪いことは言わん。あいつは死ぬな」
あいつは死ぬ。
そんな冷酷な言葉を軽く骨折りはイグニスに告げる。
そしてイグニスもすんなりと胸の奥に入っていくのを感じた。
自分にとってその言葉は意外でもなんでもなかった。
セーリスクは弱い。
それは事実だ。
「……だろうな。あいつは、この戦いについていけない」
「意外だな。お前はわかっていないからあいつを止めなかったんだと思ったんだが」
「あいつにも譲れないものがあるんじゃないか。そう思ってしまったんだ」
「……止めないのか」
「ああ、重傷を負った時にでも無理やり他の国に連れ出すさ」
骨折りが、仮面の裏でふふと声を出して笑う。
その顔はみえないが、笑っているのがわかった。
「やさしいな……お前は。俺はそんなことしようとすら思わないのに」
「やさしくはないさ。こんなものやさしさなんて言わない」
そうだ。
こんなものやさしさではない。
今、マールを探すためにはこの国には負けてもらっては困る。
そのための戦力であれば、いくら小さくても構わない。
それに本当のやさしさであれば。
ライラックと、セーリスク。
この二人を海洋国まで連れていくのが正解なのだろう。
まあ、セーリスク自身が望んでいないのだからどうしようもないのだが。
しかしセーリスクが、戦いに行くのは変わらない。
友人であり。
この国来た時から仲の良い人物に死なれるのは自分としても嫌だ。
だからこそ思いつくことがひとつあった。
それは。
「……もしよかったらでいいんだ。あいつが死にそうになったら助けてくれないか」
同じく戦いの仲間に助けてくれと頼むことである。
骨折りであれば。
この人物であれば、過酷な戦いでも守ってくれるかもしれない。
少なくとも、自分だけ生きて帰ってライラックのなく姿を見たくはない。
「……貸し一つな」
「ああ!よかったよ」
これには、安心した。
普段の骨折りであれば、舐めるなと怒られてもしょうがない。
断られるのも想定のうちだったが、彼は承諾してくれた。
これはイグニスにとってうれしい誤算だった。
「……お前には、半獣の子で迷惑をかけた。守れなかった。一つぐらい聞いてやるよ」
「お前のせいじゃないさ……」
骨折りは、義理堅い。
やはりまだ気にしていたのだ。
イグニスに、マールのことは護るといっておいて連れ去れてしまったことを。
きっと骨折りは、マールのこともセーリスクのことも気にかけてくれる。
彼との友情というものは意外と育っているのかもしれない。
そのあとは、他愛のない話をした。
特にこれいった目的もないくだらない話を二人で楽しんだ。
彼の表情は見えず、笑っているのかははっきりしなかった。
だが、自分との会話を楽しんでいてくれているのはなんとなくわかった。
王宮の人々とすれ違い、手を振る。
彼らにも認識されてきたようだ。
そういえば、あのエリーダの助手は元気だろうか。
そんなことを感じるということは
自分もこの国に居場所というものを持てたのかもしれない。
王宮を歩いているうちに、アーティオの待つ部屋にまでたどり着いた。
その前には、初めて会った時のようにプラードが真面目な顔をして立っている。
しかしその顔は不機嫌で、なにかしら小言を言いたそうだった。
「遅いぞ、二人とも」
「すまないな」
「ごめんな、プラード」
「やけに素直だな。まあいい。早く席につけ」
プラードが扉を開ける。
そこには、いつもの面子に加えてセーリスクが座っていた。
しかし人間の少女とエリーダの姿が見えない。
セーリスクにはまだ事情を明かせないから見せていないということだろうか。
エリーダはその面倒を見ているのだろうか。
「……セーリスク」
「おかえりなさい、イグニスさん」
イグニスに声を掛けられ、セーリスクは反応をする。
しかしその顔には違和感があった。
セーリスクは、先ほどの会話を気にしているようでもあった。
「帰ってきたか。骨折り、そしてイグニス」
「ああ」
デア・アーティオは二人の姿を確認する。
どうやら全員集まったようだ。
会議は始まる。
「それでは、開始しよう。ペトラ説明を頼む」
「はーい」
アーティオの隣に座っていたペトラが席を立つ。
その声は、いつものように軽かったが目つきは鋭く真剣そのものだった。
「まあ、みんな知っていると思うけど今回戦力として新人が入った。現時点での戦闘力としては未熟だが、潜在能力は申し分ない。彼をメンバーに加えて今後の戦いに臨む。反対する者はいないね」
ペトラが、セーリスクに視線を向ける。
ペトラとも接していたのかとイグニスはそれに少し驚いた。
セーリスクはみんなに向けて頭を下げる。
少し纏っているような雰囲気が違うようにかんじられた。
彼はわかっているのだ。
ここにいるひとりひとりが、自分より強き強者であることを。
この場にいる誰よりも自分は劣っている。
それを察していた。
セーリスクは、この場にいる人物全員に認識されているようだった。
少なくとも、これからの戦いに彼がついていけないと非難する者はいなかった。
「いないね。それを踏まえて次の話に行こう。まず、今回の戦いお疲れ様。前回よりも敵の戦力の規模は大きかったが被害はかなり抑えられた」
「死者は?」
「死者は、一般市民は一名もいない。豊穣国を囲う城壁を攻められた時点で避難を誘導することができた。ただ兵士の損害はかなりひどい。今後も戦力不足は問題だね」
「少なくとも、今後豊穣国を攻められたら守り切れないな。数で攻められたらこのメンバーでも回しきれない」
「だね、豊穣国に入れないようにするほうが楽かもしれない。試してみるよ」
「多眼の竜はどうなった」
「残念だが、死骸は消えてなくなった」
「消えてなくなった?どういうことだ。燃え尽きたわけではないだろう」
「もちろんボクだって死骸を検査するために近づいたさ。だけど一日もたたないうちに原型を残さず腐敗して消え去った」
「腐敗か……強制的なアンデット化の影響か」
「少なくともアンデットになって死骸が残らないなんてことはなかった。現に獣のアンデットと呼ばれている個体の死骸は残っている」
「……まあ残っていないものは仕方がない。獣のアンデットを調査してわかったことがあったら頼む」
「了解」
「……わらわからも聞きたいことがひとつある。敵の幹部に接触した四人に聞きたい」
そういってデア・アーティオはイグニス、プラード、セーリスク、骨折りを見る。
「……なんだ」
骨折りはどんなことを聞かれるのかと怪訝な声を出す。
「今回アダムは接触してこなかったか」
「……アダム?」
「セーリスクにはまた説明する。それでどうだった?」
それはアダムのことについてだ。
前回王宮にまで踏み込んできて、積極的に戦場に踏み込んだ彼が今回では全くといっていいほど顔を出さなかった。
アーティオはそれを疑問に思っているのだ。
なぜ今回は彼自身がでてこなかったかを。
そしてそれを気持ち悪く感じていた。
「……していないな。セーリスク君と一緒にいたが、今回戦ったのはネイキッドのみだ。話には出てきたが、それほど敬意を払っている様子もなかったな」
プラードは、敵の主要な人員であるネイキッドと接触した。
彼は曲者であり、ある程度の強さを持っているとプラードは認識していた。
しかし彼がアダムに与している理由がいまいち読めない。
誰かの下につくような性格でもない。
そのうえで、アダムを崇拝している様子もなかった。
「骨折りは?」
「シェヘラザードという女だったか。アダムの気配は全くなかったな」
骨折りも同じく、シェヘラザードのことを思い返す。
彼女はネイキッドとは違って、アダムのことを信頼し尊敬しているようでもあった。
心棒者といったところだろうか。
【転移】の魔法道具が彼女に預けられていた。
ということは、アダムにとって彼女の地位はかなり高いのか。
そんな推測を立てていく。
最後に視線を向けられたのは、イグニスだった。
彼女は最後まで口を閉じていた。
「イグニス……お主はどうだった」
全員の視線がイグニスに行く。
駄目だ。嘘は付けない。
この信頼を裏切りたくはない。
ここで白状してしまおう。
「……あったよ。おれはアダムと名乗るやつに出会った」
イグニスは、アダムにあったことを告げる。
しかしひとつだけ伝えていないことがある。
それは法皇国の面々と会ったことだ。
「……お前よく無事だったな」
骨折りが心配そうに声をかける。
ペトラもイグニスのことを心配しているようでもあったが、自分の体を抑えてそれどころではないようだ。
体の痛みがきになるのだろうか。
「なんとかね。……あいつはそれほどやる気を持っていなかった」
「でもイグニスには接触してきたのだろう。なぜ戦闘行為にはならなかった」
プラードがそう聞いてくる。
骨折りのはなしを聞く限り、ここまでの一連の事件は彼が元凶だ。
それも好戦的。
戦闘技能も異常で、それによってペトラは死にかけまで追い込まれた。
それなのに、イグニスは今この瞬間にまで何も伝えずそのうえ無傷なのだから。
「あいつはコ・ゾラの死体を回収したがっていた。多分それだろう」
「……それでもそうか。あやつはこの国にきていたということか」
アーティオにとって重要なのは、アダムがイグニスと接触したことではなく
豊穣国でアダムが隠密行動をとっていたことのようだ。
たしかに、あの時アダムが何を仕込んでいたのか。
それは少しだけ行われた会話でもわからなかった。
「そうだ。戦闘に加わらなかった意図はわからないが、何かを調べているようでもあった」
「何かを調べている?」
「ああ、あくまで俺のところに来たのはコ・ゾラがやられたからだと。目的は別にあると」
「目的……?奴はまだ豊穣国に仕掛けようとしているということか」
「……ペトラ。念のためそれも頼む」
「……わかりました」
「それが知れてよかった。済まないな時間を割いてしまって」
「アーテ。君が気にすることではないよ。君はこの国の長なのだから」
「うむ……そうか」
「いちゃいちゃするのやめて本題にもどろうぜ」
二人の愛し合いが、始まってもまずいので骨折りは制止させる。
もちろん二人にはそんな気はないのだろうけど、傍から見ている分には気まずい。
あはは……それじゃあ話を戻すよ」
「……ああ、頼む」
「これからの獣王国との戦いの継続は困難だと僕とプラード。そしてアーティオ様は判断した」
「うん。俺も同意だ。また攻められても、この国の住人がいなくなる方が早い」
骨折りも同じ結論のようだ。
イグニスもまた同意していた。
正直この国が戦闘で優位に立てる未来が見えない。
「よって最終的な結論は、獣王そのものを叩く。これに決定した」
獣王そのものを叩く。
簡単に言うがそう簡単ではないだろう。
イグニスは疑問におもったことをペトラに聞いてみる。
「獣王本人を叩くというがどうやってするんだ」
「まずこの作戦に確実に必要なのは、骨折り、プラード。この二人だ」
骨折りとプラード。
この二人が必要になる理由は何となく想像できるが理由を聞いてみようか。
「愚問だが、二人が必要な理由は?」
「理由は、それぞれに二つ。まず骨折りは、以前に一回獣王国に侵入した経験がある。二つ目は、獣王本人の戦闘能力やアダムとの戦闘を考えた時骨折りでなくては勝つことができないと判断したから」
「戦闘面で、骨折りが必要なのはわかる。だがその時に使用していたルートが潰されている可能性は?」
「大丈夫だ。それも考慮したうえで、他の侵入パターンは備えてある」
「なるほど。ではプラードが必要な理由は?」
「一つは、獣王国との反乱軍との連携。やつらにとってプラードはいい神輿になるはずだ。それに血統という意味でも強さでも獣人である彼らはプラードを無視できない」
「すでに、私の味方である二人には連絡が取れている。それ以外の戦力も集めることができるはずだ」
「二つ目は?」
「二つ目は簡単だ。プラードを新たな獣王国の王にする」
新たな獣王国の王にする。
その言葉をきいて少し鳥肌がたった。
確かに実力社会と血統の獣王国では、プラードしか選択肢がないのもうなずける。
「なるほど……それは重大だ」
「すまないな、アーテ。このような形になってしまって」
「気にすることではない。プラード、お主はお主の為すべきことをしろ。謝罪することではない」
プラードが、謝ったのはこのような形で王になることが決定したからだろうか。
本来平和な未来であれば、二人が結婚し子を為してプラードが王になる未来もあったのだろうか。
その場合、獣王国と豊穣国は合併してより益々の発展が望めただろう。
まあ、これもすべて妄想なのだろうか。
「よって、プラードと骨折りには獣王国に侵入してもらいたい。いいね」
「わかった。異論はないよ」
「私も準備しておこう」
「イグニスとセーリスク。君たちも二人がいない間。それを埋める活躍を求めるよ」
「…‥もちろんさ」
「本格的に、獣王と戦うことになったら君たち二人にも獣王国に行ってもらうことになる。入念な準備をしておくように」
話は終わったようで、ペトラは席に座る。
喉が渇いたようで、おいしそうに水を飲んでいた。
マイペースか。
「君たちには、とても負担をかけている。それは重々承知している。だけれどもこの国を守るために力を貸してほしい」
「……わらわからも頼む。この国にはお主たちの力が必要じゃ。どうかこの国の大地と国民。そして未来を救うために力を貸してくれ」
「……頭を下げないでほしい」
「そうだ。俺たちは、この場所にそれぞれの理由があって戦っているんだ」
「……」
骨折りは、その感謝を断った。
そうだ。
自分たちはこの感謝のために戦っているのではない。
それぞれの理由があって、戦っている。
イグニスは、マールの為。
骨折りは、人間の少女の為。
セーリスクは、ライラックと己以外知らない願望の為。
決してその理由は感謝されるためのものではない。
だからこそ断った。
「そうだな、お主たちはそのような者だったな。だが感謝しよう。この国を救ってくれることを」
そんな女王の真摯なる感謝によって会議は終わった。
これからの戦いがどうなるのか。
その未来を知るものはこの場に一人もいない。
ただ誰もが、自身の望む未来のため努力していた。
そんな時、ある場所に潜んでいる裏切者はひっそり笑っていた。
「ああ、素敵だね。お涙頂戴だ。俺好みの実に汚い未来だ。精々楽しんでやるさ」
裏切者はひとり呟いている。
顔のないその正体を知るものは一人もいない。




