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ヒューマンヘイトワンダーランド  作者: L
四章 獣王国進撃編
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閑話「トカゲの男」


その男は、武人だった。

小さき獣人はその男の背中に憧れた。

その男のように強き武人になるために。

男は、ひたすら自らを磨いていた。


「ゾラよ。体調は大丈夫か?」

「はい、族長様」


ここは、獣王国の郊外にある砂漠。

そこには、トカゲの獣人【コ族】が住んでいた。

水分の少ない場所だが、もともと蜥蜴の獣人として水分は少量でいいので困ることはなかった。


族長と呼ばれる男に声をかけられたゾラはお辞儀をする。

しかし族長はそれをやめるように指示をだす。


「そんなに固くなることはない」

「ですが……」


族長と呼ばれる男は、【コ族】で一番強い。

まだまだ一族のなかでも弱い立場にいるゾラには、遥か遠い人物に思えた。

よってゾラも、族長の前では硬くなってしまうのであった。

しかしそんな彼は、コ・ゾラに対し礼儀正しすぎるというのだ。

その言葉に困惑をする。


「私には、わかる。お主は私よりも強さを得る。自らより強き強者にそんな態度をとられてはこちらが烏滸がましい」

「そんな……私など、あなた様に全然及ばぬというのに」

「くどい。慇懃無礼という言葉をしっておるか。礼儀正しさというものは、見るものを清めてくれる。しかし過度な丁寧というものも、苛立ちをおぼえるものだ」

「……胸に止めておきます」

「よい。私もお主の未来が楽しみなのだ」


ゾラは、今回の要件を族長に問う。


「今回、お呼びになられたのはどういった御用が」

「お主の兄の事だ」

「兄が……何を」

「……このことはまだ誰にも話すなよ」


その真剣な表情に、コ・ゾラは思わず唾をのんだ。

族長は語る。

それはコ・ゾラにとって信じがたい一言だった。


「獣王国で人を殺した」

「な……兄が……まさか」


ゾラの顔は、驚きに包まれその感情は愕然としていた。

ゾラの兄は、一族の中でも強い戦士だった。

村でも、尊敬され誇りでもある兄だった。

そんな兄が、故意で人殺しをするとは思っていなかった。


「それも戦士ではない。一般のものだ。これが我が一族では恥ということがわかるな?」

「はい……」


コ族での一番重い罪。

それは戦士ではない一般人を殺すことだ。

戦士は戦いのなかで生死を探し求め。

戦いで死ぬことを武勇とし、誉であると考えていた。


だが戦士が、戦士ではないものを故意に殺した場合。

戦士ではないものは、どこにもいけない。

何もない虚無に行くとされていた。

そのため戦士は、殺した戦士ではないものを導くために処刑されるのだ。


つまりコ・ゾラの兄は死刑が決定されたということだ。





「お主の兄、コ・リツは一族の中でも次期族長と呼べるほどに強かった」

「……」

「だが戦士として、戦士ではないものを殺したのであればそれは罪だ。この村で処刑するしかない」

「もともと、我が一族は殺しすぎた。だからこそ獣王国でも嫌われ者だ」

「嫌われ者といわれるような道は辿ってきた覚えはありません」

「……だがそれが現実だ」



獣王国における【コ族】の扱いはあまりよいものではなかった。

なぜなら獣王国の歴史における戦いのなかで、コ族は味方にも敵にも被害をもたらした。

戦力として強いのはいいのだが、その体内から発生する猛毒のせいで味方の被害が甚大だったのだ。

その特性上、獣人や亜人が多く住むところに集まることができない。

もし住んだとしても、その猛毒によって被害がでてしまうからだ。

だからこそコ族は、郊外に住んでいた。


しかしコ・リツはその強靭な精神によって猛毒の発生をある程度抑えることができる数少ない人材だったのだ。

そんな彼は戦士としても有能だった。

獣王国、および獣人はより強いものを優先するという特性がある。

よって【コ族】たちの老人は考えたのだ。

コ・ゾラの兄である、コ・リツを獣王国の兵士として働かせようと。

もし彼が獣王国で活躍すれば【コ族】の国における立場は上がる。

そう考えた。

要するにコ・リツとは期待の星だったのだ。

しかしその人物が、獣王国で殺しを働いたらしい。

これは、いままでの部族の働きを無に帰することに等しい。


だからこそ族長は、コ・ゾラにだけに伝えたのだ。




「ただでさえ我が一族は獣王国でも迫害されていた。さらに今回の一件で悪化するだろう。村一番の戦士がこうなるようでは我らの考えももはや古いのかもしれない。今はもう戦士などいないのだ」

「なにを言うのですか!族長!」


コ・ゾラは、族長の言葉に憤りを覚えた。

それは、いままで部族が大切にしていたものを。

自分が誇りとしていたものをそのトップが否定したからだ。

しかし族長は、その否定に対して怒りも喜びも見せなかった。

そこにあるのは哀しみだけだ。

それは、これからを生きるコ・ゾラの憐れみだった。


「戦士が殺し合う時代はもう終わった。ゾラよ、兄のようにはなるなよ……お主が生まれてくるのは遅かったかもしれないな」

「……」


コ・ゾラは、その言葉に何も言うことができなかった。

いや何も言わないことこそが正解だったのだろう。

一番つらいのは。

一番みてきたのは、族長なのだから。





そこは、檻。

獣王国殺人という最も重い犯罪を犯したコ・リツが捕まえられていた。

檻の前には、二人の鎧を着た兵士。

そしてコ族の族長が立っていた。


族長の顔は良く見えなかった。

ただ哀しみが、兵士にばれないように必死だったようにも感じられた。

コ・リツは語る。

それは、コ族というもののあり方についてだった。


「なぜ我らは、迫害されなければならないのですか?」

「この世は、一切皆苦。我らが迫害で苦しんでいる中。別の物は別のことで苦しんでいる」

「苦しめば、己の望むことができるのでしょうか?」

「それはわからない。だがなにかをつかみとることはできるだろう」

「……そうですか。いままで有難うございました」


「さらばだ。戦士よ。そして友よ。同じ青き空でまた会おう」」



コ・リツがどんな答えを得たのか。

それは全く分からない。

もしかしたら自分の返答に怒りを持っているかもしれない。

だがそれでもよかった。

きっと最後に会う場所は同じなのだから。

族長は、コ・リツが殺人を犯したとは思っていなかった。

だが抗う術を持っていなかった。

だからこそ友として言葉を残した。

自らが死んだとき。

きっと彼は同じ場所にいる。

そうあの蒼穹に。

それは、虚しい想像だった。




一夜明け。

処刑は終わった。

兄は首だけになって帰ってきた。

目の前に首が置かれる。

頭が真っ白になる。

幼少期から仲良くしていた兄はもういない。

そこにあるのは、首と胴体が分かれた兄だった。

喉奥から流動物が込み上げてくる。

舌が酸味を感じる。

のど元が胃酸で焼けるのを感じた。

しかし吐くわけにはいかない。

これは兄に対する礼儀だ。

最後まで弟としてありたかった。


鎧をきた獣王国の兵士は、厳しくも憐憫の情を持っていた。


「このものは罪人だ。申し訳ないが死体は遺族に預けることはできない。ただ首は返そう。丁重に弔ってあげるように……」

「はい。感謝を告げます。我らの罪人を捕まえてくれたことに」

「……」


ふらふらと村の中を歩いていると兵士の声が聞こえた。

獣王国で兄と一緒に働いていた者の声だ。

その者たちは、兄の処刑を手伝うために一軒家を借りていた。

どうやら酒を呑んでいるようだ。

弔い酒だろうか。

普段であれば、詮索するのもよくはないし聞いてはいない。

けれどなぜだろう。

兄と一緒に働いていた者が兄のことをどのように感じていたのか。

そんなことに興味が向いた。

もしかしたら話してくれるかもしれない。

そんな淡い願望だった。

コ・ゾラは、こっそり小さく扉を開ける。

その者たちの声がさきほどとは違い鮮明に聞こえてきた。


兄の話を聞こう。

そう思い、一歩踏み出した。

しかし聞こえてきたのは絶望だった。


「しかし馬鹿だよなあ、あの蜥蜴も」

「ああ、俺らが殺したのにな」

「だますのは簡単だったぜ。なにせ嫌われ者の毒蜥蜴だしなあ」

「そのくせ変なところでバカなんだからなぁ」

「そうそう頑固で真面目。そうして抜けてる」

「だから俺らの罪を着せられるんだよ」

「……なんだと」

「げ!聞かれてやがる」

「お前らそれは本当か」

「別にいいよ。こいつひとり聞いていたって何も変わらない」

「お前ら!!それは本当かといっているんだ」


コ・ゾラは怒った。

感情を向ける相手を得た。

やはり兄は戦士ではないものを殺していなかった。

殺したのはこいつらだ。

その声は確かな覇気を持っていて、何人かの動きが止まる。

止まっていなかったものもいたが、コ・ゾラがじろりと睨みつけそれによって動けなくなった。



「……」

「……お前らを殺す」

「な、何を!そんなことをしてこの村がどうなるかはわかっているの…‥」



その犬の獣人は潰された。

ゾラの拳によってだ。

悲鳴さえあげることなく。

脳髄と頭蓋を潰され息絶える。

他の獣人は、恐怖で何も言うことができなくなっていた。


「安心しろ。お前の心根などどうでもいい。だが感謝しろ。戦士として友として旅立った場所に汝らも行けるのだから」


お前らなど戦士でもなんでもない。

せめて同じ場所に送ってやる。

どうでもいい。

全てが。

自分の信じていたものの薄っぺらさを知ってしまった。



「助けてくれえ!!」

「五月蠅い」


叫び、助けを呼ぶものの頭を踏み潰す。

骨が砕け、脳みそがぶちゅりと音を立てて潰れる音が聞こえる。

なんだと感じる。

結局この者たちは野にいる獣と変わりはない。



叫びによって、族の者たちが寄ってくる。

ああ、邪魔だ。とそんな言葉が漏れそうになる。


「どうしたん……ゾラ!!!なにをやっている」


村の者は、獣王国の兵士の死体をみて驚愕する。

しかしその犯行が、ゾラによるものだと知ると怒りと疑問を持った。

だがそんなものはコ・ゾラにはどうでもよかった。


「汝も敵だ」


手刀で、喉を潰し。

二本の指で目を潰す。

裏拳で、背骨を砕き。

正拳で、腹を貫通し。

肘鉄で、鱗を割った。


まるで散歩をするように。

まるで景色を眺めるように。

その光景を作った。


自らと同格だと考えていた者を無双する。

ああ、この小さな世界はあまりにも弱すぎる。

そうして最後。

目の前には族長だけが残った。

族長は、大きな青龍刀のようなものを持ちコ・ゾラに向ける。


「ゾラ!!狂ったか」

「狂っているのは汝らだ」


ゾラに族長は大きく切りかかった。

その瞬間は、酷く遅く感じた。

その愚鈍な剣を、ゾラは後ろに避けた。



「必殺。毒鼓一打」


族長は、青龍刀により拳を防ごうとする。

しかし無理だ。

剣は、その拳に耐えることができなかった。

剣が砕け、その破片が宙に舞う。

砕けた剣の先にいたのは、族長の顔面であった。


その顔面に必殺の拳は重く響いた。

頬骨が、砕ける音がする。

必殺の拳が、終わるときには族長の顔面は壁にめり込んでおり原型をとどめていなかった。

壁から、体液のようなものが漏れ出した。

血が、床まで垂れてくる。



「三千世界。この世は狭い」




「拙僧の名は、コ・ゾラ。冥途の土産を増やすとしよう」


ゾラはそうして村に住んでいる男、女、子供。

それらすべてを自身の剛腕と技術によって潰した。

悲鳴が、耳に馴染み離れない。

恐怖が、記憶に焼き付いて離れない。

なぜだろう。

自分の求めていたものはこれではないはずなのに。

愉悦ではない。

ただ不愉快さが体にまとわりついてくる。

でもこれでいいのだ。

友は空に送る。

祖先の教えを守る。



コ・ゾラはかつて村だった場所にたっていた。

同胞の亡骸を、火で燃やす。

やがてその火は、住宅にも移っていった。

兄は、自分以外を受け入れようとして狂った。

しかし自らを変えようとして苦しんだ兄を、友であるはずの戦士は嘲笑った。

理解など意味がない。

戦士は、もうこの世に一人もいない。

ならば、自分が空に送る担い手となればいい。

死合うならそれは友だ。

きっと最後には、送ってくれる友もいるのだろう。

彼は虚空を掴む。

しかしそこには何もなかった。


「虚しいものだな。同族殺しとは」


そんなことを、そんな独り言をぼそりとつぶやく。

当然そこには誰もいない。

まあ、誰かに伝えたくて発したわけでもないが。


そんな時、自身の背後に誰かが立つのを感じた。

誰だ。

自分がここまで気配を感じれないのはおかしい。

余程の強者か。

振り返るとそこには、亜人でも獣人ではないものが立っていた。

しかし自分はその存在を知っている。

それは亡びたとされる人間だった。


「……人間。なぜだ」

「やあやあ、君がコ・ゾラかい?」

「誰だ。なぜ拙僧の名を知っている」

「僕の名前は、アダム。君の兄の仇は打ちたくないかい?」

「……もう興味などない。この世は、一切皆苦。皆もろとも滅びるだけよ」

「……言い方を変えよう。この世を終わらせたくはないかい?」


その人間は、酷く歪んだ笑いをしていた。

なぜだろう。

この人間に惹かれてしまうのは。


ゾラは、そうしてアダムと出会った。

自らの復讐をかなえるために。



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