十八話「悪辣なる会議」
「はあ、疲れたよ」
「お疲れさん。というかお前に疲れるとかいう概念あんのか?」
アダムは、フラフラの体で近くにあったソファーにドカッと音を立てて座る。
そこには優雅さなんて微塵もなかった。
疲労感をわざとらしくみせるアダムに、ネイキッドは労いの言葉をかける。
しかし当然の疑問で、目の前の化け物が疲労感を持てるのかという物も浮かんでいた。
アダムはそれを即座に否定をする。
「こういうのは雰囲気だよ。わかるだろ。なんか疲れていないのに疲れたとかいいたくなるの」
「……なんかお前の口からそういうことききたくないわ」
彼は、それは疲労感ではなく雰囲気だという。
ネイキッドはその答えのしょうもなさに呆れた。
精神的な疲労に関してはわかる気もするが、アダムとはそういうしょうもないところでわかり合いたくない。
そういう感情をネイキッドは持った。
アダムは獣王との会話を終わらせていた。
もちろんあの会話は、ネイキッドには一切聞かせていない。
ネイキッドの魔法であれば、あの場に忍びこむこともできただろう。
しかし相手は、獣王だ。
「王者の咆哮」で魔法が打ち消される可能性もある。
その経験からくる鋭さで気配が気付かれる可能性だってある。
よってネイキッドにはやめておくように釘を刺しておいた。
ネイキッドもおとなしく聞いたようだ。
アダムは、会話を振り返るのが思い出すのはひとつのことだ。
それは意外にも獣王がアダムの核心をついてきたことだった。
慣れない経験に不愉快さが湧いて出てくる。
しかし獣王が自分に疑いを持つのはどうでもいい。
だが計画に支障をきたさないか。
それだけが不安だとアダムは考える。
まあ、どうとでもなるだろう。
獣王は自分に反抗しない。
敗北をこれでもかというほど味わせた。
そのうえ願いを叶える方法まで与えたのだ。
獣王が反抗するメリットは一切ない。
ネイキッドはアダムにどんな内容を話したのか率直に聞く。
全くこの男は、個人的な会話をずけずけと遠慮せずに聞いてくる。
「どうだった?話し合いは」
「別に大丈夫だよ。前と変わらない。獣王は僕に対して抗うことはできない。大事な奥さんを人質に取られているようなものだしね」
「お前も悪辣だな」
「はは。褒めるなよ」
「褒めてない」
彼が、なぜ獣王という立場にありながら死者に縋りつくのか。
疑問には思うが理解する気は毛頭もない。
ただその事実を利用するだけだ。
「まあ、獣王が考えを覆さないだけまだいいよ。お前の考えでは少なくとも今の段階では俺らはこの国の立場にいる方が都合がいいんだろ?」
「ああ、そうだよ。ネイキッド。豊穣国と獣王国にはいくらでも争わせておけばいい。勝手につぶし合いしてくれればいいさ。僕らの目標はそこにはないんだから」
豊穣国という国は、今後の自分にとっては本当に邪魔な国だ。
ないほうが絶対よいと断言できる。
この世界においての、自分に対抗できる力は二つのみ。
人間の少女と女王デア・アーティオだけだ。
多眼の竜もうっすらと候補には上がるがあれは元から「観測者」だ。
こちらもあちらも手出しできない。
多眼の竜とは、そういう存在なのだ。
自分の最後の願いを叶えるとき女王デア・アーティオは天敵となる。
そしてその天敵は、豊穣国がなければ存在できない。
全く獣王も迷惑な国を隣において仲良くしてくれたものだ。
獣王国も、天敵というほどではないが邪魔にはなる。
やはり互いにつぶし合ってくれるのが好ましい。
獣王国という国に隠れている立場であるが、獣王には恩義はない。
あくまで彼のメリットのために手伝っているに過ぎない。
絶対に叶う一生に一度のお願いのようなものだ。
願いを叶えたあとの彼には用はない。
折角だし、その一生を終わらせてあげよう。
なぜ理解できないのか。
悪魔との取引というものを。
不相応な願いには、それなりの報いが帰ってくる。
彼の妻を生き返らせることは絶対にしてあげるが、彼がこの取引を途中を終わらせれば彼を見捨てるだけだ。
「……」
「どうしたんだい?なにか言いたいようだけど」
「……なあ、ゾラは本当に死んだのか」
「何度もいっているだろう。死んだよ。死んだ」
なんなのだろう。
面倒くさいなとアダムは感じた。
はて、ネイキッドはこのような人物だっただろうか。
少なくとも自分の記憶では、ネイキッドは死という物に希薄だったように思われた。
しかし目の前のネイキッドは、コ・ゾラの死を受け入れていなかった。
「……そうか」
「なんだい君にしては随分と感傷に浸っているじゃないか。もっと君はあっさりしてるもんだと思ったんだが」
傍からみてネイキッドは落ち込んでいるように見えた。
やはり意外だ。
ネイキッドはコ・ゾラの死を悲しんでいた。
それは一体どのような経緯からきているのか。
アダムは嘲笑するような好奇心を持った。
そのようなアダムに気が付いたのだろう。
ネイキッドは確かないらだちを持っていた。
いつもより口調が荒れる。
「別になんとも思っていないよ。だがお前も冷静すぎじゃないか」
「確かに戦力としては。彼は実に惜しかったねえ」
彼は、戦力としてのコ・ゾラを見ているのだろうか。
確かに戦力としては彼は本当に優秀だった。
全てを一撃で打ち崩す必殺の拳。
動きを阻害し、致命に至らしめる毒。
彼の前では中途半端な技術など塵芥に等しかった。
骨折り、プラードとの戦闘。
それが実に楽しみだったというのに。
戦う前に彼は破れてしまった。
風使いとの相性は最悪だったのだろう。
彼のその剛腕は両断されていた。
ああ、実にもったいないことをした。
「戦力としてか……」
この返答は、ネイキッドにとって好みではなかったようだ。
なら彼好みの言葉はなんだろうか。
アダムは頭の中で思案する。
そうして、ネイキッドが申し訳なさを感じるような文章を考えた。
それは、戦士としてのコ・ゾラを考えるものだった。
「……彼は、満足して死んだんだ。君がどう思おうと。それに文句をいうのはおかしいんじゃないかな」
「……そうだな。済まない」
しかしネイキッドはわかっていた。
アダムという人物の薄ぺっらさを知っていた。
アダムの言葉に納得をしたつもりで返答をする。
この男は有害だ。
死者を愛しむ気持ちなど微塵もない。
「話を戻そうか」
「……ああ」
ネイキッドはアダムを警戒する気持ちを忘れずに話を続けた。
「……おそらくだが、骨折りはまたこの国にやってくるよ」
アダムの会話は予想外のものだった。
その根拠をネイキッドは問い詰める。
当然理解ができなかったからだ。
「……根拠は?」
「ないよ。勘だよ」
勘といわれて気が抜けてしまいそうになる。
なんなのだろう。
この男の中途半端なところは。
やはり文句を言いたくなる。
「勘かよ」
「でもね、やつらがこの戦争止めるにはそれぐらいしかないと思うんだ。それが一番簡単だ」
それはネイキッドにとって多少納得できるものだ。
それは人類最強を獣王にぶつけるというもの。
骨折りは以前獣王国の侵入に成功している。
それは、彼が獣王国を無尽に動ける隠密の術を得とくしているということだ。
人間の処刑が失敗したことで警戒は上がっているが、あれから時間もかなり立っている。
緩いところはどこかに存在するだろう。
もし骨折りが獣王国に侵入して。
もし骨折りが獣王を殺したとしたら。
獣王国は混乱して、豊穣国を攻めるどころではないだろう。
いやむしろ人間の少女のせいだと騒ぎ立てる世紀末的な思考の者もいるかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
大事なのはアダムの言うとおり骨折りが獣王国を攻めたときの対処だ。
「……もし本当に攻め込んだとしたらだ。俺らはどうする?」
「僕は、裏で観客になったつもりで観戦しているよ。ネイキッド。君は骨折りと戦いあっても全力を出すなよ。いい感じに逃がしてやれ」
「……いい感じね」
「君にも気になる子ができたんだろう。知っているよ。全力はその子に出してあげな」
「……てめぇ。馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
「冗談だよ。冗談。あまり本気にするなよ。なんであんな凡庸に惹かれているのか全く理解はできないけどね」
「それはお前の言うとおりだよ。だがあいつは俺の首元に剣を向けてきた。それで十分だ。少なくとも俺はあいつは俺の得物だ。手を出すなよ」
「はいはい」
セーリスクは自分の得物だ。
あいつは自分の手で殺さなければならない。
狩り損ねた獲物は、最後まで追い詰めるものだ。
そういった獣の思考をネイキッドは持っていた。
自分が、獣王国の生まれだからだろうか。
それとも、いままで殺してきた獣の思考が染みついているのか。
ネイキッドはセーリスクに執念を持っていた。
「骨折りが攻めてきたことで戦力を失うのは、実に都合がいい。獣王が死んでくれれば尚更」
「死んでもいいなら殺せばいいじゃないか。獣王は、俺たちで今殺すか?」
「いやいい。それには、まだ早すぎる。君殺気高すぎない?沸点低いよ?」
「早い早いってお前の頭の中にはどんな計画書が詰まってんだ?切れやすいのがおれのチャームポイントなんだよ」
「君にも十分説明したはずなんだけどな」
「第一お前の見る世界なんて俺に理解ができるわけがないだろ」
そんな時に、二人が話している部屋に入ってくるものがいた。
シェヘラザードだ。
「ネイキッド。アダム様を困らせないでください」
「シェヘラザード。てめぇは理解しているのか?」
「なにをですか」
「計画についてだよ。てめえは一から十まで理解しているのか?」
「……少々納得しがたいこともあるのですが、時間が立てば整ってしまうので何とも。私はアダム様を信じているので。アダム様に間違いなんてありません」
「てめぇにきいた俺が悪かったよ。お前根っからのアダム信者だったな」
コ・ゾラも狂った部分が多く見受けられたが獣人なので血に飢えるのは納得ができた。
しかしシェヘラザードは会話をしていても雲をつかんでいるような心地で理解ができない。
アダムというものに心から惹かれているのだ。
これが恋する乙女というものか?
理解したくもないし、知りたくもない。
「……ともかく今は住民への洗脳がかなり進んでいる。ここで強さの象徴である獣王がいなくなったら国が崩壊してしまう。始末は骨折りに任せよう。以上だ」
「ほいほい」
「シェヘラザード。君にもまた話すよ」
「あなた様の指示であれば、なんなりと」
「はは、素敵な部下を持って僕は幸せだよ。シェヘラザード」
ネイキッドへの説明は、終わった。
シェヘラザードは自分から見ても優秀なので説明しても即座に理解してくれることだろう。
話を新たなものへとアダムは変える。
「ところでさ。新人ちゃんはどうだった?」
それはコ・ゾラの代わりにいれた部下についての話題だった。
「……ありゃ強いな。相当。どこで手に入れた」
ネイキッドはその新人のことを相当に強いと評価をする。
コ・ゾラと骨折りの強さを知っていてそんなことを言うのだ。
彼のなかでの評価は高いようだった。
シェヘラザードは、臆することなくアダムに疑問をぶつけるネイキッドに苛立ちを持っていた。
しかしアダムがそれを抑える。
「ネイキッド。貴方はもっと控えめという言葉を覚えるべきです」
「……お前さ。こいつ相手に興味関心失ったらまともに触れ合えないぞ」
「シェヘラザード。いいよ。僕はネイキッドのこういうところがすきなんだ」
「答えてくれるのか」
「ああ、何だって答えよう」
何だって答えようと堂々と発するアダムに鳥肌がたった。
ここまで嬉しそうなアダムはいつぶりだろうか。
「……あいつ半獣だよな。なぜ亜人と獣の属性。二つを持っている。半獣はそれらを失っているはずだ。そしてやつはなんであの年齢まで生きているんだ。答えろ」
「……あれはね。最高の素材なんだ」
「あれと来たか」
「魔法の才能も、身体能力も一流だ。彼女は僕以外の誰よりも強くなる。そう骨折りよりも」
「お前以外の誰よりもか。化け物だな」
「そうさ、彼女は化け物にするんだ!僕の手で!!楽しみだなあ……」
「…‥」
正直引いている。
彼は今までのなかで一番きもちが悪かった。
結局彼は質問に答えてくれない。
作品を完成させるのが楽しみなのだろう。
シェヘラザードの顔をみるが、同じく恍惚としていた。
やはり駄目だ。この二人は。
そんなふざけたことをやっている時、
シェヘラザードは何かしらの魔法道具を用いて連絡を受け取った。
「……ああ、豊穣国から連絡が来たようです」
「誰だよ」
豊穣国に味方なんていなかったはずだ。
「……ユダさ。裏切者だよ」