十七話「もうひとりの裸の王」
そこは、獣王国における王宮の一室。
獣王とアダムはそこで話していた。
そこには、獣王とアダム以外の二人は存在せず秘匿された部屋のような雰囲気があった。
事実、二人ともこの場での話し合いを第三者に聞かれることを望んでいなかった。
「おい、どうするのだ」
獣王は威圧感を放ち、アダムを問い詰める。
しかしアダムはそんなこと一切気にすることなく話をつづけた。
本来であれば、卒倒するような気迫を浴びてもだ。
「どうするって、なにをさ」
「豊穣国の件だ。アダムよ、貴様。なぜあそこで押し切れなかった。かなりの戦力を投下した。そのうえ貴様まで行ったのだ。豊穣国の戦力にも、骨折りにも勝つことができたはずだ」
獣王は、豊穣国での戦いに納得していなかった。
一回目の戦いはもういい。
過ぎたことだ。
加えて戦力のほとんどは、アダムの配下であったし
今更攻める気も起きなかった。
だが今回のことについては納得がいかなかった。
獣王はアダムに怒りを持っていたのだ。
「しょうがないだろう。豊穣国が予想以上に硬かった。それに天使の介入があるだなんて思わなかった。それだけの話だよ」
「誤魔化すな。そのにやけた笑いをやめろ」
クスクスとアダムは獣王のことをバカにするように笑う。
実際予想以上というのは嘘ではなかった。
豊穣国は、自分の想像より強かった。
第一骨折りが多眼の竜や獣のアンデットや
それに加えたシェヘラザードの戦力を乗り越えるだなんて思わなかった。
たとえ骨折りとはいえど、あれだけの戦力を捌く手段だなんてないはずだ。
いやひとつあるにはあるが、骨折りはそれを自覚していない。
だからこそ、ここで確実に骨折りは潰すことができたはずだ。
やはりプラードと、ミカエルの存在は余り軽視するべきではなかったのだろう。
いや決して軽視はしていなかったが、行動原理を理解していなかったというべきだろうか。
プラードが、女王デア・アーティオから離れることは考えていなかった。
ミカエルが骨折りに協力するだなんて考えていなかった。
次は、そこにも戦力をあてなくては。
目の前の人物にそれを言ったとしてもさらに激怒させるだけだ。
現にもう怒っていた。
説明する気なんてさらさら起きない。
獣王にはできるだけ無知であってほしい。
それはアダムの希望だった。
「我が国の重要な兵士をあそこ無駄にしてまでか?ふざけるのもいい加減にしろ」
「ふざけてなんかいないよ。獣王国の兵士がアンデット化しても焼け石に水だ」
「焼け石に水ということはないだろう。かなりの数をアンデットにしたはずだ。それに獣人の身体能力が強化されるのだ。無駄ということはない」
これも嘘ではない。
確かに、獣王国の兵士は良いアンデットの素材となった。
しかし物事には相性という物もある。
獣王国の兵士をアンデットにした。
それによって得られた結果は様々だった。
より強いアンデットになったものもいれば、元来の戦力から劣化したような個体まで存在したのだ。
アンデットより更に強い【獣のアンデット】。
これを生み出しすぎるのも、あまりメリットは得られない。
体の急激な変化に耐えられないこともあるのだ。
当然対象は死亡してしまう。
よって【獣のアンデット】はシェヘラザードに渡した分と予備にしか制作していない。
大体今回の問題点には別のことがあった。
それは、豊穣国という国への侵入の難しさだ。
「それもどうだろうね。豊穣国の城壁の時点で大多数が弾かれたよ。獣のアンデットはほとんどを通すことができたけどそれも全部やられた」
前回は、魔法ではない火薬による攻撃で城壁を壊すことができた。
しかし今回は壊滅的な被害といえるものではなかった。
正直、戦力を送り込むので精いっぱいだった。
多少内部で暴れることができたので文句はないのだが、やはりもう少し痛手を負わせたかった。
「ふむ……、壁になにか仕込みがあったか」
「だろうね。前回の襲撃で完璧にアンデットに対しては警戒された」
アンデットへの対策もいくつか準備してあったのをアダムは確認した。
今回は前回より、大きい戦力で臨んだ。
しかしそれに見合う効果があったか。
いや否だ。
アダムは自身の望んでいた結果を得られなかったことを確信していた。
多眼の竜が完封されたのが一番駄目だった。
その理由はなんだろうか。
いろいろあるが、ところどころでペトラの存在を感じた。
いやむしろあの国は彼女に頼り切っている部分がおおいのだろう。
やはりあの魔法道具使いは、あの時点で殺しきったほうがよかったのだろうか。
戦闘面ではあまりにお粗末すぎて意識するまでもなかったが、彼女の本領は頭脳面のようだ。
中途半端に、打ち負かされたことによってむしろふっきれてしまったのだろうか。
以前より、各所で魔法道具による創意工夫が見られた。
獣王との話と並行して、脳内で反省点を生み出していく。
ともかく、今の豊穣国に物量で攻め切る手段は好ましくない。
中途半端な戦力では、豊穣国を完璧に詰めるまで戦力が大幅に減っている。
とるとしても、少数精鋭で各所を潰しそのあと大量のアンデットによって
自滅させるのが有効だろう。
それこそ、豊穣国の住民を全てアンデットにするぐらいがいいのかもしれない。
だがそうなると今だ手段が足りない。
コ・ゾラが死んでしまったのも好ましくない。
まあ、コ・ゾラの代わりとなる存在はもうできているが
どちらにせよこれは保留だろうか。
「加えていくら骨折りがアンデットへの対処を苦手としていても、それ以外のコマは対処していた。それは事実だ。僕にとっても意外だったけどね」
骨折りは、【獣のアンデット】を苦手としている。
その複数体には対処ができていなかった。
彼の骨を折るという攻撃は、アンデットにはかなり通用しにくい。
その上今回は、【対骨折り】として物理方面の補助魔法をかけておいた。
早い話が単純に相性が悪いのだ。
だが結果は、違った。
骨折りには、【天使】第一位ミカエルと【獣王子】プラードの補助が入り、【獣のアンデット】は三体すべて消え去った。
シェヘラザードは、逃げることができたからよかったものの骨折りには完敗していた。
頼みの綱の多眼の竜も流石にミカエル全力の魔法には耐えることができない。
多眼の竜は、デア・アーティオとの直接対決まで控えるべきだったのだろう。
骨折りの対策として用意したそれぞれがすべてうまく作動しなかった。
今回は、統率など向いていないコ・ゾラにもアンデットを扱わせた。
それはコ・ゾラに経験を積ませるためでもあったが、前回のコ・ゾラが負けたという相手が気になったからだ。
しかし再びコ・ゾラ打ち砕いた風使いの剣士。
彼女は、異様にアンデットへの対処に慣れていた。
あれは豊穣国が新たに用意した戦力なのだろうか。
やけに天使と仲が良かったが、彼女も法皇国の一員か?
それにしては違和感が残る。
だが彼女の存在を知れたのはよかった。
本来は、最終的に王城に忍びこむはずのネイキッドもたった一人との一般兵の戦いで
目標を達成することができなかった。
彼にしては、珍しいがそんなこともあると納得している。
やけに不満げな顔をしていたし、次にはその兵士の首をもってくるだろう。
予想外の事態がいくつも起こったが、これも学びだ。
情報は得られた。
損するのは獣王だけでいい。
最後の自分には何倍にもなって失ったものは帰ってくる。
法皇国の天使ミカエル、ウリエル、ラグエル。
【天使】第一位、第四位、第五位。
この三人の参戦は非常に好ましくなかった。
まさか彼らが自分の意思によって法皇の了解を得ずに行動するとは思わなかった。
まあとはいっても、兵士はかなり死んでくれた。
想定外はあったが、望み通りにはうまくいっている。
大事なのは、獣王にどれだけの情報を伝えるかだ。
「……正直この国の戦力が弱っているのは認める。それでもだ。豊穣国にはそういった戦力は存在しない。あやつらも何かしらの手段を用いたのか」
「……王様の頭の中にある懸念はわかるよ」
「……」
「人間の少女が僕みたいな能力を持っていないか心配しているんだろう」
「そうだ。あの時は、素直に逃してもいいとお前に言われたから骨折りと共に逃がした」
処刑場での一幕。
それは、アダムの指示が一番大きかった。
骨折りとは聞いていなかったが、何かしらの戦力があの時攻め込むことも
アダムからは聞いて居た。
あの時処刑場に獣人たちを集めたのは、もっと別の理由があったからだ。
そしてそれは自分の願いにつながっているはずだったのに。
アダムは、人間の少女(幸運)を手放した。
その幸運は、豊穣国にもたらされているのではないかというのが獣王の疑いだった。
「うん、そうだ。あそこで人間の少女を逃がすことには何の問題もなかった」
「じゃあ、なぜ豊穣国はこの戦力に対抗できている」
「それは単純に豊穣国が強いからだ。大丈夫だよ。断言しよう。彼女には僕みたいな力はない」
「……ではなぜだ。再び聞こうアダム。貴様はなぜあの人間に期待をする」
「へえ。王様にはそう見えるんだ。意外だったね」
「あの人間にはあるのだろう。お前にはない。お前が持つことのできないなにかが……」
獣王は、愚かだ。
しかし以前持っていた賢さはすべて失っていなかった。
アダムが、人間の少女を手放しながらも意識していること察知していたのだ。
「……王様さあ。しゃべりすぎだよ?」
「……」
アダムは鋭い強烈な殺気を放つ。
その腕は、剣のように変化していた。
それは、白い骨だった。
人外の局部が、垣間見える。
異形の姿をアダムも持っているのだ。
「確かに彼女には、僕のないものを持っている。僕はね。とても羨ましいんだ」
「……ではなぜ逃がした。この国に縛ることが最善だったのではないか」
「彼女を逃がすことより豊穣国に逃がしたということが大事なんだよ。あまり踏み込むなよ王様。取引はまだ続けたいだろう?」
異形へと変わった自らの手を元の形に戻し、アダムは会話を続ける。
まるで先ほどの怒りが何もなかったかのように笑うアダムに
獣王はやはり嫌悪感が湧いた。
本来であれば、獣王はアダムのような人格の持ち主を好んではいない。
だがそれでも獣王がアダムを頼る理由はどうしてもかなえたい望みがあるからだ。
そしてもう既にわかりきっている。
自分はこの化け物に一度負けた。
自分はこれに勝つことができない。
敗北を思い知らされてしまった。
獣王は、思わず漏らす。
かつてアダムに漏らしたその願いを。
「……お前の言うとおりにすれば、叶うのだな」
「ああ、叶うさ」
「私の妻は生き返るのだな……」
「ああ、きっとなんだって実現させる。王様は従えばいいのさ」
愚かな王は、裸になった。
きっとそれは淡い願望をかなえるために。