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フランケンシュタインの花嫁  作者: 天柘結び
2/3

始まり 1話

今日は連続投稿となります。序を読んでから読んでいただけると嬉しく思います。

 辺境の地の中でも特に田舎で自然の多い村の外れの森の中に村に、民家よりはずっと大きくて、都市部にあろう建物よりは少しだけ小さな建物あった。

 その建物の名前は「ユシェマール研究所」と言い、現在はとある父子が暮らしている。


 父親の名は、アーロウ・ユシェマール。

 黒髪の齢四十手前の男性で、齢に見合わぬ若々しい顔立ちをしている。

 彼は幼少期に研究所で過ごしたことがあったが、十を過ぎる前に科学者だった父に連れられ都市部で暮らし始めた為に、村人の大半が忘れていた。が、数年ほど前にこの地へと戻ってきた。


 一人の赤ん坊を連れて。


 アーロウが連れていた赤ん坊、彼の息子。

 息子の名前は、イディア・ユシェマール。

 イディアは人間が持たぬ色彩を持つ少年だった。真白い肌に月白の髪の毛、あり得ない躑躅色の瞳。極めつけは全く笑わない、むしろ表情が全く動かない。


 そんな二人を村の人たちはとても気味悪がり関係を全く持とうとしなかった。

 特にイディアは得体が知れないと忌避するため、村人が自主的に彼らの下へ行くことはないだろう。



「えい」


 ガッコン。


 閑散とした研究所の死角にある枯井戸から何かが落ちた音がした。


「よっこい、よっこい……あれ?」


 井戸のすぐ真横には木でできた穴の開いたボロボロの蓋が落ちている。

 そして井戸の中からは白い右手が生える。細く、小さい子供だ。

 手は何かを手探るように左右に数度動かすと、井戸のふちに手を掛ける。そしてもう一方の左手もふちに手を掛けた。


「あ、うん。……どっこいしょ」


 井戸の中から全体的に白い子供が飛び出してくる。

 髪も長く、少女と見紛うほどの愛らしい風貌をしているが、歴とした男児である。


「脱出、成功。こんなところに、繋がってたんだ」


 少年は長い髪を揺らしながら着地すると目にかかる邪魔な前髪を掻き上げる。

 長い前髪から出てきたのは零れそうなほど大きな瞳は躑躅色。そして無表情な顔は彼の人間味を削いでいた。


 少年の名前はイディア・ユシェマール。


「……疲れた。それに口の中、砂まみれ」


 イディアは口から砂を吐き出しながら悪態をつく。


「水……あ、こんな事をしてる場合じゃ、ない。はやくここから、離れなきゃ。お父さんに、ばれる前に」


 水が欲しいと思うイディアだったが、今は父のいる研究所から離れなければならないことを思い出し走り出す。


 事の顛末は、二時間ほど前に遡る。



 イディアは七歳の誕生日の前夜、昨日の夜に思い出せない夢を見た。

 よく思い出せないけれど、よく笑う自分より年上の少女と暗い花畑があって、とても心が満たされるような夢だった。

 朝、目覚めたイディアは幸福感でいっぱいなにに、どこか悲しさを感じていた。

 イディアはこのよくわからない感情を「お父さんなら、この感情について知っているかもしれない」と、今日の支度をしているアーロウの元へ急ぐ。


「お父さん、おはようございます……」


 イディアはバスケットにサンドイッチなどを詰める父の足に抱きついた。


「おはよう、イディア。……悲しげな顔をしているが、何か悲しいことでもあったのかい?」


 そんなイディアに父、アーロウは手を止め、優し気に問いかける。


「お父さん、僕は……悲しいのでしょうか? 嬉しいのに、悲しくなるような夢を、見たんです……」


「そうか……。イディア、それはきっと“寂しかった”夢だったのでは、ないかな?」


 イディアの曖昧な感情に、アーロウはそう答えた。


「寂しい……?」


 イディアは“寂しい”という感情がすとんと胸に落ちたような気がした。


「あぁ。どんな夢だったのか、朝ごはんを食べながらお父さんに話してくれるかい?」


「……はい」


 優し気な声に頷いて、イディアはいつもより少しだけ豪華な朝食を食卓に運ぶ父を横目に席に着く。

 この感情に答えが出たことで、その感情を少しだけ脇に寄せ、今日に思いを馳せることにした。


 イディアはあまり外に出ない。アーロウがあまり外に出したがらなかったからだ。

 そんなアーロウが珍しくイディアと共に出かけようと言ったのだ。

 昼間は森でピクニックをして、夜は星を見て野外に止まろうか、と。

 イディアはそれが何よりうれしかった。

 今日をとても楽しみにしていたのだ。


「お父さん、いただきます」


「召し上がれ」


 一生懸命食事を頬張るイディアにアーロウは声を掛けます。


「それで、イディア。どんな夢を見たんだい?」


「……不思議な夢を見ました」


イディアがそう言うとアーロウは怪訝な顔をします。


「夢?」


「はい。女の子とお花畑で遊ぶ夢です。どこか暗い、お花畑でした……。それで朝起きたら楽しかったはずなのに、悲しくて……寂しかったです」


「イディア、その少女はどんな顔をしていた? 髪の色は? 目の色は?」


 イディアの話を聞いたアーロウは先ほどの穏やかさをなくし険しい顔でイディアに問い詰めます。

 父のただならぬ顔を見たイディアは狼狽えながらも質問に答えます。


「え、えっとあんまり覚えてなくて……」


「どんな特徴でもいい。それこそ顔にある傷なんかでも……」


 アーロウの言葉にイディアは思い出した。


「あ! そうです。あの人はおでこから目にかけて大きな縫い目がありました。ここから、こんな感じで、チクチクと……」


 カシャン。


 アーロウのスプーンが床に落ち、イディアは父の顔を見る。

 父の顔は青ざめていた。


「おと、うさん……?」


「そんな、早い。早すぎる。イディアはまだ十にもなっていない、まさか夢で干渉してくるなんて、イディアとあいつのつながりはそこまで深いのか……? いや、だが……」


 ブツブツとつぶやくアーロウにイディアは声を掛ける。


「お父さん!」


「! っあ、あぁ」


 ようやくイディアの声が届いたアーロウは焦点が合わない目でイディアを見る。


「……イディア、今日は部屋にいなさい。明日の朝、日が昇るまで鍵を掛けて部屋にこもりなさい」


「え……でもお父さん、今日は一緒にお出かけって。星を観に行くって……やくそく」


 アーロウは髪を掻き毟り、苦い顔をしていた。


「……イディア、済まないがお出かけはなしだ。出かける予定と客が、来るようだからな」


「でも……」


 それでもイディアは父に何かを言おうとした。


「イディア!! いい加減にしろ! もう今日は駄目だ!」


「! お父さん……」


「あ……す、済まない。だがイディア、本当に今日だけは駄目なんだ。頼むから聞き分けてくれ。ほら、早く部屋に戻るんだ。不味い、時間がない……」


 怒鳴られ、固まってしまったイディアをアーロウは無理矢理部屋に戻すと部屋に鍵を掛け、すぐ実験室に籠ってしまう。

 イディアは父を追いかけようと扉の取手を掴むが施錠されているため動かず、部屋を出ることができない。


「お父さん……開けてよ……お父さん!!」


 ドンドンドンドンッ。

 イディアは扉を叩きながら父を呼ぶが戻って来ることはなかった。

 約束を破られたことも、開けてもらえないこともとてもショックだったイディアは地団駄を踏みアーロウへの悪態をついた。


「……お父さんの、お父さんのばーーか!! 親ばか! 過保護!!」

 

 カチャ。


「研究ば、きゃー!!!」


イディアは落ちた。父の悪態をつきながら、部屋にあったスイッチを踏み抜き、落ちた


「ああぁ、あああ」


 滑り台の要領で滑り落ちる。途中で一回転、右に急カーブをし、体は斜めに跳んだ。そして放り出された。

 放り出された先は少しだけ暗かった。紐が垂れ下がり、軽く引っ張ってみると意外と丈夫。


「……登れそうだ。よし、どっこい、しょ」

 



「僕は、怒ったので帰らないもん……お父さんなんて、知らない」


 そしてイディアは走りだした。






 コンコン。ガチャ。


「イディア、入るぞ。……その、さっきは怒鳴ってしまって悪かった。お昼ご飯を持ってきたんだが一緒に……なっ!」


 アーロウがイディアに声をかける。先ほど怒鳴ってしまったことへのお詫びを昼ご飯とともに持ってきたのだ。

 だが驚いた事にイディアの部屋の中には誰もいない。部屋のど真ん中には大きな穴が開いているだけ。

部屋の中に、イディアがいない。

 それはアーロウにとって、“奪われる恐怖”に他ならない。


「い、イディア!? お前、どこに!? イディア、イディア!!」


 アーロウが半狂乱にイディアを呼ぶなか、イディアは井戸経由で外に出て走る。

 もう止まらない。


 

そして顔に縫い目のある少女は自分が生まれた場所、研究所へと向かっていた。


「ふ、ふふ。あぁ、私の可愛い花嫁さん。待っててね」



読んでいただき、誠にありがとうございました。


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