観覧車の中で②
突然、扉が開いた。
スタッフのお姉さんの笑顔がのぞいた。
「すみません、大丈夫でしたか。
ご迷惑をおかけ致しました。」
下に着いたんだ。
早く降りなきゃ。
そう思って立ち上がろうとしたけど、
手足と腰に力が入らなくて動けなかった。
どうしょう。
降りなきゃ。
どんどん進むゴンドラに、
お姉さんが困った顔をする。
「手、貸しましょうか」
そう言ってくれたけど、
震えて手も差し出せない。
降りなきゃ。
降りたい。
「すみません、もう1周します」
その声に顔をあげると勇磨だった。
青い顔で息を切らす勇磨を見上げた。
「どうして」
それしか出てこない。
お姉さんが扉を閉めて鍵をかける。
え、ちょっと待って。
もう降りたいんだけど。
やだ、もう。
これ以上は無理。
でも立ち上がれない。
勇磨は私を抱き抱え、椅子に座らせた。
「勇磨、待って。もう嫌なんだけど。怖いの、降りる」
必死に勇磨に懇願する。
「いや、もう無理だろ。逆回転はできないからね。
もう1周するしかない」
ちょっとあきれ顔で私を見る。
「ナナ!なんで電源切るんだよ!
助けてって言われて、電話が繋がらない俺の焦り分かる?
生きた心地しなかった。ナナに何かあったらって。
俺、色々と後悔した。ナナにひどい態度を取ったし。
意地悪も言った。謝りたかった」
ごめん。
心配させた事は謝る。
黙る私を勇磨は抱き寄せた。
勇磨の腕の中。
「冷たいな、震えてる」
ぎゅっと抱きしめられて落ち着く。
勇磨の心臓の音が聞こえる。
「俺、ツバサに連絡したんだよ。
そしたら多分ここだって言ってた。
なぁなを信じてやってくれってさ。
ツバサはナナの事がよく分かるんだな」
ツバサくん、ありがとう。
「なんかムカツクんだよ。
俺だけひどい奴みたいで。
ツバサも今井チカもみんな、
ナナを信じるって断言しちゃって。
俺だけヤキモチ妬いて小さい男」
怒って拗ねる横顔に思わず吹き出した。
歯がカチカチする程震えているのを、
必死にごまかし軽口をたたく。
「本当、小さい男」
そんな私を引き離し立ち上がろうとする勇磨。
「ナナ、ここがどこか分かってる?
ここではナナは俺に逆らえない」
体が離れた途端に不安が襲ってきた。
やだ、怖い。
何も考える間もなく、勇磨の手を掴んで引き戻した。
そのまま自分から勇磨にしがみついた。
もうなんでもいいや。
はなれたくない!
「お願い。ここにいて」
勇磨の背中に腕を回して掴んだ。
勇磨も私をぎゅっとしてくれた。
「ずっと観覧車に乗ってたい」
それはどういう意味なんだろう。
なんで来てくれたの?
どうして抱きしめてくれるの?
やっぱり、南さんと付き合ってはいないの?
ツバサくんの言う通り、
勇磨はまだ私を好きでいてくれるの?
分からない。
気が動転してる私を心配して、
優しくしてくれてるだけかもしれない。
だけど、今、目の前にいる勇磨は、
ここ最近の無関心で無表情な勇磨じゃない。
怒ったりあきれたり笑ったり、そして優しい。
嬉しい。
透明人間じゃない私。
だから、聞きたい。
私の事、本当はどう思ってるの?
南さんとキスしたの?
分からないから確認したい。
怖いけど、聞くなら勇磨の口から聞きたい。
勇磨の気持ちが私になくても、
ちゃんと私の気持ちを伝えたい。
諦めたくないから。
勇磨だけは絶対に諦めたくない。
誰にも渡したくない。
勇磨を掴む手に力を込めた。
「勇磨、私ね。勇磨に話したい事があってね。
今日、体育館に行ったんだ。
南さんに会ったの。
勇磨と付き合ってるって。
観覧車でキスしたって。
それで、私、気が付いたら1人で観覧車に乗ってた。
バカみたい。
故障して止まって揺れて怖くて勇磨に電話もしてた。
ごめんね。南さんにも悪いことをした。
勇磨が南さんを好きでも、私、どうしても言い、」
私の話が終わらないうちに、
勇磨は私の口をキスでふさいだ。
え。
なんで。
ちょっと待って。
まだ話の途中なのに。
言いたいのに。
キスなんてされたら私。
「ナナ、うるさい。何回も言わせるな。
俺はナナが好きだ。他の奴は眼中にない。
ナナだけ好きなんだ。」
そう言ってもういちど、
今度は優しくキスをしてくれた。
私のおでこに自分のおでこをくっつけて、
目をじっと見つめ優しく笑う勇磨。
冷え切った心に一気に温かいものが、流れてくる。
勇磨が好きだって言ってくれた。
抱きしめてキスしてくれた。
キシキシして病んでいた心に。
こじらせていた心に。
「俺、結構、怒ってるんだよ。
ずっと好きだって伝えてるのに無視するから。
それに、ツバサだけでも腹一杯なのに、
あのムカツク奴まで出てきて。
イライラして自分でも訳が分からないし、
ナナの様子もどんどん変わるしな。
俺の知らない間に付き合う友達も変わってさ。
焦った。
夏休みが終わったら別人になったみたいで。
どんどん手が届かなくなるみたいで。
アイツの言葉しか聞かないしね。
何を聞いても曖昧だし、ナナも怒ってるし。」
うん、怒ってるし悲しかった。
だって勇磨に私の友達を悪く言われたくないから。
不良とつるんでるとか思われたくないし、
ましてやお盛んでもない。
あの人達といると楽しい。
私の新しい目標ができたんだよ。
今、夢中なんだ。
あの人達が本当大好きなの。
「トモが大好きなの?」
勇磨の瞳が切なくきらめく。
ドキンとする。
違うよ、勇磨。
私はみんなの事を言ったんだよ。
でも。私も引っかかってる。
「勇磨は?勇磨はどうなの?
私を好きって言ってくれたけど、でも。
南さんと観覧車乗ったんだよね?
夕陽がキレイって南さんに教えてたし。
2人で並んで歩いたり休み時間も、
きゃっきゃっやってんじゃん。
南さんが好きなん、でしょ」
聞いてから後悔する。
そうだよと言われたらどうしよう。
女嫌いで中2病の勇磨だから、
女の子の友達なんていないし。
まともに女子とは話さなかった。
でも、南さんの事は拒絶しなかった。
それがどうしても引っかかる。
勇磨を信じられない訳じゃない。
でも、やっぱり、引っかかる。
私を好きだって言ってくれたけど、
やっぱり勇磨の口からちゃんと聞きたい。
「勇磨は、女の子にチャラチャラ適当な事を言って、
誘ったり遊んだりする人じゃないから。
だから私は、勇磨は真剣なんだなって思った。
南さんに真剣なんだなって」
勇磨の女嫌いとこじらせを知ってるから、
南さんへの対応が特別なのは、よく分かる。
黙って私を見ていた勇磨。
目が鋭くなり、また怒らせた。
でも次の瞬間には優しく見つめて言った。
「質問に質問で返すなよ。まずはナナから応えて。
ナナの答えを信じるから。
ナナを信じるって俺、言ったのに、
何度も勝手に想像して決めるなって叱られたのにな。
俺さ、自分でも嫌になるくらい情けなくてガキだから、
ナナの話を聞く前に反射的に、
アイツをぶっ飛ばしたくなる」
私の視線に勇磨は赤くなり横を向いた。
「なんだよ、見るなよ。ナナも悪いんだぞ。」
え、なんで。
「だってナナ、俺がいなくても楽しそうだから。
俺が意地悪言って泣かしても、
少しするとケロっとしてアイツと帰る。
そのくせ俺と南さんが一緒にいると嫌な顔するだろ。
だから、俺、わざと泣かすようなマネもした。
でもやっぱりアイツの所に行く。
だけど、今は俺に頼ってくれた。
すげぇ嬉しいけど訳が分からないんだ。
だからナナにハッキリと聞きたい。
俺の事、どう思ってるんだよ。」
勇磨。
バカ勇磨。
タツキ達との事だって、私、ちゃんと説明しようとしたよ。
トモの事だってそうだし。
それに今だって。
私、告白の途中だったのに。
本当にバカ勇磨!
だけどバカは私も一緒だ。
もう、ずっと勇磨が好きだったのに、
認めるのが怖かった。
ドキドキして自分が自分じゃなくて、
余裕がなくて、でもすごく嬉しくて、胸が熱くなる。
もうずっとそう感じてたのに、
見ないふりして勇磨を傷つけた。
ちゃんと伝えよう。
好きだって、言いたい。
誰にも渡したくないって。
勇磨だけは嫌。
深呼吸をした。
「勇磨、私、学期末テストの後、
チカも勇磨も部活でつまんなくて、
フラフラ隣駅のショッピングモールに行ったんだ。
服とか見て、あ、このヘアゴム買って」
勇磨が首をかしげる。
「は?なんの話?」
いや、だから最後まで聞けって!
「で、そこでね、小学生の頃に、
習い事で一緒だった友達に再会したの。
それが金髪の3年生。
同じ高校だったって盛り上がってさ。
で、一緒にいた先輩やトモを紹介されたんだ。
見かけは派手で、人数も多いから、
不良集団に見えるかもしれないけど、
みんな礼儀正しくて優しくて、
勉強だってするんだよ!」
またチャチャを入れる
「勉強?小学生か」
もう、話さないからね!
そう怒る私にふてくされる。
「それで私も仲間にしてもらってね。
同じ目標に向かって今、頑張ってるの。」
緊張で手が震える。
また大きく深呼吸をして勇磨を見つめた。




