観覧車の中で①
走って学校に戻った。
体育館で勇磨を探す。
見つけた!
「ゆう」
声をかけようとしたところで、
南さんに後ろから首元を引っ張られた。
喉が詰まって声が出ない。
くっ苦しい。
何すんの!
咳き込む私を体育館の外に引っ張り出した。
「今更、何しに来たの?」
南さんの圧は怖い。
でも
「勇磨に話があるから」
腕組みをして私を睨む。
「は?散々男遊びして工藤くんを傷つけたくせに、
今更何の話があるわけ。消えてよ。もうあんたが出る幕はないの。私達、もう付き合ってる。昨日、観覧車で工藤くんから告白してくれてキスもしたんだから。」
嘘!
「嘘じゃない!工藤くんに聞いてみれば。
ものすごく夕陽がキレイだった」
夕陽。
その一言で私の決意は簡単に消えた。
南さんの言葉がぐるぐるまわる。
観覧車。
乗ったんだ。やっぱり。
あ、それよりキスか。
いや、付き合ってるって方か?
自分が顔面蒼白になってるのが分かる。
体が冷えてガタガタする。
思考回路がショートして嘘だって叫んでる。
勇磨から告白したんだ。
やっぱりもう遅かったんだ。
結局、勇磨に当たってもいない。
ぶつかって壁をぶち壊すどころか、
私が砕けるだけ砕けて粉々になった。
「分かったらもう私達の邪魔はしないで」
南さんの声もどこか遠くで聞こえた。
それからどこをどう歩いたか分からない。
フラフラとさまよった。
トモから携帯に連絡があったけど出なかった。
とてもじゃないけど今日はそんな気になれない。
気がつくとあの観覧車の前に立っていた。
吸い込まれるように観覧車に乗り込んだ。
回転していくゴンドラの中から下界を見る。
もうどうでもいいや。
こんな観覧車、今すぐ落ちちゃえ。
落ちて私もろとも木っ端微塵になればいい。
消えたいよ、私だって。
勇磨が南さんと乗った観覧車。
ここで付き合うって決めてキスをした。
自分で自分が不思議なくらいショックだった。
もう、認めるしかない。
乗ったんだぁ、勇磨。
2人で観覧車に乗って、
夕陽を見た事実がツラくて仕方ない。
女嫌いで中2病で陰気野郎で、
コミュ力なくて国語力なくて。
女子に高い壁を作ってる勇磨が、
好きでもない子と出かけたりしない。
自分でもそう言ってた。
認めるしかないな、私。
勇磨は友達なんかじゃない。
もう夕陽も沈んで真っ暗な夜だ。
星も月も見えない。
ちょうどいいか。
トモごめん、今日だけ泣いちゃうかも。
「バカ勇磨!」
涙が溢れる。
嫌だな、勇磨!
「勇っ」
南さんと付き合うなんて。
他の誰かと付き合うなんて、嫌。
諦めたくない。
離れたくない。
自暴自棄になっていた。
立ちあがって窓を叩き、ゴンドラの中で叫んだりした。
グラグラ揺れる。
もうどうでもいい。
どうにでもなれ。
そう思った瞬間、ゴンドラが大きく揺れ、
軋む金属音と共に回転が止まった。
突然の大きな衝撃に体がバランスを失い椅子に倒れこんだ。
痛いっ。
ふいに我に返る。
1番てっぺんで風がもろに横からあたり揺れが激しくなる。
窓がガタガタ音を立てる。
ものすごい風の轟音が響く。
振り子のように揺れるゴンドラ。
怖い。
1度怖いと思ったら、もうダメだった。
どうしょう、怖い。
なんで止まったの?
しかも頂上!
ゴンドラ内の電気が消えた。
大声で「わー」と叫んだ。
怖い。
早く動いて。
誰か助けて。
椅子に座ってられなくて下に座り込む。
冷たい金属が肌に触れる。
頭を抱えて小さく丸まる。
自分の叫ぶ声で余計に理性を失った。
「わーわー」
怖い。
勇磨、助けて。
気が付いたら勇磨の名前を何度も呼んでいた。
上手く息が吸えない。
助けて勇磨。
苦しい。
怖い。
苦しい。
勇、磨。
ダメ、落ち着いて。
携帯を取り出す。
「勇磨」
勇磨、助けて。
「勇磨!」
何も考えられなかった。
ただ、勇磨が浮かんだ。
勇磨の声を聞きたい。
声を聞くだけでいいから。
後で謝るから。
だから今だけお願い。
ほとんど反射的に携帯を握ってた。
震える手で勇磨の名前を探す。
1コール鳴らして、我に返った。
南さんの顔が浮かぶ。
「夕陽がキレイだった」
そうだ、勇磨はもう。
目をつぶって耐える。
ダメだ。
勇磨に助けを求めたらダメだ。
素直になれず、勇磨を傷つけ、
離れた勇磨に裏切られたと逆恨みして、
なのにまだ勇磨を離したくない私。
もう、どうしようもないな。
1人で耐えろ、バカナナ!
自分で自分を励ます。
ゆっくりと呼吸を繰り返す。
少し落ち着いてもすぐにまた恐怖に襲われる。
風は強くなる一方で揺れも激しくなった。
窓がガタガタ音を立てて揺れる。
真っ暗な中で1人ですごく、怖い。
どうしょう。
耐えなきゃ。
深呼吸しても何しても怖い。
勇磨、勇磨!
その時携帯に光がともり着信音が鳴った。
すがるように画面を見つめた。
勇磨からだ。
今の1コールで気付いてくれた。
また反射的に携帯を耳に当てた。
南さんの事も全て吹っ飛んだ。
勇磨!
「ナナ?」
勇磨の声だ。
心が少し落ち着いてきた。
たったそれだけの事で落ち着いた。
「ナナ、どうした?何かあった?」
勇磨の声が優しい。
声が震えるから何も話せず、ただ勇磨の声を待った。
息が楽になる。
「何があった?ツバサに何か言われたの?」
え?なんでツバサくん?
ああ。
そっか、今日、ツバサくんに会ったんだった。
なんで忘れたんだ、私。
自分に笑えてまた少し落ち着いた。
ゆっくりと深呼吸した。
「ち、違う。なん、でもないんだ。ご、めん。
間違えて電話しちゃって。本当になんでも、ないの」
必死に震えを抑えて話したけど勇磨には伝わった。
「ナナ、泣いてるのか?今、どこにいるの?」
心配そうな勇磨の声が携帯から聞こえてきた。
「勇、」
その時また大きな揺れが起きる。
ガタンとゴンドラが揺れる。
携帯が落ちて滑る。
「うわーわー!やー。怖い!怖い」
怖い。
なんでまた揺れたの?
助けて勇磨。
「ナナ!おい、ナナ、どうした?
何があった?ナナ!」
勇磨の必死な声が聞こえる。
怖い。
携帯を拾いあげる手が震えて上手く掴めない。
何回も落としてやっとの事で拾い上げ、また耳にあてる。
「勇、磨。」
声が震えて言葉にならない。
怖い。
「ナナ、どこにいるの?1人?今すぐ行くから言って」
優しい勇磨の声が嬉しかった。
でも、勇磨は南さんと付き合ってる。
また南さんがよぎる。
南さんがいるのにって思った。
勇磨は、南さんが好きなんだから。
それなのに優しくしないで。
意地になる。
「やだ、言わない」
電話口でも怒ってるのが分かった。
「は?ふざけんな。どこにいるか言えよ。」
勇磨が怒るのは当然だ。
私からワン切りして釣っておいてコレはない。
分かってる。
なのに、いざとなると素直になれない。
南さんの事を聞かされるのも怖い。
なんなんだ、私。
でも、
来なくていい。
会いたくない。
今の私を見せたくない。
自分でも嫌いな今の私を見られたくない。
「ナナ、頼む。どこにいるのか言って。
このままじゃ俺、おかしくなる。」
風の音が大きくなる。
轟音とともにガタガタと横に揺れるゴンドラ。
怖い。
「わー」
私の意地も恐怖ですぐにかき消される。
勇磨、怖い。
「勇磨、助けて。怖い」
意地と恐怖が混在して訳が分からなくなる。
勇磨を振り回す。
「大丈夫だ、ナナ、すぐに助けに行くから。
だから、どこか言って。」
勇磨の優しさに恐怖が薄れてくると、
すぐにまた素直になれない私に戻る。
「勇磨が南さんにキスしたとこ」
それが私の精一杯だった。
勇磨は沈黙する。
私って意地ばっか。
こんなんじゃ、嫌われても仕方ない。
また大きくゴンドラが揺れ金属音が軋んだ。
「わー」
私の叫びと同時にゆっくりと回り始めた。
観覧車が動いた事で冷静を取り戻した。
携帯の電源を切った。
私ってどうしょうもないな。
何がしたかったんだろう。
また勇磨を困らせ振りまわした。
もう勇磨は南さんの彼氏なのに。
少し考えれば分かるのに。
助けてなんて言えないのに。
これからはツライ時は1人で乗り越えないといけない。
観覧車は少し動いては止まりを繰り返したが、
下に近づくに連れて揺れと轟音は治った。
足が震えてるから椅子には座れず、
その場にうずくまり耐えた。
電源を落として冷たくなった携帯を握りしめた。
目を閉じてやり過ごそう。
大丈夫。
まだ勇磨の声が耳に残ってる。
「ナナ」
って呼ぶ優しい声が。
「大丈夫だよ」
って守ってくれる声。
勇磨が助けてくれる。
私ってバカだな。
認めるしかない。私、勇磨が好きだ。
自分でもどうしようもないくらい好きだ。
もうずっと心の中に答えはあったのに。
なんで私、認めるのが怖かったんだろう。




