悪魔のささやき①
ツバサくんからメールが来ていた。
―なぁな、観覧車楽しかったね―
確かに思ったほど、辛くなかった。
勇磨のおかげだ。
だけど、ツバサくんは香澄ちゃんの彼氏なんだって、
ハッキリと思い知った。
私の知らないツバサくんをたくさん見た。
恋するとあんな顔になるんだなぁって。
だから、本当はもう、会いたくない。
2人を見たくない。
メールの返事はしなかった。
目をあげ机の上の棚の小瓶を見た。
ベッドから起き上がり手に取る。
小さな小瓶の中でピンクの貝殻が揺れた。
キレイだな。
ツバサくんに彼女ができたあの日、
勇磨が見つけてくれたんだ。
泣いてる私の為に。
「もっといいのが見つかって良かったな」って。
ツバサくん以上の誰かに会うことができるかな。
できないだろうなぁ。
でも中で揺れる貝殻が私を励ましてくれた。
ツバサくんからのメールを無視したまま2週間がたった。
梅雨に入り毎日ジメジメした季節に突入した。
「あぁ、雨、うぜぇー」
隣の席で勇磨が憂鬱そうに外を見る。
「そうかな、私は好きだけどね、雨」
私の言葉に意外そうな顔をする。
「雨が好きなんて珍しいな。」
そうかな。
雨って何もかも洗い流してくれる感じたし、
雨の匂い、好きなんだよね。
「ふーん。よく分かんねぇ」
分からなくて良し。
季節の移り変わりの趣きとか、
勇磨には分からないね。
「またディスってんな。バレバレなんだよ」
2人で笑う。
最近は毎日、勇磨とくだらない話をして過ごした。
楽しくてツバサくんの事もすっかり忘れてた。
だから帰り道、
ツバサくんがいつもの公園の前にいた時、本当に驚いた。
「なぁな」
ツバサくん、どうしたんだろう。
なんか元気がない。
「なぁな、何でメールの返事くれないの?何かあった?」
真剣な目で見られて固まった。
「俺、なぁなから返事ないからさ、心配になって来ちゃったよ」
そんな風に言わないで。
せっかく忘れてたのに。
「ごめんね、ちょっと忙しくて」
そんな理由しか思いつかない。
ツバサくんはホッとしたように笑う。
「そっか、なら、良かった。
俺さ、なぁなとこんなに話さない事なかったからさ。
ちょっと不安になっちゃったよ」
何で、そんな事、言うの。
彼女いるなら私の事はほっといて欲しい。
だけど、そんな事は言えない。
結局、私はツバサくんを突き放せない。
「ごめんね、ツバサくん。でももう大丈夫だよ。
いつでも連絡してね」
笑ってみせる。
いつものニコニコ笑顔のツバサくんになる。
かわいい。
この笑顔、もっと見たい。
「なぁな、ちょっと話したかったんだ」
そのまま、私の家に向かった。
家に入るとママがツバサくんを見て叫んだ。
「わーツバサくん!また大きくなったね。
うん、高校生に見えるよ!成長した!」
ペチペチ叩いたり触る。
ツバサくんも困って照れている。
もう、ママはツバサくんを何だと思ってるのか。
「えーナナミだって、ツバサくんが大きくなったって、
それしか言わないじゃん。」
そうかな。
ツバサくんはもう何回もうちに来てる。
ママもたくさん食べるツバサくんがかわいいらしく、
しばらくツバサくんが来ないと寂しがる。
「ちょうど良かった。
今日ね、お料理教室でシフォンケーキ、焼いたんだ」
途端に目を輝かせ喜ぶツバサくん。
かわいいなぁ。
ママも私も目を細める。
ママからケーキとお茶を受け取り、私の部屋に行った。
「部屋、汚くてごめん、適当に座って」
軽く片付けながら緊張を抑える。
ツバサくんは私の机の上や棚を見て回る。
全く、デリカシーないな。
まぁそういうところがかわいいんだけど。
「あ、これキレイだね。」
小瓶を手にして中の貝殻を揺らす。
うん、勇磨が見つけてくれたから大事にしてるんだよ。
「俺はアサリの方がいいなぁ」
思わず吹き出した。
ツバサくんって本当、かわいい。
「ツバサくん、ケーキ、まだあるからたくさん食べてね」
そう言われる前から、かなり口をふくらませている。
喉に詰まって苦しむから、すかさずお茶を渡した。
全く、手がかかる。
かわいくて愛おしさが溢れ出た。
「なぁなはさ、工藤が好きなの?」
突然、聞かれてびっくりした。
「え、なんで?」
ケーキを口に運びながら言う。
「なんとなく。工藤といる時のなぁなは、
俺が知ってるなぁなと違うっていうか。
なんか頼ってる感じがしてさ。ケンカもしてるけどさ」
そう、なのか。
分かんない。
「俺といる時のなぁなはさ、強くてさ、
しっかりしてるんだけど、工藤といる時はさ、
ちょっと弱い感じ。工藤に守られてる感じでさ、
俺、嫌なの」
え。
それは、どういう。
「嫌って、なんで?」
思い切って聞いてみた。
聞きたい。
なんで嫌なのか。
「分かんない。ただ嫌なんだよね。
それに工藤はさ、俺がなぁなと自由に会ったり連絡したりするの禁止するし、ちょっとでも、なぁなに触れようとすると怒るしね。
今までは、そんな事、誰にも言われなかったのに」
ヤキモチ妬いてくれてるのかな。
そうなのかな。
「いいよ。ツバサくん。今まで通り、会おうよ。
いっぱい連絡して。私もツバサくんと自由に遊びたいもん」
ツバサくんはガッツポーズをして喜ぶ。
「やったー。じゃあ、そうしよっ。」
ツバサくんは両手を広げて、
そのまま私にハグをした。
途端に勇磨との約束を思い出した。
―他の男に触らせるな。ハグしようとか言うな―
ツバサくんとのハグもダメだって言ってた。
でも勇磨のハグとは違って、本当に背中をトントンするだけなんだけど。
体もくっかないし。
よく考えたら、勇磨との約束なんて
守らなきゃいけない義理はない。
私は私の好きにさせてもらう。
そうだよ、私とツバサくんは友達なんだもん。
「俺ね、本当はなぁなと話したかったんだ。
香澄ちゃんの事は好きなんだけど、上手く話せなくて。
緊張しちゃうし疲れちゃうんだよ。」
そ、う、なんだ。
その言葉に、ちょっと期待した。
気が合わないとか?
ドキドキする。
「そっか。疲れちゃうんじゃツライね。」
別れちゃえばいい。
ドキドキする。
「なぁなと連絡が取れないって相談したら、
機嫌が悪くなっちゃって。もう話せないし。
女の子って分かんないや」
私の中に悪意が広がるのが分かる
別れちゃえばいい。
「それはヒドイね。ツバサくんの話、ちゃんと聞いて欲しいね。」
別れろ!
ドロドロしたものが広がって止められない。
ツバサくんはうつむいて呟いた。
「付き合うって難しいなぁ」
うん、そうだよ。
ツバサくんには無理だよ。
女の子の気持ちなんて分からないじゃん。
その天然で子どもっぽいところを理解できるのは、
私だけだよ。私だけ。
気がつくと心の中で叫んでた。
戻っておいでよ、私のところに。
また守ってあげる。
「なぁな、明日も来ていい?」
ツバサくんの肩に手を置いて頷いた。
自分から触った。
途端に勇磨の顔が浮かんだ。
ズキズキする。
なんだろう。
ツバサくんが帰った後、ドロドロした悪意と、
ツバサくんが戻ってくるかもしれない期待と、
少しの罪悪感が襲ってきた。
こんなの、良くない。
騙すみたいで良くない。
―でも―
あとちょっと押せば別れるかもしれない。
香澄ちゃんじゃツバサくんを守れない。
ずっと思ってた、こうなるの、わかってたよ。
必ず戻ってくる。私の所に。
勇磨との約束もツバサくんと香澄ちゃんの気持ちも、
もう、どうでもいい!
結局、ツバサくんは絶対に私じゃないと理解できないって思う私が勝った。
悪魔のささやきに私は負けたんだ。




