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シュート!


手首は毎朝、工藤くんがテーピングをしてくれ落ち着いた。


「木下、本当に運動神経ないのな。

手と足の動きも変だしドリブルしてると口開くしな」


あきれられた。

頑張ってるんだけどな。


「でも少しずつ良くなってるよ。」


そう言って励ましてくれた。

工藤くんに教わるようになってコツも分かり始めた。

あと少しで入りそうなトコまで来ていた。

今日もダメかと諦めかけたその時、コトンと音がして網にスポンと吸い込まれた。

一瞬2人の時が止まった。

は、


「入った!」


大絶叫した。

思わず工藤くんに抱きついてしまった。

工藤くんも私の背中をポンポンとしてくれた。

そしてハッとして2人は離れた。


「ごめん」


謝る私に


「あ、いや、」


とだけ言って横を向く。


「入った。ありがとう。本当に」


嬉しい。

もう絶対に入る事はないと思ってたから。

それからは少し感じが掴めるようになり、

5回に1回が3回に1回になった。

とうとう2分の1の確率までになった。

そして、今日はついに、球技大会だ。

朝練も最後だ。

私、頑張った。

思わず涙ぐんで横を向いた。


「木下、何、泣いてるんだよ。

そんなに俺と朝練できなくなるのが寂しいのか」


工藤くんのこういうセリフも慣れてきた。


「本当、毎朝、辛かった。

やっと終われる。」


私の嫌味も工藤くんは慣れたのか笑い飛ばす。

でも工藤くんの笑った顔も初期バージョンから比べると天と地だな。

鼻で笑われてたもんな。


「ありがとう、本当に。

工藤くんのおかげだよ。」


工藤くんは私にボールを渡して、そのボールに自分のおでこを付け念じた。


「大丈夫。俺の念を送った。

必ずシュートが決まる」


よし、頑張ろう。

教室に着いて支度をしながら窓の外を見る。

葉桜が揺れている。

新しい季節だ。

先生に促されみんなで体育館に移動した。

試合の前に体育委員によるシュートショーがある。

ドキドキしてる私にあのいじめっ子3人のうちの1人が話しかけて来た。


「木下さん、先生が呼んでたよ。」


え、なんだろ。


お礼を言って先生のいると言われた体育館裏に行った。

いじめっ子の残り2人がいた。

後から1号もやって来た。


「何?先生は?」


これはハメられた、な。


睨む私に3人がケラケラ笑う。


「ねぇ、木下さん、ウザいんだけど。

なんで工藤くんに付きまとうの?

迷惑してるじゃない、工藤くん、かわいそう。」


また工藤か。


「付きまとってはいないけど」


いじめっ子は目を合わせて私との距離を縮めてきた。

身の危険を感じ逃げる前に彼女達は私を押し倒した。

転んでついた私の両手を思いっきり踏んだ。


「痛っ」


激痛が走る。

テーピングを狙って痛めつける。

彼女達は笑って私に言った。


「本当、目ざわり。

工藤くんに色目使わないでよ、ブスのくせに」


ちょっと待て!

立ち上がって反撃したかったのに手首に力が入らない。

なんとか立ち上がったけど、もう彼女達は体育館に戻っていた。

ズキズキ痛む手首を押さえて私も体育館に戻った。


「体育委員集合!」


と集合がかかる。

大丈夫!

必ずシュートが決まると念を送ってくれた。


シュートショーが始まった。

みんなテンポ良くゴールしていく。

私の番が来た。

前の人からのパスを受け取ろうとしてまた激痛が走りボールを落とした。


「痛っ」


早く拾わなくちゃ。

焦ってボールを追いかけるけど、上手く拾い上げられない。

その姿に爆笑が湧く。


恥ずかしい。


恥ずかし過ぎて泣きそうになる。

でも頑張る。

次にシュートする工藤くんに回さないと。

拾ったボールを持ち上げ構えるのにも激痛が走り、投げられず、そのまま転がる。


どうしよう。


「おいおい、早くシュートしろよ」


誰かが言う。

その言葉にまたみんな爆笑する。

シュートしなきゃ。


泣くな!


激痛に耐えボールを拾って構える。

そこから力が入らない。


どうしょう。


その時だ。


工藤くんが私の手からボールを取り、

そのままゴールに投げつけた。

乱暴に投げたボールは

派手な音を立ててゴールに当たり、

そのまま網の中に吸い込まれた。


体育館がシーンとする。

女の子の歓声が上がる。

でも工藤くんは不機嫌で、

ものすごく怒っているのが分かった。


そうだよね、あんなに毎朝、教えてくれたのに。


シュートショーはその後はスムーズに終わり試合になった。

私は手首が痛むから棄権しますと伝えて、こっそり体育館を出た。


悔しい。


あんなに頑張ったのに。


毎朝、本当に頑張ったのに。


涙が出て止められず慌てて走って階段を登った。

登って登って最上階のドア。

もちろん鍵はかかっていて外には出られない。

でも私は知ってた。

入学してすぐに見つけた。

横の窓は細工をすると開けられる。

1人になりたい時に、ここから外に出て屋上に避難していた。


今日も1人屋上に出る。


見上げると青空が高い。

キレイだなぁ。

少しずつ青空がにじんでボケてくる。


「あームカツク」

「あいつら、ムカツク!」

「卑怯者」

「シュートしたかった」

「あんなに頑張ったのに」

「悔しい」


本当、悔しい。

工藤くんにも申し訳ない。

なんて謝ったらいいんだろ。

無駄な時間を使わせてしまった。

空を見上げひたすら泣いた。

泣いて泣いてスッキリした。

スッキリしたのと同時にやっぱり怒りが湧いてくる。

あの子達、絶対に許さない。

何か仕返ししてやる。

しかも、

あいつら、私の事、


「ブスって言うなー」


叫んだ。


本当、スッキリした。


瞬間、後ろで笑い声が響いた。

驚いて振り返ると、工藤くんだった。


涙を拭って笑ってる。

なんで、いるの?

それにしても、感情の起伏、激しいな。

さっきはあんなに怒ってたのに。


「木下、お前、本当にヤバイ奴なんだな。

ブスって何?言われたの?」


まだ笑う。

ムッ。


「何しに来たの?

ここ、私の場所なんだけど」


ふくれる私の横に座った。


「木下って、すごいな。あのカギ開くんだな。

知らなかった。

で、悔しくて泣いてたの?」


うわ、見られた?


「いつからいたの?」


その質問に


「初めからだと思うよ。

カギ開けて入るの見てたから」


なんも言い訳できない。


「ごめん、工藤くん。

せっかく教えてもらったのに。

上手く出来なかった。

私、やっぱり運動神経ないなぁ。

朝練が無駄に、」


そこでまた声が詰まった。

ダメだ、泣きそう。

泣いてるとこなんて見られたくない、


泣かない。


泣かない。


工藤くんは私に自分のタオルを被せ顔を隠してくれた。

そのまま私の頭に手を置いて


「泣け。我慢するな。

また泣いて暴言吐け」


ダメだ、涙が止まらない。

私、大人になって、人前でこんなに泣いたの初めてだ。


「ごめ、くど、うくん。

ちょっと、泣く。空気にな、ってて」


そのまま声を上げて泣いた。


「なんだよ、ばかー!

シュートしたかった!」


工藤くんは、ずっと頭をポンポンと撫でてくれた。

やっと落ち着いた頃には、工藤くんのタオルは私の涙でグショグショだった。


「感情の起伏激しいな。

やたら怒ってやたら笑ってやたら泣く。

見てて飽きない」


え、あなたに言われたくないんですけど。


「工藤くん、ありがとう。

そしてごめんなさい。

だけど、一緒に朝練して、工藤くんと友達になれて

本当に良かった。これからもよろしくね。」


私の言葉を真剣に聞いていた工藤くん。

長いまつげを伏せて少しの間、目を閉じた。

そして少し悲しい顔をして私を見た。


「は?勘違いするな。

俺は同じ体育委員が間抜けなシュートをして

自分も恥をかかされるくらいならと、仕方なく教えた。

友達になった覚えはないし、

これからは木下に関わる理由もない。

俺に構うな、話しかけるな。

いいな、それは忘れるな。

馴れ馴れしくするなよ。それを言いに来た」


驚いた。


え、え、何?


どうして?


また心が閉じた?

というか、親切だと思ったのは私の勘違いだったのか?

あんなに笑ってた工藤くんは何だったの?

何?なんで?

この人、分かんない。


「どうしたの?

今さっき、私を見てて飽きないって言ってたよね」


鼻で笑った。

また鼻で笑われた。


「それが何?勘違いした?

俺が木下を好きになったとか?

いいか、何度も言わせるな。

俺は木下が嫌いだ。

ちょっと朝練に付き合ったからっていい気になるな。

友達?あり得ない。」


そう言い残して教室に戻って行った。


後に残された私は、状況が理解できなくて混乱した。


どういう事?

私、勘違いしてた?

本気で言ってるの?

何だろうあの人は。

どうしたんだろう。

何でこんな言い方されないといけないの?

シュートできなかったから怒ってるの?

違う。

何だろう、モヤモヤする。


教室に戻り隣に座る工藤くんを見た。

感じ悪い陰気野郎な空気を出してる。


「ねぇ、ねぇ」


声をかけてみる。

思いっきりスルーされた。

懲りずに声をかけた。

私をキッと睨んで自分の机をバンッと音を立てて叩いた。

大きな音にみんなが注目する。


「うるせ。話しかけんな」


それだけ言ってこっちを見ない。


なんで。

もう訳が分からない。


なんか、もういいや。

こんな中2病の陰気野郎!

感情の起伏が激しいこじらせ男なんて、もうどうでもいいか。

もう疲れた。

帰って寝よう。

なんか振り回された。

早く席替えしてほしい。






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