第88話:カインさん、飛びます。
「……セーナ!」
倒れていたカインがハッと目覚め叫んだと同時に凄い勢いで顔を上げる。
「うおっ!」
カインの顔を覗き込んでいたアランはそれを察知できず頭突きを食らう。
「「いってえ!!」」
ふたりは頭をぶつけた衝撃で声を上げる。
「何やってるのよあんたたち……」
頭を抑えていると、後ろでリリーが呆れながらそれを見ている。
「お前らどうしてここに……それに俺の傷も」
カインはどうしてアランがいるのか理解できないという顔だ。気を取り戻したばかりなので感覚が掴めず、手のひらをグーパーしている。
「いやあ、俺たちもさっきので騎空艦から落ちちゃって。戦力にならないから救護活動してるってわけだ」
カインの傷はニーナの回復魔法スキルで癒したため、全身の骨折などの傷は完治した。
「助かった。悪いが俺は行く」
形式的に礼を述べたカインは早々に歩き出す。
「どうやってだ?」
騎空艦が落ちてしまった今、カインに空に戻る方法はない。翼を失った鳥が空を見上げているのと同じだ。
「くっ……!」
カインは起きて早々空を見上げ、悔しそうな顔で地団駄を踏む。
彼が見つめている先には唯一空で元々の高度をほとんど保った騎空艦。要は元々カインと他の国のランカーが乗ったものだ。
「あっちに行かなきゃダメなのか? この有様だし一旦撤退するっていう手も……」
アランは悲惨な状態となった辺りを指差す。人々はパニックになり、壊れた騎空艦から一目散に逃げている。
「ダメだ! またあれが来る!」
カインがいうあれとは、数分前の咆哮のことを指している。
「それは本当か!?」
「ああ。おそらくあと数分ってところだ。咆哮に立ち向かうには俺の皆の力が必要なんだ!」
カインの真剣な眼差しを見て、アランは事態が一刻を争うことだと確信した。
「ニーナ、馬場さん頼む!」
「わかりました!」
ニーナは返事をし、おもむろに背中に背負ったリュックを外し、チャックを開ける。
中からはぬいぐるみサイズになったユニコーンの馬場さんが出てくる。みるみるうちに大きくなり、馬のサイズに戻った。
「これは……ユニコーン!?」
カインは馬場さんを初めて見るので驚いた顔をしている。
「馬場さん! 頼む! カインを乗せてやってくれないか!」
ユニコーンは清い少女……つまりはニーナしか乗せてくれない。何度かアランが乗ろうとしたが、顔面に蹴りを入れられ1時間ほど気を失って終わったのだった。
アランが頭を下げるが、馬場さんはいつものゴミムシを見る目で文字通り足蹴にする。
「馬場さん、私からもお願いします! 終わったらエクスペリエンスキャロットあげます!」
ニーナも頭を下げる。それを見て馬場さんは人間がため息をつくようにハア、と息を吐き、乗れとばかりにカインを見た。
「ありがとう馬場さん!」
ニーナが笑顔になり馬場さんの頭を撫でる。彼はうっとりとした表情になり、とても嬉しそうだ。ひとりだけ、くそっ、俺と関わってる時はあんな表情しないのに……。と内側にメラメラと怒りの炎を上げる男がひとりだけいるが。
「じゃあ、頼む!」
カインは颯爽と馬場さんに乗る。馬場さんはフンと鼻を鳴らし、助走をつけると空へ飛び去った。
火山灰で灰色になった空へと駆けていく。そのスピードは優に時速80キロは超えている。
上昇していく馬場さんをエンシェントドラゴンがはるかに上から睨みつける。すると、口から巨大な火球を放つ。体が二キロにも達するエンシェントドラゴンの口から放たれるそれは半径5メートルほどだ。
「かわしてくれ!」
カインの言葉に呼応するように馬場さんは火球を見切ったようにスレスレの位置まで移動し、上手く躱す。
それを見たエンシェントドラゴンは次々と同じように火球を放つ。一個避けるのでもかなりスレスレだった火球がポンポンと、変わらないスピードで飛んでくる。
「いけるか!?」
馬場さんは翼をさらに広げ、火球を睨みつける。
「『ウォーター・ライフル』!」
カインは左手で馬場さんにしっかりと掴まり、右手を火球の方へ向けて水魔法を放つ。
威力が相殺し、火球を無力化することに成功する。馬場さんが避け、カインが間に合わないぶんをカバーする戦法がとられた。
またひとつ、ふたつと火球を躱す。最初は危なげなかったが、数が増えていくごとに、体力の問題で動きが悪くなり、危ない場面が増えていく。
とうとうカインの体に火球が掠り、服の肩の部分が焼けこげる。
「危ない!」
しかしそれさえも気にならないほど、カインは前を向いて声を上げた。火球が来ている。このペースで走ってもぶつかってしまう。
感覚が研ぎ澄まされ、スローモーションのように火球が近づいてくる。カインはもうダメだ、と思い目を閉じた。
「『ウィンドボウ』!!」
その瞬間、風を纏った弓矢が放たれ、その暴風で火球をかき消した。
「これは!?」
「カイン!!」
声の方を見ると、デルグレッソが騎空艦の方から声を上げていた。あのスキルはデルグレッソのものだ。
目的地までそこまで目と鼻の先だったのだ。馬場さんは真っ先に騎空艦へと飛び、無事着地した。
「カインよ! 無事であったか!」
デルグレッソに続いて、ヴィットリオ、シンゲンがカインの元へ駆け足で来る。
「下にアランたちがいた! 馬場さんのおかげでここまで来れたんだ」
カインは馬場さんの頭をポンポンと撫でる。少々嫌そうな顔はしたが、馬場さんはカインのことを認めているのか、それを受け入れ、フンと鼻を鳴らした後去っていった。
「カインよ、この状況、どう思う?」
デルグレッソはカインの顔を見て訊く。カインの目に、光を感じたからだ。
「四人で……いや、皆で力を合わせて奴が撃ってきた瞬間にスキルを打ち込む」
それしかない、とカインは力説する。
「……それがお前の結論か?」
「ああ。俺ひとりじゃ無理だ。力を貸してくれ」
カインのその言葉を聞いて、デルグレッソとヴィットリオはニヤリと笑った。
「お前……何か下であったな?」
「な、なんでだよ」
「お前の口から助けを求められる日が来るとは思っていなかった」
困惑するカインを見てふたりは笑う。
「それではこの戦いののち、記念日の祝杯をあげましょうぞ」
シンゲンもニッコリと笑う。
「ああ。だが、その前に奴だな……」
四人はエンシェントドラゴンを見据える。エンシェントドラゴンは力を溜めており、あと一、二分で咆哮を発動するだろう。
「全ての騎空艦に伝達する! 次の『咆哮』の瞬間に全力をぶつける! 準備をせよ!」
シンゲンが部下に叫ぶ。
決着の瞬間が刻一刻と近づいていた。




