第80話:元村人A、乗り込みます。
「ダメだ! 入ることは許されない!」
王都ヒルデバータのルネティエ教会前。石造りのその建物は和ノ国で見たビルよりははるかに低かったが、それでもある種の神々しさを放っていた。
正面の壁にはステンドグラスが貼られており、光を取り込んで色鮮やかに光って見える。
「なんでよ!」
先ほどから俺たちは門の前に立つエルフの青年ふたりに止められており、リリーはそれに対して怒り狂った犬のように吠える。
「入場する理由を聞いたら『調べたいことがある』だと? 怪しいヤツめ!」
「やましいことなんてないわよ! 私は勇者!」
「勇者だろうと何だろうとダメだ! 怪しいものは入れるなというお達しだ!」
「頭が硬いわね! そんなだからモテないのよ!」
「……お前にそれは関係ないだろう!」
「いや何の話やねん……」
門番とリリーがしばらくいがみ合う。何故か変な方向に話がシフトしていったので思わずツッコんでしまった。
「と、とにかく! 入ることは許されない!」
後半はもはや無理やりと言う感じだったが、結果的に俺たちは教会に入ることはできなかった。
「まったく、話が通じないやつだったわね!」
門番たちから少し離れた位置まで移動して俺、リリー、セシア、ニーナの四人は作戦会議をする。リリーはプリプリと怒っており、理解を示さない門番に対しての文句をずっと言っている。
「門番だって仕事なんだから仕方ないだろ?」
「そうは言っても絶対おかしいわ! 何かやましいことがなければあんなに躍起になって守ることないはずよ!」
「うーん、リリ姉の言うことも一理ある気がします……」
今回ばかりは慎重なニーナもやや肯定気味だ。確かに門番のあの頑なな態度と曖昧な理由付けには疑問を感じざるを得ない。
「どうする? 怪しいと言っても正面から強行突破は無理そうよ?」
リリーの言う通り表で戦ってでも入ろうとすれば完全に悪党だ。牢獄にぶちこまれることは間違いがない。
「仕方ない。横から侵入するぞ」
「ええー!? それはま……」
「静かにっ!」
ニーナが叫びそうになったのでリリーが口を塞ぐ。ナイスアシストだ。周りの人にバレたら隠密行動もクソもない。
「バレないようにだ。バレないように行くぞ」
やや不安そうな顔をするニーナの手を引き、帰る振りをして遠回りをして教会を回り込む形で移動した。
*
正面から右側にぐるっと回り、真横から教会を見てみる。教会は高い塀で囲まれており、上には有刺鉄線が張り巡らされている。よじ登って入ることはできなそうだ。
教会は正面以外は鬱蒼とした森のようなところに囲まれている。おそらく静かな中で集中できるように立地しているのだろう。俺たちは木々に隠れながらまとまって話を始めた。
「さて……どうする?」
「やっぱり辞めましょうよ〜、教会が悪いことしてる確信がないじゃないですか!」
「でも動かなきゃどうにもならないわよ!」
心配そうにするニーナの意見も一理あるが、リリーの言うことももっともだ。
ただ、ここから侵入する方法を画策しないといくら入りたいと思っても入ることはできない。違法なことをしているのだからある程度慎重にならなければいけない。
「とりあえず壁に近づいてみよう。壁を破壊したら警報が鳴るとか最悪だからな」
足元に落ちている枝をポキポキと踏み鳴らして俺たちは壁の近くへと向かう。
壁は頑丈そうで、レンガで作られており触ってみるとひんやりと冷たい。拳を作りノックをするとコンコンと音が鳴る。しっかりとした作りだ。
「剣で叩けば壊せそうだけど……それじゃダメなのよね?」
「ああ。あまり手荒にやると後が大変だ」
とは言ったもののこれではどうしようもない。『クラフト』で土台を作って無理やり乗り越える手もあるがおりた先に窓があって着地したところを見られでもしたら厄介だ。
うーん。打つ手なしって感じだな。ここは一旦撤退して作戦を練った方がいいかもしれないな。
「よーし、ここは一旦撤……」
言いかけた瞬間だった。セシアが地面を指差した。
「どうした? セシア?」
「……そこ」
セシアが指で示す方向の地面には辺りと同じで芝が生えている。セシアが何を言いたいのかを考えてみる。よく観察しろ、体ではなく、心の目で……!
ここに特定のアイテムを置くとか? ここに剣を刺してリリーに引き抜かせるとかか? もしかして暗号?
「あ! 芝の色が少し違う!」
やっぱり体の目で観察した方が良かったらしい。余計な思考をしてしまってミスリードをするところだった。
俺は芝の色が違う部分を触ってみる。確かに近くから見ると色がその部分だけ暗くなっているのがわかる。どうやらそこだけ人工で作られているらしく、剥がれそうだ。
「それっ!」
勢いよく持ち上げてみると、地面が持ち上がった。正確には、芝によく似せられた蓋が外されたのだ。
「隠し通路!?」
蓋が外されたので下を覗き込んでみると、1平方メートルほどの蓋で、塞がれていた先はずっと穴が彫られており、下に降りられるようにハシゴがかけられている。
「……どうやら何かやってるのは間違いなさそうね」
「それか避難用の通路かもしれませんよ?」
「いいえ。私の勘がそう言っているわ」
ニーナの指摘に耳を貸さず、リリーの目はキラキラ輝いている。どうやらこいつは「秘密」とか「探検」みたいなワードが好きらしい。
「とりあえずここから進むことは出来そうだな」
俺たちはハシゴを使って下に降りてみることにした。
*
「ちょっと! スカートの中見ないでよ!」
「なんで俺を一番最初に降ろさせたんだよ!」
「しっ! 静かにしましょうよ!」
俺、リリー、ニーナ、セシアの順番でハシゴを降りる。俺はなぜか先に降りろとリリーに言われて仕方なく降りた矢先に文句を言われている。
おそらく下に誰かいた時に俺を餌にして逃げるつもりなのだろう。絶対にお前の足を掴んで道連れにしてやるからな。
これ以上リリーにいびられるのは嫌で下を向く。かなり深く降りてから1分は経過している。どうやらそろそろ地面のようでぼんやりと明かりが見える。
向こうがどんな部屋割りになっているかなど分からないことが多い。そもそも一部屋かもしれない。俺は帯を締め直す感覚で着実にハシゴを降りていく。
地面に足をつけ、あたりを見渡す。目の前に木でできた扉があり、下の隙間から少し光が漏れている。中から何やら何人かの男の声がする。どうやら緊急避難用のルートではないのは確実なようだ。
なら、強行突破する。
俺は勢いよくドアを開き、中を見る。
部屋は5×5メートルほどの大きさで、ローブを着たエルフの男たちが三人ほど立っていた。
「なんだお前らは!?」
男たちは一斉にこちらを見て身構える。
「ここから突破するのが一番だ! いくぞ!」




