第79話:元村人A、エルフの国に戻ります。
「いやー、やっぱすげえな……」
エルフの国、ライクリシア王国に到着する。木々が生い茂り、木造のツリーハウスが並んでいる。久しぶりに帰ってくるとやはり違和感があるが、これが当たり前なのだ。あのビルとかコンクリートがおかしいのであって。
ポーラ、ゲンゴロウはホヘト新聞社の運営をすることになった。ゲンゴロウの経営の腕は凄いもので、最近まで敵であった社員たちをまとめあげ、正しい情報の発信を行うべく行動を始めている。
なんでそんなに有能なのに謎にキャラが濃いのかは、今回は置いておく。
メイは主人のシンゲンの元へ一度戻ると言っていた。今回の件でもしかしたら国民の意識を改革できるのではないかと伝えることで、シンゲンの行動の判断材料にしてもらうつもりだ。
「見惚れてる場合か。行く宛はあるの?」
ツリーハウスを見ていると上からリリーにチョップを喰らう。お前のチョップちょっと痛いねん。
「いてて……まあ、ひとまずはって感じだ」
俺の曖昧な返答に納得しなかったのか、リリーは首を傾げた。
*
「いらっしゃいま……あ!」
「よう。繁盛してるみたいだな」
俺が暖簾をめくった先には、お盆の上に丼を乗せて運ぶ緑色の髪の少女だった。
「久しぶりだなエマ。……といっても一週間ぶりくらいか?」
「そうです! アランさんもお元気そうで!」
俺たちが王国に到着して最初にやってきたのは、かつて店から追い出されたエマが転がり込んだ飲食店である。
「なんだボウズ! のこのこと帰ってきたのか!」
「……のこのことはなんだ。俺は客だぞ!」
「うるせえ! 顔を見に出てきてやったっていうのによ!」
……こいつも元気そうだな。アーノルド。この店の店主である彼は変わらず黒ひげを生やし俺に突っかかってくる。
「まあ座れ。座敷の席が空いてるからよ」
アーノルドはそう言い残すと歩いて厨房へと戻っていく。どうやらホールがエマで調理担当がアーノルドでこの店は回っているらしい。前回はガラガラだったが少しは俺たちの他に客がいるようだ。
「エマちゃーん! こっちにビール、頼むよ!」
「わかりましたー!」
入り口近くの座敷の席でエルフのおじさんが上機嫌にビールを注文する。まだ朝だというのにやたらニヤニヤしながらエマの方を見ている。
そういうことか。エマ目当ての客が増えたのか。アーノルドだけより美少女がいた方が来る気になるもんな。いい傾向……なのかな?
エマは普段着が汚れないようにか黒いエプロンを着用し、頭にはバンダナを巻いている。髪が長めである彼女が髪をまとめると、ボーイッシュな感じで……いいな。
「なにじろじろ見てんのよ」
チッ、後ろの金髪ゴリラにバレた。ジト目でこっちを凝視してきている。視線が痛い。別に減るもんじゃないんだからいいだろ。
リリーに半ば強引に腕を引っ張られ、座敷の席の奥に座らされた。
「最近になってモーニングセットを始めたんです! いかがですか?」
「じゃあ、それを四つ!」
リリーは人数分料理を注文する。始発で電車に乗ってまだなにも食べていないからお腹がペコペコだ。
*
少しして常連のおっさんたちが外へ出て、エマとアーノルドは手が空いたので俺たちの席にやってきた。
「今日はこっちに何か用事なんですか?」
エマはニコニコと聞いてくる。
「あー、実はそれに関してエマたちに聞きたいことがあるんだ」
「と、言いますと?」
「この国に新聞社はあるか?」
こうして現地の人に聞くのが一番手っ取り早い。とりあえず和ノ国と同様にプロパガンダを……
「新聞ってなんですか?」
「え?」
エマは冗談で言っているようには見えない。キョトンとしている。未知との遭遇という顔だ。
「新聞って言葉じゃないのかな? 時事を伝える紙のことだよ!」
「ああ、瓦版のことですね!」
瓦版……和ノ国と比べてかなり原始的になったような気がするが、それが普通なのだ。むしろ和ノ国がおかしい。
「じゃあ瓦版を作ってるのは誰なんだ?」
「うーん、確か制作委員会ですね。ちなみに何故そんなことを訊くんですか?」
「細かい説明を省いて言うと、反人間的な内容の記事を書いているところを見つけて、やめさせたいんだ!」
「でしたら多分製作委員会に行っても意味がないですよ?」
エマの言葉に俺は意味がわからず、「え?」と声が出た。
「ちょっと待ってください、新聞を作ってるのは製作委員会なんですよね?」
ニーナがまとめるために慌てて訊く。
「はい。でも記事の内容はほとんど反人間感情には関係ないと思います。どちらかと言うと長い時間をかけて培われてきた感情ですから」
ええー、じゃあどうしようもないじゃないか。せっかくここまで来て希望という道が見えてきたと言うのに足を踏み出した瞬間に音を立てて崩れてしまった。
いや、でもナカジマは確かに「阻害している勢力がいる」と言っていた。ならば必ずいるはずだ。せめて糸口だけでも掴まなければ。
「じゃあ、最近そういう思想を振りまいているのはどこだ?」
「うーん、国の暗黙の了解的なところがあるからなあ……」
「教会だ」
エマが頭を悩ませていると、アーノルドが口を挟む。
「教会?」
「そうだ。かつてこの国では人間のことを『豚食の徒』と呼んでいたんだ。何故だかわかるか?」
「ライクリシア王国がラミア教のジーダル派……だったっけか。であるからだろ?」
アーノルドの問いに、俺は過去の記憶を探りながら答える。
「じゃあその呼び方を始めたのは誰だと考えられる?」
「……あ!」
そうか。つまり人間を敵対視するために人々の共通の認識である、『豚肉を食べることは禁忌』ということを掲げたのだ。そしてそれをできるのは教会だ。
「ようやく理解したか。しかし気がつかないか?」
「気がつく……何に?」
「豚肉を食べる、食べないで嫌悪の対象としているとしたら、おかしいことがあるだろ」
豚肉を食べていて差別されている人間と対照に、豚肉を食べていてもそうでない種族?
「なるほど、獣人は差別されていない!」
「そうだ。だからこれは単に人間にヘイトを向かわせるために作った理屈で、教会側は単に民衆に人間への差別意識を流布させる目的だったのさ」
思ったよりもエルフたちの人間への差別は根深いものだと実感する。過去にアーノルドが俺に「この大陸には三つの国がある。どれも密接に関わっていて、複雑な歴史背景を持っている。せいぜい気をつけろ」と言ったことを思い出した。
「ご主人、どうしますか?」
ニーナがこちらを気遣うような目で訊く。ここで諦めたらダメだ。とりあえず動いてみれば何かわかるかもしれない。
ここで諦めればエンシェントドラゴンとの戦いは断念せざるを得なくなるし、何より俺たちに期待してくれた人々の気持ちを無為にしてしまうことになる。
「行くぞ……教会に」
俺は覚悟を持って呟いた。
「ここから少し歩くと王都のヒルデバータに到着します。そこのルネティエ教会が一番大きいです!」
「ありがとう。行ってみるよ」
何がわかるか、そもそもわかるかさえも未知。それでも動いてみるしかない。この深く根を張った意識を変えるために。