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第78話:元村人A、忠告されます。

「慌てるな! ここまで来れば安全だ!」


 どよめく群衆。この会社にいた千人規模の人たちが皆外に出たため入ってきた時の閑静な町並みとは打って変わって、さながら祭りのような騒ぎだ。ほかの建物の窓から人が顔を出して何が起きているのかとこちらを見ている。


 「モンスターがいる」なんて言ってはたして皆信じるか疑問だったが、むしろこんなパニックになるなんてな。和ノ国ボケしていたがこの世界にちゃんとモンスターはいるし、その存在と恐怖は伝わっているらしい。


 これでダメなら「爆発するぞ!」って言うつもりだったが、狼少年にならずにすんだ。よかった。



「おい! アレなんだ!?」



 群衆の一部が上を指差す。俺もそれを見て視線を上に向けると、何やら黒い塊が落ちてきている。


 アレは……絶対ナカジマだ。


「皆! 当たったら即死だから離れてくれ! 多分ガラスの破片も落ちてくるから気をつけろ!」


 俺はすぐに指示を出したが、案外思ったよりも遠くの位置に落ちたので怪我人が出ることはなかった。ドスン! という激しい音ともにコンクリートに穴が開く。


 あいつら……結構手荒なことするなあ。多分俺が伝えた作戦通りやって最後にリリーあたりが剣で吹っ飛ばしたのだろう。次からは下の人のことも考えてくれよな。



 コンクリートに黒い塊がめり込んでいる。ヤギのような見た目で、ツノは折れている。おそらく戦闘で折れたのだろう。このモンスターこそがナカジマだ。



 しかしこれだけの高さから落下すればひとたまりもないだろう。怪我人なくナカジマを倒すことには成功したようで、ホッと安堵する。


「……クッ……カァ……」


 胸を撫で下ろした刹那、信じられないものを聞いた。死んだと思っていたナカジマの声を。


「皆下がれ! そいつはまだ生きている!」


 俺が前に出て皆を後ろに下げる。戦闘になれば俺がなんとかするしかない。


 ナカジマはゆっくりと体を起こそうとするが、挙動がプルプルとしていておぼつかない。右足の骨は折れているのか変な方へ曲がっていて痛々しい。


 そして少しずつ、ヤギの姿から元の姿へ戻っていった。その際、体から黒いオーラが抜け出ていくのが見えた。



「……私は……負けたようだな……」



 両手を地べたにつけ、はいつくばるようにしてナカジマは震えた声で言った。一言一言が紡ぐような声量だ。


「そうだ。もう喋らないほうがいいぜ」


「フフッ……そうはいかない……」


 全身の骨が折れ、苦痛に顔を歪めてもおかしくないはずのナカジマが不気味に笑った。


「何故だ?」


「久しぶりに感動したんだよ……君の推理力にね」


「それはどうも」



「君にはひとつ……伝えたくなったんでな……」



 ナカジマは上を見上げる。夕日を見ているのだ。




「エンシェントドラゴン討伐を……邪魔しようとしている勢力がいる……」




 ナカジマの口から発されたその言葉に俺は驚き、思わず呆気を取られた。


「それはお前も含めて、か?」


「ああ……私は使役されている身だ……」


 使役されている身であるナカジマでさえ人間の世界では社長という名誉ある職業なのだ。いわんやトップは相当頭が切れるのだろう。



「お前を使役している人物の名前はなんだ!?」




「……ノーゼルダム」




 ナカジマの口から放たれたのは聞き覚えのある言葉だった。



 ノーゼルダム。かつて王都ラクシュを滅ぼすため第一継承権を持ったダムス・アクストールを(たぶら)かし、巨大ゴーレムを召喚してクーデターを起こした人物だ。



 巨大ゴーレムのアトラスの強さは身をもって体験している。あれはとてもじゃないが倒せるものではない。それを召喚できる人物ならばナカジマを使役していても納得だ。


「何故そんなことをしてる?」


「さあね……私にもわからない」


 ナカジマは遠い目をしている。自分の最期を悟っているのだろう。彼は夕日に心を奪われているようだ。それを見て俺は少し悲しくなった。


「なあ、お前はなんでノーゼルダムの下についてるんだ?」


「私はノーゼルダム様に悪魔を埋め込まれて知恵と人間の姿を得たモンスター……使役するのは当たり前さ……」



 ……こいつは魔族だし、人を騙していた。もしかしたらこの発言が嘘かもしれないし、死にそうなのも嘘で俺を殺す隙を狙っているかもしれない。だが、使われて死ぬ命というものを見て、俺は少し同情に近い気持ちを持った。



「……そう警戒するなよ。もう時間だ……」


 ナカジマが言ったのを聞き、俺は最後にどうしても聞きたくなった。


「なんでノーゼルダムのことを俺に話した?」


「……さっきも言っただろう……君に感服したからだよ」



「それはおかしい。主人のことを言わなければ俺はエンシェントドラゴン討伐阻害の件を知らずに済んだはずだ。なぜ最期に主人を裏切った?」



 ナカジマは少し答えに詰まる。


「……なんでだろうな」


 少しの間の後、ナカジマはそう呟いた。そして彼が自重をなんとか支えていた両手は枝が折れるように力を失い、ナカジマは倒れ、元のヤギの姿へ戻った。


 ……きっとあいつにも答えがわからなかったのだろう。何故俺に全部答えを話したのか。



 これは直感だが、あいつが嘘を付いているようには思えなかった。そこに証拠や裏付けはない。



 皮肉なものだ、あれだけ証拠や理由を求めていた人物からそう言ったものがない説得力を感じたのは。


「アランー! 怪我人はいない!?」


 リリーたちがこちらに走ってきた。急いでエレベーターを使って降りてきたのだろう。


「旦那ー! 来たっすよー!」


 別の方向からはポーラとゲンゴロウが手を振って駆けつけてくる。全員集合ってわけか。


 夕日はもう完全に落ちかけ、あと少しでこの国は夜の闇に包まれる。1日が終わるように、ナカジマの命は終わりを迎え、今、体はスッと灰になって風に吹かれて飛んだ。


 俺はそれが夕日に運ばれていく様子をじっと見つめていた。



「ライクリシア王国だ!」


 イロハニ新聞社に戻り、みんなでひとつの大きなテーブルを囲む。俺はそれをドンと叩いて言った。


「うるさっ……。なんで机を叩くのよ」


 リリーが顔をしかめる。


「いや、そっちの方が箔がつくかなと思って……」


 なんか探偵みたいでカッコいいじゃん。しかしそういうのは名実ともにしっかりしてる人じゃないとダメなんだと今身をもって知った。


「……で? ライクリシア王国が何?」


「ああ。和ノ国でプロパガンダが行われていたということはライクリシア王国でも同じようなことが起きている可能性が高い」


「なんでよ?」


「ナカジマが言っていたんだ。『エンシェントドラゴン討伐を阻害する勢力がある』ってな」


 リリーの表情がさらに険しくなった。


「それは信頼できるの?」


「わからない。ただ俺は信じるに足ると思った。それに、あいつは『ノーゼルダム』と言ったんだ。確かにな」


 ノーゼルダムの名前を知っているリリー、ニーナ、セシアは意表を突かれたような表情で驚く。


「ねえアラン、前に動物園に行った時にローブの男に囲まれたことがあったでしょ?」


 メイと出会った日の動物園の話。そう遠くない記憶だ。


「それがどうした?」



「あのやり方、引っかからなかった?」



「というと?」



「自分は表に出ないで人を使役して目標を達成するやり方……」



 俺はリリーの言葉を聞いて理解した。


「ノーゼルダムのやり方だ……」


 ラクシュを襲った時もそうだ。カインによる発見がなければあいつは一切表舞台に出ることなく、ゴーレムを使って事を済ませていただろう。


 時にはゴーレムだけではなく人間、ダムスやシンシアさえも操る非道なやり方。それは今回の一件に非常に類似しているものであった。


「つまり、ライクリシア王国のエンシェントドラゴン討伐を阻害している勢力を倒しに行くわけですね?」


 ニーナが要点をまとめる。


「そうだ。どうやらホヘト新聞社はナカジマによってほぼ強制的に反獣人的な内容にされていたようだから、今後ホヘト新聞社の運営はゲンゴロウに任せようと思ってる」


「こっちはアタシがまとめるから、あなたたちはできる事をやってちょうだい。……それから、ゴロちゃんよ」


 ゲンゴロウの目が怖い。ものすごく頼りになるが、ものすごく殺意を感じる。


「今晩はここで一泊して、朝一で始発に乗っていくぞ!」


「えー、早起き苦手……」


「言ってる場合か!」


 リリーが駄々をこねるが、そんな事をしている時間はない。もうそろそろエンシェントドラゴンの復活が近い。一刻だって無駄にするものか。

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