第77話:元村人A、放送します。
「よし! 皆頑張ってくれ!」
「あんたも頑張りなさいよ!」
俺が弱いのは周知の事実のはずだ。自然にフェードアウトすればバレないと思ったのに。
「えー、でもなんかあいつ強そうだし……」
ナカジマは黒いオーラを取り込んで黒いヤギ人間と化してしまった。目は充血しているように真っ赤で大きく、今にも飛び出しそうだ。
先ほどまでの知性的な人間とは違い、口から涎を垂らし、大きな鳴き声を上げている今の彼からは、対照的に野生を感じる。
「ば、化け物!」
俺たちがナカジマに目を奪われていると入り口で男が腰を抜かしている。スーツを着ていることからここの社員であることがわかる。
「そうか、あの人はナカジマが人間じゃないことを知らないのか!」
「このままじゃ戦いに巻き込まれるわ!」
「こういう時こそ俺の出番じゃないのかな?」
「……不本意だけどいいわ。アランは社員の避難誘導をして」
リリーさんの許可も出た。俺は腰を抜かして倒れている男を支えて部屋から降り、下のフロアの人間たちを避難させるのを手伝うことになった。
エレベーターは危険と判断し、階段を使って降りる。部屋の中からリリーの声が聞こえる。あいつらなら多分なんとかしてくれるはずだ。
*(リリー視点)
「さてと、これで気兼ねなく戦えるってわけね」
私は剣の切っ先を目の前のどす黒いヤギに向ける。剣を両手で握って、相手の動きに対応する。
「スキル、かけちゃいますよ! 『パワーエンハンス』! 『マジックエンハンス』! 『スピードエンハンス』!」
ニーナが三つのスキルを発動させた。スキルによって、私とメイは力と俊敏性が、セシアは魔力と俊敏性が高められる。
「ありがと! これで心置きなく暴れられるってわけね!」
「リリ姉! 心置きなく暴れたらダメです!」
ニーナが忠告する。そうか。ここはあくまで部屋。もっと言うと30階建てのビルのてっぺんである。
もしここで大規模な攻撃をすればガラス張りの壁から落ちてお陀仏だろう。しかも落ちて生き残る可能性があるのはナカジマの方だ。
部屋の大きさは目測で20メートル四方。こちらは私、セシア、ニーナ、メイの四人で相手はナカジマ。五人となると動ける範囲も限られてくる。
「ニーナ、後方で私たちの位置把握よろしく!」
「了解です!」
攻撃系のスキルを使わないニーナは私たちの位置を管理してもらおう。戦っていると今自分がどこにいるかわからなくなるからだ。
「さて、そろそろ行くわよ!」
私は二足歩行ヤギの方へ走り、持っている剣を振る。ビュンと音を鳴らして剣はヤギを斬り裂こうとするが、ヒズメで右手の弾き返された。
剣と剣がぶつかったような感触だ。あの蹄は金属のような硬さだ。獣にしてはそこそこ力や動体視力に優れているらしい。
「……『バーン』」
ヤギと相対していると、セシアによって背後から火球が放たれる。直径20〜30センチメートルほどのそれは一直線にこちらへ飛んでくる。
ヤギは後ろを少し振り向いて火球が来ているのを見て、すかさず天井スレスレのところまでジャンプで五、六メートルほど移動し、火球を避ける。
「では拙者が行くでござるよ!」
メイが走り出す。懐から八本ほどクナイを出し、指の隙間に挟み込んだ。
胸の前で腕を交差させ、それを開く形で勢いをつけて前にいるヤギに全てのクナイを投げる。
ザクザクザクと音を立てて地面に列になって刺さるクナイを、ヤギは同じようにジャンプで避けようとする。
「そうくると思ったでござる!」
メイは自信たっぷりにニヤリと笑い、懐から今度は何枚かの刃のついたプロペラのような武器を取り出した。
「忍法! 手裏剣の術!」
それらの手裏剣と呼ばれる武器をまるでブーメランのように相手に投げつける。刺されば相当痛いだろう。
しかしジャンプでバランスを崩しているはずのヤギは、体勢を上手く変えて全ての手裏剣をヒズメで順番に弾いた。ダメージが入っているようには見えない。
「ちょこまかと!」
「リリ姉! 危ないです!」
なかなか攻撃が当たらず苛立っていると、後方でニーナの声が聞こえる。そこでハッと気がついた。ヤギは私の目の前に来ていた。
次の瞬間、私は強烈な右足のケリを顔面に喰らい、右に吹っ飛んでいた。
地面で一回転がり、なんとかおき上がろうと足で踏ん張る。後ろへ行くスピードを殺すことは出来たが、あと少し遅かったら壁のガラスを突き破って落ちていただろう。
「リリ姉! 『ヒール』!」
ニーナが回復魔法をかけてくれたので頬の痛みはたちまち引いていく。しかし、このままでは埒が明かない。なにしろ攻撃が当たらないのだ。
これをずっと続けていれば体力がなくなるのは私たちの方だ。何か策を立てなくては。
「ピンポンパンポーン」
私が集中しようとしていると、聞き覚えのあるメロディーを聞き覚えのある声で歌っているのが耳に入った。
「アラン!?」
社内放送で流れているのは紛れもなくアランの声だ。
「あーいや、これふざけてるわけじゃなくて。どのボタン押せば流れるかわからなかったから口でメロディーを歌っただけであって。決してふざけてないから真剣に聞いてくれ」
長々とエクスキューズめいた話が入り、空気感が伝わってくるのかアランはゴホンと咳払いをした。
「今屋上に社長の姿をした化け物がいる。お前たちの社長のナカジマは実はモンスターだった。このままだと危険だから避難してくれ! 慌てず騒がず順番に!」
色々説明に問題がある気はするがひとまずアランによって社員たちに避難の情報が伝わった。
「あー、それから一番上の階の奴らに告ぐ」
今度は私たちにメッセージのようだ。何か重要なことでもあるのだろうか。
「……こうやって言うと強盗みたいだな」
「バカなこと言ってないで早くしなさいよ!」
緊張感を持って耳をすませていただけに何故かワンクッションボケを入れられると調子が狂う。私は思わず声を上げてしまった。
「空間だ。空間を利用しろ。メイは上。セシアは真ん中、リリーは下だ」
空間? 上中下? アランが何を言いたいのか私なりに推理してみた。
そしてひとつの答えにたどり着く。
「わかったわ! 皆は!?」
「バッチリでござる!」
「……理解したわ」
まるで先ほどまでの戦闘を見ていたかのようなアドバイス。アランは弱いがこういうところでかなり頭が回る。
「さて、行くわよ!」
「……『バーン』」
先ほどと同じようにセシアが部屋の角から斜めに火球を撃つ。
すると先ほどと同じようにジャンプで壁スレスレまでヤギが避けた。
「ニンジャは空中戦も得意でござるよ!」
メイが腰の刀を抜き、ヤギに刀を振るう。同じようにヤギはヒズメで応戦し、全てをはじき返した。
「後は任せるでござる! リリー殿!」
メイは最後の一撃を強めに打ち、ヤギをノックバックさせる。
「捕まえたわよ!」
セシアの魔法で部屋の空間を半分にして、メイによってノックバックしたヤギが重力で着地する地点は限られている。
部屋の隅だ。
「そこに行くと思ってたわ! 『風刃』!」
設置型の風の剣戟である『風刃』をあらかじめ部屋の隅に仕込んでおいたので、ヤギは着地した瞬間風の一撃を喰らい、ガラスを突き破って落下した。
「……この高さなら大丈夫でしょ」
暮れていく夕日を見ながら私は小さく呟いた。




