第76話:元村人A、覆します。
全く。ゲンゴロウがちゃんと事実を言っていたとはな。あいつはキャラが濃いけどいい奴そうだし、潔白は証明しなきゃな。
「で、私が犯したミスとは? 聞こうじゃないか」
ナカジマは再びソファに座り、俺と向かい合った。
「あんたさっき、『そのゲンゴロウという人の事を言っているのかはわからないが、無知な君たちを送ってくるということはそういうことなんだろう』って言ってたよな?」
「ああ、それがなんだって言うんだ」
「俺たちはそこまでに一度として『ゲンゴロウ』って本名は出してないんだよ」
リリーはゴロちゃん、と言っていた。そしてその時ナカジマは「ゴロちゃん、というのはイロハニ新聞社の方かな?」と確かに言っている。
仮にゲンゴロウというワードを知っていたら「ゴロちゃん、というのはイロハニ新聞社のゲンゴロウさんのことかな?」となるはずだ。
発言から、こいつがゲンゴロウという人物を予め知っていたとは思えない。
「お前はゲンゴロウを知っていた。なぜなら嫌がらせをしてたからな」
俺がその事実を突きつけると、ナカジマは先ほどの余裕綽々なにやけ面から真顔になった。
が、すぐにそれは元に戻った。
「ああ、私はゲンゴロウさんを知っていたよ。前からね」
「じゃあ嫌がらせを認めるんだな?」
「いいや。私が認めるのは『知っていた』事実だけだよ」
俺は一瞬意味がわからなかったが、何を言わんとしているか理解して驚愕した。
「言ったろう? 過去に部下がイロハニ新聞社で罵声を浴びた報告を受けたと。その時に社長の名前が『ゲンゴロウ』だと聞いていたんだよ」
いけないいけない、とナカジマは笑いながら言った。
「すっかり忘れていたが、そういえばそんなこともあったなあ。だから私がゲンゴロウさんの名前を知っていることはなんの矛盾もない」
「アラン? 勘違いだったなら今すぐ謝ったほうがいいわよ?」
リリーが助言してくる。
「もちろん許そう。さっきも言ったがアラン君が悪いわけではない。謝ってさえくれれば水に流そう」
ナカジマはニッコリと笑って俺に勧告する。
「……すみませんでした」
俺は頭を下げて謝罪した。
「そうか。気に病むことはない。若さ故の過ちは私もたくさんしてきた、それに……」
「気に病むのはお前の方だもんな?」
ナカジマが勝ち誇ったような表情で俺に講釈垂れようとしてくるのを遮って、反論した。ナカジマの顔が少し歪む。
「な、なんのつもりだね?」
「その余裕な顔を崩すための嘘だよ。ようやく驚いてくれて嬉しい限りだぜ」
「ほう、じゃあ君は私がイロハニ新聞社に嫌がらせをした証拠を持っているんだな?」
もちろんだ。会話の中にもうひとつ、こいつはミスを犯している。
「お前は言ったな、『私から言えるのは『潔白だ』ということだ。私たちはつきまといなんてしてないし、ましてや動物の死体を送りつけたこともない』と」
「ああ。だからそれが何……」
ナカジマはそこで気付き、声を止めた。
「理解が早くて助かるぜ。俺たちはここにきてから一度も『動物の死体を送りつけられた』なんて言ってないんだよ」
ここで余計なことを言ってくれて本当に助かった。そうでもなければ決め手に欠けているところだった。
「さあどうする? 言い訳でもするか? でも嫌がらせをされた社員が動物の死体の話なんかするわけねーよな?」
ナカジマの表情はどんどん怒りに満ちていく。悔しそうな歯を食いしばり、膝の上に置いた両手の拳には力がこもっていく。
が、ある瞬間を境に力はスッと抜け、先ほどまでのにやけ面に戻った。
「お見事だよ名探偵くん。そうだ。私たちがイロハニ新聞社に嫌がらせをしているのは事実だ」
「認めたか。だったら早く警察にでも行きな」
「何を言っている? そんなやすやすと負けを認めるはずがないだろう?」
ナカジマはソファから立ち上がり、自分のデスクの方へと早足で歩いて行った。
「これは電話という機械でね、定められた番号を入力すると電話同士で連絡を取ることができるんだよ」
ナカジマは机に置かれた黒いバッグくらいの大きさの機械を持ち上げる。上には取っ手のようなものが置いてある。
「和ノ国の警察は優秀でね。電話をかけてしまいさえすれば確認のためにこちらに向かってくれるんだよ」
つまり、警察を呼んだ後は事実を捻じ曲げて俺たちを悪にして、真実を葬り去ろうとしているのだ。
「いいところまで行ったね。そこは素直に褒めよう名探偵くん。でもね、この世界には真実であっても虚構になることもあるんだよ!」
「そうはさせないわ!」
リリーが立ち上がり、デスクの方へ駆け出す。ナカジマを止めるためだ。
しかしそれよりも速くナカジマは1、1、0のボタンを押す。
「終わりだ!」
ナカジマは電話の取っ手の部分を耳に当てる。リリーは間に合わず、その光景を目の前にして膝から崩れ落ちた。
「……おかしい」
ナカジマか慌てた表情でつぶやく。再び電話のボタンを押す。
「……何度やってもかからないから諦めろ」
俺は会心の笑みを浮かべてナカジマに言う。
「貴様! 何をした!」
これまででナカジマは一番慌て、怒り狂った表情をする。
「その電話、繋がってないんだよ」
俺が電話の方を指差すと、ナカジマは急いで電話に繋がった紐を見る。
その紐はプツリと切られているだろう。
「な、何故だ!? お前らはずっとソファにいたはずだ!?」
「おっと、入場証の数がひとつ足りないみたいだぜ。俺たちは五人なんだけどな」
俺はそう言うと壁の方を指差した。
それを合図に壁の一箇所がはがれる。正確には、壁と同じ色をした布が落ちただけなのだが。
そして布が落ちた先に立っていたのは忍者のメイであった。
「忍法隠れ身の術! でござる!」
リリーを追いかける前に、メイには隠密に、俺たちと離れて行動するように言っていた。俺たちが会社内に入ったらついてくるようにも。
そして彼女の忍術スキルで壁に隠れていてもらって、電話もこっそりと破壊していたというわけだ。
「もちろんさっきの会話も録音しておいたでござるよ〜!」
メイは手に機械を持っている。彼女がボタンを押すとナカジマが罪を認めている声が再生された。
「でかした! メイ!」
「アラン殿もなかなかな推理だったでござるよ!」
俺とメイは互いにサムズアップを送った。
「さあ、どうする? 諦めろ! ナカジマ!」
方向を変えて、俺はナカジマを指差す。電話も破壊し、事実も認めさせた。もう逃げ道はないはずだ。
「これだけはしたくはなかったのだがね……」
ナカジマはメガネを外し、デスクに置いた。先ほどまでと打って変わったその鋭い眼光が強調される。
「ここまできたら実力で消すのみだ!」
ナカジマがそう言った刹那、彼の周りに真っ黒なオーラが現れ、吸い込まれていく。
その黒いオーラを吸ったナカジマはどんどん姿を変えていく。ツノが生え、体毛が生えていく。その姿はまるで黒ヤギのようだ。
「ここまでは俺頑張ったから、じゃあ後はリリーさんよろしくお願いします!」
俺はすかさず後ろに引っ込む。
「……せっかく決めたんだから最後まで活躍しなさいよ……。まあいいわ」
リリーは剣を抜き、セシアは魔法の準備を始めた。
「行くわよ!」
リリーが声をあげる。戦いの始まりだ。
リリー「やっぱり! この人怪しいと思ってたのよ!」
アラン「???」




