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第75話:元村人A、全力で止めます。

「はあはあ、ホヘト新聞社っていうのはここね!」


 リリーはイロハニ新聞社を出て行った後とんでもない勢いで嫌がらせの容疑者……容疑社であるホヘト新聞社に突っ込んでいった。


 ホヘト新聞社はゲンゴロウのイロハニ新聞社の数倍大きく、形もきちんとしたビルだった。そんな建物の前で俺とリリーは争っていた。


「マジでダメだって! リリーさん!? マジで勘弁してくれ!」


 中に入ろうとするリリーを全力で引き留める。不確かな情報の中、いきなり殴り込む勇者がどこにいるんだ。揉め事を起こすのは勘弁してくれ。


「アラン止めないで! 志のある人の邪魔をするなんてジャーナリストの風上にも置けないわ!」


「だから本当にそうとは限らないだろ!」


「でも試してみたほうがいいわよ!」


 リリーは興奮すると手がつけられなくなる。とりあえずでカチコミにくるやつがどこの世界にいるんだ。


「リリ姉! 考え直しましょうよ!」


「ほら! ニーナだってこう言ってるだろ!」


「ええい! もうここまで来て引けないわよ!」


「……お前の見栄の問題?」


 ここに来て衝撃の事実が発覚する。リリーはよく考えておらず勢いで出てきてしまったため、後に引けなくなっていたようだ。じゃあ抵抗するかよ。


「よ、よし。まだ間に合うから帰ろうぜ」


「そうですよリリ姉。まだやり直せますよ」


「そ、そうかしら?」


 リリーもようやく説得に応じたのかピタリと動きを止める。俺たちはそのまま静かに音を立てずにその場から立ち去ろうとする。

 

「……何かご用かな?」


 その刹那、背後から男の声が聞こえた。ビクッと俺たちの肩が一斉に上がる。


 黒いスーツ姿に、丸メガネをかけた男が立っていた。


「いやー、ちょっと散歩中というか?」


「……最近はジャーナリストの風上に置けないとか言いながら散歩をするのが流行ってるのかね?」


 俺が即座に言い訳をするが、目の前の男にはどうやら先ほどまでの会話が聞かれていたらしい。


「えーと、それはだな……」


「このまま警察に連絡してもいいが、私は寛大だ。中に入り給え。話は聞こう」


 ……会社の目の前で敵対する事を言ってた俺たちを招くってことはこいつ、よほど自信があるのか。


 俺が言うのもおかしな話ではあるが、全く戦わずして勝てた相手を、わざわざ同じ土俵に上げるのだ。よっぽど勝てるなにかを持っているとしか思えない。


 もしくは、全くの潔白でゲンゴロウが嘘をついているか。どちらが事実を述べているのかを見極めなければならない。


 会社の入り口に入るとギルドで見たような受付嬢が立っていた。


「君たちは4人だね? 入場証を受け取り給え」


 俺とリリー、ニーナ、セシアは入場証という入場許可の印を貰い、首から下げた。


「こっちだ」


 スーツの男に案内されてエレベーターというものに乗った。ホヘト新聞社はとても高いビルだったので、今から登るのは大変そうだなと思っていたがこの機械のおかげで存外サクッと上に行くことができた。


 俺たちが案内されたのは最上階だった。エレベーターから降りたところに「32F 社長室」と書かれていた。


「さあ、入ってくれ」


 男はその階にひとつしかない部屋を開けて俺たちを招いた。


 中の部屋は思ったよりも簡素で、向かい合わせのソファと、奥にテーブルがあるだけだった。おそらく手前の向かい合わせのソファで来客と話し、奥のテーブルで作業をするのだろう。


 俺たちはソファの手前に座るように促されたので、言われるがまま座る。


「申し遅れたね。私はホヘト新聞社のナカジマだ」


 男はナカジマと名乗り、かけている丸メガネの縁をくいと上げた。


 名乗られたので、こちらも一通り名前だけを告げた。


「で、君たちは何の用かな?」


「単刀直入に言うわ、イロハニ新聞社への嫌がらせをやめてちょうだい!」


 さっきまで根拠がないことで慌てふためいていたリリーだが、やはり不安を悟られたくないのか堂々とナカジマに言う。


「……ちなみにその根拠は?」


「……」


 勢いよく出たリリーだが、そこで閉口してしまう。そう。なんといってもいきなり出てきたから根拠がない。


「ないんだね?」


「……ええ、でもゴロちゃんが言ってたわ!」


「ゴロちゃん、というのはイロハニ新聞社の方かな?」


「その通りよ」


「ふーむ、解せないな」


 リリーと会話をするにつれてナカジマは不思議そうな表情になっていく。


「君たちはその、ゴロちゃんという人の話を信じてここまで来たのだろう?」


「ええ」


「しかしその主張の根拠はないのか。警察に連絡はしたのかい?」


「したけど相手にされなかったって言ってたわ」


「……本当にそうだろうか?」


 ナカジマはリリーから質問を引き出して、最後に意味ありげな事を言う。


「どう言う意味?」


「仮に、だよ。そんな嫌がらせが存在しなかったとしたらどうだね?」


「嫌がらせが存在しなかったら……あ!」


 リリーは気がついたようだ。仮にホヘト新聞社によるイロハニ新聞社への嫌がらせがなかったと仮定すれば、警察に取り合ってもらえないのは当たり前のことなのだ。なぜなら存在しない事件の相手をするはずがないからだ。


「でも、つきまといとかゴミを捨てられたとか、やけに具体的だったわよ!?」


「……そんなものは考えておけばいくらでも言えるだろう」


 完全な正論だ。ゲンゴロウが嘘を言っていない証拠はどこにもない。


「……実は私も過去に部下から気になる報告を受けていてね。そのため不確かではあるが、イロハニ新聞社の辺りを通った時に建物から罵声を浴びせられたと」


「そ、そんな!」


 リリーは声を上げて立ち上がった。


「……本当のことだよ。その時は事件性がないのでそこを通らないように、と通達しただけだったが。まさか君たちが来るようになるとはね」


 リリーとニーナは唖然としている。今まで信じていた人物への見方が変わったからだろう。


「そのゲンゴロウという人の事を言っているのかはわからないが、無知な君たちを送ってくるということはそういうことなんだろう」


 リリーは何も言うことができず閉口した。ナカジマは席を立ち、ガラス張りの壁から下の世界を眺める。昼間の太陽が夕日へと姿を変えようとしていた。


「私から言えるのは『潔白だ』ということだ。私たちはつきまといなんてしてないし、ましてや動物の死体を送りつけたこともない」


 リリーは強く拳を握った。自分が無知なばかりに、勢いでここまで来てしまったことを悔やんでいるのだろう。


「君たちは悪くない。無知な少年少女を騙して犯罪を手伝わせようとする人物が悪いのだ。事実を捻じ曲げるなんてジャーナリストのやることではない」


 ナカジマは怒っているのか、外を眺めながら拳を強く握った。


「その、ナカジマさん。さっきはごめ……」


「リリー、謝らなくていいぞ」


 リリーがナカジマに謝ろうとした瞬間、俺が止めた。


「アラン、どういう意味!?」


「確信した。こいつは嫌がらせをやってるしゲンゴロウは被害者だ」


「さっきまでの話を聞いてたの!? 証拠なんてないじゃない!」


 リリーが大声で言う。ナカジマはとうとうこちらに振り向いた。余裕そうなその表情を歪めてやるからな。


「こいつはミスを犯したんだよ。ジャーナリストの屑め」

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