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第74話:元村人A、雲行きが怪しくなります。

 東京(あずまきょう)駅を降りて歩くこと20分。数々のビル群を横目に移動し、人々の波をかき分けて前に進む。


 俺たちは(くだん)の「イロハニ新聞社」に到着したのだった。


 平屋(ひらや)くらいの大きさで、木造の平屋だ。看板はなく表札に社名が書いてあるので、まるで平屋のようだ。周りはビルがたくさん並んでいるので一軒だけポツンと小さいその光景はまるでひとつだけ平屋であるようだ。


「……平屋じゃん」


 そう。どっからどうみても普通の家だ。会社には見えない。そうとしか言いようがないんだからいくら何かに例えようとしても平屋としか言いようがない。


 その上、それはかなりボロボロであった。壁のトタンは変色し、剥がれかかっており、屋根も錆びているように見える。雨漏りが心配なレベルだ。建物の周りは雑草が伸び放題で、文字通り野放図といった感じだ。


「ねえ、ここであってるの?」


「俺も心配になってきたわ……」


「絶対ここでござるよ!」


 リリーは完全に心配げな顔をしている。メイは能天気なのでこの状況を完全に受け入れている。


「……とりあえず中に入るか?」


「ちょっと心の準備が……」


 リリーは大きく深呼吸をする。


 その瞬間、ドン! と大きな音がし、扉が開かれた。リリーは気を失い後ろに倒れる。


「あれ!? 旦那じゃないですか!?」


 開かれた扉の方から聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。


 扉の向こう側から顔を覗かせるのは赤髪で青色の探偵のような帽子を被る少女だ。


「ポーラ!?」


「そうですよ! どうして旦那がこんなところに!?」


 目の前の彼女こそ、ライクリシア王国で別れた情報屋のポーラだ。突然の出来事にお互い鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「俺たちはこの新聞社に用事があって。ポーラは?」


「私はここで新聞づくりのお手伝いをしてるんですよ! インターンシップってやつです!」


「インターンシップ?」


「お仕事体験です! ささ、中へどうぞ!」


 ポーラはドアをさらに大きく開けて俺たちを中に招く。


「待て、今は入れない」


「どうしたっすか? 何か用事でも?」


「……あれ、どうする?」


 俺は後ろを親指を立てて指差す。その先でニーナが口を開けて困り顔でみているのはポーラの音で驚いて気を失って伸びているリリーがいた。


「姉貴ーーーー!!」


 ポーラは口から魂が今にも抜けだそうとしているリリーを屈んで死んでしまった友人をいたわるように抱え上げて叫んだ。なんだこれ。


 リリーが復活するのにはそこまで時間はかからず、ものの数分で息を吹き返した。



「……ここ本当に人が住んでるのか?」


 ポーラに案内されて入った部屋は暗く、人が生活しているようには見えない。床のフローリングは綺麗で、机の上は何もなくとても簡素だ。生活感がない。


「奥が仕事部屋っす! ささ、どうぞ!」


 ポーラが一番奥の一室を指す。そこはドアが少し開いており、中から光が漏れている。


「……おじゃましまーす」


 俺はドアノブに手をかけ、おそるおそるドアを開いた。ほとんど顔を覗かせる様な感じで部屋の中に入る。


「あら、いらっしゃーい!」


 部屋に入るとどうじに俺は全身に鳥肌が立つ。その理由は身の毛もよだつ様なその声だ。元々低い声を無理に高くしている様な、そして男らしい声なのに女の様な口調。


 中に座っていたのはリーゼントに近い角刈りの、青髭のおじさんだった。服はタンクトップとジーンズで、筋肉質であるが特徴的なのは唇だ。何故かべっとりと口紅が塗られている。


「よ、妖怪!?」


「失礼ねえ! 誰が妖怪よ!」


 俺が言ったことに対しておじさんは怒りを露わにして反論するが、どう見ても妖怪である。


「ちょっとポーラちゃん!? この人たちは誰なの!?」


「私の知り合いっす! 家の前でウロチョロしてたので連れてきたっす!」


「あらそう、ポーラちゃんの知り合いなら安心ね」


 俺たちがポーラの知り合いだとわかるとおじさんは先ほどまでの表情とは打って変わって柔らかな顔でオホホと笑い始めた。ポーラを信頼していることがわかる。


「失礼なことを言うからてっきり! アタシはヤマモト ゲンゴロウよ! ゴロちゃんって呼んで!」


「……ゲンゴロウさんこんにちは。僕はアランです」


「ゴロちゃんよ! しかもなんで敬語なの!」


 ゲンゴロウは再び怒りの表情でこちらを睨みつける。そういうところです。


「ゲンゴ……ゴロちゃん。私はリリー。私たちは新聞について聞きにきたのよ」


 リリーは危うく犬の尻尾を踏みかけたが、なんとかアクロバティックにそれを回避してゲンゴロウに話を切り出す。


「あら! リリーちゃんね。なんでも答えるわよ!」


「ここはイロハニ新聞社で間違い無いわよね?」


「ええ。その通りよ」


「で、あなたは編集長」


「そうね」


「……他の社員は?」


 リリーのその質問は、この場にいれば誰でも当たり前に浮かんでくるものだろう。家もとい会社内はこの小さな部屋しか使われていない。なぜならポーラとゲンゴロウ以外に人がいないからだ。


「……全員辞めたわ」


「よし、次行こうぜ!」


 ゲンゴロウの発言を聞いて踏ん切りがついたので帰って飯を食うことにした。


「ちょっとぉ! 待ちなさいよ!」


「待てるかぁ! インターン生に仕事を回させるなんてとんだブラックじゃねえかよ!」


 俺の袖を掴むゲンゴロウを全力で引き剥がそうとする。


「違うのよ! 嫌がらせを受けてるの!」


「嫌がらせ……?」


「そうよ! ゴミを入れられたり夜道についてこられたり!」


 ゲンゴロウはやや興奮気味に少し語った。


---


 昔は新聞社には10人以上スタッフがいたわ。この建物がいっぱいで、活気があふれていた頃の話よ。


 でもある日を境にそれは変わったの! 忘れもしないわ。最初は玄関に黒い袋が入っていたのよ。ゴミかと思ってスタッフが中を開けたの。そしたら中には猫の死体が入っていたわ……。


 それから嫌がらせは続いたわ。作業で立て込んでいる時に火事の通報で匿名の人物から会社に火消しを呼ばれたり、動物の死体を入れたゴミ袋は数日に一度玄関に置かれたわ。


 夜は女性スタッフが後をつけられているみたいで気持ち悪いって言ってたの。どんどん皆の体力は擦り切れていったわ。


 そして皆辞めていった。私だけが残ったの。


---


「そういうのは衛兵……この国では警察か。に言えばいいんじゃないのか?」


「言っても取り合ってもらえないのよ!」


 ゴミを捨てるなんて悪質だと思うのに、サムライにさえ取り合ってもらえないのか?


「そりゃなんで?」


「犯人が見つかってないから気のせいじゃないのかって言われるの」


 でた。むず痒いところに手が届かないやつ。


「で、なんでそんな悪質なイタズラされてるんだよ?」


「記事の内容よ!」


 そういうことか。ここの記事は獣人やエルフよりの記事を書いているからほかの新聞社からしたら都合が悪い。それで嫌がらせを受けているというロジックだ。


「私はね……この国に真実を広めたいの。でもね、本音を言うとそろそろ厳しいわ……」


「私はゴロちゃんのそういうところに共感してインターンに参加したっす!」


 ポーラがゲンゴロウの頭を撫でる。ゲンゴロウは泣きそうになりながらポーラに感謝を言う。


「アラン、どうする? ゴロちゃん可哀想よ……」


「うーん、たしかにゲンゴロウが可哀想だ。何かしてやりたい気がしないでもない……」


「あのー、ご主人? あくまでゲンゴロウ呼びなんですね?」


 ニーナの的確な指摘が入る。が、あいつはゴロちゃんではなくゲンゴロウだ。


「犯人の目星は?」


「ついてるわ。ホヘト新聞社よ!」


「……この国の新聞社のネーミングセンスはなんなんだ?」


 イロハニとホヘト。この文字列に一体なんの意味があるというのだ。


「ホヘト新聞社ね! 行ってくるわ!」


「待てリリー! 正面から突破するバカがどこにい……行っちゃった」


 リリーは猪突猛進(ちょとつもうしん)の勢いで走って新聞社の扉を開けて出て行ってしまった。


 ゲンゴロウが嘘をついている可能性や、犯人がホヘト新聞社でない可能性もあるというのに、今走り出すのはどう考えても早計だ。

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