第72話:元村人A、糸口を掴みます。
「ショーグン様のおなーりー!」
俺たちパーティは今将軍の部屋の前に立っている。部屋の入り口の両脇に太鼓持ちの男と槍を持った男が立っており、槍の男が叫び太鼓の男がドンドンと打ち鳴らす。
太鼓の音が止むと内側から襖が開かれ、部屋の中が露わになった。
中には真っ赤な鎧を着て立派な白ヒゲを生やした男が何やら玉座のような椅子に座っている。
ショーグンと呼ばれるその男は3、40代のおじさんで、厳格な面持ちでどっしりと構えている。
「主らが勇者殿とその一行か」
ショーグンは口を開く。声は野太く、唸るような声だが聞いていて安心感がある。
「わしの名はミナモトシンゲン。この国を治めているものだ。まずはメイを助けてもらってありがとう」
「面目ないでござる……」
シンゲンが礼を言い、メイが改めて申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げた。
「当たり前のことをしたまでよ!」
「迷子を案内しただけだろ……」
「なによ?」
リリーが自信満々に言うので一応指摘しておく。リリーは水を差されたと言わんばかりにこちらを睨みつける。
「ハハハ、メイもひとりの大切なクノイチ。感謝しておりますぞ」
「その通りよ! アランは引っ込んでなさい!」
しっしとリリーは手で俺を払う。わかりましたよ。
「さて、勇者様はこれから死界島ですかな?」
「いいえ、今度のフラドミア火山の噴火の影響で船が出せないらしいの」
「……左様ですか」
リリーが自分の状況を話すとシンゲンの険しい顔が少し暗く、肩を落としたように見えた。
「どうかしたのか?」
俺は気になってシンゲンに訊く。
「……いえ、お客人に話すことではない。気になさるな」
「そんなこと気にしなくていいのよ! 私は勇者なんだから!」
シンゲンが断ると、リリーが先ほど褒められたからか自信ありげに言う。
「……メイを助けてもらった身で言うのは気がひけるが、それを承知で申させていただく。勇者様たちにエンシェントドラゴンの討伐に参加していただきたい」
「……そんなこと?」
真剣な面持ちなシンゲンの口から出た言葉は想像より遥かに呆気なく、リリーは思わず呟く。
「というのは?」
「私たちはエンシェントドラゴンの討伐に参加するために今レベル上げしてるところなの。今日はオフだけど」
「成る程。ちなみに参加の最低レベルはいくつとなっていますかな?」
「20よ」
リリーが答えるとシンゲンはより一層表情を暗くし、なにかをしばらく考え始めた。
「……シンゲンさんは何を言いたいのかしら?」
しびれを切らしてリリーが不思議そうに訊く。
「いや、申し訳ない。皆様方は最低レベルが高く設定されすぎていると思わないだろうか?」
「それはそうね。なんとなく納得はしていたつもりだけど、改めて聞くと不思議な気はするわ」
「前回の討伐の時は10。今回はその倍です」
俺は考える。何故最低レベルが高いのか。そうしなければいけない理由は何か。少し考えるとその答えは見えてきた。
「……人数の不足? 具体的には、討伐するのは獣人だけだからか」
「アラン殿、その通りです。前回の討伐はセネギア大陸の三国が応戦したのです」
そうなると、シンゲンが言いたいことも見えてくる。答えはひとつしかない。
「セネギア大陸戦争で仲違いを起こして協力できないってことか」
「……お見事」
「「おおー」」
俺が言い当てるとリリーとニーナが同時に声を上げる。そんなに驚くとは思わなかった。あんまり期待されてなかったのかな。
「アラン殿の言う通り、人間、エルフ、獣人はセネギア大陸戦争で文字通り分裂しました。それから二百年程の時が流れましたが、人々の心には深い跡が残りました」
「……差別意識ね」
ライクリシア王国の飲食店街で見た、人間は店に入るなということ。それは身をもって経験したことだ。
「それはわかりましたけど、それならシンゲンさんが参加するように言えばいいんじゃないですか?」
ニーナが不思議そうに訊く。たしかにそれならすぐ解決するはずだ。
「……実は既に実行しようとしたのです。三度」
「それで結果は?」
「東京で大規模な反対がありました。具体的にはデモ、混乱を煽るようなデマ、酷い時には暴動も」
空気が一瞬凍りついたのを感じた。シンゲンはうつむき、悔しそうに膝の上で硬い拳を作った。
要するにシンゲンはエンシェントドラゴンの討伐への参加をしたいのに、国民がパニックを起こしてしまって出来ないということだ。
「どうして人々はそんなにも反対するの?」
リリーは理解できず声を大きくして訊く。
「エルフは人間を嫌っています。人間側もそれを知っています。自分たちのことを嫌いな種族を同じように嫌っているのです」
「でも獣人は関係ないわよね?」
「大戦で人間を倒したのは獣人。人間は街を壊した獣人を恨む気持ちを持っています」
過去の戦争の影響がそんなところまで来ているのかと思っているのだろう、それを聞いてリリーは言葉を失った。
「ですから我々人間やサムライたちはエンシェントドラゴンの討伐をお願いすることしか出来ないのです……」
俺も含めて、場にいる皆が意気消沈していた。先ほどまで元気だったリリーやメイもうつむいて悲しそうな顔をするのみだ。
しかしシンゲンには悪いがそもそも俺たちはエンシェントドラゴン討伐をするための権利、最低レベルに達するということさえできていない。
だというのにこの重苦しい雰囲気。リリーもここは「任せなさい!」と言いたいのだろうがレベル的に言うことができず先ほどの悲しい顔から焦っている顔になっている。
ここはリリーの面子を保たせてやりたいが、どうすればいいんだ……俺は頭を悩ませた。
「……そうだ」
「アラン、何か思いついたの?」
リリーが目をキラキラさせて、でかしたと俺を指差す。
「ああ。俺たちがやるべきことはレベル上げじゃない。三国の仲直りだ」
「三国の仲直り?」
「つまり、三国のギスギスを解消すれば戦力が増えるから最低レベルも上がるし、エンシェントドラゴンを討伐することもしやすくなる」
「そういうことね!」
リリーが喜びのあまりぴょんと飛び跳ねる。
「でも、それって凄く難しいことですよね? どうするんですか?」
ニーナは首を傾げて訊く。
「……思いついてない!」
俺が言うと場にいる全員がずっこけた。
「……何よ。せっかく期待したのに」
「お前なあ、さっきまでそれだ! って顔だっただろうが」
俺とリリーが言い合いをしていると、シンゲンは真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「アラン殿。それから皆様方。烏滸がましいようですが、エンシェントドラゴンの討伐をお願いしたい。方法は問いませぬ。何かできることがあればお任せ願おう」
シンゲンは俺たちに頭を下げた。もう任されてしまっているようだ。
シンゲンが頭を下げたのは初めてだ。大将である彼がそれほどまでに覚悟を持って頼んでいるのだ。
ならばできないかもなんてことを考えていないで、やれるだけのことをやる。期待に応えなければいけないだろう。
「……任せてくれ」