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第70話:元村人A、怒ります。

 皆が退出してから一分ほどが経過しただろうか。とても長い一分間だった。


 長机に俺と、机を挟んでセシアの父であるトマスが向かい合う。


 重苦しく、息をするのも阻まれるような空気が流れる。


「……君はセシアと仲良くしてくれているんだね」


 ようやくトマスが口を開いた。


「……ああ」


「そうか……」


「単刀直入に言ってくれ。肩が凝りそうだ」


 俺は体がむず痒くなるような感覚がして話を切り出した。なんだか回りくどい。


「すまないね。君にセシアについて話しておこうと思ってね」


「……セシアについて?」


 俺がそう言うとトマスは咳払いをした。気持ちを切り替えているつもりだろう。


「君は疑問に思わなかったか? 和ノ国を代々守護するウィズド家の中で、どうしてセシアが国の中にいないのか……と」


 そこで先ほど覚えた違和感の正体がわかった。確かに考えてみればおかしな話だ。


「……その答えは」


「『セシアは人間ではないから』とでも答えておこうか」


 セシアが人間ではない? 一瞬言っている意味がわからなかった。


「どういう意味だ」


「……君は人間の本質とはなんだと思う? 言い換えれば、何が人を人たらしめると思う?」


 トマスはニヤリと笑いながら言う。


「はっきり言ってくれ!」


 回りくどい話はもううんざりだ、と俺が言うとトマスは再び表情を強張らせた。


「……私はね、人間の本質は感情だと思っている。人と出会い、喜ぶ。時に今の君のように怒る。苦難にぶつかり、哀しむ。そして苦難を乗り越え、人生を楽しむ」


 俺は我に帰って冷静になる。トマスはさらに続けた。


「感情の変化から意志が生まれる。そして自分の意思に基づいて行動する。それが人間だと」


「……何が言いたい」


「セシアには感情の機微(きび)と言えるものがない」


 言われて一瞬言っている意味がわからなかった。感情の機微がない?


 しかし確かに思い当たる節はあった。俺はセシアが怒ったり、喜んだりして感情を表に出したところを一度も見たことがない。


「セシアは幼い頃から私の父……先代当主によるスキルの移植を受けていた」


「……スキルの移植?」


「ああ。スキルシステムを生み出したのはウィズド家だ。だからスキルポイントを譲渡したり、スキルを植え付けることが可能だ」


 そんな話は一度も聞いたことがなかった。しかし心当たりがないと言ったら嘘になる。


 ラクシュでの最初のゴーレムとの戦闘の時、まだレベル1だったはずのニーナがスキルを覚えているはずがない。そしてセシアはスキルポイントを残していたはずだ。


 つまり、話を聞くにセシアがニーナにスキルポイントを譲渡し、ニーナがスキルを習得したと考えれば合点が行くのだ。


「先代はセシアに様々な系統のスキルを植え付けた。自分のキャパシティを超えるような他人の強大なスキルは時に暴発してセシアの体を(むしば)んだ」


「スキルが……蝕む?」


「ああ。思考することが出来ないほどの激痛。移植した瞬間はもちろん、酷い時は周期的にその痛みが戻ってきて激しい吐き気や……」


「やめろ」


 思わず耳を塞ぎたくなるような言葉に俺は思わずトマスを口で制止していた。胃がキリキリと痛む。


「そして数年にも及ぶ実験とも言えるそれの後に、セシアは感情を失った。嫌、心の奥底にしまい込んだ、と言うのが正確か」


「でも、セシアは食事をする時はお腹がすいてる顔をするんだ。あいつに感情はある」


「違う。それは体の中に(うごめ)くスキルがエネルギーを求めているからだ。セシアの食事の量は知ってるだろう」


「……っ!」


 反論することが出来ない。俺は下唇を噛んだ。


「……先代が死んで、私はセシアに自由を与えることにした。そして彼女は魔法使いとして生きた。君と出会った」


「……シアは……」


「どうした?」


「セシアは人間だ!!」


 俺は声を荒げて叫んだ。目を大きく開きトマスに訴えかける。


「違う。セシアはもはやただの人形だ」


「アンタ親父なんだろ! なんとも思わないのかよ!?」


「否定することに意味はない。私も、彼女も受け入れたのだ」


 トマスはぴしゃりと言った。厳格な、そして冷徹な表情で。


「そんなのって……それじゃあセシアがあんまりだ……」


「アラン君。君の気持ちはわかる。しかしだね……」


「うるせえ! わかられてたまるかよ!」


「……納得してくれないかね」


 自分でも子供のようなことをしているのはよくわかった。重々承知である。それでも俺にはこれしか否定する手段がなかった。


「……セシアは人間だ」


「違う。セシアは人形だ」


 俺とトマスはお互いの目を睨みつける。といってもトマスは俺を見据える、といった感じで敵意をむき出しにしているのは俺だけなのが自分でもわかる。


「……君の意思は尊重しよう。どう思おうと自由だ。しかし事実は事実だ。そこだけは理解していてくれ」


 トマスは椅子から立ち上がり、窓の外を見つめ始めた。


 俺はどうすればいいかわからず、自分がいつのまにか椅子から立っていることに気がつき、そのまま部屋の扉を乱暴に開けて出て行った。


「……くそっ!!」


 この行き場のない怒りに近い気持ちを、どこにぶつければいい。

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