第69話:元村人A、囲まれます。
「三人とも大丈夫!?」
ローブ姿の向こうでリリーが叫ぶ。
「リリー殿! こっちもなかなかまずいでござる!」
メイの声も聞こえる。どうやら向こうも同じような事態が起きているようだ。
「俺たちだけで切りぬけろってことか……!」
戦闘が出来るのはセシアのみ。俺とニーナはサポート中心で基本的には後衛だ。もっとも円で囲むように陣取られている状態では前衛も後衛もないが。
「セシア! 魔法の準備を頼む!」
俺は腰に差していた片手剣を抜く。こいつを使うのは久しぶりだ。まさかこんなところで使うことになるとは。
「ご主人! サポートします! 『パワーエンハンス』!」
ニーナがスキルを発動させると、俺は体が熱くなるのを感じた。生姜のスープを飲んだ時のあの感じだ。
「ナイス! これなんだ?」
「力を一時的に上げるスキルです! セシアさんには『マジックエンハンス』を!」
そうか、最近レベルを上げた時に貯まったスキルポイントを使ったのか! ニーナがたくましくなってる。親心で俺の目には涙が……ってそんな場合じゃない。
包囲しているローブ姿の一体との間合いを詰め、剣を上から振り下ろす。スキルのせいか心なしか剣を軽く振れている気がする。
剣はローブ姿の頭を捉え、体を真っ二つにする。手応えがあまりなく、不安になったが斬られたローブ姿は風船が弾けるように消えた。
「よし! 剣の攻撃は効くらしい! 数は多いけど一体はそんなに強くないパターンだ!」
「……『ゲイン』」
次にセシアが光魔法のゲインを発動する、百六十センチほど空中の一点から光の球が徐々に広がり、ローブ姿を飲み込む。まるで爆発に巻き込まれるようにローブ姿の体は光に当たったところから消え、数体倒すことに成功した。
「ふたりともいい感じです!」
ニーナが嬉しそうに声をあげる。
「いや、そうでもないぞ……」
改めて周りを見渡す。ローブ姿は先ほどよりもどう考えても増えてきている。既に数十人になっている。敵なのはわかるが、不気味なほどに何もせずただ立っている。
「全然減らないじゃない!!」
遠くからリリーの声がする。リリーは剣を抜き、ローブ姿を横に一閃して、剣を少し下ろして苦しそうな表情で肩で呼吸をする。相当疲労が来ているようだ。
「忍法! クナイ嵐の術!」
メイが何やら声を上げると、全ての指の間にクナイが煙と共に出現する。メイは合計八本のそれらを別の方向に同時に投げる。
頭にクナイが刺さったローブ姿は斬られた時と同じように弾けて消える。
「もう術を使いすぎたでござる……」
メイは地べたに座り込み、ばたんきゅーとばかりに根をあげる。
「くそっ……! こいつらの目的はなんなんだ!」
攻撃もしてこないのに数は見ていないうちにどんどん増えていく。相手の目論見を考えることにした。
その瞬間、周りに立っていた全てのローブ姿が突然燃え上がった。
ローブ姿は背丈は百七十センチほどであるが、その背丈が全て包まれるほどの青い炎で燃え上がったのだ。
不自然なのは、布を焼いているのに青い炎は驚くほど静かに燃えている。揺らめいているというのが正解だろう。そして布はまったく燃えて無くなることはなかった。
ローブ姿は数秒後、先ほどと同じように消えた。ローブのフードを深くかぶっていたため顔は識別することが出来なかったが、苦しんでいるようには見えなかった。
「みんなー! 怪我はなかった!?」
リリーとメイが駆け寄ってきた。向こうのローブ姿もみんな消えているようだ。
「……そこにいるのはセシアか」
リリーたちと合流して安堵するのも束の間、今度は低い男の声が聞こえた。
声の主の方を向くと、真っ赤な短髪のおじさんがこちらに向かってきていた。背は高く、服はセシアのものに近い、真っ黒な魔法使いのローブだ。
「セシア、知り合いか?」
「……私の父」
セシアに目の前の男について尋ねると、予想外の返事が返ってきた。確かにそのおじさんは私ノ国には珍しい、セシアと同じ赤髪だ。
「……詳しいことは家で話そう。君たちも知っていいことだろう」
セシアの父はこちらに背を向けて歩き始めた。とりあえず無害であることはわかったので俺たちはついていくことにした。
*
「まあ適当にかけたまえ」
セシアの家は少し歩いた先の古びた大きな屋敷で、高い塀に囲まれており、外から見ると不気味であった。
しかし中はとても綺麗で、真っ赤な絨毯が敷かれ、廊下はロウソクのシャンデリアのようなもので照らされていた。
俺たちは一室に案内される。その部屋はとても広い食卓のスペースだった。ラクシュで見たような長机に座り、セシアの父と机を挟んで対面する形になった。
「申し遅れたな。私はトマス・ウィズド。ウィズド家の現当主だ」
トマスは威厳を持った表情で名乗る。それに応じて俺たちも名乗った。
「……さっきのアレはなんなんだ」
俺は早速本題に入った。空気がとても重く、話を早く切り出したいからだ。
「私も詳しくはわからない。ある日突然事件が起こる所に出現するようになった」
「事件?」
「ああ。さっきのカミノでは不自然に凶暴な動物や檻で無力化されたモンスターが解き放たれていた」
俺たちが戦っていた間にそんなことが起きていたのか。
「で、トマスさんは何で事件の現場にいたんだ? 冒険者ってわけじゃなさそうだが」
「ウィズド家は代々、和ノ国の影の守護者として大規模な事件の解決をしている」
「……何のために?」
「二百年ほど前から和ノ国のサムライたちとそういう協定を結んだからだ」
トマスの行動理念がよくわからないが、家系のルールを遵守していると考えれば納得がいく気がした。しかし話を聞いていて何か引っかかる感じがした。正体がわからない違和感だ。
「君たちはセシアの友人ということで歓迎する。使用人に部屋を案内させるから少し休んで行くといい」
確かに先ほどの戦闘で皆かなり消耗していた。席を立ち、部屋の外に出ようとする。
さっきのローブ姿についてはまるでよくわからない。しかし俺はアレを見たときデジャブのようなものを感じた。
アレはラクシュの時と同じだ。
ラクシュのゴーレムの時と同じだ、と感じた。何がとは言えない。具体的なことは何もわからないが、やり方というか、そういうものが似ていると思った。
「アラン? どうしたの?」
リリーの声がしてハッとした。俺は立ちすくんでいた。
……いかんいかん。疲れてるんだな。少し休もう。
「アラン君。少し残ってくれるか」
再び歩き出そうとした時、トマスに呼び止められた。
「話したいことがある」




