第7話:元村人A、決断します。
「わかったわよ。あなたのやりたいことが」
頼む。この一回限りでいい。奇跡を掴み取るんだ。
リリーは右手に剣を取ってオークに切りかかる。
「無駄ダ……」
オークは持っている槍を握る力を強めた。
「それはどうかしら? 今よ! アラン!」
リリーの合図とともに俺は叫んだ。
「『エクスチェンジ』!!」
俺が叫ぶと、スキル『エクスチェンジ』の効果により、オークの持っていた槍と女装に使っていた茶碗が交換された。
当然オークの攻撃はリリーには届かず、リリーの振り下ろした剣はオークの左腕を切り裂いた。
「あら? その持っている茶碗はおかわりのつもりかしら?」
リリーはニヤッとして言う。俺はサムズアップを送った。オークが気を取られているうちに俺は立ち上がって槍をへし折ったのだ。
「それならこれでも召し上がれ!」
オークは何が起こったという様子のまま慌てふためいている。
「『連戟』!!!」
「オオオオオオオオオオ!!」
リリーの連続の攻撃はオークの胴体とその叫び声を真っ二つにした。一九〇センチメートルの巨体が二つに分かれ、力なく倒れていく。
「地獄でたらふく食ってなさい」
ドサッ、と音がしてオークは完全に倒れ、動かなくなった。
「……勝った!」
俺は喜びのあまり拳を握り、喜んだ。
「他のモンスター達も、殺されたかったらかかってきなさい?」
リリーがそういうとジリジリと他のモンスター達は下がっていき、挙句の果てには一目散に山の奥へ消えていった。
「ふー、なんとかなったわね」
リリーはその場で座り込み、一息ついた。
「俺達やったんだな」
「そうよ。何はともあれ、ね」
リリーは肩を押さえて立ち上がる。
「あ……肩」
「こんなの平気よ。さ、村に戻りましょ」
俺達は村への帰路についた。山の木々の隙間から、朝日の光が射してきていた。それはまるで祝福かのように山の生命を照らしているのだ。
*
村に到着すると村長とメアリが俺達の帰還を待っていた。メアリは俺達の姿が見えるなり子供のように数回飛び跳ね、駆け寄ってきた。
「リリーさん!」
「メアリちゃん!」
二人はギュッと抱きしめ合う。兄の俺には脇目もふらずリリーの方に行くあたり、相当仲良くなってるな。ちょっと嫉妬のような感情が湧いてきたが、まあいいだろう。
「アランよ。メアリから話は聞いておる。やったようじゃな」
「はい。勝手な行動をしてすみませんでした」
「まあ結果オーライじゃろ。もしお主らが取りこぼして村に被害がいくようなら村の皆で戦うつもりじゃった」
村長はそう言うと抱き合うメアリとリリーの方を向いた。
「メアリ。すまなかった。もう少しでお主を見殺しにするところじゃった」
深々と礼をする。
「いいんですよ。村のため、仕方の無いことでしたから」
メアリはニッコリと笑い、村長を許した。
その日一日は特に何をすることもなく、昼過ぎまで寝た後、ダラダラと過ごした。
*
次の日の朝。
リリーは旅に出る。俺はこの村に残り、メアリと共にこの旅館を切り盛りする。ここで俺達はお別れだ。これからはこの数日間で身につけた力を使って、村を守る責任が俺にはある。
朝になって、玄関の掃除をしていると身支度を整えたリリーが歩いてきた。肩の傷は薬草の力ですっかり癒えている。
「そろそろ行くのか」
「うん」
俺はお見送りをするために掃除をいい所で切り上げて、村の入口までついていく。
「リリーさん! 魔王討伐頑張ってくださいね!」
メアリは泣きそうな顔で別れを告げる。
「うん! 頑張ってくるからね〜!」
そう言ってリリーはメアリをもみくちゃに撫で回す。いいコンビになったな。
「勇者殿……。先は長い。命だけは大事にしてくだされ」
「村長さんこそ、長生きしてくださいね」
リリーはニコッと笑いかけた。
俺はリリーになんと言おうか考えた。でもなかなか言葉が出てこない。これが一生の別れになってしまうかもしれないと思うと涙が出そうになった。村長とリリーが話してから少し間が空いてしまった。
「アラン」
リリーが笑って話しかけてくる。返事をしたら泣きそうだ。
「またね」
予想よりはるかに呆気ない言葉でリリーは俺との別れを告げた。だがその一言を発している彼女はここ数日間の中で一番、可憐に見えた。
後ろを振り返り、リリーは歩いていく。俺はその姿を呆然と見ていた。後ろ姿が少しずつ小さくなっていく。
メアリと村長はリリーの姿が見えなくなるまで手を振っていた。俺はどうすることも出来ずただ立ちすくんでしまった。
「……行っちゃったね」
「……ああ」
「最後に何も言わなくてよかったの?」
「……うん」
「このまま村の案内やっていく?」
「……そうするよ」
生贄が選ばれた日、死ぬほどしたかったはずのメアリとの会話も何故か気が抜けてしまっていた。
それからメアリと村長は自分の仕事に戻り、俺はいつものように案内をしていたが、全く身が入らず、自分でも何を考えているのかわからないまま時間だけがすぎていった。
「君、ちょっといいかな?」
「……」
「君?」
「あ、ハイ。ようこそ。ここはユミル村です」
「大丈夫? ぼうっとしてるけど」
こんな感じで村を訪れた冒険者との会話もままならなかった。
村に来た冒険者を武器屋に連れて行き、いつものように定位置に戻った。
俺は今いったいどうしたいんだ。何がしたいかハッキリしていないから心がモヤモヤとしているんじゃないだろうか。
俺はリリーに何が言いたかったんだ。「頑張って」? 「ありがとう」 ?
そんな陳腐な言葉ではなかった。
いや、答えは元々決まっていたんじゃないだろうか。俺は答えが出ているのに、それを言う勇気がなかったがためにこうやってウジウジしてるんじゃないのか?
「俺は……」
「俺は何なのよ」
独りで呟いた瞬間、目の前には旅に行ったはずのリリーが腕を組んで立っていた。
「リリー!? どうして!?」
「俺は何なのって言ってるの」
言いたいことはもう見つかっている。ただ、それを言えば妹や、村に迷惑がかかる。その選択肢は俺には与えられていない。
「お兄ちゃん」
いつの間にかメアリが立っていた。
「旅館のことは気にしなくていいよ。私だけでも切り盛りできるから」
「アラン」
少し遅れて村長がやってきた。
「お主は村の掟を破り、勝手にメアリを救おうとした。お主はもう村から追放じゃ。どこにでも行くがよい」
もう二人には見透かされているようだった。俺は二人の気持ちに心から感謝をした。やっと、言える。
「俺は……」
「俺はお前と旅がしたい!」
魔王討伐。その道のりは決して簡単ではない。しかしこの数日間、リリーといた日々は楽しかった。これが言いたかったのだと俺は心のどこかで分かっていたのだ。しかしそれを隠そうとしてしまった。
「ふう。やっと言ったわね」
リリーはやれやれといった表情で言った。
「さあ、ボサッとしてないでさっさと行くわよ!」
と言うと突然村の外に駆け出してしまった。着いてこいという事だろう。
「おい! 待ってくれよ!」
「お兄ちゃん、これ!」
メアリの手から剣と財布が投げられ、俺はそれを上手くキャッチした。
「ナイスキャッチ!」
「メアリ、村長! ありがとう!」
「がんばってね!」
「この罰は魔王でも倒してこなければ帳消しにはならんぞ!」
二人の声がする。
ダッシュで村を出るように差し向けたのも、恐らく別れを寂しく思わせないためにリリーが考えたのだろう。
俺、いい人たちに恵まれたんだな。
「アラン! 遅いわよ!」
遠くでリリーが手を振って俺を呼ぶ。
俺達の冒険が今、始まった。