第66話:カインさん、昔を思い出します。
「くらえ!」
スモールリザードに飛びかかり、握った剣を振り首を刎ねる。
「よっしゃー!」
奇襲攻撃成功。これで今日は25、いや26匹目だ。
ステータス画面を開き、自分のレベルを確認する。
「あ! また上がってる! よし!」
強くなった自分に喜び、思い切りガッツポーズ。もはやこれが日課となっていた。
俺はカイン・スティール。当時は14歳。
親父が昔使ってたという剣を倉庫から持ち出してモンスターを倒したのがきっかけで今のようにレベル上げに熱中していた。
大人たちは俺を見ると「毎日やっててよく嫌にならないよな」とか「ガキは遊べ!」とか言ってきたが、これが一番楽しい遊びだと思っていたし、ハマっていた。
何より自分がまた強くなったという実感が湧いてくるのがよかった。この頃は漠然と「最強になる」という意識があった気がする。
強い、イコールかっこいい。俺はひたすらモンスターを倒しまくり、レベルを上げていた。
「ねえカイン! 今日はどれくらい倒してきたの!?」
「カイン! モンスターの話、聞かせて!」
俺が暮らしていた村の歳下のガキたちは俺のことを慕ってくれて、いつも冒険の話を聞かせたり、一緒に遊んでやったりした。
「怪我したら危ないのよ? カインは命知らずなんだから」
「あ! セーナ姉ちゃん!」
同い年の女に、セーナというのがいた。髪は金髪で、目はくりくりとしていたのを覚えている。
彼女もまた、村のガキたちを相手するのが得意で、姉ちゃん姉ちゃんと慕われていた。優しく面倒見のいいその性格から、彼女は疲れていても嫌な顔ひとつせずガキの相手をしていた。
「へへへ、でも楽しいからさ……」
「心配なんだから、無理はダメ。いい?」
「わかってるよ。いつもそれだなセーナは」
「ねえカイン?」
「どうした?」
セーナは意味ありげな笑みを浮かべて言う。
「そろそろ誕生日でしょ? ……これ」
「え? くれるの?」
セーナはひとつの箱を俺にくれた。中には銀色のネックレスが入っていた。
「そ。それは魔道具でね、それを握ってキーワードを言うと私からのメッセージが出現するのよ!」
「キ、キーワードってなんだ?」
「ふふふ。ナイショ。いつか教えるわ」
セーナは何か企んでいるような、不敵な笑みを浮かべた。
「おーい! 勿体ぶるなよ!」
俺は彼女が好きだった。漠然と、ガキなりに将来はセーナと結婚したいなと思っていた。その時はまだ責任とか、そういうことはよくわからなかったから漠然と。
事件はある日起こった。
「あんまり遠くまで行っちゃダメよ?」
「わかった」
「喉乾いたら水筒の水飲みなさいよ?」
「わーかったよ!」
セーナに口うるさく注意される。ジリジリと暑い日差しが指す中、俺はいつものようにモンスターを倒しに行った。
特にいつもと変わらない日常。いつもと同じようにモンスターを倒して、いつもと同じように帰ってきてまた皆にモンスターの話をするつもりだった。
だが、その日だけは違った。
夕方になって村に帰る道に着くと、村の方から黒い煙が上がっているのが見えた。
俺は走った。かなり距離があったが無我夢中で走った。
あの煙が、あの煙が空に届くまでに、それよりも速く、速く走るんだと幼心に思ったのを覚えている。
結果的に空は煙に覆い尽くされたように真っ暗になってしまった。そして対照的に村の方はなぜか明るくなっていた。
モンスターによる侵攻だった。知能をつけたモンスターを筆頭にして村に火を放ち、村人を襲ったのだった。
俺が村に辿り着くと、モンスターたちが気色の悪い笑い声を上げて村の中を闊歩していた。
「……出ていけよ」
「……俺たちの村から出ていけよ!!」
それからはあまり覚えていない。村にいるモンスターは俺にとっては大した強さではなく、村にいたものは全て始末した。
憎しみのために剣を握ったのは初めてだった。心の底から溢れるような、殺意が俺を駆り立てた。
そして残ったのはそれでも消えることのない憎悪と、真っ赤に染まった剣だけだった。
村の人間は誰ひとりとして生きていなかった。全ての家を見て回った。逃げ回ったのか、恐怖から顔が歪んでいる村人や、知っている顔の人をたくさん見た。
が、心はこれっぽっちも動かなくなっていた。
心がすっかり乾いてしまった、と感じた。
後日、俺は親戚のたよりで他の村に移った。俺は変わらずモンスター狩りを続けたが、あの日のような高揚感はすでに無くなっていた。
俺はどんどん強くなった。周りの人からの評価も、仲間も得た。
しかし、それらは何の意味もなく、俺の心は満たされることはなかった。
……どれだけ強くても俺は何も守れない。
年を重ねる。作り笑いばかりが上手になっていく。
もう俺にはモンスターを倒すことしかできなくなっていた。
「……セーナ」
時々思い出したかのように首からネックレスを取って眺める。
それがまるでセーナなのではないかとさえ感じるのだ。時々。
「……俺頑張るからさ」
時々そうやってネックレスに言うようになっていた。……いや、ネックレスというよりは自分に語りかけていたんだろう。
空虚なだけの日々を埋めていく。作業のような毎日。
顔に薄ら笑いを貼り付けるだけの毎日。
戦いで心を満たすだけの毎日。
仲間も増えた。昔では出来なかったことが少しずつ出来るようになってきた。
悪いことばかりじゃない、と思っている。
だが、俺の本質は変わらないままだ。




